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甘い感情
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待ち遠しかった放課後。
バサバサと降り続いた大粒の雪は帰りの頃には止み、空には清々しい程の晴れ間が広がっていて、朝に見た天気予報が外れる展開にはならかった。
正直ハズレてくれても良かったのにな、と戸山は思ったが、天気というのはそう思い通りにはいかないものなのだ。
残念ながら昼頃に思い描いていた写真が撮れることはないが、今、教室から見えるこの景色も、積もった雪が太陽の光に触れて眩しいくらいにキラキラと輝いていて、とても綺麗だ。
(早く。早く撮りたい)
戸山は、ロングホームルームが終わると急いで教室を飛び出して、カメラが置いてある写真部の部室へと急いだ。逸る気持ちを全面に出しながら、規律を守って早歩きで。
部室にはすでに仲間がいて、いそいそとカメラの手入れを進めている。皆、考えていることは同じなのだろう。コートを着たまま、リュックサックを背負ったまま、手入れを終えたらすぐに出られるように準備は万端だ。
「戸山は、どこ行くの?」
隣のクラスの星崎渉が、手入れを終えたカメラを持って身支度を整えながら、戸山に声を掛けた。
「俺は校内をちょっと撮って、あとは、河川敷に行こうかなって」
「あ!俺も。一緒一緒」
「んじゃちょっと待って、準備すっから」
戸山健太と星崎渉は、小学校高学年になってからのクラス替えで知り合い、写真を撮ることやプラネタリウムが好きだとか、共通の趣味が多かった事もあって意気投合し、仲良くなった。
中学では三年間同じクラス。そのまま高校も、話を合わせて当たり前のように同じところに進学し、一年時までは同じクラスだった。しかし、二年のコース選択で星崎は情報処理、戸山は芸術メディアコースを選択したために、今では写真部の活動だけが二人の絆を繋いでいた。コースが違えば当然授業も課題に割く時間も違ってくる。会えない日もあるし、話が出来ないこともある。しかし、それでも二人は当たり前のように、今日も隣にいる。お互いの存在が無くても不安にはならないが、隣にあるだけで心地好さを感じる存在。それはまるで長年連れ添った夫婦のようでもあって。
それが、戸山と星崎の関係だった。
「戸山、チョコ1個くれ」
「ん」
河川敷に向かう道すがら、首が無くなったかと思うくらいに肩を竦めてマフラーを鼻の上まで覆って歩く星崎。そのか細い声を聞き取って、戸山はコートのポケットからキューブチョコの赤いボトルを取り出すと、蓋を開けて目の前に差し出してやった。
「寒くて手ぇ出せないから口に入れて」
「はあ?」
星崎のふざけた言葉に思わず苦々しく笑いながら声を上げて、戸山は隣に顔を向ける。しかし、少し眉を垂らして本気で寒そうに小さく震えている星崎を見たら何も言えなくて、戸山は致し方なく、鼻まで被っている星崎のマフラーを少しずらしてキューブチョコを “ポイっ ”と一粒口の中に入れてやると、律儀にまたマフラーを鼻の上まで被せるように戻してやった。
「ん、あんがと」
「ったく……」
「ああー。あめーぇ。チョコしみるぅー」
マフラーから少しだけ出ている目を細めて、無邪気な笑みを浮かべている星崎を横目で見ながら、戸山もキューブチョコを一粒口に入れた。
河川敷に向かう道は通学路だということもあって学校の生徒が周囲を疎らに歩いているというのに、そうすることが当たり前な二人は、そういう人目なんていうものは一切気になどしていなかった。
星崎がもう一粒、とせがめば戸山はまたマフラーをずらしてキューブチョコを口に入れてやる。
「あごめん。指食べちった」
「きったなー。お前、口ん中のチョコ付いたじゃん」
「おう舐めろ!舐め取れ!」
「やだよ!ぜってーやだ!ふははっ」
