57 / 76
第五章 破綻
5.奪うことは…
しおりを挟む
クリスタは立ち上がって落ち着きなく部屋を歩き出した。
「私は、『愛』を知っております。父が、母が、ふたりの兄が私に愛を注いでくれましたわ。何も奪わず、ただただ温かく包んで、注いで、与え続けてくれるのです。愛を、愛情を。貴方のように、私から奪おうとするのが愛であるはずはないのですわ!」
「あなたにこの帝国最高の女性としての地位を権力を与え、帝国の軍隊であなたを守り、求めるものを何でも与えられるのが私ですよ。これ以上の愛などないでしょう。」
「そんなもの、私は一度も望んでいませんわ。」
「そのエメラルド、よく似合っています。皇都、いや、世界を探してもこんなに美しいエメラルド、そして細かな細工のものは見つからないでしょう。」
クリスタはエメラルドのネックスレスを外し、リオネルの前に投げるけるように置いた。そしてイヤリングも。
「皇太子殿下はこのエメラルドで私から選択肢を奪いましたわ。デビューの場で、揃いの装飾品で、私があなたのものだと宣言した。私の意に沿うとおっしゃいながら、逃げ道はありませんでした。その上…家族を…兄を私から奪い、兄から私を、人生をも奪おうと…。」
クリスタが皇太子をにらむように見た。
「奪うことは愛なんかではありません!両親も、ふたりの兄も私から何か奪おうとしたことはありません。何も!ただ一度も!」
「兄?ビルヘルム卿は実兄ではないでしょう?あのように婚約者の私を差し置きビルヘルム卿をそばに置き、触れさせるなど…。」
リオネルも立ち上がってクリスタに向き合っていた。
「ビルヘルムは兄です!養子縁組の時には幼かった私には、ビルヘルムが兄でなかった時の記憶すらないのです。常に側にいて愛を与えてくれていたのです。」
「あなたには兄かもしれないが、ビルヘルム卿にとってはどうです?彼にとって、あなたは妹などではないはずだ。」
ビルヘルムは、実兄のギルバートのように妹を「クリスタ」とは決して呼ばない。
クリスタが気軽な関係を求めるのに合わせて「お嬢」と呼んでいるが、ふとした時に「クリスタ様」と口にする。
侯爵家を養子縁組した時、すでに9歳であり、成人までは実家のモリ―男爵家との間を行き来していたビルヘルムにとって、クリスタは本家の姫だった。それでも、クリスタが兄として慕うのを受け止めてくれているのだ。
それはクリスタも知っている。ビルヘルムは侯爵家の家族の一員としてはふるまっていない。馬車では御者の席に座る。
「ええ、そうかもしれません。兄は私たちウィストリア侯爵家に向けているのは忠義です。父にも、私にも、それはもどかしく、寂しいことでもありますわ。けれど兄は…ビル兄さまは、私にただ、愛情…忠義かもしれませんけれど…ただ与えてくれるだけですわ、何も求めず、奪わず…。なぜ遠ざける必要があるのです?私にとっては大切な家族ですのに!」
「…しかし、もう義兄でもないのです。ただの分家の男に、これまでのように私の婚約者がエスコートされたり、甘えたりしては困るのです。」
「義兄ではない…?」
クリスタは、ビルヘルムが侯爵家から籍を抜いたことを知らされていなかった。
家族はそのことをビルヘルムを兄として慕って育ってきたクリスタに伝えることができないままだった。このまま結婚してしまえば、ビルヘルムがモリー家へ戻った上で婚姻に至ったことはクリスタに知れられまいと思っていたのだ。
皇太子妃となる自分のために、ビルヘルムが自分の兄ではなくなっていたと知ることがクリスタにとっては残酷なことだと誰もが思っていたのだ。
「ご存じないのですか?ビルヘルム卿はウィストリア侯爵家から離縁して、モリ―男爵家へ籍を戻しているのですよ。」
「…そんな…どうして…。」
