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@藤堂side
1.想いの始まり@藤堂side
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最初にさくらの存在を意識したのは、昨年9月の社長賞授与式だった。
俺は世界的企業のリブランディング案件を統括して企画し、プレゼンを勝ち抜いた功績で、表彰されるべくその場にいた。
ホテルのバンケットホールでのパーティも伴うもので、特に今回の俺が獲得してきた案件が大きかったこともあっていつもより大規模だった。
そこで、楽しく飲み食いして大騒ぎしている社員たちの間をインカムをつけて「総務部」の腕章をつけてまじめな顔をして走り回っている彼女に気づいた。肩より少し長い黒髪をうなじあたりでしっかりまとめて、眼鏡をして、ダークネイビーのパンツスーツに白シャツに黒いローファー。派手目の人の多い広告代理店の社員の中ではちょっと珍しい。まじめに頑張っていて、清潔感があって、いい子だなって思って見ていた。
たまに休憩室で見かける子だ。
ホテルの担当者もいるが、お偉い方のために食べ物をビュッフェから運んできたり、開いた皿やグラスの片付けの間に会っていないものを運んだり、壇上で挨拶する予定の人を順に探し出して案内したり八面六臂の仕事っぷりだ。総務部は彼女だけじゃないはずだが、彼女ばかりが走り回っている。
「藤堂課長」
そんな彼女がいつの間にが俺のすぐ隣にいて、声を掛けてきた。思わずどきっとした。
「次、スピーチなので、お願いします。」
「ああ、ありがと。」
彼女が人込みをかき分けて俺をマイクのそばまで誘導する。
「司会がご紹介しますので。」
俺がうなづくと
「あと、社長賞、おめでとうございます。」
そういってマイク横に俺を残してまた会場の人込みに消えていった。
今日は誰もが「おめでとう」を言ってくれたけど、彼女の祝福が存外に嬉しかった。
軽く取締役たちをネタにしたスピーチで会場を沸かせ、壇上を去ろうという時、彼女が酔った中年の男性社員に肩を貸し場外に案内していくのが見えた。俺は追っかけた。
「代わるよ」
想定外の申し出だったようで彼女はびっくりして俺を見た。
「いえ、総務の仕事ですから。それに、藤堂課長、今日の主役ですから、会場にいらしてください。」
真面目だ。そして頑固そうだ。
「でも、女性がおっさんに肩貸してんの、見てらんないから。」
「でもっ!」
「い~から。」
おれは強引に酔っ払いを受け取って引きずるように会場を出た。彼女もついてくる。
「すみません。その、藤の間も予備の控室に取っているので、そちらへ。」
彼女の指さした部屋におっさんをぶちこむ。
「君、よく働くね、一人でいくつこなしてんの。総務部、ほかにいるでしょ。」
「はい、みんなそれぞれ持ち場についてます。」
「酔っ払いの世話なんて、男にやらせなよ。」
彼女は困ったような顔をした。こんなこと言われたことないんだろう。
「あの、会場、戻ってください。私、お水持ってきます。」
「うん。」
そんなことがあってから何となく彼女が目に入るようになった。
総務部に用があっていくと最初に席を立って「御用でしょうか」と声を掛けてくれるのも彼女だったし新年会会場でもやっぱりひとり走り回ってた。
今年に入ってすぐぐらいだったか、申請書について質問に総務部へ行った。やはり彼女が立ち上がって対応してくれる。
このころには俺は彼女が「小林さくら」という名前で3年前に入社した子だってことを知っていた。
俺が質問すると、彼女はすごく丁寧に教えてくれる。
「もし、一緒に支払いが発生するようでしたら…」
あとで困りそうなことも見越して教えてくれる。彼女が一生懸命教えてくれているのに、俺が彼女が手にしているボールペンが意外にもキャラクターの付いたかわいいやつだったり、説明しながら書いてくれる文字がきれいだったりするのを見ていた。
「あの、解決しましたでしょうか?」
「うん、ありがとう。すごくよく分かった。」
俺が総務部のオフィスを去ろうとすると、
「さくらさあん。」
と甘えた若い社員の声がして、思わず足が止まって振り返った。
「さくらさん、パソコン固まりましたあ」
彼女がそいつに連れていかれる。俺はなぜかイラっとした。
「おい、小林!」
そこで態度が横柄で評判の悪い総務部長がでかい声を出した。
「はい!」
さくらと彼女に声をかけた男が同時に返事する。
「あ、めんどくさいな。さくらのほうだ。」
さくらが飛んでいく。
「さくら」だと?頑張っている彼女を横柄に呼び捨てにするおやじに俺はむかついた。
でも、おかげで分かった。