完全拒否をする戸山の手を掴んで後ろから抱き着きながら、星崎はチョコの付いた戸山の指を口元へグイグイと持っていく。戸山が擽ったそうに笑いながらその手に力を入れて、星崎の頬に押し付けてやると、星崎は飛び跳ねるように体を離して手の甲でその頬を拭った。
「あ、そういやさ。今月の “星空なび ”読んだ?」
「ん?いや、まだ……」
星空なびとは、二人が昔から愛読している星好きの星好きによる星好きのためのバイブル的冊子で、毎号天文学のコアな研究や学術的な話から、全国各地おススメのプラネタリウムや観測地などライトな話題まで幅広く掲載されている。それを突然思い出したように話題に上げた星崎に、驚いた戸山は一瞬何のことか解らずに戸惑いながら聞き返したが、それでも星崎はお構いなしに、再びマフラーを鼻の上まで覆い隠しながら、話を続けた。
「あれにさ、あいつのインタビュー記事が載ってたんだよ」
「あいつ?」
「あのー、お前のクラスの、モデルやってるって」
「……北野?」
「そう!北野!」
北野の名前を耳にした途端、戸山の心臓が無自覚に跳ねた。
北野直也は、二年のコース選択で戸山と同じクラスになった、所謂クール系のモテ男子だ。
戸山や星崎と同い年なのにどこか大人びていて、ただ立ってそこに居るだけでも色気を放つ。なのに笑うと子犬みたいな懐っこさで顔をクシャッとさせるので、誰もが彼のギャップに魅了された。周りには取り巻きの女子や彼を慕う男子が群がり、見ればいつもそこは要塞が構築されたかのようになっている。しかもその高身長と甘いルックスが芸能事務所の目に留まり、時折都内に出てはモデルの仕事をしているという。
そんな北野の煌びやかな生活は、戸山のような平凡男子からしてみれば、同じクラスにいるのに別世界を見ている、そんな感覚だった。
その北野のインタビュー記事が、戸山と星崎の愛読書である “星空なび ”に掲載されているなんて。戸山は無意識に前のめりになって、星崎のコートの袖を思わずグイグイと引っ張っていた。
「なん、なんで北野が?」
「わからん」
「わからんのかい!」
「いやだって、俺そこまで北野に興味ないし」
まあ確かに、好きな芸能人のインタビューだったら舐めるように読むかもしれないが、男の、しかも同級生の記事なんて読まないのは当たり前かもしれないな、と戸山は思って、摘まんでいたコートの袖をパッと離した。
「えっとなんだっけな、芸能界の星空なんちゃらかんちゃら」
「曖昧か!」
「芸能人のインタビューが何人か載っててさ、その中に北野が “モデル界から ”みたいな感じで。内容は知らん」
「そっか。家帰ったら読むわ」
「おう、そうしなさい」
「なんでドヤる、そこ」
星崎の繰り出す曖昧な情報から北野の話をそれとなくして、戸山はまたコートのポケットからキューブチョコのボトルを取り出すと、星崎の口内に一粒、自分の口内に一粒入れて、それをまたポケットにしまった。
「しっかし、そんなに好きか?」
「チョコ?」
「違う、北野」
「は?」
急に何を言い出すんだこいつは。
戸山はそう思った感情のまま眉間に皺が寄った顔で隣を歩く星崎を見ると、彼は、存外真剣な眼差しで戸山を見ていた。
今まで一緒に過ごしてきた中でもそんな表情に思い当たる節は無く、戸山は不覚にも心臓がドキッと跳ね上がった。
(何で、そんな顔してるんだよ……)
星崎の見たことない表情に戸惑って、戸山がゆっくり歩みを止めて固まる。少しだけ俯き先に歩みを進めた星崎の隣から、急に温もりが無くなった。振り返って見ると、そこにあったのは自分が今まで見たことのなかった戸山の表情で。その化石化したような戸山に、星崎は少し動揺しつつも堪らず吹き出して指をさした。
「おまえっ、何だよその顔!」
「はあ?おお前がなんか、ヘンな、変な顔するからだろが!」
「はははっ!冗談だろって!はあ~、オモロ」
「っ、コノヤロ!」
「イタッ。あはは!」