クリスタははっと息を飲んだ。全て理解した。
皇太子がクリスタが自分より慕うビルヘルムを遠ざけたがり、ビルヘルムはわざわざ遠方の皇室には上がれない身分になる結婚を選んだ。エリザベスとの結婚の理由まではクリスタはすでに理解していた。
そして今、皇太子妃の実家である侯爵家の兄として、そのような婚姻を結んでいては、ふさわしくないからと、侯爵家から籍を抜いたのだ。
「兄さま…そこまで・・・。」
クリスタが兄が自分のためにそこまで自分に犠牲を強いたのかと衝撃を受け、目の前の皇太子のことすら忘れて窓の外を見た。
長い沈黙の後、クリスタが落ち着いた口調を取り戻した。
「もう、私の家族から、ビルヘルムから、何も奪わないでくださいませ。」
クリスタは、皇太子の入室を迎えたのと同様に腰を下げて挨拶をした。
「お暇いたします。」
「婚儀は、1カ月後だ。侯爵家に後ほど使いを出す。」
クリスタの背中に向けて、リオネルは投げるようにぞんざいな言葉を投げた。
「…御意。」
クリスタは振り返らずに承諾し、部屋を去り、侍女が追った。
部屋に皇太子とともに残された侍従は動けずにいた。
皇太子もしばらく立ち尽くしていたが、突然、テーブルに置かれたエメラルドをつかむと壁に向かって投げつけた。
「私は、『愛』を知っております。父が、母が、ふたりの兄が私に愛を注いでくれましたわ。何も奪わず、ただただ温かく包んで、注いで、与え続けてくれるのです。愛を、愛情を。貴方のように、私から奪おうとするのが愛であるはずはないのですわ!」
「あなたにこの帝国最高の女性としての地位を権力を与え、帝国の軍隊であなたを守り、求めるものを何でも与えられるのが私ですよ。これ以上の愛などないでしょう。」
「そんなもの、私は一度も望んでいませんわ。」
「そのエメラルド、よく似合っています。皇都、いや、世界を探してもこんなに美しいエメラルド、そして細かな細工のものは見つからないでしょう。」
クリスタはエメラルドのネックスレスを外し、リオネルの前に投げるけるように置いた。そしてイヤリングも。
「皇太子殿下はこのエメラルドで私から選択肢を奪いましたわ。デビューの場で、揃いの装飾品で、私があなたのものだと宣言した。私の意に沿うとおっしゃいながら、逃げ道はありませんでした。その上…家族を…兄を私から奪い、兄から私を、人生をも奪おうと…。」
クリスタが皇太子をにらむように見た。
「奪うことは愛なんかではありません!両親も、ふたりの兄も私から何か奪おうとしたことはありません。何も!ただ一度も!」
「兄?ビルヘルム卿は実兄ではないでしょう?あのように婚約者の私を差し置きビルヘルム卿をそばに置き、触れさせるなど…。」
リオネルも立ち上がってクリスタに向き合っていた。
「ビルヘルムは兄です!養子縁組の時には幼かった私には、ビルヘルムが兄でなかった時の記憶すらないのです。常に側にいて愛を与えてくれていたのです。」
「あなたには兄かもしれないが、ビルヘルム卿にとってはどうです?彼にとって、あなたは妹などではないはずだ。」
ビルヘルムは、実兄のギルバートのように妹を「クリスタ」とは決して呼ばない。
クリスタが気軽な関係を求めるのに合わせて「お嬢」と呼んでいるが、ふとした時に「クリスタ様」と口にする。
侯爵家を養子縁組した時、すでに9歳であり、成人までは実家のモリ―男爵家との間を行き来していたビルヘルムにとって、クリスタは本家の姫だった。それでも、クリスタが兄として慕うのを受け止めてくれているのだ。
それはクリスタも知っている。ビルヘルムは侯爵家の家族の一員としてはふるまっていない。馬車では御者の席に座る。
「ええ、そうかもしれません。兄は私たちウィストリア侯爵家に向けているのは忠義です。父にも、私にも、それはもどかしく、寂しいことでもありますわ。けれど兄は…ビル兄さまは、私にただ、愛情…忠義かもしれませんけれど…ただ与えてくれるだけですわ、何も求めず、奪わず…。なぜ遠ざける必要があるのです?私にとっては大切な家族ですのに!」
「…しかし、もう義兄でもないのです。ただの分家の男に、これまでのように私の婚約者がエスコートされたり、甘えたりしては困るのです。」
「義兄ではない…?」
クリスタは、ビルヘルムが侯爵家から籍を抜いたことを知らされていなかった。
家族はそのことをビルヘルムを兄として慕って育ってきたクリスタに伝えることができないままだった。このまま結婚してしまえば、ビルヘルムがモリー家へ戻った上で婚姻に至ったことはクリスタに知れられまいと思っていたのだ。
皇太子妃となる自分のために、ビルヘルムが自分の兄ではなくなっていたと知ることがクリスタにとっては残酷なことだと誰もが思っていたのだ。
「ご存じないのですか?ビルヘルム卿はウィストリア侯爵家から離縁して、モリ―男爵家へ籍を戻しているのですよ。」
「…そんな…どうして…。」
クリスタははっと息を飲んだ。全て理解した。
皇太子がクリスタが自分より慕うビルヘルムを遠ざけたがり、ビルヘルムはわざわざ遠方の皇室には上がれない身分になる結婚を選んだ。エリザベスとの結婚の理由まではクリスタはすでに理解していた。
そして今、皇太子妃の実家である侯爵家の兄として、そのような婚姻を結んでいては、ふさわしくないからと、侯爵家から籍を抜いたのだ。
「兄さま…そこまで・・・。」
クリスタが兄が自分のためにそこまで自分に犠牲を強いたのかと衝撃を受け、目の前の皇太子のことすら忘れて窓の外を見た。
長い沈黙の後、クリスタが落ち着いた口調を取り戻した。
「もう、私の家族から、ビルヘルムから、何も奪わないでくださいませ。」
クリスタは、皇太子の入室を迎えたのと同様に腰を下げて挨拶をした。
「お暇いたします。」
「婚儀は、1カ月後だ。侯爵家に後ほど使いを出す。」
クリスタの背中に向けて、リオネルは投げるようにぞんざいな言葉を投げた。
「…御意。」
クリスタは振り返らずに承諾し、部屋を去り、侍女が追った。
部屋に皇太子とともに残された侍従は動けずにいた。
皇太子もしばらく立ち尽くしていたが、突然、テーブルに置かれたエメラルドをつかむと壁に向かって投げつけた。
21
お気に入りに追加
301
あなたにおすすめの小説
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。

愛された側妃と、愛されなかった正妃
編端みどり
恋愛
隣国から嫁いだ正妃は、夫に全く相手にされない。
夫が愛しているのは、美人で妖艶な側妃だけ。
連れて来た使用人はいつの間にか入れ替えられ、味方がいなくなり、全てを諦めていた正妃は、ある日側妃に子が産まれたと知った。自分の子として育てろと無茶振りをした国王と違い、産まれたばかりの赤ん坊は可愛らしかった。
正妃は、子育てを通じて強く逞しくなり、夫を切り捨てると決めた。
※カクヨムさんにも掲載中
※ 『※』があるところは、血の流れるシーンがあります
※センシティブな表現があります。血縁を重視している世界観のためです。このような考え方を肯定するものではありません。不快な表現があればご指摘下さい。

王子を身籠りました
青の雀
恋愛
婚約者である王太子から、毒を盛って殺そうとした冤罪をかけられ収監されるが、その時すでに王太子の子供を身籠っていたセレンティー。
王太子に黙って、出産するも子供の容姿が王家特有の金髪金眼だった。
再び、王太子が毒を盛られ、死にかけた時、我が子と対面するが…というお話。

愛する殿下の為に身を引いたのに…なぜかