チョコよりも甘い恋

朝賀 悠月

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君に打ち明けよう

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 ついに文化祭当日がやってきた。
 戸山と北野のクラスのお化け屋敷は本格的だと大盛況で、はじめのうちは疎らだった客も、噂が噂を呼び気付けば入り口の前に行列ができるようになっていた。
 戸山は実行委員の腕章をつけて、校内を巡りながら写真を撮っていく。
 校門に掲げられた文化祭のアーチ、中庭で調理科が料理を提供する “青空カフェ”、校舎に入って一年生から三年生まで、自分のクラスのお化け屋敷は行列の画も入るように俯瞰で撮った。
 皆の楽しそうな笑顔をたくさん写真に収められるのは、実行委員の仕事とはいえ、戸山にとっては至福の時間だった。


「北野、ちょっといいか」
「……星崎」

 休憩を取るために交代でお化け屋敷の中から出てきた北野と、同じく休憩を取ろうと隣の教室から出てきた星崎が、偶然にも出会した。
 星崎はこの機会を逃すまいと北野を呼び止め、人があまり通らない廊下の片隅に連れてくる。そして北野と向き合って真剣な表情をして見せながら、同じように真剣な顔をして星崎を見るその目を、しっかりと見据えた。

「俺別に、お前のこと嫌いじゃないよ」
「え?」
「だけど!あいつの事泣かせたら、俺はお前を嫌いになる」
「何言って……」

 急な星崎の牽制に、北野は眉間にシワを寄せて顔をしかめる。

「だからもし!まだあいつを想う気持ちが少しでもあるんだったら……写真部の展示、観に来てくれ」

 星崎の強い眼差しが、北野の胸を突く。

「……行こうと思ってたよ、今」
「そっか、ならいいや。それだけ。じゃあ」
「あ!星崎!……ありがとう」

 北野に礼を言われるとどうにも擽ったいような気持ちになった星崎は、頭を掻きながら照れたように俯いて、口角を上げるだけで口元に笑みを作ると、小走りで廊下を去って行った。


 北野は星崎の言葉を受けて、直ぐ様写真部の展示スペースに向かった。
 昨年は体育祭の年だったから見られなかったけれど、二年前のあの日に文化祭で観た桜は、まだずっと、消えることなく脳裏にあった。今年はどんな写真が観られるのだろうと、北野はワクワクしていたのだ。
 この日を、ずっと待っていた。
 写真部の展示スペースが近づき、北野は急いできて乱れた呼吸を整えながら、その場所に一歩、足を踏み入れる。すると、入った正面に大きな写真が飾られていて、見るとそれは、二年の冬に戸山と丘の動物公園に行った時にいつの間にか撮られていた、北野自身の写真だった。
 夕方の薄暗くなる景色に、広場を照らす白んだ街灯が、甘く柔らかに微笑みながら振り返る北野自身の綺麗な顔を映し出した、誰もが息を呑むような写真。

『あ、今撮った?』
『とっ撮ってない!』
『ウソだ、撮ったでしょ。見せてよ』
『やだ。つか撮ってねぇって!』

 あの時の会話が、思い起こされる。
 二人の思い出が、じわじわと蘇る。
 ふと視線を下に向けてタイトルを見ると、北野は、戸山を探すために走り出さずにはいられなかった。


【チョコよりも甘い君  戸山健太】


 北野は、色んな人から手懸かりを聞き出して、なんとか戸山の居場所に辿り着いた。
 実行委員として皆の楽しんでいる姿を写真に収めている戸山は、思った通り幸せそうで。あんな笑顔を久しぶりに見たなと思ったら、胸の奥がじわじわと熱くなっていくのを感じる。

「戸山!」

 見つけたその場所から堪らずに大きな声で名前を呼ぶと、振り返って北野の存在を確認した戸山は瞬時に困った様子で表情を曇らせ、じりじりと後退しながら今にも走り出そうとする。それを北野は追い掛けて、戸山の腕をガシッと掴むと、文化祭で使っていない教室を探し出して連れ込み、鍵をかけた。

