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18.与えられた選択肢

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「ええとね本当のことを言うと、私がよろけてパソコンを落しそうになったのを、遊が顔で受け止めたの。」
「それもまだ違う!マキノさんのやった部分が抜けてるだろ!」
「あはははははははは。」
春樹が笑い出した。

「冗談を抜きにすると、偶然の事故なんだよ。わたし今日、筋肉痛がこのとおりでしょ?PCの線にひっかかって踏みとどまれなくて、遊がせっかくパソコンを受け止めたのに、わたしが鼻の上から叩きつけちゃった。」

「オレ鼻折れたと思いました。」

遊はもうマキノの言うことを聞かずにムクリと起き上った。

「かわいそうなことしたーって思って、お母さんみたいなことしてみたくなったの。膝枕してやろうって言ったのに嫌がるんだもん。それで、寝転がしたままお説教してた。」


「ほう。じゃあオレは、お父さんみたいなこと言ってみようかな。」
「春樹さんが?」
「進路についてだろ?」
「えー・・もういいよぅ・・。」


「まぁ聞けって。これから遊が選ばないといけないその選択肢を挙げるから。」

春樹が示したのは、
一つ目の選択は、実家に戻るのはいつか。
二つ目の選択は、どんな高校に行くか。
三つ目の選択は、卒業したあと、大学・専門学校・就職 をどうするか。だ。

「最終的な方向がぼんやりとでも定まればいいけど、方向を決められないなら選択そのものをを先送りするという選択肢もあるしな。遊が何になりたいか、何をやりたいか。どこへ行きたいか。それだけでもいい。ひとつでも決まれば、その先の選択肢がまた考えられる。」
「・・・難しすぎるよ。」

「マキノが遊の顔に叩きつけて見せたかったのは、通信制の高校だね。」
「通信講座?」
「いや、違う。見ればわかるけど単位制だから留年しないんだよ。不登校で苦しんでいる子や働いててあまり学校に行けない場合も高校卒業できる方法があるってことだ。全国にいくつかあるらしい。・・・普通の全日制の高校に戻れるならそれに越したことはないけど。」

春樹の食事をマキノがトレイに乗せて運んできた。
「実はね,前に遊のお母さんと電話で話した時、高校へ行ってくれるなら学費は出すって、言ってたんだよ。」
「う・・そぉ・・。」
「単位はそれまで前の学校に行ってた分を引き継げるらしいから、遊ならあと二年で行けそうに思うんだけど。もう今年始まって3カ月経ったし、そこは編入する時期や授業の受け方ではどうなるかわかんないな。でも焦ることはないと思う。」
「ふ・・ふうん。」
「我々は提案するだけだからな、こうしろとは言わない。遊が考えるといい。協力はするよ。」
「・・・。」


ぐるぐるといろんな思考が目まぐるしく入れ替わる。
実家に帰るって・・、両親とどんな会話ができるのか・・・。
高校・・・。もう卒業は無理だろうと思っていたが、そうでもないらしい。
それ以上の学府は・・・今は必要ないと思うけれども、マキノたちが言うように、高校に行けば何か見つかるのだろうか?

中学三年で高校を受験する時は、こんなにも考えただろうか・・・。

考え込んでしまった遊に、マキノが声をかけた。

「すぐに答えださなくても大丈夫だよ。今日はもうおかえりなさいよ。」

「うん・・。」

「鼻はお大事に。明日おやすみだよね。今日は安静にしててね。ホントにごめんね。」

「・・大丈夫だよ・・。お疲れっした・・。」





遊を帰らせた後、春樹の食事の後片付けも済ませて、ふたりも自宅へと帰る。
帰宅途中の車の中でも春樹とマキノは遊の話をしていた。

「絶対頭に入ってないよあれ。盛りだくさんすぎて。」
「だろうね。」
「焦ることないよね。大丈夫だよね。」

「あのさ・・・」
「なあに?」

「帰ったら、膝枕して。」
「・・えっ?・・遊には膝枕してないよ?」
「わかってるよ。」

「ぶっ・・やきもち?」

「・・・。」
春樹は、いつかと同じように片眉をあげて、マキノの頭をわしわしっとした。






― ― ― ― ― ― ― ―


今、遊が居候しているのは、旅館、花矢倉の男子寮だ。
1ヵ月前に、兄弟子が郷里から彼女を呼んで公営の住宅に移っていったので、少し広くなった。
居候代として1万円上納する以外は、食事はほぼカフェで食べさせてもらえるし、風呂は旅館の大浴場に入らせてもらうから、わずかな日用品と衣類以外は、生活費がほとんどかからない。

