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44.灯りをともして

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土曜日。マキノは普段の出勤時間より遅く3日ぶりに店へ顔を出した。
春樹さんも一緒だ。
「おはよ。」
ヒロトと、遊、有希ちゃんから、挨拶が帰ってくる。
「おはようございまーす。」
「もう、いいんですか?」
医師からは、無理をしなければ仕事をすることも許可が出ている。
もともと、不調と言ってもちょっと重い生理の程度で、みんなから心配されるほどのダメージはなかったと思う。3日も休むなんて大げさだ。
「うん。大丈夫だよ。」
「あっあの、これ、献立考えたの見てくださいっ。」
ヒロトがメニューを差し出してきた。
「うん、ありがとう。あとでゆっくり見るね。」
マキノが返事をすると、今度は遊からおずおずと声がかかる。
「コーヒー・・・淹れます?」
「うん。いただきます。春樹さんとふたつお願いね。」
事情を知っている周りのスタッフ達が、過剰に気を遣ってくれているのがわかる。
みんな過保護だなぁ。

「有希ちゃん、朝市の用意はどんな感じ?」
「もうすぐ出発できますよ。」
「ああスムーズだね。みんなよくやってくれてるなぁ。」
お店は、自分が突然いなくなっても3日ぐらい平気で問題なく回るようになっているのだ。
もう、安心していいのだなぁ。いつのまにかみんな実力がついて頼りがいがある。

「遊。コーヒーおいしいわ。」
「あざっす。」
「今日はね、朝市のみなさんに、わたしがご挨拶に行ってくるからね。」
「・・・はぃ。」

ヒロトと遊が顔を見合わせた。
「前に言ってたやつ? 厨房広げるとか・・・」
「マキノさん・・・休んでるあいだ・・本当に休んでたの・・?」
「・・・。」
「この上なく、よく休んだよ。」
マキノはふふっと笑って、春樹さんと一緒に出掛けて行った。





「おはようございまーす。」
マキノは、春樹さんに荷物を全部持たせたまま、朝市のメンバーに挨拶をした。
「マキノちゃん、ここに来るの久しぶりだね。」
「春ちゃんも、おはようさん。」
おばちゃんたちは、いつものようにそれぞれの売り場やみたらし係の持ち場に別れて、シャカシャカと動きながら口々に挨拶をしてくれた。

「最近マキノちゃんとこの出品の時間はちょっと遅くなったんだね。」
「そうなんですよ。」
出品する時間を遅らせたのは、お店に泊まり込んでまで頑張る必要はないと考えたからだ。
出した分が売切れればそれでいいこと。
「無理しないほうが続けられるかなって思って。」
そう言って春樹さんのほうの様子を見ると、おばちゃん達は察したようにうんうんとうなずいた。
「結婚して家庭を持っちゃうと、いろいろ制限ができるしねぇ。」

「ええっ、マキノは充分自由にやってると思いますよ~。」
春樹さんが商品を並べながら、不服げに言った。
「はいはい。そうだね今日も付き添ってきてるぐらいだしね。」

「とても理解ある旦那さまですよ。」
マキノはふふふと笑っておばちゃん達に返した。
「ところで、乃木坂さんは?」
「工房のほうにいるよ。」
「あ、はい。ありがとう。春樹さんここのお店番いい?」
「いいよ。」

マキノは、朝市の広場から横にのびる坂道をゆっくりと歩いて上がっていった。
距離にして50mあまり。
「おはようございまーす。」
「あらマキノちゃんおはよう。」

工房の中では、乃木坂さんともうひとりおばちゃんがいて、2人で明日の分のおだんご作りの作業をしていた。
「お手伝いしましょうか?」
「あら、ありがとう。」
マキノはこれまでみたらしの売り子はよくお手伝いしていたが、おだんごの仕込みの段階に関わったことがなかった。自分の事で手いっぱいだったとも言える。
出入り口の横の棚に、使い捨てのマスクと薄手の手袋、帽子が置いてあって、マキノもそれを装着した。ハンドソープで手を洗って除菌アルコールをスプレーする。
衛生には気を遣ってるようだ。

