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愛されてるって錯覚しそう

ルームシェアを断った理由

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「じゃあ、おやすみ」
「うん」

 あぁ、やだな。ほんとは家に帰りたくない。もっと航太朗と一緒にいたい。

「……また、したくなったら……いつでも言って」
「わかった」

 そうやって、他の人たちにも言ってるんだろうな。
 そうやって、優しい声で微笑んで。

「……ねえ。ここには、他の人たちも来たことあるの? たとえば……あの先輩とか」

 このタイミングで聞いたらセフレっぽくない。わかってるけど、湧き上がってくる嫉妬心が、俺の口を開かせていた。
 恐る恐る様子を窺うせいで、上目遣いになる。だけど俺を見つめる航太朗の目は、微笑んだまま。

「来たことないよ。誰も。この家には、あっくんしか入れないって決めてるから」
「――っ!」

 なにそれ! なにそれ! 待ってめっちゃ嬉しいんだけど!
 え、やばどうしよ、心臓すげぇバクバクいってる。俺しか入れないって決めてるって、キュンなんですけど。は? え、これ夢? 俺の妄想? 航ちゃんに言って欲しいことの幻覚を脳内で作り上げちゃった? なんて返事したらいい? こういう時っていつも俺、どうやって返してたっけ。

「俺しか、入れないって?」
「うん」

 ちょとっとだけ、声が震えた。
 幻覚じゃなかったあ! 妄想でもなかった! うわ、まじでやばい。俺、顔赤くなってないかな? 顔面すんごい熱いんだけど。 

「……あれ?」
「ん?」

 思い出した。そういえば、なんてふと思い出してしまった、高三の冬のことを。

「じゃあさ、なんでこっち引っ越してくるとき、ルームシェア断った?」

 そうだよ。同じ大学受かって田舎から東京に出るって話したとき、わりと頑なに拒否されたんだ、俺。

 航太朗も家出て東京に住むって言うから、「だったら向こうで一緒に暮らそ!」って言ったら、「いや一緒に暮らすのは、ナシかな」って。気まずそうな顔で苦笑いを浮かべるから俺も誤魔化すように笑ったけど、それなりに傷ついて、だけどなんか諦めたくなくて、同じマンションに住むっていう妥協案を出したら渋々オッケーしてくれたんだ。それって今思うと、男の人を家に招きたいからだったのかなって、思ったのに。

「あー……」
「なんでだよ。あのときなんで断った? もともと俺しか入れないつもりだったんならルームシェアでもよかったじゃん」
「いや、だってあの頃はまだゲイバレしてなかったでしょ。だから、一緒に住んでて何かの拍子にバレたりするの怖かったし、あっくんとはずっと親友でいたかったからさ……」

 あぁ、そういうことか。納得すると同時に、胸が痛んだ。

「……ごめん」
「え?」
「俺が壊したんじゃんね。航太朗の気持ち……」

 陳腐な謝罪の言葉しか出てこない。航太朗からすれば、こんなのじゃ補いきれないくらいの苦悩があったかもしれないのに。
 結局その思いとは裏腹に、サイアクな形で俺とラブホの前で鉢合わせて、その上俺のお願いなんか聞く破目になって……
 バレたくなかった。俺とは親友でいたかった。そんな航太朗の思いを俺は、踏みにじっちゃったんだ。しかも奔放にあらゆる手段を使って今、繋ぎ止めちゃってるまである。

「ほんと、ごめん。今更だけど、まじで……」

 でもじゃあどうすればいいのかなんて、わかってるけど考えたくない。自分の気持ちに気付いちゃったから、絶対離れたくないし。

「謝らなくていいよ。今もまだこうしてそばに居させてくれて、嬉しいんだから。むしろ、ありがと」

 そっと両手を取られた。優しく握ってくる、航ちゃんの手。その温もりに、胸がキュッとなる。

「……航ちゃん」

 俯く顔を静かに上げて航太朗に目を向けると、何故か随分と穏やかに微笑んでいた。
 なんでだよ。なんでそんなに、俺を甘やかすの。俺はずっと、航ちゃんにサイテーなことしてるのに。感謝したいのは、俺の方だっていうのに。

「眉間、シワ寄ってる」
「んっ」
「ほら笑顔ぉー」

 息を吐き出して笑いながら、人差し指で眉間をグリグリと解されて、両頬を軽く摘ままれた。無理やり引き上げたくせに、俺の顔を見て航太朗は小さく声を上げて笑う。

「笑って。あっくん。始める時は戸惑ったけど、今は存外このカンケイ、気に入ってるから」

 そう言った航太朗の言葉はウソじゃないって、すぐにわかった。
 俺を真っ直ぐに見つめる瞳は揺れていない。摘まんだ頬を包む手も、震えてないし、温かいから。

「キス……してもいい?」

 その温もりが頬を離れていき、そっと俺の指先を取って握った。

「っ……うん」

 拒否なんてするわけない。俺も今、したいと思ってた。
 両手を捕まえられたまま見つめ合い、俺たちは唇を触れ合わせる。
 ゆっくり、静かに。改めて感じる、航太朗の唇の柔らかさ。
 胸の真ん中から、ジワジワ、ジクジク。熱と痛みが広がっていく。

「ありがと」

 離れていった航太朗は、満足げな笑みを浮かべた。
 いいの? ほんとに。でも航太朗の笑顔が消えないなら、これでいいのかも。

「航ちゃん明日一限からだっけ?」
「うん、そう」
「俺もだから、じゃあ明日はひさびさ一緒に行く?」
「そだね」
「よし。てぇことでぇ……航ちゃんち、泊めて?」
「ん、いいよ」

 笑顔を見せ合って、いつも通りの会話。俺のふざけた口調に、航太朗は笑って答える。
 一度外に出たけどまた引き返した。
 二人で家に入って玄関を上がり、航太朗の後ろを付いて歩く。
 よかった。やっぱり、これでいい。これでいいんだ。
 ごめんね航ちゃん。まだもう少しだけ、その優しさに甘えさせて。

「立ち話して、ちょっと冷えたよね。ホットミルク作ろうか?」
「え、まじ航ちゃん優しい神すぎる」
「ふはっ。そうでしょー。……好き?」
「うん、好き。惚れちゃう!」

 他愛ない会話の中、冗談交じりになら伝えられる、好き。
 どさくさに紛れて背中に抱き着くと、航ちゃんは衝撃を受け止めつつ俺の腕を掴んで、自分の身体に巻き付けた。

「ねえ歩きづらいんですけどぉー」
「自分からくっついたくせに。いいじゃん。キッチンまで」

 なんて言いながら更に腕を強く握られて、満更でもない俺である。
 ああー、幸せだ。航ちゃんとこうしていられる時間が、何よりも幸せ。
 今って親友モードだっけ。セフレモード? まあいっか、どっちでも。

「ホットミルク、ちょっとだけハチミツ入れて?」
「はいはい」

 航ちゃんの肩に顎を乗せて、歩幅を合わせながらぎこちなく歩く。
 しゃべると声が胸に響くのを心地よく感じて、キッチンまでの距離がもっと長ければいいのにと思った。

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