ありがたいけれども、このままではいけないというのは実感しているところだった。
自分はいわゆる、親公認にはなっているが家出少年と同じだ。
マキノの店に来るまでは、ここの厨房の手伝いをする代わりに住まわせてもらって、食べさせてもらっていた。今はあの頃よりも居心地は悪くない。悪いどころか、一応自分の居場所としての安心感がある。

自分が一人暮らしをして、自立して生活できることを想像すらできなかったけど、今日マキノと春樹からいろんな話を聞かされて、将来に一筋の光が見えたような気がした。
しかし・・・。実家の両親のことを考えると憂鬱にもなった。


「今日、遅かったな。」カズが話しかけてきた。
「うん。説教された。それから、鼻っ柱やられた。」
「鼻っ柱??誰に?マキノさんの旦那か?」
「ぶはははは。強いて言えばマキノさんにやられたんだけど。事故だよ物が落ちてきたんだよ。」

「マキノさん・・。結婚したんだよなぁ。ショックだよなぁ。」
「いつまで言ってんだ。そもそも年の差いくつだよ。」
「憧れにそんなこと関係あるかい。かわいいじゃん。」
「まぁな・・・。」
「旦那ってどんな人だ?」
「がっこのせんせい。」
「えー・・マキノさんとはイメージあわねーなぁ。」
「いい人だよ。かっこいいし。」
「かっこいいせんせーなんているか?」
「おまえ、先生って職業のイメージがかたよってるよ。」
「そうかぁ?」

カズはいいやつなんだ。そして、ハッとするぐらいいつも素直だ。
自分は、マキノが結婚したことを、ショックだなんて、何かが邪魔して言えないな。

マキノは・・。毎日一緒にいるからわかるけど、本当にパワフルな人だ。
見ていて退屈しないし,いつも何か次のことを考えてる。
春樹がかっさらうようにマキノと結婚してしまって,自分も若干横取りされたような気持ちになったものだ。
でもマキノは結婚前も後も、自分たちに対しては全然変わらない。おせっかいは健在だ。

でも春樹といる時は・・確かに惚れてるんだなぁ・・とわかりやすいし・・。
ま、似合いのカップルなんだろうと思う。


「なぁカズ。オレ、この先どうしようかなぁ。」
「何が?」
「ここの居候とか、高校とか、実家とか・・・。」
「そうだなあ・・・。オレもよくわかんねえけど、お前意地張って帰ってないじゃん?一度は親と話したほうがいいように思うけどなぁ。」
「そうかな・・・。」
「居候の話は、オレは遊がいたほうが楽しいけど・・。あっそうだ。この間結婚した先輩が、別の店に行く話が上がっててさ。その代わりにオレより年下の後輩が来るんだって。」
「そっか。」

・・・知らない奴が入ってくるのなら、本気で出て行くことも考えたほうがいいかな。
実家から学費?生活費?家賃? どうやって交渉する気なんだマキノは・・・。
学校に行くと仕事だって満足にできないじゃないか。オレがいなかったら、あの店・・・

・・・あの店、回るのか?

・・・えっ?

そこまで考えて、オレがいなくなると困るかもしれないという事を、マキノも春樹も一度も口にしなかったことに気が付いた。
あの店でなんらかの役に立っていることが、自分の存在価値でもあった。
必要とされていないわけじゃない。マキノは、わかりやすいから本気で喜んでくれていた。
実際、最初に手伝って以来、ヒマな時なんて数えるほどだった。それに加えて、最近は弁当の配達まで始めているのに、オレがいなくなってどうするつもりなんだ。



マキノが・・お店のことよりも、オレのことを優先に考えていたのだと、遊はようやく理解した。

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