蒸しあがった一固まりのおだんごの素を、餅つき機でついて腰のある生地にする。そして、それを小さくまるめておだんごにして串にさし、火が通りやすいように少し平たくつぶす。
この作業をしながら、マキノはこっそり温めていた計画を話し始めた。

「乃木阪さん。ちょっとお聞きしたいんですが・・。」
「どうしたの?」
「わたし、みたらしのお手伝いしながら今初めて聞きますけど、ここの作業の順番とか、当番とかどうやって決まってるんですか?」

「ああ、んとね。仕込みのほうは、こういうのが好きな人が何人かいてね・・でももうやってくれるメンバーは決まって来てるわねぇ。こういうのはね、好きじゃないと続かないから・・。」
「じゃあ、全体の運営ってどうなってるんですか?」
「みたらしを売ってあがった利益・・って言ってもたかがしれてるんだけど、材料費と光熱費とこの場所借りてるお礼と払って、残った分で、テントとか売り場の修繕とか整備に使って、年に1回か2回みんなでごちそう食べるの。それでギリギリぐらいかな。」

「ここで許可取るのに改装したり道具をそろえたりして、最初に立ちあげたときの費用って、どこから・・・」
「それはみんなから出してもらった年会費からね・・。全然足りなくて、その足りなかった分は、わたしの持ち出し。やり始めたときはいろいろわからないところも多くて、やり方はまずかったかなーと思うけどね。」
「それは大変でしたね。あの・・ちなみに、ここのお家賃ておいくらなんですか?」
「うふふっ。それはね。3000円なの。びっくりするでしょ。」
「思ったより、随分お安いですね‥。」
「週末だけでいくらみたらし売っても、何万円もお家賃取られてたら、何をしているのかわかったもんじゃないでしょ。」
「そりゃそうですねー。ここの家主さんはどうされてるんですか?」
「この町には、いないわよ。・・なんなのマキノちゃん。今日は質問が多いわね。」

「えへへ・・・まだなにも決まってないんですけど、ここの厨房をね、みなさんが使ってないとき、借りられないかなって思って。」
「へえ。いいんじゃない?・・うちは、金曜土曜にお団子を作るのと、道具を置かせてもらってるのだけしか使ってないし。」
「あの、参考までに、お家賃も支払うので借りれるかどうか、たずねておいていただけますか?月曜から金曜だから、金曜日は重なるけど・・。」
「いいわよ。あらでも忘れそう。覚えてたら聞いてあげる。」
「ありがとうございます。覚えてたらで結構ですよ。」
「はいはい。さ、あとちょっとでできあがり。マキノちゃんのおかげで早かったわ。」
「お疲れさま。ほとんどボランティアってことなんですよね。これは大変だ。」
「そうよ・・そうなのよねー。」

ふむ・・・マキノはいろんなことをインプットして、あとはもう、それ以上の事は言わなかった。



― ― ― ― ―

朝市の広場まで戻ってくると、春樹さんは、カフェの出品の分はもう全部売り切ってしまっていて、みたらしを焼くのを手伝っていた。
「みたらし10本くださいな。」
「700円いただきます。」
春樹さんが答えた。

マキノは、店のみんなにもみたらしを買って帰り、今度は和風カフェランチを注文した。
「マキノさん、今日はお客さんに徹するんですか?」
遊がおもしろがって聞いてくる。
「そういうわけじゃな・・。ああそうだ。お客さんだよ。ほらほら、お水とおしぼりもって来てね。よし、時間測ってあげよう。」

マキノは待ち時間のカウントをして厨房の中のヒロトを震え上がらせた。
献立は、かぼちゃの煮物、ハムとリンゴと白菜のコールスロー、サーモンのフライ、にんじんのきんぴら、豆腐と三つ葉の赤だし、そして十五穀米のごはん、そしてお漬物。
「うん。おいしい。バランスもいい。でも白菜がかぶってる。まぁこれぐらいならいいけど。」
とマキノがにいっと笑ってたべているのを見たヒロトは、また顔をひきつらせた。

ランチの時間のピークが過ぎる頃から、スタッフもかわるがわる昼食をとりはじめ、1時半ぐらいになって、真央ちゃんと未来ちゃんが2人そろってたずねてきた。

「いらっしゃいいらっしゃい~。」
「みんな、こんにちは~。」
2人とも、試験に合格して進路が決まったという報告だった。
「二人とも合格おめでとう。お昼ご飯はもう済んだの?よかったら食べていく?」
「まだです!いただきます。」
「仕方ないなぁ,私からのおごりだよ。みたらしもあるよ。」
「わあ。」
「お二人さんは,うちのバイト復活できそう?」
「ハイ。お願いします。」
と真央ちゃんが即座に返事ををした。
「春から一人暮らしをすることになったから、お小遣い貯めておきたいんです。」
「あら、そうなのね。未来ちゃんは?」
「わたしも寮です。」
「そっかあ・・みんな自分の道を見つけて,巣立って行くのねぇ。」
おめでとうおめでとう、うんうん、と、マキノと春樹はうなずいた。

「敏ちゃんには、またシフト組んでもらうように頼んどくね。2人のいない間、もう一人雇うかどうか迷ったけど、きっと戻って来てくれるって思ってたから、有希ちゃんに女子一人で頑張ってもらってたんだよ。」

女子3人が共通の話題できゃっきゃとおしゃべりを始めたところで、またカランカランとベルが鳴ってお客さんが入ってきた。
「いらっしゃいませー。」
と有希ちゃんは接客に向かった。

お客さんが出入りする中、マキノは今日と明日のお店のことを冷蔵庫や献立表とシフトを確認して、いくつかの指示をヒロトにした。
そして、ちょっとだけ申し訳ない顔をしてから
「今日はここで失礼してもいいかな。そして明日もお休みしても大丈夫かな?」
「大丈夫っすよ。」
と、ヒロトではなく、遊が先に返事をした。
「ありがと。では遊にお任せしちゃうよ。月曜日からはシフト通り頑張るからね!」

「はいっ。ゆっくりしてください。」
と、今度はヒロトが言った。





― ― ― ― ―


春樹は、医師から渡された書類を町役場に提出した。
出生届と死亡届を出すために必要事項を書きこんでゆく。
父 の欄に、自分の名前を書いた。
その2つを同時に提出し、火葬の許可をもらい、一人ですべてのことを終わらせた。
5cmに満たなかった、マキノのおなかにいた赤ちゃんは、骨も残らなかった。
仕事の帰りにお寺に寄って、供養を頼んでおいた。


土曜の午後に、お寺に行こうかと言ってあるだけで、自分がどういう始末をしてきたのかをマキノには何も説明していない。知りたいと言えば教えてやってもいいが、まだ何も聞いてこない。
全部終わって落ち着いてから、お地蔵さんを拝むといいかなと考えている。
マキノはまだ傷をバリアで囲っているようなところがあるから、頭ではわかっていても直視できていないのかもしれない。

時間をかければ、だんだんしみこんでいくだろう。
忘れる必要はない。本当にあったことなんだから目を背けちゃだめだ。
自分に起こったすべての出来事が積み上がって、自分を形作っていくんだから。
今は痛いさ。生きていれば痛い事なんていっぱいある。
オレだって・・そうだから。



午前に店と朝市を覗きに行って、そのあとお寺へと行くことになっていた。
誰が掃除してくれているのか、寺へと続く坂道はきれいに掃き清められている。
寺の門をくぐると左側に本堂があり、その向こう側には墓地があって、墓地の入り口のそばには、赤ちゃんを抱いている姿の地蔵様がいて、たくさんの花が立てられていた。
「ここで拝むんだよ。」
マキノは小さくうなずいた。
春樹は、先に本堂へと上がる階段の下で靴を脱いだ。
マキノもそれに続く。
障子を開けると、住職がお灯りを燈していて、2人に気づくと座布団を勧めた。
お経の意味も供養の意味もよくわからないが、2本用意してあった数珠の一つをマキノに渡して、黙ってお経を聞き、手を合わせた。
お布施を渡して、本堂を出る。
「一応・・形だから。」
「・・こういうことのお作法も知らないから、勉強しないといけないね。」


帰りに、もう一度さっき「ここで拝むんだよ。」と言った場所にたちどまった。

慣れない手つきで両手を合わせるマキノを、地蔵様が見下ろしていた。

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