総務部には彼女と同じ「小林」という苗字の社員がほかにもいて、だから若い方は「さくらさん」、部長は「さくら」と下の名前で呼んでいる。だったら、おれも、下の名前で呼んでいいよね。
俺は世界的企業のリブランディング案件を統括して企画し、プレゼンを勝ち抜いた功績で、表彰されるべくその場にいた。
ホテルのバンケットホールでのパーティも伴うもので、特に今回の俺が獲得してきた案件が大きかったこともあっていつもより大規模だった。
そこで、楽しく飲み食いして大騒ぎしている社員たちの間をインカムをつけて「総務部」の腕章をつけてまじめな顔をして走り回っている彼女に気づいた。肩より少し長い黒髪をうなじあたりでしっかりまとめて、眼鏡をして、ダークネイビーのパンツスーツに白シャツに黒いローファー。派手目の人の多い広告代理店の社員の中ではちょっと珍しい。まじめに頑張っていて、清潔感があって、いい子だなって思って見ていた。
たまに休憩室で見かける子だ。
ホテルの担当者もいるが、お偉い方のために食べ物をビュッフェから運んできたり、開いた皿やグラスの片付けの間に会っていないものを運んだり、壇上で挨拶する予定の人を順に探し出して案内したり八面六臂の仕事っぷりだ。総務部は彼女だけじゃないはずだが、彼女ばかりが走り回っている。
「藤堂課長」
そんな彼女がいつの間にが俺のすぐ隣にいて、声を掛けてきた。思わずどきっとした。
「次、スピーチなので、お願いします。」
「ああ、ありがと。」
彼女が人込みをかき分けて俺をマイクのそばまで誘導する。
「司会がご紹介しますので。」
俺がうなづくと
「あと、社長賞、おめでとうございます。」
そういってマイク横に俺を残してまた会場の人込みに消えていった。
今日は誰もが「おめでとう」を言ってくれたけど、彼女の祝福が存外に嬉しかった。
軽く取締役たちをネタにしたスピーチで会場を沸かせ、壇上を去ろうという時、彼女が酔った中年の男性社員に肩を貸し場外に案内していくのが見えた。俺は追っかけた。
「代わるよ」
想定外の申し出だったようで彼女はびっくりして俺を見た。
「いえ、総務の仕事ですから。それに、藤堂課長、今日の主役ですから、会場にいらしてください。」
真面目だ。そして頑固そうだ。
「でも、女性がおっさんに肩貸してんの、見てらんないから。」
「でもっ!」
「い~から。」
おれは強引に酔っ払いを受け取って引きずるように会場を出た。彼女もついてくる。
「すみません。その、藤の間も予備の控室に取っているので、そちらへ。」
彼女の指さした部屋におっさんをぶちこむ。
「君、よく働くね、一人でいくつこなしてんの。総務部、ほかにいるでしょ。」
「はい、みんなそれぞれ持ち場についてます。」
「酔っ払いの世話なんて、男にやらせなよ。」
彼女は困ったような顔をした。こんなこと言われたことないんだろう。
「あの、会場、戻ってください。私、お水持ってきます。」
「うん。」
そんなことがあってから何となく彼女が目に入るようになった。
総務部に用があっていくと最初に席を立って「御用でしょうか」と声を掛けてくれるのも彼女だったし新年会会場でもやっぱりひとり走り回ってた。
今年に入ってすぐぐらいだったか、申請書について質問に総務部へ行った。やはり彼女が立ち上がって対応してくれる。
このころには俺は彼女が「小林さくら」という名前で3年前に入社した子だってことを知っていた。
俺が質問すると、彼女はすごく丁寧に教えてくれる。
「もし、一緒に支払いが発生するようでしたら…」
あとで困りそうなことも見越して教えてくれる。彼女が一生懸命教えてくれているのに、俺が彼女が手にしているボールペンが意外にもキャラクターの付いたかわいいやつだったり、説明しながら書いてくれる文字がきれいだったりするのを見ていた。
「あの、解決しましたでしょうか?」
「うん、ありがとう。すごくよく分かった。」
俺が総務部のオフィスを去ろうとすると、
「さくらさあん。」
と甘えた若い社員の声がして、思わず足が止まって振り返った。
「さくらさん、パソコン固まりましたあ」
彼女がそいつに連れていかれる。俺はなぜかイラっとした。
「おい、小林!」
そこで態度が横柄で評判の悪い総務部長がでかい声を出した。
「はい!」
さくらと彼女に声をかけた男が同時に返事する。
「あ、めんどくさいな。さくらのほうだ。」
さくらが飛んでいく。
「さくら」だと?頑張っている彼女を横柄に呼び捨てにするおやじに俺はむかついた。
でも、おかげで分かった。
総務部には彼女と同じ「小林」という苗字の社員がほかにもいて、だから若い方は「さくらさん」、部長は「さくら」と下の名前で呼んでいる。だったら、おれも、下の名前で呼んでいいよね。
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