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戸山と星崎と、北野
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駅のホームで、戸山は高校の最寄り駅に向かう電車を待っていた。
他の線との乗り換え連絡駅で尚且つ通勤通学の時間帯ということもあり、ここから乗る県内外各校へ向かう学生、職場へと向かうサラリーマンや女性たちで、ホームはそれなりにごった返している。
田舎は電車の本数が少ない。いくら通勤通学の時間とはいえ “一時間一本 ”に毛が生えたようなものなので、平日のホームや駅構内は老若男女入り乱れ通行するのも息苦しくなるような、或る意味カオスな空間なのだ。
だから、戸山と星崎はいつも落ち合う場所を決めていた。
三番線のホーム六両編成の五車両目、一番扉の停車位置が、戸山と星崎の待ち合わせ場所。
「戸山おっはー」
「はよー」
「今日もさみぃな」
「だなー」
駅まで程好く歩ける距離にあるマンションに住む戸山がいつも先に来て、後から車で駅まで親に乗せてもらって来る星崎を、五車両目の一番扉前に並ぶ列で待つ。
今日も星崎は、肩を竦めてマフラーで鼻まで覆って首を無くすスタイルで、大きなあくびをしながら戸山との待ち合わせ場所までやって来た。
「あー、早く春来ねーかなー」
「もうさ、毎年言ってんな、この時期」
「だあってさぁ、さみぃのキライなんだもん。肩凝るし」
「いつも首無しスタイルだからだろ。肩を下ろせ、肩を」
「おわっ!ちょっやめろ戸山!」
星崎の竦めて上がった肩を、戸山は両手で掴んでググッと押し込んだ。体重をかけられて擽ったそうに星崎は避けようと試みるが、前後の間隔が詰まっていて思うように動けない。致し方なく観念してされるがままになると、戸山はマッサージをするように星崎の肩をゆっくりと揉み込んだ。
「マジで凝ってんなー。ガチガチじゃん」
「そうなんだよ。あー、気持ちイイ。もっとやって」
「ん。電車来るまでな」
少しすると、三番線のホームに電車が到着する旨のアナウンスが流れ始めた。
戸山はマッサージを止めて星崎の肩を両手でポンッと叩くと、首回りの乱れたマフラーを綺麗に直してやり、車の中で少し居眠りをしていた形跡のある後ろの髪を、手櫛でササッと整えてやる。星崎も、戸山の姿を軽く見回してやって、乱れていない髪の毛先を直している風にいじりながら、今日も完璧だな、と呟いた。
電車に乗り込み、ここから約四十分。
最寄り駅に到着するまで音楽を聴いたり本を読んだり眠ったり、あるいはスマホをいじるなどしながらみんな思い思いにこの時間を遣り過ごす。
戸山と星崎も例に漏れず、スマホでゲームをしたりニュースアプリを二人で見たりしながら過ごすのだが、今日は戸山が、並んで吊革に掴まって立ち位置を確保するなり、息を吐くように話を始めた。
「こないださぁ……」
「おぉ、どした」
「雪降ったじゃん」
「あぁ、あの日な」
「そうあの日。……北野がさ、来たんだよ」
「……は?え、どこに?」
「河川敷。橋の上で、俺のこと待ってた」
「まっ、てた?え?戸山のこと?」
「うん」
「えなんで?要塞の中の人なんじゃなかったの?」
「そう、なんだよ……そうなんだよなあ!」
考えれば考えるほど、戸山はわからなくなっていた。
家に帰ってコートのポケットからあの可愛い箱を取り出して、ベッドに寝転がって見つめながら、件の出来事をよく思い返してみた。
あの時は、要塞の向こう側から飛び出してきた北野に驚いたのと同時に嬉しくて、なんだか変に舞い上がってしまったけれど、あの状況はまるで、何度か見たことのある告白の現場に近いものがあった。
照れたように笑う顔も、囁くように紡ぎ出された言葉も、あれは北野が本来女の子に見せるはずの一連だったように思えるし、そもそも急に仲良くなりたいだなんて、何かのドッキリ企画なんじゃないかとさえ思えてくる。もしかしたらあれは、何かの間違いだったのではないかと。
「あの日さ、バレンタインデーの前の日って知ってた?」
「あー、うん。知ってた」
「知ってたの?!」
「うん。俺何個かチョコ貰ったし」
「マジかよ!」
「で?どしたん?」
「あぁそんでさ、バレンタインデーだからって、北野が……焼き菓子くれたんだよ。手作りの」
「はあ?!おいマジかよすげぇじゃん何それ!」
「チョコ味でさ、あいつ、俺がチョコ好きなの知ってて」
「え、マジ?なんで?」
「なんか……俺と仲良くなりたかったんだって」
言葉にしてみたって、未だに実感は湧かない。
北野は本当に、俺と仲良くなりたいだなんて思ってんの?
「食った?」
「食った。めちゃめちゃ美味かった」
美味くて、俺のために作ってくれたんだと思ったら尚更嬉しくて、胸の奥がキュゥって鳴って、優しく包まれた気分になった。
なんて思ったことは、星崎には恥ずかしくて言えないなと思いながら、戸山は吊革を掴む腕で自分の顔を隠すように突っ伏して、小さく溜め息を吐く。
「んで、それから北野とは話したの?」
「いや。次の日あいつ仕事で来なかったしそれから会ってないから、何日かぶりっすね」
「今日は来るんだ?」
「来る、らしい。なんか女子が話してんの聞いた」
果たして北野は本当に、あの鉄壁の要塞を越えてくるのか。
戸山は、期待半分で少しだけワクワクしている気持ちを抑えるために、コートのポケットからキューブチョコのボトルを取り出して一粒口に入れると、隣で軽く口を開けて待つ星崎の口の中にも一粒放り込んで、またポケットにしまった。
他の線との乗り換え連絡駅で尚且つ通勤通学の時間帯ということもあり、ここから乗る県内外各校へ向かう学生、職場へと向かうサラリーマンや女性たちで、ホームはそれなりにごった返している。
田舎は電車の本数が少ない。いくら通勤通学の時間とはいえ “一時間一本 ”に毛が生えたようなものなので、平日のホームや駅構内は老若男女入り乱れ通行するのも息苦しくなるような、或る意味カオスな空間なのだ。
だから、戸山と星崎はいつも落ち合う場所を決めていた。
三番線のホーム六両編成の五車両目、一番扉の停車位置が、戸山と星崎の待ち合わせ場所。
「戸山おっはー」
「はよー」
「今日もさみぃな」
「だなー」
駅まで程好く歩ける距離にあるマンションに住む戸山がいつも先に来て、後から車で駅まで親に乗せてもらって来る星崎を、五車両目の一番扉前に並ぶ列で待つ。
今日も星崎は、肩を竦めてマフラーで鼻まで覆って首を無くすスタイルで、大きなあくびをしながら戸山との待ち合わせ場所までやって来た。
「あー、早く春来ねーかなー」
「もうさ、毎年言ってんな、この時期」
「だあってさぁ、さみぃのキライなんだもん。肩凝るし」
「いつも首無しスタイルだからだろ。肩を下ろせ、肩を」
「おわっ!ちょっやめろ戸山!」
星崎の竦めて上がった肩を、戸山は両手で掴んでググッと押し込んだ。体重をかけられて擽ったそうに星崎は避けようと試みるが、前後の間隔が詰まっていて思うように動けない。致し方なく観念してされるがままになると、戸山はマッサージをするように星崎の肩をゆっくりと揉み込んだ。
「マジで凝ってんなー。ガチガチじゃん」
「そうなんだよ。あー、気持ちイイ。もっとやって」
「ん。電車来るまでな」
少しすると、三番線のホームに電車が到着する旨のアナウンスが流れ始めた。
戸山はマッサージを止めて星崎の肩を両手でポンッと叩くと、首回りの乱れたマフラーを綺麗に直してやり、車の中で少し居眠りをしていた形跡のある後ろの髪を、手櫛でササッと整えてやる。星崎も、戸山の姿を軽く見回してやって、乱れていない髪の毛先を直している風にいじりながら、今日も完璧だな、と呟いた。
電車に乗り込み、ここから約四十分。
最寄り駅に到着するまで音楽を聴いたり本を読んだり眠ったり、あるいはスマホをいじるなどしながらみんな思い思いにこの時間を遣り過ごす。
戸山と星崎も例に漏れず、スマホでゲームをしたりニュースアプリを二人で見たりしながら過ごすのだが、今日は戸山が、並んで吊革に掴まって立ち位置を確保するなり、息を吐くように話を始めた。
「こないださぁ……」
「おぉ、どした」
「雪降ったじゃん」
「あぁ、あの日な」
「そうあの日。……北野がさ、来たんだよ」
「……は?え、どこに?」
「河川敷。橋の上で、俺のこと待ってた」
「まっ、てた?え?戸山のこと?」
「うん」
「えなんで?要塞の中の人なんじゃなかったの?」
「そう、なんだよ……そうなんだよなあ!」
考えれば考えるほど、戸山はわからなくなっていた。
家に帰ってコートのポケットからあの可愛い箱を取り出して、ベッドに寝転がって見つめながら、件の出来事をよく思い返してみた。
あの時は、要塞の向こう側から飛び出してきた北野に驚いたのと同時に嬉しくて、なんだか変に舞い上がってしまったけれど、あの状況はまるで、何度か見たことのある告白の現場に近いものがあった。
照れたように笑う顔も、囁くように紡ぎ出された言葉も、あれは北野が本来女の子に見せるはずの一連だったように思えるし、そもそも急に仲良くなりたいだなんて、何かのドッキリ企画なんじゃないかとさえ思えてくる。もしかしたらあれは、何かの間違いだったのではないかと。
「あの日さ、バレンタインデーの前の日って知ってた?」
「あー、うん。知ってた」
「知ってたの?!」
「うん。俺何個かチョコ貰ったし」
「マジかよ!」
「で?どしたん?」
「あぁそんでさ、バレンタインデーだからって、北野が……焼き菓子くれたんだよ。手作りの」
「はあ?!おいマジかよすげぇじゃん何それ!」
「チョコ味でさ、あいつ、俺がチョコ好きなの知ってて」
「え、マジ?なんで?」
「なんか……俺と仲良くなりたかったんだって」
言葉にしてみたって、未だに実感は湧かない。
北野は本当に、俺と仲良くなりたいだなんて思ってんの?
「食った?」
「食った。めちゃめちゃ美味かった」
美味くて、俺のために作ってくれたんだと思ったら尚更嬉しくて、胸の奥がキュゥって鳴って、優しく包まれた気分になった。
なんて思ったことは、星崎には恥ずかしくて言えないなと思いながら、戸山は吊革を掴む腕で自分の顔を隠すように突っ伏して、小さく溜め息を吐く。
「んで、それから北野とは話したの?」
「いや。次の日あいつ仕事で来なかったしそれから会ってないから、何日かぶりっすね」
「今日は来るんだ?」
「来る、らしい。なんか女子が話してんの聞いた」
果たして北野は本当に、あの鉄壁の要塞を越えてくるのか。
戸山は、期待半分で少しだけワクワクしている気持ちを抑えるために、コートのポケットからキューブチョコのボトルを取り出して一粒口に入れると、隣で軽く口を開けて待つ星崎の口の中にも一粒放り込んで、またポケットにしまった。
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