11 / 44
3 -Trois-
それでもテオは僕のところに来る
しおりを挟む時刻は夜の八時。
「じゃあおじいちゃん、僕先に戻るね」
「あぁ」
閉店の作業をしているおじいちゃんに声を掛け、僕は夕飯を作るためにエレベーターで住居階へ昇った。階段を上ってセキュリティーを解除しドアを開ける。すると、歩廊の前にテオさんが立っているのが目に入った。柵に寄り掛かり腕を組んで待つ姿が、なんだか妙にカッコイイ。夜の空の隙間から月明かりが射し込んで、テオさんを照らしている。彫りの深い目元にシュッと高い鼻筋。唇の形も良くて、横顔を眺めるだけでもまるで芸術品を見ているみたい。
それまで何か考え込んでいるような神妙な顔をしていたのに、ふと顔を上げて僕の存在に気付いたテオさんは、コロッと表情を明るくして笑顔を見せる。そんな軽く手を振り近づいてきた彼に、僕は警戒心むき出しで後ずさった。
「Bonsoir!」
「待ち伏せですか?」
「つれないなぁ」
怪訝な僕の態度に、テオさんは苦く笑う。それでも気を取り直したように、彼は「はい、どうぞ」と紙袋をさしだしてきた。
「なんですか? これ」
「うちのクロワッサン。明日の朝にでも食べてよ」
「え……」
「あ! クロワッサンじゃない方が良かった?」
「いえそうじゃなくて、なんで……」
顔を上げてテオさんを見ると、彼は真剣な顔をして僕を見つめている。その表情に、僕は思わず口を噤んだ。
「リュカから聞いた。日本でのこと」
そう言うとテオさんは一瞬眉間に皺を寄せ、目を細めて顔を歪ませた。そしてそれを見せまいとするかのように僕をふわりと抱き寄せると、大きな手で何度も頭を撫でてきた。
「ちょ、っと」
「つらかったな。悲しかったな。ユウリはよく頑張った」
僕にちゃんと伝わるように、ゆっくり、丁寧に紡がれる言葉。
そんな真っ直ぐな優しさを受け止めて涙がグッと込み上げてくるのに、ふとまたあの人の笑顔が浮かんでしまって、ダメだった。あの人もよくこうして頭を撫でてくれた。あの人に褒められたくて、頑張っていた。そんなあの時の自分すら、情けなく思えてくる。
「っ、やめてください」
僕は思わずテオさんの体を押していた。
「そんな優しい言葉、いらないです」
「ユウリ……」
「もう、誰にも甘えたくない」
甘えるのが怖い。弱さを見せるのが怖い。もしまた誰かを好きになってしまって、好意を見せて例え思いが通じ合ったとしても、何があるか分からない。裏切られて、突き飛ばされるかもしれないんだから。あの時みたいに。
「それに、一目惚れなんて一番信用できないです」
顔を見なくても解る。この覗き込んでいる彼はきっと、僕を心配して様子を窺っているんだって。
「……すみません」
僕はなけなしの良心が痛んで、なんとか日本語で謝罪の言葉を口にした。
テオさんには通じていない。当然だけど。
こんな意地悪な僕をそれでも気遣って、顔を覗きながら「quoi ?」と聞いてくれる。
彼はきっと、僕みたいなのを放っておけない優しい人なんだろうな。
だからこそ、ダメだ。この人に関わったら絶対にダメ。僕の本能が言ってる。僕に刻まれた過去が言ってる。あの人も、そうだっただろって。
彼の顔を見ずに胸を押して離れると、僕はそのまま歩廊を渡っておじいちゃんの家へ帰った。彼の視線を、ずっと背中に感じながら。
これでいい。これできっともう、諦めてくれたはず。
そう、思っていたのに……
「Bonjour!」
「は?」
翌朝おじいちゃんと家を出て歩廊を渡ったら、まるで僕を驚かすように、渡り切った歩廊の横からテオさんが顔を覗かせてきた。
なんなんだ、この人。なんなんだ!
0
お気に入りに追加
36
あなたにおすすめの小説
サンタクロースが寝ている間にやってくる、本当の理由
フルーツパフェ
大衆娯楽
クリスマスイブの聖夜、子供達が寝静まった頃。
トナカイに牽かせたそりと共に、サンタクロースは町中の子供達の家を訪れる。
いかなる家庭の子供も平等に、そしてプレゼントを無償で渡すこの老人はしかしなぜ、子供達が寝静まった頃に現れるのだろうか。
考えてみれば、サンタクロースが何者かを説明できる大人はどれだけいるだろう。
赤い服に白髭、トナカイのそり――知っていることと言えば、せいぜいその程度の外見的特徴だろう。
言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。
たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。
総受けルート確定のBLゲーの主人公に転生してしまったんだけど、ここからソロエンドを迎えるにはどうすればいい?
