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6.新しいバイトさん
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次の土曜と日曜は、近所の広場でやっている朝市にサンドイッチと山菜ごはんを出品することにした。
なので、新婚3日目だが、店で泊まることにした。
前日は遅くまで準備しないといけないし、当日の朝も早いし、寝ぐせのまま作業にかかれて、便利だから。
春樹さんを一人放置して外泊?するのが、なんとなく忘れ物をしているような心もとない感じ。3日前までのあたりまえな日々だったのに、不思議な心理だ。
金曜日は春樹さんもジムに行くから少し遅くなる。翌日の朝の分はサンドイッチを作っておくつもりだとイズミさんに話すと、笑われてしまった。
「今まで一人でやって来てたんだから,そんなに甘やかさなくてもいいよ。」
そうだよな。自活できる人だということは知っている。でも、ごはんに関わることはなるべく自分がしたいと思ってしまう。
その土曜日の午前中に、未来ちゃんから紹介されていた女子高校生が面接に来ることになっている。
朝市にはマキノの代わりに真央ちゃんが出張してくれることになった。朝市のおばちゃん達は、とにかく若い子が来てくれるのがうれしいので、うちの誰が行ってもかわいがってくれるのだ。
最初の頃は1升炊きの炊飯器が1台しかなくて、山菜ごはんやしめじごはんを2回に分けて焚いていたが、2升炊きの物を買い足して設備が充実し、おかげで随分楽になった。
サンドイッチ作りにも慣れたし、必要な物や手順がわかってきて、手早くなった。
朝市の開始は8時だが、時間をきっちり守る必要はなく、9時の出品にすれば1時間余裕ができるし、一度に全部を仕上げて出品しなくても、半分ずつ2回に分けて出品すれば、時間が楽になるかもしれない。
そうすればお店にお泊りしなくてもやっていけそうだ。
毎回出品することが目標なので、力んでたくさん出品はしない。
無理はせず少しずつ継続することが大事だから。
さて、約束の10時になって女子高校生が原付バイクに乗ってやって来た。
名前は、有希ちゃんと言った。
面接をするまでに「コーヒーはいかが?」と尋ねると「いただきます。」とはきはきした声で返事が返ってきた。
有希ちゃんは、マキノより背が高くて、マキノよりまだ短いショートカットだ。
ちなみに、真央と未来は二人とも髪が長い。彼女らはバイト中はバンダナをしたり後ろで縛ったりしている。
有希ちゃんは、真央未来と同じ高校に通っていて、高校2年生だから、学年は一つ下だ。
中学まではこの近所にいて、途中で隣の町に引っ越をした。マキノの店のレジ横に並べて売っている焼き菓子の仕入先でもある“ルミエール”というケーキ店のある町だから、ほどほどに近い。
原付バイクで通うつもりらしいけど、それにはちょっと遠いように思う。
有希ちゃんは、学校からの帰りに駅から直接こちらへ向かうので4時半までにはお店に来れるという。
来る時間はいいが、自宅に帰るには20分あまりかかる。
「仕事あがりが遅くなる時もあるけど、自力で通えるの?」
「大丈夫です。」
小さいころからこの辺をよく知っているから返事は力強いが、シカもイノシシもいるんだよ?この辺。
少し心配だ。
いろいろと話しを聞いていると、つい最近部活を辞めたのだそうだ。バレーボールは小学校のころから始めて、中学から高校一年までずっとやっていたらしい。
「つい最近っていうことは・・普通今頃インターハイってないの?」
「あります。今年はもう終わりましたけど。」
「2年なのに、試合が終わったから引退したの?」
「いえ、試合の10日前にやめました。」
「へえ・・試合があるのに? レギュラーになれなかったから?」
「レギュラーでしたよ。一応レフトで打ってました・・」
「2年なのにエースポジション?なのに辞めたの?」
「まぁ・・いろいろあって・・。」
話しの続きをするのかなと思って、しばらく待ってみたが、有希ちゃんはその先の話をせずに黙ってしまった。
「ふうん。まぁいいや。じゃあいつから入れる?お仕事覚えるまではシフトは関係ないことになってるから、明日から1週間、好きな時に入ってくれていいよ。いつ来れる?」
「え?もう採用ですか?明日?」
「うん。もちろん採用だし。いつから来てくれもいいよ。」
「あっ・・じゃあええと、質問があります。制服はもらえるんですか?」
「ああ、これは違うのよね。」
るぽのカフェではエプロンだけユニフォームとして揃えていて、他は制服を決めてあったわけではなかった。しかし、スタッフは全員黒のパンツに白のシャツに揃っている。
みんなそれぞれ好きなように白黒の上下を自分で用意したのだ。
決めてあったわけではなかったのに、マキノがコーディネイトが面倒だという理由で黒白ばかりを着るようになったのを、みんなが自発的に真似するようになり、その結果が今の状態だ。
