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1.カフェの日常
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五月になってからは、暖かい日が続いている。
桜の咲く時期は町全体に観光客が訪れて、マキノが経営する“Café Le Repos”=“るぽのカフェ”も4月のはじめから5月の連休までずっと忙しい日々が続いていた。
るぽのカフェは、普段は普通のカフェの営業をしているが、土曜日曜に余裕のある時は、サンドイッチやパウンドケーキなどを作って朝市に出品もしている。少しでも利益を出して、始まったばかりのカフェの営業を安定させたい気持ちがあるからだ。
マキノは、次の策として少し前から近隣の事業所に、カフェランチ弁当の配達をしようと考えていたのだが、ここのところ忙しさのためなかなか始められずにいた。
カフェを開業して約半年。ようやくスタッフ達も慣れリズムもつかめてきて、マキノはカフェの仕事を積極的にみんなに任せるようになってきた。
今日は厨房から出て、カフェランチ弁当のメニューを考えている。
今の季節に使える野菜や、彩りや栄養のバランスと材料費。なんといっても「食べてみたい!」と思えるかどうかが最大の課題。何日も頭を悩ませて、やっとのことで平日の月~金の5日分×4週の仮メニューが完成した。
「敏ちゃん。これ採算が合うかどうか計算できる?」
主婦パート3人組のうちの一人、敏ちゃんは、こういう計算が得意だ。マキノ自身も具体的なデータに基づいた計算をしなくてはと思うのだが、食材の値段は変動するし、買い物をしている途中で気が変わったりするので、つい面倒になりカンに頼ってしまう。
「このソテーに使うほうれん草ってどれぐらいの分量かな。」
「そうだな~。適当だけど、1把で10人分ぐらいかな。」
「了解。ここの部分のタケノコは?国産にするのかな?」
「えーと・・。あっ、今ハチクなら朝市に出るんじゃないかな。」
「ああ、・・そうだね。この間見たわ。それならお値段も覚えてる。」
敏ちゃんは、座敷の一角で電卓をたたいてメニューを睨み、ノートに何かを書き込んだりブツブツ言いながら計算をしている。
「ここアボカド使うの?じゃあレモン汁もいる?・・ってこの木曜日のお献立、これ500円って?それはないわ。」
「うぅ・・。」
「いいものを使うなら、ちゃんとそれ相応の値段にしてくれないと~。」
「でも普段のお弁当にそれ以上かけられないから・・。」
「どこかで線を引かないと仕方ないでしょうよ。材料を落すか値段を上げるか。でも、そんなに安売りすることないと思うよ。いいと思えば多少割高でも食べたくなるし、うちの店だけで町じゅうの人のお昼ご飯を作れるわけじゃないんだから。要はうちのランチを食べたいと思う人が選んでくれるようにすればいいの。」
「うーん・・・。」
敏ちゃんはいつも、なかなか手厳しい。
でも、この厳しさのおかげでカフェ・ル・ルポは成り立っているといっても過言ではない。
「そんなに悩まなくても、楽をするでもなく苦労するでもなく、誠実な仕事をして順当な利益を乗せたらいいのよ。大事なのは商売をずっと続けていけることなんだからね。」
「そうだけど・・。」
「生きていくだけの収入は得ないと。私たちパートさんに払う給料もいるしね。うふ。お金がすべてじゃないけど、労働には報酬という対価があってこそ、やりがいになるんだだから。」
カフェは始まって間もないが、宣伝もしないのに常連のようなお客様もつき始めたし、今はコンスタントにお客様が来てくれるようになっている。
以前マキノは、スタッフに相談もせずブレンドコーヒーとアメリカンコーヒーの値段を勝手に300円に設定して、敏ちゃんから「安すぎる。」と叱られていた。
でもこの値段だけは上げるつもりはない。
マキノが作ったお弁当のメニューは和洋中の折衷。限られた予算内に収めるために、できるだけ無駄は省かねばならない。あらかじめメニュー表を近所の事業所数カ所に配って、前日の午後2時までに注文を取り、数が決定したらそれに合わせて材料の調達及び調整。
注文はただ待つだけでもいいけれども、定着するまではこちらからお伺いの電話をしてもいいかもしれない。・・メニューも、注文の取り方も、配達の仕方にしても、やり方は、臨機応変に変えていけばよいだろう。
今日の日替わりランチの献立は、チキン南蛮と生野菜、ポテトサラダ、舞茸とコーンとグリーンアスパラのソテー、キャベツとベーコンのコンソメスープ、それにフルーツだ。
店頭での日替わりランチのメニューと、お弁当の献立は流用して同時に考えていく予定だ。
今年の四月は忙しかった・・。
今から仕事を増やしていったら、来年の今頃はどうなっているのだろうか・・・と、マキノはふうっと息をついた。
今日のお昼のスタッフは、敏ちゃんだが、主婦3人、イズミさんと仁美さんが、かわるがわる来てくれている。