豪快に笑いながら前に向き直ってまた歩き始めた星崎の後を追って、戸山は背中に膝蹴りを食らわせてやった。それでもまだ笑っているのは、本気に捉える戸山がよっぽど星崎のドツボにハマったからに違いなかった。
歩きながら何度も戸山の “キョトン顔 ”を真似して見せて、その度に腕や背中を叩かれたり、尻を脛で蹴られる。それでも星崎は、このスキンシップが何故だか妙に、嬉しかった。
しかし、この間に戸山は思った。考えてもいなかったけれど、聞かれて改めて考えると、自分が北野に興味を持っているのは事実だと。
それが単なる憧れからなのか、それとも所謂恋愛的な意味での興味なのかはよく判らないけれど、少なくとも嫌な感情は一切無いし、寧ろ、戸山は北野の笑った顔が好きだった。
それに……
「あの要塞を壊したい、っていうか……」
「ん?」
「ん?あ、いや!何でもない」
無意識に漏れていた心の声に気付かされて、戸山は気恥ずかしさのあまりマフラーで口元を覆った。
「耳真っ赤」
照れる戸山の様子を見て星崎は小さく笑いながらそう呟くと、隣からそっと手を伸ばして宥めるように頭をポンポンと撫でてやった。
そしてその手をすぐに離して、コートのポケットに手を突っ込んだまま軽く走り戸山の隣にあった気配をも切り離すと、星崎はあっという間に戸山の視界の先へと行ってしまった。
「戸山ー!この辺どうよ!」
さらに先へと歩みを進めていた星崎が、先程のやり取りは無かったかのように手を振り戸山を呼ぶ。
そして戸山も、いつもと変わりがないように笑って、星崎がいる場所まで走った。
「土手!川!橋!ね!」
「いや単純だけど。や、でもいいね」
「ね!なんかまた雲行き怪しくなってっけどね」
「いいよ、撮ろうぜ」
撮影場所が決まったところで、戸山と星崎は思い思いの場所に移動して写真を撮る。通学路でもあるこの河川敷が白く染まることなんて滅多にないことなので、今撮れる草花の表情や風景を、この空気を、丸ごと収めることに二人はただただ夢中になっていった。
バサバサと降り続いた大粒の雪は帰りの頃には止み、空には清々しい程の晴れ間が広がっていて、朝に見た天気予報が外れる展開にはならかった。
正直ハズレてくれても良かったのにな、と戸山は思ったが、天気というのはそう思い通りにはいかないものなのだ。
残念ながら昼頃に思い描いていた写真が撮れることはないが、今、教室から見えるこの景色も、積もった雪が太陽の光に触れて眩しいくらいにキラキラと輝いていて、とても綺麗だ。
(早く。早く撮りたい)
戸山は、ロングホームルームが終わると急いで教室を飛び出して、カメラが置いてある写真部の部室へと急いだ。逸る気持ちを全面に出しながら、規律を守って早歩きで。
部室にはすでに仲間がいて、いそいそとカメラの手入れを進めている。皆、考えていることは同じなのだろう。コートを着たまま、リュックサックを背負ったまま、手入れを終えたらすぐに出られるように準備は万端だ。
「戸山は、どこ行くの?」
隣のクラスの星崎渉が、手入れを終えたカメラを持って身支度を整えながら、戸山に声を掛けた。
「俺は校内をちょっと撮って、あとは、河川敷に行こうかなって」
「あ!俺も。一緒一緒」
「んじゃちょっと待って、準備すっから」
戸山健太と星崎渉は、小学校高学年になってからのクラス替えで知り合い、写真を撮ることやプラネタリウムが好きだとか、共通の趣味が多かった事もあって意気投合し、仲良くなった。
中学では三年間同じクラス。そのまま高校も、話を合わせて当たり前のように同じところに進学し、一年時までは同じクラスだった。しかし、二年のコース選択で星崎は情報処理、戸山は芸術メディアコースを選択したために、今では写真部の活動だけが二人の絆を繋いでいた。コースが違えば当然授業も課題に割く時間も違ってくる。会えない日もあるし、話が出来ないこともある。しかし、それでも二人は当たり前のように、今日も隣にいる。お互いの存在が無くても不安にはならないが、隣にあるだけで心地好さを感じる存在。それはまるで長年連れ添った夫婦のようでもあって。
