チョコよりも甘い恋

朝賀 悠月

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初恋と、失恋

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 戸山は最寄り駅に帰り着くと、その足で駅前からバスに乗り、今日休んだ星崎の家に向かった。
 最寄りのバス停からさらに歩き、星崎家に到着してインターホンを鳴らす。はーい、という声がして玄関の引き戸を開けてくれたのは、星崎の母親だった。お見舞いに来た旨を伝えると、母親は戸山を快く迎え入れ、二階にいる星崎に向かって聞こえるように、大きな声で戸山の到着を知らせた。勝手に入っちゃってね、と伝えられると、戸山はお邪魔しますと一言挨拶をして、階段を上がって星崎の部屋へと向かった。

「おう、来たぞー」
「んー」
「なに、お前が風邪拗らせるなんて珍しいじゃん」
「あぁ……」
「たしか中学ん時もあったよな。隣のクラスの由美ちゃんにフラれた時……あ。もしかしてまた失恋か?」

 一応ノックをして星崎の返事を待たずに部屋のドアを開けると、戸山は駅前のコンビニで買ったポカリスエットをビニール袋に入ったまま星崎に手渡して、矢継ぎ早に話を進めながらベッドの端に無遠慮にドカッと座った。

「はっ、ちげーわ」
「なんだー。慰めてやろうと思ったのに!」
「ちょっ、やめろよ!もぉ。俺病人!」

 掛け布団を剥いで上体を起こしている星崎に迫り、戸山が悪戯っ子な笑顔をしてみせながら頭をワシャワシャっと強めに撫でてやると、星崎はその手を振り払ってベッドから抜け出ていった。

「つうか、悪かったな昨日」
「ん?……あぁ、いいよ別に」
「どうだった?」
「いやもう、素晴らしかったよ!やっぱさあ、星っていいよなぁ。あ、これお土産~」
「じゃなくて、北野と」

 戸山に貰ったポカリスエットを何口か飲んで、適当に手渡されたお土産の袋を開けながら、星崎は核心をつく。

「遭遇したって送ってきたじゃん。あんな所で会うなんて、お前らよっぽど縁があるんだなって思ったよ」

 戸山が星崎に買ってきたお土産は、星崎が自らリクエストした食品サンプルのキーホルダーだった。それを学校指定のカバンに付けながら言って振り返ると、戸山が下を向いて、今にも泣き出しそうな顔をしていたので、ほぼ初めて見たに近い戸山の様子に星崎はギョッとした。

「星崎ぃ……」
「なん、え?どっどした?戸山」
「……渉ぅ……わたるん……」
「いやちょっ、とわかんねぇけど……どした~?健太」

 戸山のそばに寄ってベッドに並んで隣に座ってやると、急に甘えモードが入ったのか、小学生の時以来ぶりに下の名前で呼び掛けられたので、星崎は戸惑いつつも同じように下の名前で呼んでやった。
 すると戸山は、沈むように体を丸めながら深い深い溜め息を吐いて、星崎のパジャマの袖をギュッと握り込んだ。

「……なあ、恋ってさ……なに?」
「……は?」
「恋ってさ、するとさ、どうなるもん?」
「えぇー……」

 ついに来たか、と星崎は思った。

「んー、例えば……胸がドキドキしたり、キュゥッてなったり、その人の事を考えると苦しくなったり、胸が痛くなったり……」
「うん……」
「ふとした時に頭に浮かんできたり、考えちゃったりして、顔とか熱くなっちゃったり?毛穴がぶわって開く感じとか?」
「毛穴がぶわ……」
「いや、それはいいや。……あ。あー……あと、その人を想うと涙が出そうになる」

 戸山は星崎に教えて貰う感情を口で小さく唱えながら、北野の事を思う。
 北野が要塞を越えてくれた日からこれまでの自分のクルクル廻るような感情の変化を当てはめてみて、疑っていたものがゆっくりと、確信に変わっていくのを実感した。

「あー……まじか。どうしよ、マジかぁ……」
「戸山?」
「俺さ、北野といるとドキドキしちゃうんだよ。目が合うと顔面が熱くなっちゃうし、ちょっとしたことで胸がさ……なんかワケわかんなくなって、涙出てくるしさ、」

 言いながら、戸山の頭の中は北野の事でいっぱいになっていって、その想いが溢れそうになるから涙がまた、滲んでくる。
 星崎は、はぁ……と小さく一つ溜め息を漏らすと、徐に戸山の肩を両手で掴んで、自分の方を無理矢理向かせ、しっかりと目を合わさせた。

「戸山。漸く気付いたな」

 星崎からの確証を得て、戸山の目から溢れた涙が、頬を一筋綺麗に伝った。
 そんな綺麗な涙を流す戸山の髪に指を通して、星崎は優しく後頭部を撫でる。

「……で、因みになんだけど。俺も実は、お前が好きだ」

 言いながら真剣な眼差しで見つめられ、戸山は突然星崎に気持ちを打ち明けられた。
 幼馴染の唐突過ぎる告白に、戸山は訳が分からず戸惑い目を泳がせる。

「……は?」
「戸山のことが、好きだ」
「え?いや、ちょっとまっ、ぇえ?!」

 大事なことは二度言うように、星崎は言葉を強めて戸山に思いを告げる。
 抱き締めて、その勢いのまま戸山を後ろに押し倒して、ベッドに縫い付ける。
 星崎が戸山にのし掛かるようにキスをしようとするので、戸山は咄嗟に身を守ろうと顔の前に両腕を出してガードの体勢を取った。しかし……

「って、思ってその先の事も考えたけど、ムリだったよねー!俺、お前とそーゆう関係にまではなれねぇや、って気付いたんだ」

 そう言いながら星崎は、自ら体を離すと戸山をグイッと引き起こしたので、戸山は訳が分からず混乱して、眉間に皺を寄せながら瞳を揺らした。

「な、何だよそれ!」
「ほら、あの時。俺が野球部のやつに呼ばれてさ、一緒に写真撮りに行けなかった日あっただろ?あの帰りにさ、お前と北野が一緒にいるとこ見ちゃってさ、モヤモヤ……って、なったんだよね」

 目を伏せながらあの日の事を思い出して、星崎は苦く笑いながら机の上に置いたポカリスエットを取りに行く。

「だって、コンビニの前でお前らイチャついてんだもーん」
「いっ、イチャついてるとか、そんなんなかっただろ!」
「まあまあ。んで、何で俺胸がざわついてんだろ、恋かな?とか思ったわけ。したらさ、なんか……色々考えたら、ただの幼馴染みとしての独占欲だった。俺がいたはずのお前の隣を、奪われたくないだけだった」

 ポカリスエットを一口飲んで、また机の上に置くと、戸山の隣に戻ってポンっと優しく頭を撫でた。

「な?恋って案外、単純なんだよ」
「星崎…………あ。それで、考えすぎて知恵熱か」
「うっせ!」

 格好いいこと言ってるな、と自惚れるようにドヤ顔をして見せたのに、戸山に余計な一言を言われてしまったので、星崎は思わず戸山にデコピンを食らわせてやった。

「だから俺は、戸山の恋を応援します!」

 女性アイドル顔負けの声色を作り出して、星崎は顔の横でガッツポーズをしてみせる。
 戸山は星崎が自分を元気づけようとしてくれていることに嬉しくなった。けれど、それと同時に大事な事まで思い出して、折角笑えそうだったのにまた、気分が沈みかけてしまう。

「……あ」
「お?」
「でも今日、一緒に帰ってる時そーゆう話になって、北野……好きなが人いるみたい、だった……」
「はあ?!」
「……はは。なんだ俺、恋ってやつが解った途端フラれちゃってんじゃん。だっさ!」

 ダサすぎて、恥ずかしくて、泣きたくなる。
 昨日のことも、その時々で感じた感情も、全部無かったことにしたい……

「なんだそれ、そんなわけ」
「あー……しかも俺、北野と進級製作一緒にやろうって約束しちゃった」
「進級製作?」
「そ。一年の集大成を作品で示せって、うちの担任が」
「そんなんやるんだ……」
「うん。…………でも、まあ、二人でやるって決めたのに急にやっぱやめよ?ってのも、なんか変に思われちゃうかもだから、取り敢えず、進級製作はガンバるよ。そしたらもう、また元に戻るから……」

 元の、要塞の中と外の関係に……

 恋を自覚したことで、戸山の胸の傷が抉られて、涙で視界が滲んでくる。
 星崎はただ慰めてやることしか出来ないが、気にせず戸山が泣けるように、肩をグッと引き寄せて抱き締め、暫くは優しく背中を擦ってやっていた。
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