「ありあわせの白黒があれば着てもいいし、なければ自由。強制はしてません。エプロンだけは支給。」
「はい。分かりました。」
「都合の悪い日は先に言っといて。それと、男の子でバイトに来れそうな子、心当たりないかな?」
「男の子・・ですか?」
「今いるうちの子と・・仲良くできそうな子がね、いるといいんだけど。」
マキノは、ちらりと遊の方を見た。
遊は、染めてもいないのに少し髪の毛が茶色い。色素が薄いのか、瞳の色も茶色いし、ゆるい天然パーマで、独特の雰囲気がある。認めたくないが見た目のインパクトは、女子が(年配の女子も)「おや?」と振り返る程度かもしれない。
「それとも、有希ちゃんの護衛になりそうな子がいいかなぁ。」
「護衛・・・ですか?」
マキノは、全くの初対面の有希ちゃんに事情背景を暴露しながら、おかしな注文を投げて困惑させていた。
話しのついでのように、仕事の内容も説明していく。
お客様の迎え方から、席の案内の仕方や注文の取り方や段取りは、開店から半年経ってそろそろ形が決まっていて、当初と比べると自分で説明しながらスムーズになったなと感慨深い。
説明が簡単に終わってしまって『うちの仕事って、こんなに簡単だったっけ?』と拍子抜けしてしまう。
研修期間は少し時給を低く設定してあり、一通り覚えてもらったらアップすることになっている。
バイトのことを思えば、遊の給料はもう少し考える必要があった。貢献度は高いし時間も長い。
しかし、まだここに来てから3カ月にしかならないから・・本人には、もうしばらくの間、板長さんに言われた板場の見習いさんと同じ程度の金額を払って、バイトの時給との差額相応に届かないとしても、少し積立ててあげてもいいかと言う考えが頭の隅にちらついた。そうなると、大蔵省の敏ちゃんに相談せねばならないな。
雑談と説明が一段落すると、マキノは立ち上がった。
「有希ちゃんは、バイク通勤だけがちょっと心配かなぁ。くれぐれも言っとくけど、スピード出しすぎちゃだめだよ?」
「はぁい。」
面接を終えて、原付バイクで元気に走って帰る有希ちゃんを見送る。
バイクの乗り方もいろいろあると思うが、真央未来たちのそれと、有希ちゃんとでは随分様子が違う。加速も鋭いしトップスピードまでが速いし、カーブするときもスピードが落ちない。遊の乗り方に似ている。まるで男の子だ。原付だけれど、バイクの運転に自信があるのかもしれない。
・・・そうだ。自分のバイクも動かさないとバッテリーが死んじゃう!
有希ちゃんを見て、マキノも自分の愛車のことを思い出した。
なので、新婚3日目だが、店で泊まることにした。
前日は遅くまで準備しないといけないし、当日の朝も早いし、寝ぐせのまま作業にかかれて、便利だから。
春樹さんを一人放置して外泊?するのが、なんとなく忘れ物をしているような心もとない感じ。3日前までのあたりまえな日々だったのに、不思議な心理だ。
金曜日は春樹さんもジムに行くから少し遅くなる。翌日の朝の分はサンドイッチを作っておくつもりだとイズミさんに話すと、笑われてしまった。
「今まで一人でやって来てたんだから,そんなに甘やかさなくてもいいよ。」
そうだよな。自活できる人だということは知っている。でも、ごはんに関わることはなるべく自分がしたいと思ってしまう。
その土曜日の午前中に、未来ちゃんから紹介されていた女子高校生が面接に来ることになっている。
朝市にはマキノの代わりに真央ちゃんが出張してくれることになった。朝市のおばちゃん達は、とにかく若い子が来てくれるのがうれしいので、うちの誰が行ってもかわいがってくれるのだ。
最初の頃は1升炊きの炊飯器が1台しかなくて、山菜ごはんやしめじごはんを2回に分けて焚いていたが、2升炊きの物を買い足して設備が充実し、おかげで随分楽になった。
サンドイッチ作りにも慣れたし、必要な物や手順がわかってきて、手早くなった。
朝市の開始は8時だが、時間をきっちり守る必要はなく、9時の出品にすれば1時間余裕ができるし、一度に全部を仕上げて出品しなくても、半分ずつ2回に分けて出品すれば、時間が楽になるかもしれない。
そうすればお店にお泊りしなくてもやっていけそうだ。
毎回出品することが目標なので、力んでたくさん出品はしない。
無理はせず少しずつ継続することが大事だから。
さて、約束の10時になって女子高校生が原付バイクに乗ってやって来た。
名前は、有希ちゃんと言った。
面接をするまでに「コーヒーはいかが?」と尋ねると「いただきます。」とはきはきした声で返事が返ってきた。
有希ちゃんは、マキノより背が高くて、マキノよりまだ短いショートカットだ。
ちなみに、真央と未来は二人とも髪が長い。彼女らはバイト中はバンダナをしたり後ろで縛ったりしている。
有希ちゃんは、真央未来と同じ高校に通っていて、高校2年生だから、学年は一つ下だ。