「き、北野……ちょっちょっ!」

 北野は戸山を壁際まで追いやると、向き合っても目を合わせようとしない戸山の顔を両手で押さえ込み、自分と目を合わさせようと試みる。

「なんで、避けるの。ずっとずっと……なんで僕の目も見てくれないの?」
「顔もげる、はなせよ……!」

 戸山が自分の顔を両手で挟み込んで離してくれない北野の手首を強く掴みながら、覗き込まれる目から逃れようと視線を動かすので、北野は一気に確信に迫ろうと、戸山に言い聞かせるように低音の穏やかな声色を響かせた。

「……写真、見たよ」
「えっ!?」
「やっと目ぇ合った。僕が見に行かないと思った?僕は戸山の写真のファンなのに」
「なに、それ……」

 自信に満ち溢れたような表情をして、目を細めながら自分のファンだと公言する北野の目を見つめながら、イマイチ言葉の意図が掴めなくて瞳を泳がせる戸山に、北野はもう一歩と、今度は真剣な眼差しと声色で、追い打ちをかける。

「……なんか……告白された気分になった」

 そう言った瞬間、戸山の顔から首もと、耳までが一気に熱くなっていく。
 それを北野は自身の手のひらで感じ、胸がドクンッと音を立てて愛しさで締め付けられ、思わず戸山を抱き締めてしまった。

「きた、の?……え?」
「ゴメン。可愛くて胸が……握り潰されるかと思った、今……」
「はあ?意味わかんねぇ……」

 戸山は戸惑い嘲るように小さく笑いつつも、北野の温度を久しぶりに感じて、離さなきゃと思うのに心地好くて、突き離すことができない。
 それは北野も同じで、戸山の体温と胸の辺りで重なる鼓動が心地好くて、腕を離せなくなってしまった。

「……嫌じゃない?」
「別に……イヤじゃない」
「よかった……僕は、嫌われたんだと思ってた、ずっと。きっと知らずに僕は、戸山のこと傷つけちゃってたのかもしれないって」
「違うよ!嫌うわけねぇじゃん!」

 戸山が突然に大声を出して全力の否定をするので、北野はビックリして恐る恐る体を離し、俯く戸山の顔を覗き込むように見つめた。けれどまた、戸山とは目が合わなくなってしまった。

「なんで俺が嫌いになるんだよ……嫌われるなら、俺の方だろ……」
「戸山……?」
「……俺、今まで誰かを恋愛とかの意味で好きになるとかそーゆう感覚一度もなかったから、北野を見てドキドキするとかキュンキュンなる現象がワケわかんなくて、なんか勝手に涙が出てきたりするし、それを星崎に相談したらそれが “恋”ってやつだって教えてくれて。だけど、北野には好きな人がいるって知っちゃったから、そしたら、普通にしようとしてたのに目も合わせらんなくなっちゃってそれで」

 捲し立てるように早口で話す戸山を見て北野は呆気に取られながら、慌てて戸山の口を片手で塞いで言葉の洪水を塞き止めた。

「ま、待って戸山。今サラッとすごいこと言ってるけど……えっと、つまりそれは……」

 聞いてもいいものかと考えあぐねながら口ごもっていると、チラリと視線を上に向けた戸山と目が合って、北野は喉を鳴らして唾を飲み込み改めて、問い掛けた。

「戸山の初恋は、僕……ってことでいいの?」

 こくん。と、戸山は確実に頷いた。
 しかし自分の口を塞ぐ北野の手をそっと掴んで外すと、そのまま申し訳なさそうに俯いて、また目を伏せてしまった。

「ごめん、ごめんな北野。俺、言うつもりなかった……」
「なんで?」
「だって、好きな人いるって……可愛い子って言ってたから、仕事関係の女の子だろ?」
「ちがうよ」
「えっじゃあ、学校のやつ?……あ、要塞の中にいるのか……」

 ただでさえ北野よりも小さい身長が、さらに小さくなっていくように見える。
 可愛いな……なんて思い見つめながらも、どんどん落ち込んでいく戸山を掬い上げるように、北野は戸山をキツく強く抱き締めた。

「っ……北、野?」
「ごめんね、戸山。僕がもっと男らしかったら、こんなに苦しめなかったのにね」
「え、っ……?」
「一年の時に、戸山を見かけて一目惚れしてから僕はずっと……ずっと戸山のことを好きだったのに……仲良くなれたら、想いを伝えるのが怖くなった。嫌われるのが怖くて、戸山が……僕の前から消えちゃうのが怖くて」
「そ、んなこと……」

 初めて聞かされた事実に、戸山は戸惑いつつもなんとかして受け止めようと、北野の腰の辺りの服をギュッと強く握り込んでみる。

「プラネタリウム、観に行った日……くさいこと言うけど運命かと本気で思ったんだ……だけど勇気がなくて、せめて戸山が気付いてくれるようにって卑怯な方法で伝えるしか出来なかった。そしたら……戸山が離れていっちゃって……バカなことした、嫌われたんだって……女々しいね、僕は」

 北野の胸に顔を埋めながらブンブンと首を何度も横に振って、戸山はそんなことないと伝える。

「戸山、健太くん」
「……はい」
「僕も、好きです。戸山のことが、ずっとずっと、好きです」

 目が合うだけの隙間を残して北野は体を離し、戸山の瞳を逸らすことなく真剣な表情で見つめながら、ちゃんと想いを伝える。
 すると、戸山の瞳はみるみるうちに潤んでいき、北野の目を見つめたままで幾つも涙の粒が零れていった。

「……え?あれ?……うわ、ヤバい……なにこれ……っ」
「戸山?」
「あ、はは……っ、涙とまんねぇ……」

 自分の好きになった人が、自分を好きだと言ってくれた。
 恋ってすげぇ……すごく、幸せだ……

 戸山の涙腺は決壊したダムのようになって、拭っても拭っても溢れ出る涙が止まらない。
 もうなんだか面白くなって、自分で笑ってしまう。
 そんな戸山も北野はすごく愛しく思えて、一緒に指先で涙を拭ってやりながら、膝を折って目線を合わせると、顔を覗き込むようにして見つめながら、優しい声色でお伺いを立ててみる。

「……戸山……キス、しても大丈夫?」

 照れくさくて上目遣いに北野と目を合わせると、小さくコクリと頷く戸山。
 北野は戸山を逃がさないように、両手を耳元にかかるように添えると、怖くないように親指で頬を撫でてやりながら優しくゆっくりと、お互いの唇を触れ合わせた。

「……平気だった?」

 そっと唇を離して目を合わせ、北野は戸山を気遣って問い掛ける。

「ん。…………もっかいしたい」
「ふふっ……うん、もう一回しよ」

 戸山が恥ずかしそうに頬を赤く染めながら、自分の頬を包んでいる北野の手首辺りを遠慮がちに掴む。そして極めて小さな声で上目遣いにおずおずとおねだりをしてくるので、その様子があまりにも可愛すぎて、北野は堪らずに息を漏らして笑った。
 今度は逃げないと解ったから、北野は目を瞑ってキスの感触を待つ戸山の唇に、人差し指を押し付けるイタズラをした。
 すると戸山は、先程感じたのとは違う感触に気付き目を開ける。
 戸惑いの色を見せる戸山に、北野は子供のように歯を見せて二ッと笑う。
 そんな北野の知らない一面を見た戸山は少し悔しそうに彼の胸を拳で軽く叩くと、互いに視線を合わせて笑いながら、二人は再びゆっくりとキスをした。





《おしまい》
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