マキノが、この町に来て最初に知り合ったのが、イズミさん夫婦で、イズミさんの旦那さんの弟である春樹さんが、マキノのフィアンセ。
イズミさん夫婦のおかげで、マキノは春樹さんと知り合った。
イズミさんは、もうすぐ義姉になる。
夕方からの時間と土日は高校生バイトの真央ちゃん未来ちゃんが入る。今日は真央ちゃんだ。
唯一男子スタッフである立原遊(たちはら ゆう)は3月からスタッフに加わった。
この遊は、高校を2年の時に中退し家を飛び出て、友達が働いていて伝手のあったこの町の旅館に転がり込んで居候同然のバイトをしていた。それが、縁あってマキノの店で働くことになったのだ。
彼の就業時間は、マキノの同じ。旅館の板場で仕込まれた礼儀なのか心意気なのか、マキノが動く限り同じようにつきあおうとする。いくら仕事してもお給料は変わらないことになっているので、「帰ってもいいよ。」と追い返すが、実のところ、今一番頼りがいのある戦力になっていた。
料理のセンスもあるし、マキノが休めるのは遊がいてくれるからといってもよかった。
その遊は、最近自分の原付バイクを手に入れて、自由に走り回れることを喜んでいる。
通勤に使うのが主になるので、保険やガソリン代、整備などにかかる経費はお店持ち。
近所まわりは原付バイクで配達してもらうつもりだが、バイクではたくさん持てないし、雨の日は車でないと無理だ。
「遊ってば、はやく車の免許取ってよ。」
と、敏ちゃんが遊をせかした。
「お金がないからねぇ・・マキノさんに借金もあるし。」
当初は友だちにバイクを借りて通っていたのだが、あまりに借りっぱなしで申し訳ないので、中古の原付バイクを買ったのだ。
半額はマキノが負担して、残りの半額も遊が現金を持っているわけもなく、立替えて支払ったというわけだ。
初めて厨房に入って手伝ってくれた時に年齢を聞いたら「18」と言ったのだが、本当は17だったと訂正が入った。「何かの心理が働いて1か月分水増しした。」とあとから申告してきた。
誕生日は4月だから今はもう18。中退をしていなければ今高校3年生でうちのバイトの真央ちゃん未来ちゃんと同じ学年だ。
マキノは、遊の実家のご両親と直接会ったことはなかったのだが、この店で働くことになった事情を電話で説明したときに、お給料で生活費や家賃が足りなければ送金するという申し出を受けていた。母親と話をした感じでは常識的なイメージを受ける。
もう18歳だから、生きていくだけなら保護者も必要ないのかもしれないが、親なら高校を卒業させたいだろうし、居場所がわかっているのに両親が連れ戻しに来ないというのはどういうことか、マキノにはあまりよくわからなかった。
桜の咲く時期は町全体に観光客が訪れて、マキノが経営する“Café Le Repos”=“るぽのカフェ”も4月のはじめから5月の連休までずっと忙しい日々が続いていた。
るぽのカフェは、普段は普通のカフェの営業をしているが、土曜日曜に余裕のある時は、サンドイッチやパウンドケーキなどを作って朝市に出品もしている。少しでも利益を出して、始まったばかりのカフェの営業を安定させたい気持ちがあるからだ。
マキノは、次の策として少し前から近隣の事業所に、カフェランチ弁当の配達をしようと考えていたのだが、ここのところ忙しさのためなかなか始められずにいた。
カフェを開業して約半年。ようやくスタッフ達も慣れリズムもつかめてきて、マキノはカフェの仕事を積極的にみんなに任せるようになってきた。
今日は厨房から出て、カフェランチ弁当のメニューを考えている。
今の季節に使える野菜や、彩りや栄養のバランスと材料費。なんといっても「食べてみたい!」と思えるかどうかが最大の課題。何日も頭を悩ませて、やっとのことで平日の月~金の5日分×4週の仮メニューが完成した。
「敏ちゃん。これ採算が合うかどうか計算できる?」
主婦パート3人組のうちの一人、敏ちゃんは、こういう計算が得意だ。マキノ自身も具体的なデータに基づいた計算をしなくてはと思うのだが、食材の値段は変動するし、買い物をしている途中で気が変わったりするので、つい面倒になりカンに頼ってしまう。
「このソテーに使うほうれん草ってどれぐらいの分量かな。」
「そうだな~。適当だけど、1把で10人分ぐらいかな。」
「了解。ここの部分のタケノコは?国産にするのかな?」
「えーと・・。あっ、今ハチクなら朝市に出るんじゃないかな。」
「ああ、・・そうだね。この間見たわ。それならお値段も覚えてる。」
敏ちゃんは、座敷の一角で電卓をたたいてメニューを睨み、ノートに何かを書き込んだりブツブツ言いながら計算をしている。
「ここアボカド使うの?じゃあレモン汁もいる?・・ってこの木曜日のお献立、これ500円って?それはないわ。」
「うぅ・・。」
「いいものを使うなら、ちゃんとそれ相応の値段にしてくれないと~。」
「でも普段のお弁当にそれ以上かけられないから・・。」
「どこかで線を引かないと仕方ないでしょうよ。材料を落すか値段を上げるか。でも、そんなに安売りすることないと思うよ。いいと思えば多少割高でも食べたくなるし、うちの店だけで町じゅうの人のお昼ご飯を作れるわけじゃないんだから。要はうちのランチを食べたいと思う人が選んでくれるようにすればいいの。」
「うーん・・・。」
敏ちゃんはいつも、なかなか手厳しい。
でも、この厳しさのおかげでカフェ・ル・ルポは成り立っているといっても過言ではない。
「そんなに悩まなくても、楽をするでもなく苦労するでもなく、誠実な仕事をして順当な利益を乗せたらいいのよ。大事なのは商売をずっと続けていけることなんだからね。」
「そうだけど・・。」
「生きていくだけの収入は得ないと。私たちパートさんに払う給料もいるしね。うふ。お金がすべてじゃないけど、労働には報酬という対価があってこそ、やりがいになるんだだから。」
カフェは始まって間もないが、宣伝もしないのに常連のようなお客様もつき始めたし、今はコンスタントにお客様が来てくれるようになっている。
以前マキノは、スタッフに相談もせずブレンドコーヒーとアメリカンコーヒーの値段を勝手に300円に設定して、敏ちゃんから「安すぎる。」と叱られていた。
でもこの値段だけは上げるつもりはない。
マキノが作ったお弁当のメニューは和洋中の折衷。限られた予算内に収めるために、できるだけ無駄は省かねばならない。あらかじめメニュー表を近所の事業所数カ所に配って、前日の午後2時までに注文を取り、数が決定したらそれに合わせて材料の調達及び調整。
注文はただ待つだけでもいいけれども、定着するまではこちらからお伺いの電話をしてもいいかもしれない。・・メニューも、注文の取り方も、配達の仕方にしても、やり方は、臨機応変に変えていけばよいだろう。
今日の日替わりランチの献立は、チキン南蛮と生野菜、ポテトサラダ、舞茸とコーンとグリーンアスパラのソテー、キャベツとベーコンのコンソメスープ、それにフルーツだ。
店頭での日替わりランチのメニューと、お弁当の献立は流用して同時に考えていく予定だ。
今年の四月は忙しかった・・。
今から仕事を増やしていったら、来年の今頃はどうなっているのだろうか・・・と、マキノはふうっと息をついた。
今日のお昼のスタッフは、敏ちゃんだが、主婦3人、イズミさんと仁美さんが、かわるがわる来てくれている。
マキノが、この町に来て最初に知り合ったのが、イズミさん夫婦で、イズミさんの旦那さんの弟である春樹さんが、マキノのフィアンセ。
イズミさん夫婦のおかげで、マキノは春樹さんと知り合った。
イズミさんは、もうすぐ義姉になる。
夕方からの時間と土日は高校生バイトの真央ちゃん未来ちゃんが入る。今日は真央ちゃんだ。
唯一男子スタッフである立原遊(たちはら ゆう)は3月からスタッフに加わった。
この遊は、高校を2年の時に中退し家を飛び出て、友達が働いていて伝手のあったこの町の旅館に転がり込んで居候同然のバイトをしていた。それが、縁あってマキノの店で働くことになったのだ。
彼の就業時間は、マキノの同じ。旅館の板場で仕込まれた礼儀なのか心意気なのか、マキノが動く限り同じようにつきあおうとする。いくら仕事してもお給料は変わらないことになっているので、「帰ってもいいよ。」と追い返すが、実のところ、今一番頼りがいのある戦力になっていた。
料理のセンスもあるし、マキノが休めるのは遊がいてくれるからといってもよかった。
その遊は、最近自分の原付バイクを手に入れて、自由に走り回れることを喜んでいる。
通勤に使うのが主になるので、保険やガソリン代、整備などにかかる経費はお店持ち。
近所まわりは原付バイクで配達してもらうつもりだが、バイクではたくさん持てないし、雨の日は車でないと無理だ。
「遊ってば、はやく車の免許取ってよ。」
と、敏ちゃんが遊をせかした。
「お金がないからねぇ・・マキノさんに借金もあるし。」
当初は友だちにバイクを借りて通っていたのだが、あまりに借りっぱなしで申し訳ないので、中古の原付バイクを買ったのだ。
半額はマキノが負担して、残りの半額も遊が現金を持っているわけもなく、立替えて支払ったというわけだ。
初めて厨房に入って手伝ってくれた時に年齢を聞いたら「18」と言ったのだが、本当は17だったと訂正が入った。「何かの心理が働いて1か月分水増しした。」とあとから申告してきた。
誕生日は4月だから今はもう18。中退をしていなければ今高校3年生でうちのバイトの真央ちゃん未来ちゃんと同じ学年だ。
マキノは、遊の実家のご両親と直接会ったことはなかったのだが、この店で働くことになった事情を電話で説明したときに、お給料で生活費や家賃が足りなければ送金するという申し出を受けていた。母親と話をした感じでは常識的なイメージを受ける。
もう18歳だから、生きていくだけなら保護者も必要ないのかもしれないが、親なら高校を卒業させたいだろうし、居場所がわかっているのに両親が連れ戻しに来ないというのはどういうことか、マキノにはあまりよくわからなかった。
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