【R-18有】皇太子の執着と義兄の献身

絵夢子

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第五章 破綻

14.令嬢の純潔

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 お互い無防備な部屋着姿、ふたりきりで部屋にいるのもはじめてだ。
 部屋でも馬車でも、閉ざされた場所では、使用人や他の家族がいて、
 未婚のクリスタとビルヘルムがふたりきりにされることはなかった。
 ふたりになりそうなときはドアをあけて行き交う使用人に姿が見えるよう配慮した。
 全てクリスタの純潔に一切の疑いのないようにするための配慮である。

 未婚の貴族令嬢はその純潔に疑いを持たれただけで、その人生を台無しにしてしまう。

 一門で、その令嬢の純潔を証明し続けるようなものだ。

「お嬢…、そろそろ、お戻りください。
 侯爵家の使用人が我々の醜聞を広めることはないでしょうが…」
「皇太子がお兄様に話した噂のこと?」

 クリスタは顔を伏せた。

「こうして兄様や、みんなで私を清いままにして…疑いすら起きない様にして
 そうやって守ったこの身を、皇太子殿下が当たり前のように穢すのね…」
「お嬢!」

「…お父様が大臣として国に尽くされるように、
 私も皇室に入って、務めを果たそうと思ったの…
 相手が皇太子殿下でなくとも、どこか爵位の釣り合う家に嫁いで
 そこで、お世継ぎを産む。
 それが貴族の家に生まれた令嬢に最初から決まっている運命よ。
 わかってたはず、覚悟できていたはずなのに…
 いざあの方が相手だと思うと…悔しいのよ…。」

 悔しい、クリスタがこれまで抱いてこなかった感情だった。
 それを初めて皇太子に抱いた。

 意思を尊重すると言いながら、デビュタントの日に誰もが皇太子の望む相手だと知らしめた。
 信頼するビルヘルムを嘘で引き離そうとした。
 そのうえで婚姻前に肌に触れてきた。

 ただ、皇太子妃に好ましい家柄、素養を買われ
 皇太子にこのように強く求められることなく
 婚姻後にお互い歩み寄ろうとしてくれればここまでの嫌悪は生まれなかっただろう。

「お嬢、皇太子妃になられるのです。それにふさわしいお方です。
 未来の皇帝陛下を身ごもられるのです。
 お嬢は…クリスタ様は決して穢れたりされません。」

「ビル兄さま…私の純潔を散らし、私の身を汚すのに、殿下がふさわしい…って…おっしゃるの…?」

 ビルヘルムは、侯爵家の令嬢と、
 皇太子の初夜の営みについて本人と話していることに居心地の悪さを感じた。
 まして幼い頃から見守ってきたクリスタである。

 困った顔で言葉を失ったビルヘルムを見て
 クリスタはため息をついた。

「ごめんなさい…こんな話をしても、兄様…困ってしまうわね。」
 クリスタは自分が皇太子にとって完璧な婚約者となるために
 義兄がわざわざ望まない婚約をし、相手と体を交わしたことを思い出した。

「兄さまは私と皇太子の婚姻のためにあの人と…エリザベスさんと…
 なのに…私がこんなこと言って…我儘ね…ごめんなさい…。」
「お嬢…そんな…」

 クリスタのためになら何でもできた
 望まない相手との結婚も、その相手と体を交わすことも、なんでもなかった。
 しかし、そのせいでクリスタに罪悪感を負わせてしまった。

「あれは…私が勝手にしたことです…。お嬢はどうか…何も…」

「あの人のせいで…この結婚のせいで…兄さまは兄さまではなくてなって…遠くへ…」
「殿下が私にあの結婚を勧めたわけではないのです。私が…」

 クリスタは黙って首を振った。

「このまま、あの人に望むまま、清い身を差し出すのは、嫌なの。」
 ビルヘルムは口にすべき言葉が見つけられなかった。

「兄さま、お願い、私の純潔を奪って。」

 ビルヘルムは唖然として、しっかり見つめてくるクリスタの目を見た。
「な…にを…」
 いま、聞こえたことは、本当にクリスタが口にしたことなんだろうか。
「エリザベスさんは…誰に自分の体を触れさせるか、選ぶことができる…
 兄さまに抱かれることはエリザベスさんが望んだこと…
 私は…選べないんだわ…。」
「お嬢…あんな…下品な女とご自身を比べるなんて…」
「どうして?比べるならば、私はエリザベスさんより、娼婦に近いわ。
 望まない相手に体を許すの。」
 ビルヘルムは青ざめ、震えた手でクリスタの肩に手を置いた。

「そんな!あなたはれっきとした侯爵令嬢ですよ。それもこのウィストリア公爵のご令嬢ですよ!」
 ビルヘルムは目を泳がせた。
「落ち着いてください…お嬢は…混乱しているだけです。婚儀の前で…」
「いいえ…ずっと思っていることよ。
 望まない相手に…嫌悪すらしている相手に…体を売る…娼婦と一緒よ。」

 ビルヘルムはクリスタを胸に抱いて頭を撫でた。
 雷を怖がり、暗闇を怖がった幼い頃の義妹にしたように。
「初めての…閨で…あの人に…皇太子殿下に身を預けるのは…怖いの…」

 確かに、嘘の噂をギルバートに吹き込んだ一件といい
 アラン皇太子夫妻歓迎の夜会で踊る二人を咎めた時といい
 クリスタにとって皇太子は信頼して身を任せられる相手ではないのだろう。
 その相手と、国を挙げての婚儀に臨み、初夜に身を任せなければいけないのは
 クリスタにとっては恐怖であろうとビルヘルムは慮った。

「お嬢…本当に…後悔しませんか…?」
 クリスタは顔を上げ、潤んだ目でビルヘルムを見上げうなずいた。
「お願い…誰よりも…信頼する人に…最初に触れて欲しいの…」
 ビルヘルムは頷き
 再び胸に顔をうずめたクリスタを抱き上げた。
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