それが、戸山と星崎の関係だった。
「戸山、チョコ1個くれ」
「ん」
河川敷に向かう道すがら、首が無くなったかと思うくらいに肩を竦めてマフラーを鼻の上まで覆って歩く星崎。そのか細い声を聞き取って、戸山はコートのポケットからキューブチョコの赤いボトルを取り出すと、蓋を開けて目の前に差し出してやった。
「寒くて手ぇ出せないから口に入れて」
「はあ?」
星崎のふざけた言葉に思わず苦々しく笑いながら声を上げて、戸山は隣に顔を向ける。しかし、少し眉を垂らして本気で寒そうに小さく震えている星崎を見たら何も言えなくて、戸山は致し方なく、鼻まで被っている星崎のマフラーを少しずらしてキューブチョコを “ポイっ ”と一粒口の中に入れてやると、律儀にまたマフラーを鼻の上まで被せるように戻してやった。
「ん、あんがと」
「ったく……」
「ああー。あめーぇ。チョコしみるぅー」
マフラーから少しだけ出ている目を細めて、無邪気な笑みを浮かべている星崎を横目で見ながら、戸山もキューブチョコを一粒口に入れた。
河川敷に向かう道は通学路だということもあって学校の生徒が周囲を疎らに歩いているというのに、そうすることが当たり前な二人は、そういう人目なんていうものは一切気になどしていなかった。
星崎がもう一粒、とせがめば戸山はまたマフラーをずらしてキューブチョコを口に入れてやる。
「あごめん。指食べちった」
「きったなー。お前、口ん中のチョコ付いたじゃん」
「おう舐めろ!舐め取れ!」
「やだよ!ぜってーやだ!ふははっ」
完全拒否をする戸山の手を掴んで後ろから抱き着きながら、星崎はチョコの付いた戸山の指を口元へグイグイと持っていく。戸山が擽ったそうに笑いながらその手に力を入れて、星崎の頬に押し付けてやると、星崎は飛び跳ねるように体を離して手の甲でその頬を拭った。
「あ、そういやさ。今月の “星空なび ”読んだ?」
「ん?いや、まだ……」
星空なびとは、二人が昔から愛読している星好きの星好きによる星好きのためのバイブル的冊子で、毎号天文学のコアな研究や学術的な話から、全国各地おススメのプラネタリウムや観測地などライトな話題まで幅広く掲載されている。それを突然思い出したように話題に上げた星崎に、驚いた戸山は一瞬何のことか解らずに戸惑いながら聞き返したが、それでも星崎はお構いなしに、再びマフラーを鼻の上まで覆い隠しながら、話を続けた。
「あれにさ、あいつのインタビュー記事が載ってたんだよ」
「あいつ?」
「あのー、お前のクラスの、モデルやってるって」
「……北野?」
「そう!北野!」
北野の名前を耳にした途端、戸山の心臓が無自覚に跳ねた。
北野直也は、二年のコース選択で戸山と同じクラスになった、所謂クール系のモテ男子だ。
戸山や星崎と同い年なのにどこか大人びていて、ただ立ってそこに居るだけでも色気を放つ。なのに笑うと子犬みたいな懐っこさで顔をクシャッとさせるので、誰もが彼のギャップに魅了された。周りには取り巻きの女子や彼を慕う男子が群がり、見ればいつもそこは要塞が構築されたかのようになっている。しかもその高身長と甘いルックスが芸能事務所の目に留まり、時折都内に出てはモデルの仕事をしているという。
そんな北野の煌びやかな生活は、戸山のような平凡男子からしてみれば、同じクラスにいるのに別世界を見ている、そんな感覚だった。
その北野のインタビュー記事が、戸山と星崎の愛読書である “星空なび ”に掲載されているなんて。戸山は無意識に前のめりになって、星崎のコートの袖を思わずグイグイと引っ張っていた。
「なん、なんで北野が?」
「わからん」
「わからんのかい!」
「いやだって、俺そこまで北野に興味ないし」