寺一(テライチ)
BL
──妹よ。にいちゃんは、これから五人の男に抱かれるかもしれません。
ユズイはシスコン気味なことを除けばごくふつうの男子高校生。
ある日、熱をだした妹にかわって彼女が予約したゲームを店まで取りにいくことに。
その帰り道、ユズイは階段から足を踏みはずして命を落としてしまう。
そこに現れた女神さまは「あなたはこんなにはやく死ぬはずではなかった、お詫びに好きな条件で転生させてあげます」と言う。
それに「チート転生がしてみたい」と答えるユズイ。
女神さまは喜んで願いを叶えてくれた……ただしBLゲーの世界で。
BLゲーでのチート。それはとにかく攻略対象の好感度がバグレベルで上がっていくということ。
このままではなにもしなくても総受けルートが確定してしまう!
男にモテても仕方ないとユズイはソロエンドを目指すが、チートを望んだ代償は大きくて……!?
溺愛&執着されまくりの学園ラブコメです。
好きなあいつの嫉妬がすごい
カムカム
BL
新しいクラスで新しい友達ができることを楽しみにしていたが、特に気になる存在がいた。それは幼馴染のランだった。
ランはいつもクールで落ち着いていて、どこか遠くを見ているような眼差しが印象的だった。レンとは対照的に、内向的で多くの人と打ち解けることが少なかった。しかし、レンだけは違った。ランはレンに対してだけ心を開き、笑顔を見せることが多かった。
教室に入ると、運命的にレンとランは隣同士の席になった。レンは心の中でガッツポーズをしながら、ランに話しかけた。
「ラン、おはよう!今年も一緒のクラスだね。」
ランは少し驚いた表情を見せたが、すぐに微笑み返した。「おはよう、レン。そうだね、今年もよろしく。」
イケメン社長と私が結婚!?初めての『気持ちイイ』を体に教え込まれる!?
すずなり。
恋愛
ある日、彼氏が自分の住んでるアパートを引き払い、勝手に『同棲』を求めてきた。
「お前が働いてるんだから俺は家にいる。」
家事をするわけでもなく、食費をくれるわけでもなく・・・デートもしない。
「私は母親じゃない・・・!」
そう言って家を飛び出した。
夜遅く、何も持たず、靴も履かず・・・一人で泣きながら歩いてるとこを保護してくれた一人の人。
「何があった?送ってく。」
それはいつも仕事場のカフェに来てくれる常連さんだった。
「俺と・・・結婚してほしい。」
「!?」
突然の結婚の申し込み。彼のことは何も知らなかったけど・・・惹かれるのに時間はかからない。
かっこよくて・・優しくて・・・紳士な彼は私を心から愛してくれる。
そんな彼に、私は想いを返したい。
「俺に・・・全てを見せて。」
苦手意識の強かった『営み』。
彼の手によって私の感じ方が変わっていく・・・。
「いあぁぁぁっ・・!!」
「感じやすいんだな・・・。」
※お話は全て想像の世界のものです。現実世界とはなんら関係ありません。
※お話の中に出てくる病気、治療法などは想像のものとしてご覧ください。
※誤字脱字、表現不足は重々承知しております。日々精進してまいりますので温かく見ていただけると嬉しいです。
※コメントや感想は受け付けることができません。メンタルが薄氷なもので・・すみません。
それではお楽しみください。すずなり。
「恋の熱」-義理の弟×兄-
悠里
BL
親の再婚で兄弟になるかもしれない、初顔合わせの日。
兄:楓 弟:響也
お互い目が離せなくなる。
再婚して同居、微妙な距離感で過ごしている中。
両親不在のある夏の日。
響也が楓に、ある提案をする。
弟&年下攻めです(^^。
楓サイドは「#蝉の音書き出し企画」に参加させ頂きました。
セミの鳴き声って、ジリジリした焦燥感がある気がするので。
ジリジリした熱い感じで✨
楽しんでいただけますように。
(表紙のイラストは、ミカスケさまのフリー素材よりお借りしています)
執着攻めと平凡受けの短編集
松本いさ
BL
執着攻めが平凡受けに執着し溺愛する、似たり寄ったりな話ばかり。
疲れたときに、さくっと読める安心安全のハッピーエンド設計です。
基本的に一話完結で、しばらくは毎週金曜の夜または土曜の朝に更新を予定しています(全20作)
君のことなんてもう知らない
ぽぽ
BL
早乙女琥珀は幼馴染の佐伯慶也に毎日のように告白しては振られてしまう。
告白をOKする素振りも見せず、軽く琥珀をあしらう慶也に憤りを覚えていた。
だがある日、琥珀は記憶喪失になってしまい、慶也の記憶を失ってしまう。
今まで自分のことをあしらってきた慶也のことを忘れて、他の人と恋を始めようとするが…
「お前なんて知らないから」
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる