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愛されてるって錯覚しそう
ナギ先輩の好きな人
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航太朗につけてもらった噛み痕がまだ消え残る、ある日。食堂のテラス席で誰かと談笑しているナギ先輩を見かけた。
(相手、航ちゃんじゃない……)
後ろからだと背格好は、航太朗に似ている。けれど明らかに違うのは、彼の持つ雰囲気。椅子の背もたれに背中を預けた座り方をしているのも、そうだ。長い足を前に投げ出して、汚れたツナギ服のポケットに両手を突っ込んでいるところも、航太朗とは違う。
ナギ先輩と話す横顔が見えた。気だるげな目元。表情は、あまり豊かではないみたいだ。けれど薄く口角が上がっているのは、わかる。談笑……とまではいかないにしても、二人の間に流れる空気は穏やかで、何よりあのナギ先輩が優しい笑みを浮かべているのが、意外だった。
その後ろ姿はやけに楽しそうで……いや、楽しそうというよりも、嬉しそうとか、幸せそうとか、そういう花が飛んでいるような。
相手の男の人が徐に立ち上がり、去っていく。
(背ぇ高いな。てかすんごい猫背だ)
先輩に目を向けてみると、遠ざかっていく後ろ姿を目で追っている。その表情にはどこか、覚えがあった。
「お! あっくんだ」
ふと俺の視線に気付いたナギ先輩が、パッと表情を変え、こっちに向かって手を振った。
「あー……ども」
「え、うっそ。拒絶しないなんて珍しいじゃん。どしたどしたぁ~」
さっきとは違う。俺の知ってるナギ先輩だ。
呆けた態度の俺にわざとらしく驚いて見せ、すぐさま席を立って早足に近寄って来ると、無遠慮に隣に座って肩を組んでくる。
「恋の悩みかい?」
「先輩こそ。航ちゃんじゃない人と一緒にいるの、初めて見ました」
「あ、そう? てか……バレた感じ?」
さっきの様子を見て感じ取ったことを、敢えて口を噤んで訴えかけてみる。すると先輩はジッと見つめるだけの俺を見て、おでこを擦りながら「そっかぁ……」と小さく漏らして苦笑した。
「俺の好きな人、です」
その言葉には、さほど驚かなかった。
「まあ好き、だった人、っていうのが正解かな」
「え?」
「新進気鋭の日本画家。若くして海外で個展もやっちゃうような天才。斬新から繊細まで幅広く墨一本で表現する、現代に生まれた水墨画の申し子。なんて言われてる」
ポケットからスマホを取り出し、手元でスススッと操作すると、ナギ先輩は彼の作品の数々をスワイプしながら、惜しげもなく見せてくれる。
「すごい……」
「でしょ? 俺が唯一、心から惚れた人の作品です」
フフンと鼻高々な笑みを浮かべながら自分の手元にスマホを戻し、画面の中の絵を少し眺めてから、ポケットにしまう。
その柔和な瞳を見ると、口ではああ言ったけどまだ、想いは過去になっていない。そんな気がした。
「俺さぁ、見た目結構整ってるでしょ?」
「うわ自分で言うんだ。まあ、そうですね。異論はないです」
「ん、ありがと。だから子供の頃から人に見られたり注目されるのなんて慣れっこっていうかさ。それが関係してるのかは分からないけど、何も感じないんだよね」
「何も、感じない?」
「そ。悪意にも、好意にも。あ、ウソごめん。女の子から向けられる性的な目は吐き気がするほどムリなんだった」
ごめん、なんて口だけで、本心では1ミリも悪いなんて思ってない。それが顔に出てる。ヘラっと笑ってサラッと言い流す、その感じにも慣れてきた。
「目は口ほどに物を言うってさ、あれガチだよね。そういうの俺も笑顔で受け流してたら、慣れちゃった。純真無垢だった灘木少年は、様々な視線を受けながら『人の心理』を学び、やがて年月をかけて自身の性的指向に気付いていくのでしたぁー」
変わらない、クツクツと笑う声。だけどそれは内向きで、自分を嘲笑っているようにも見える。
「……あの人だけだったんだよね。何の感情もなく、俺を見てくれたの。ただデッサンの対象物としてしか俺を見ない。でもその目に俺は、まんまと惹れちゃってさ……はは、わりと単純」
両手の中で、ホットドリンクのペットボトルを転がして弄ぶ。だけど、単純だと笑う声は、複雑な感情を含んでいるように聞こえる。
(相手、航ちゃんじゃない……)
後ろからだと背格好は、航太朗に似ている。けれど明らかに違うのは、彼の持つ雰囲気。椅子の背もたれに背中を預けた座り方をしているのも、そうだ。長い足を前に投げ出して、汚れたツナギ服のポケットに両手を突っ込んでいるところも、航太朗とは違う。
ナギ先輩と話す横顔が見えた。気だるげな目元。表情は、あまり豊かではないみたいだ。けれど薄く口角が上がっているのは、わかる。談笑……とまではいかないにしても、二人の間に流れる空気は穏やかで、何よりあのナギ先輩が優しい笑みを浮かべているのが、意外だった。
その後ろ姿はやけに楽しそうで……いや、楽しそうというよりも、嬉しそうとか、幸せそうとか、そういう花が飛んでいるような。
相手の男の人が徐に立ち上がり、去っていく。
(背ぇ高いな。てかすんごい猫背だ)
先輩に目を向けてみると、遠ざかっていく後ろ姿を目で追っている。その表情にはどこか、覚えがあった。
「お! あっくんだ」
ふと俺の視線に気付いたナギ先輩が、パッと表情を変え、こっちに向かって手を振った。
「あー……ども」
「え、うっそ。拒絶しないなんて珍しいじゃん。どしたどしたぁ~」
さっきとは違う。俺の知ってるナギ先輩だ。
呆けた態度の俺にわざとらしく驚いて見せ、すぐさま席を立って早足に近寄って来ると、無遠慮に隣に座って肩を組んでくる。
「恋の悩みかい?」
「先輩こそ。航ちゃんじゃない人と一緒にいるの、初めて見ました」
「あ、そう? てか……バレた感じ?」
さっきの様子を見て感じ取ったことを、敢えて口を噤んで訴えかけてみる。すると先輩はジッと見つめるだけの俺を見て、おでこを擦りながら「そっかぁ……」と小さく漏らして苦笑した。
「俺の好きな人、です」
その言葉には、さほど驚かなかった。
「まあ好き、だった人、っていうのが正解かな」
「え?」
「新進気鋭の日本画家。若くして海外で個展もやっちゃうような天才。斬新から繊細まで幅広く墨一本で表現する、現代に生まれた水墨画の申し子。なんて言われてる」
ポケットからスマホを取り出し、手元でスススッと操作すると、ナギ先輩は彼の作品の数々をスワイプしながら、惜しげもなく見せてくれる。
「すごい……」
「でしょ? 俺が唯一、心から惚れた人の作品です」
フフンと鼻高々な笑みを浮かべながら自分の手元にスマホを戻し、画面の中の絵を少し眺めてから、ポケットにしまう。
その柔和な瞳を見ると、口ではああ言ったけどまだ、想いは過去になっていない。そんな気がした。
「俺さぁ、見た目結構整ってるでしょ?」
「うわ自分で言うんだ。まあ、そうですね。異論はないです」
「ん、ありがと。だから子供の頃から人に見られたり注目されるのなんて慣れっこっていうかさ。それが関係してるのかは分からないけど、何も感じないんだよね」
「何も、感じない?」
「そ。悪意にも、好意にも。あ、ウソごめん。女の子から向けられる性的な目は吐き気がするほどムリなんだった」
ごめん、なんて口だけで、本心では1ミリも悪いなんて思ってない。それが顔に出てる。ヘラっと笑ってサラッと言い流す、その感じにも慣れてきた。
「目は口ほどに物を言うってさ、あれガチだよね。そういうの俺も笑顔で受け流してたら、慣れちゃった。純真無垢だった灘木少年は、様々な視線を受けながら『人の心理』を学び、やがて年月をかけて自身の性的指向に気付いていくのでしたぁー」
変わらない、クツクツと笑う声。だけどそれは内向きで、自分を嘲笑っているようにも見える。
「……あの人だけだったんだよね。何の感情もなく、俺を見てくれたの。ただデッサンの対象物としてしか俺を見ない。でもその目に俺は、まんまと惹れちゃってさ……はは、わりと単純」
両手の中で、ホットドリンクのペットボトルを転がして弄ぶ。だけど、単純だと笑う声は、複雑な感情を含んでいるように聞こえる。
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