チョコよりも甘い恋

朝賀 悠月

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初恋と、失恋

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 翌日、息子の体調がまだ思わしくないようだから休むみたい、と星崎の母親から連絡が入り一人で登校した戸山は、教室へ向かう間に友人と出会す度に、相方がいないと茶化された。

「お!戸山、片割れどした?」
「お!戸山、旦那今日休みか?」
「旦那がいねぇと寂しいなー、戸山」
「あーもーうっせぇな!あいつは俺の旦那じゃないし別にいなくても寂しくねえよ!」
「あらあらー」
「またまたーぁ」

 まるでお喋りとウワサ好きの奥様方みたいに友人たちはウフフ、オホホと笑いながら口元を指先で覆い隠す。
 星崎が休んだせいで散々茶化され回ることに腹を立てながら、なんとか教室の前まで来た戸山は、全開に開いている後ろの扉を潜っていくと、いつものように後ろ通りまーす、と言いながら要塞の外側を歩いて漸く自分の席に辿り着いた。

「戸山くん、今日旦那っち休みなの?」
「だぁから!星崎は旦那じゃないって言ってんでしょ?」
「えー?腐女子の勘は当たるんだぞ?」
「当たってねぇよ」

 中学の時から何だかんだで付き合いのある女子までもが、変に星崎の事を気に掛ける。
 戸山と星崎は昔からずっと一緒にいるからそれが当たり前になっていたけれど、周りから見ると確かに、一緒に居すぎると思われることがあったのかもしれない。
 戸山とその女子が暫く話し込んでいると、ふいに教室の後方から声を掛けられた。

「戸山!」
「んー?……あ……え、っ?」

 戸山が声のした方へ振り返ると、その声の主が北野であったと瞬時に気付く。
 何故なら北野が、頭一つ飛び出た要塞の中からキラッキラの笑顔を戸山に向けて、ヒラヒラと手を振っていたからだ。

「おはよ、戸山」
「お、はよ。北野」

 戸山は北野の笑顔を見ると、昨日一日の出来事が走馬灯のように駆け巡って胸が高鳴り、手を挙げて普通に挨拶を返したつもりでも、動揺したせいで声が掠れてしまった。
 昨日の今日で、なんだか少し照れくさくて、頬がどんどん熱くなる。

「お?おやおや?戸山くん、これは?」
「な、なんだよ。あ!お前また!すぐそーやって俺と誰かをくっ付けたがる!ほんっと悪い癖だぞ!」
「はーい、気を付けまぁーす」
「ぜってー気を付けねえだろその言い方」

 とんだお調子者の女子は、口を尖らせて後頭部に手を添え首を鳩のように動かしながら、自分の席へと戻っていく。戸山はその動向を追ってもう一度牽制し、ふと要塞へと目を向けてみたら、あちらもあちらで騒がしくしていて、何やら黄色い歓声のようなものが上がっていた。要塞の中心にいる北野は何やら照れたように笑っていて、うっすらと頬が赤く染まっている。戸山は、そんな北野を見るのも初めてだった。

「ほーい、席に着けー」

 担任が教室へ入ってきたことで皆が散り散りになって自分の席に着き、朝のホームルームが始まった。

「えー君たちは、無事に全員進級できます。やったね!ただー、このまま普通に進級しても面白くないので、進級製作をしてもらおうと思います。君たちは、芸術メディアコースですね?折角ここで芸術を学んでいるのだから、まずはこの一年で習得出来た自分の自信作を、先生に見せてください。将来の夢を表現するのもいい。一人でもいいし、誰かと一緒に作ってもいい。まあー、特に何も思い付かなければ、先生の絵でも書きに来なさい。どんなポージングでもしてあげよう!」

 担任が腰をくねらせ片手を後頭部に寄せてセクシーなポーズをして見せるので、教室内に、笑い声が響き渡る。
 この面白おかしい担任のおかげで、戸山たちのクラスは毎日笑いが絶えず仲が良いと、校内でちょっとだけ有名になっている。隣の情報処理コースからは時折ウルサイ!と苦情が入るので、一応は気を付けているつもりだが、それでも面白ければ笑いは溢れてしまうものだ。
 締め切りは春休みに入る前までと、緩い期限が設けられ、生徒がそれぞれにソワソワする中、ホームルームは終了した。
 さて何をしようかと、一限目が始まるまでの休憩中に皆が騒がしく相談し合う。
 漫画、小説、建築模型にインテリアデザイン。複数人が集まって大きなオブジェを作ろうと目論んでいる男女や、大きなキルティングアートを作ろうと話し始める女子たち。皆 “ものづくり”が大好きなので、新たなチャレンジにワクワクした面持ちで有意義な時間を過ごしている。
 戸山も例に漏れず、どんなテーマで提出しようかと早速ノートに書き出し始めていた。

「戸山は、写真?」

 顔を上げて、ボールペンの頭で口元をノックしながら戸山が思案していると、席を外している前の生徒の椅子を引き出して、北野がそこに座り、戸山の顔を覗き込むようにして目を合わせてきた。
 戸山は驚き目を大きく開いてみるが、気にせず目線を落として思い付いた項目を再びノートに書き始める。

「ん。この一年で撮ってきたやつを、写真集にする」

 北野は、真剣にノートと向き合い頭の中に浮かんだ構想を書き出している戸山を見つめながら、一緒に何かができないかと考えた。戸山と一緒に自分も何か形に残したい、戸山の夢に自分も関わりたい、役に立ちたい……と。
 そこでふと思い浮かんだのは、表紙のデザインだった。

「ねえ戸山、僕に……表紙のデザインをさせてくれないかな?」
「……え?」
「戸山が作り出す写真集、僕にも関わらせて欲しいな……って、思ったんだけど……ダメかな?」

 北野の思いがけない申し出に、戸山は目を丸くしながら首を横に縦にと何度も振って応える。それを見て北野は、眉を垂らしながら声に出して豪快に笑った。

「なにそれ、どっち?」
「いっ、いい!嬉しい!北野と一緒にやれるなら、俺……」
「……良かった。断られたらどうしようかと思った」

 今度は優しく微笑んでみせる北野に、戸山の胸がトクン、と音を立てる。
 予鈴が鳴り、散り散りになっていた生徒たちが自分の席に戻ってくる。戸山の前の席の男子も戻って来たので、北野は戸山と放課後一緒に帰る約束を取り付けると、自分の席へと戻って行った。
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