パッサージュで朝食を ~パリで出会った運命の人~

朝賀 悠月

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7 -Sept-

僕の今、大切な人

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「……っ」

 リュカさんの言葉を聞いて、先生は下唇を噛みながら涙を零した。

「っ、ごめんなさい……ごめんなさいっ」

 それを見てテオも少し冷静になったのか、先生の胸ぐらから手を離して、また僕の隣にドカッと座った。先生は、何度も謝罪の言葉を繰り返している。体を縮こまらせて頭を下げ、小さく震えながら。リュカさんはその様子をじっと見て鼻で息を吐き出すと、何も言わず静かに胸の前で腕を組んだ。
 二人は、充分なくらい怒ってくれた。上手く怒れない僕に代わって、僕の中にあったドロドロした感情をスカッと晴らしてくれるみたいに。だからもういい。これでもう、綺麗さっぱり過去を捨てよう。

「先生。僕のことはもう、忘れてください」

 僕の声を聞いて、先生の肩がピクっと動く。

「僕の存在が先生を苦しめているなら、もう、僕の亡霊を追い掛けないで。僕は今、僕を心の底から愛してくれる人に護られているので。ここで幸せに暮らしているので、大丈夫です」

 先生の視線が、僕の隣に座っているテオに向けられた。

「……彼?」

 僕も振り返ってテオを見る。すると、日本語が通じていないテオは「なに?」と怪訝そうな顔をしてみせた。

「そう。僕の、大切な人」

 かっこいいでしょ? そう小声で言って笑顔を見せたら、先生もどこかホッとしたような顔をして静かに口角を上げた。

「母の勧めでこっちに来たんです。それがよかったみたい。もし彼に出会えていなかったら、僕は一生、先生を恨んで生きていたかもしれません。だけど彼が、彼やこちらにいるリュカさん、おじいちゃん、それからここに暮らす人たちが、前向きに生きる術を教えてくれたんです」
「松下くん……」
「だからもう、僕は大丈夫なんです」

 僕の膝に置かれているテオの手を強く握る。彼の顔を覗き込んで微笑んだら、言葉は分からなくても僕が前向きなことを言っているということを察したのか、優しい顔で口角を上げて手を握り返してくれた。そんな僕たちを隣で見ていたリュカさんは、眉を垂らして微笑みながら僕の頭を撫でてくれる。

「そっか……」
「あ、でも先生危なかったですね。もしここに母がいたら、これでは済まなかったですよ。もし会うことがあったらボッコボコにしてやる! って言ってたんで」

 ホッとした顔をしていた先生が、それを聞いた瞬間一気に青ざめた顔になった。

「あははっ! お返し~。怖かった?」
「……っ、うん」
「いま僕がこうして笑えてるのも、この二人のおかげ。だから先生も、また笑って、新たな人生を生きてください。ツラいことはそう長くは続かないですよ、自分が変わろうと思えれば。先生もきっと、ちゃんと幸せになれます」

 先生は涙を流しながら立ち上がり、「ありがとう」と深くお辞儀をした。

「先生お元気で。ここで会うなんて思いもしなかったけど、やっぱり話せてよかった」
「僕も。話せてよかった。お二人も、この場を設けてくださって、ありがとうございました」

 リュカさんとテオにも頭を下げたあと、「……じゃあ」と言って先生は涙を拭いて去っていった。

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