中学まではこの近所にいて、途中で隣の町に引っ越をした。マキノの店のレジ横に並べて売っている焼き菓子の仕入先でもある“ルミエール”というケーキ店のある町だから、ほどほどに近い。
原付バイクで通うつもりらしいけど、それにはちょっと遠いように思う。
有希ちゃんは、学校からの帰りに駅から直接こちらへ向かうので4時半までにはお店に来れるという。
来る時間はいいが、自宅に帰るには20分あまりかかる。
「仕事あがりが遅くなる時もあるけど、自力で通えるの?」
「大丈夫です。」
小さいころからこの辺をよく知っているから返事は力強いが、シカもイノシシもいるんだよ?この辺。
少し心配だ。
いろいろと話しを聞いていると、つい最近部活を辞めたのだそうだ。バレーボールは小学校のころから始めて、中学から高校一年までずっとやっていたらしい。
「つい最近っていうことは・・普通今頃インターハイってないの?」
「あります。今年はもう終わりましたけど。」
「2年なのに、試合が終わったから引退したの?」
「いえ、試合の10日前にやめました。」
「へえ・・試合があるのに? レギュラーになれなかったから?」
「レギュラーでしたよ。一応レフトで打ってました・・」
「2年なのにエースポジション?なのに辞めたの?」
「まぁ・・いろいろあって・・。」
話しの続きをするのかなと思って、しばらく待ってみたが、有希ちゃんはその先の話をせずに黙ってしまった。
「ふうん。まぁいいや。じゃあいつから入れる?お仕事覚えるまではシフトは関係ないことになってるから、明日から1週間、好きな時に入ってくれていいよ。いつ来れる?」
「え?もう採用ですか?明日?」
「うん。もちろん採用だし。いつから来てくれもいいよ。」
「あっ・・じゃあええと、質問があります。制服はもらえるんですか?」
「ああ、これは違うのよね。」
るぽのカフェではエプロンだけユニフォームとして揃えていて、他は制服を決めてあったわけではなかった。しかし、スタッフは全員黒のパンツに白のシャツに揃っている。
みんなそれぞれ好きなように白黒の上下を自分で用意したのだ。
決めてあったわけではなかったのに、マキノがコーディネイトが面倒だという理由で黒白ばかりを着るようになったのを、みんなが自発的に真似するようになり、その結果が今の状態だ。
「ありあわせの白黒があれば着てもいいし、なければ自由。強制はしてません。エプロンだけは支給。」
「はい。分かりました。」
「都合の悪い日は先に言っといて。それと、男の子でバイトに来れそうな子、心当たりないかな?」
「男の子・・ですか?」
「今いるうちの子と・・仲良くできそうな子がね、いるといいんだけど。」
マキノは、ちらりと遊の方を見た。
遊は、染めてもいないのに少し髪の毛が茶色い。色素が薄いのか、瞳の色も茶色いし、ゆるい天然パーマで、独特の雰囲気がある。認めたくないが見た目のインパクトは、女子が(年配の女子も)「おや?」と振り返る程度かもしれない。
「それとも、有希ちゃんの護衛になりそうな子がいいかなぁ。」
「護衛・・・ですか?」
マキノは、全くの初対面の有希ちゃんに事情背景を暴露しながら、おかしな注文を投げて困惑させていた。
話しのついでのように、仕事の内容も説明していく。
お客様の迎え方から、席の案内の仕方や注文の取り方や段取りは、開店から半年経ってそろそろ形が決まっていて、当初と比べると自分で説明しながらスムーズになったなと感慨深い。
説明が簡単に終わってしまって『うちの仕事って、こんなに簡単だったっけ?』と拍子抜けしてしまう。
研修期間は少し時給を低く設定してあり、一通り覚えてもらったらアップすることになっている。
バイトのことを思えば、遊の給料はもう少し考える必要があった。貢献度は高いし時間も長い。
しかし、まだここに来てから3カ月にしかならないから・・本人には、もうしばらくの間、板長さんに言われた板場の見習いさんと同じ程度の金額を払って、バイトの時給との差額相応に届かないとしても、少し積立ててあげてもいいかと言う考えが頭の隅にちらついた。そうなると、大蔵省の敏ちゃんに相談せねばならないな。
雑談と説明が一段落すると、マキノは立ち上がった。
「有希ちゃんは、バイク通勤だけがちょっと心配かなぁ。くれぐれも言っとくけど、スピード出しすぎちゃだめだよ?」
「はぁい。」
面接を終えて、原付バイクで元気に走って帰る有希ちゃんを見送る。
バイクの乗り方もいろいろあると思うが、真央未来たちのそれと、有希ちゃんとでは随分様子が違う。加速も鋭いしトップスピードまでが速いし、カーブするときもスピードが落ちない。遊の乗り方に似ている。まるで男の子だ。原付だけれど、バイクの運転に自信があるのかもしれない。
・・・そうだ。自分のバイクも動かさないとバッテリーが死んじゃう!
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