まあ確かに、好きな芸能人のインタビューだったら舐めるように読むかもしれないが、男の、しかも同級生の記事なんて読まないのは当たり前かもしれないな、と戸山は思って、摘まんでいたコートの袖をパッと離した。
「えっとなんだっけな、芸能界の星空なんちゃらかんちゃら」
「曖昧か!」
「芸能人のインタビューが何人か載っててさ、その中に北野が “モデル界から ”みたいな感じで。内容は知らん」
「そっか。家帰ったら読むわ」
「おう、そうしなさい」
「なんでドヤる、そこ」
星崎の繰り出す曖昧な情報から北野の話をそれとなくして、戸山はまたコートのポケットからキューブチョコのボトルを取り出すと、星崎の口内に一粒、自分の口内に一粒入れて、それをまたポケットにしまった。
「しっかし、そんなに好きか?」
「チョコ?」
「違う、北野」
「は?」
急に何を言い出すんだこいつは。
戸山はそう思った感情のまま眉間に皺が寄った顔で隣を歩く星崎を見ると、彼は、存外真剣な眼差しで戸山を見ていた。
今まで一緒に過ごしてきた中でもそんな表情に思い当たる節は無く、戸山は不覚にも心臓がドキッと跳ね上がった。
(何で、そんな顔してるんだよ……)
星崎の見たことない表情に戸惑って、戸山がゆっくり歩みを止めて固まる。少しだけ俯き先に歩みを進めた星崎の隣から、急に温もりが無くなった。振り返って見ると、そこにあったのは自分が今まで見たことのなかった戸山の表情で。その化石化したような戸山に、星崎は少し動揺しつつも堪らず吹き出して指をさした。
「おまえっ、何だよその顔!」
「はあ?おお前がなんか、ヘンな、変な顔するからだろが!」
「はははっ!冗談だろって!はあ~、オモロ」
「っ、コノヤロ!」
「イタッ。あはは!」
豪快に笑いながら前に向き直ってまた歩き始めた星崎の後を追って、戸山は背中に膝蹴りを食らわせてやった。それでもまだ笑っているのは、本気に捉える戸山がよっぽど星崎のドツボにハマったからに違いなかった。
歩きながら何度も戸山の “キョトン顔 ”を真似して見せて、その度に腕や背中を叩かれたり、尻を脛で蹴られる。それでも星崎は、このスキンシップが何故だか妙に、嬉しかった。
しかし、この間に戸山は思った。考えてもいなかったけれど、聞かれて改めて考えると、自分が北野に興味を持っているのは事実だと。
それが単なる憧れからなのか、それとも所謂恋愛的な意味での興味なのかはよく判らないけれど、少なくとも嫌な感情は一切無いし、寧ろ、戸山は北野の笑った顔が好きだった。
それに……
「あの要塞を壊したい、っていうか……」
「ん?」
「ん?あ、いや!何でもない」
無意識に漏れていた心の声に気付かされて、戸山は気恥ずかしさのあまりマフラーで口元を覆った。
「耳真っ赤」
照れる戸山の様子を見て星崎は小さく笑いながらそう呟くと、隣からそっと手を伸ばして宥めるように頭をポンポンと撫でてやった。
そしてその手をすぐに離して、コートのポケットに手を突っ込んだまま軽く走り戸山の隣にあった気配をも切り離すと、星崎はあっという間に戸山の視界の先へと行ってしまった。
「戸山ー!この辺どうよ!」
さらに先へと歩みを進めていた星崎が、先程のやり取りは無かったかのように手を振り戸山を呼ぶ。
そして戸山も、いつもと変わりがないように笑って、星崎がいる場所まで走った。
「土手!川!橋!ね!」
「いや単純だけど。や、でもいいね」
「ね!なんかまた雲行き怪しくなってっけどね」
「いいよ、撮ろうぜ」
撮影場所が決まったところで、戸山と星崎は思い思いの場所に移動して写真を撮る。通学路でもあるこの河川敷が白く染まることなんて滅多にないことなので、今撮れる草花の表情や風景を、この空気を、丸ごと収めることに二人はただただ夢中になっていった。
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