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第五章 破綻

8.皇太子と某伯爵令嬢

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 リオネルは、宮廷の敷地の隅にある古い屋敷に向かった。

 某伯爵が、領地の農作物の出来高をごまかし、皇室への納税額を少なく申告していることが判明し、投獄された。
 様々な国への義務を果たすからこそ、相当の特権を得ている貴族が、皇帝を欺き私利私欲のために虚偽の申告を行うなどあってはならないことだ。

 伯爵は宮廷内の堅牢な石造りの裁判所の地下牢に幽閉されてている。事情を知っていたと思われる夫人と嫡男も同様であり、ほか、補佐に着いていた者や執事なども逮捕されている。

 娘は何も知らなかったとの両親の証言から、投獄はされないものの、古い屋敷の一室に幽閉されていた。

 この事件の裁判は数日後に控えている。
 裁判により伯爵夫妻や嫡男が有罪となれば、領地は接収され、爵位をはく奪され、令嬢は、身寄りを失い、貴族の令嬢という身分も失うこととなる。

 リオネルは警備にあたる兵に、尋問のためだと告げて人払いするよう告げて、令嬢のいる部屋に入った。
 単に警備についている末端の警備兵が、本当に皇太子自らが令嬢に尋問する必要性があるのか、知る術はなく、伴がいないのを不思議に思いながら、皇太子の命に逆らうこともなかった。

 リオネルが部屋に入ると、令嬢は
「皇太子殿下!」
 と立ち上がり、深いお辞儀をして挨拶をし、父の罪をわびた。
「私は、領地の事は何も知らされていなかったのでございます。無関係です!どうかご慈悲を!」

 自己保身のため、床に丸まって額を床に押し付ける令嬢を、リオネルは冷ややかに見下ろした。
 家族の潔白を訴えるのではなく、自分は家族の罪を知らなかったから見逃せと…

 クリスタであれば、父侯爵が、兄ギルバートが、悪事に手を染めるはずはないと、自分の身を省みず、命を掛けて訴えるだろう。もっとも、ウィストリア侯爵一家が、そのような悪事に手を染めるはずはない。

「令嬢、此度こたびの件では、親の不始末によって、何も知らない、まだ若い乙女であるあなたが、堕ちていくのが不憫でなりません。」
 リオネルはうずくまる令嬢の前に膝間付き、その両肩をつかんで身を起させた。
 顔を上げた令嬢は、目の前の、皇太子の慈しみ深い微笑みに、皇太子が自分を救ってくれるものと安堵した。
「皇太子殿下…。」
 潤んだ目で、すがるように令嬢はリオネルの目を見上げた。その瞳に、媚びが浮かぶのをリオネルは見た。

 両親である伯爵夫妻が罰を受け、家門が取り潰されれば、令嬢は身寄りを失う。
 母親、伯爵夫人の実家の男爵家は夫人の弟が継いだが、すでに没落しており、夫人は持参金を目当てに平民の富める商家から迎えている。男爵家は実質この夫人の実家が実権を握っており、罪人の娘となった男爵の姪を喜んで受け入れるとは思えない。

 伯爵令嬢という身分を失い放り出される身寄りのない令嬢、親に人望があれば面倒を見ようというものも現れようが罪人の娘。
 今年クリスタと同じくデビューし、社交の場に顔を出している。
 好色な男の目に留まっていればせいぜい妾か老いた貴族の後添えに迎えられよう。没落した貴族令嬢の穢れない身体を目当てに裕福な平民が手を出すかもしれない。
 いずれにしても自身の純潔の身を売り込むほかあるまい。

 貴族の令嬢たちは、家のために婚姻関係を結び、夫となる男にその純潔を差し出す。クリスタとて、大事に守ってきた純潔を、夫である皇太子である自分に捧げるほかない。
 選ぶ自由などないのだ。

 リオネルは誰もを魅了する神秘的な緑の瞳で令嬢を見つめた。令嬢の表情には戸惑いと共に期待が浮かんだ。
 令嬢の頬をリオネルが撫でると、期待が現実になるとの確信に、令嬢は微笑んだ。

 クリスタであれば、たとえどんなに身を落としても、男に触れられることを拒んだであろう。皇太子である自分であっても。
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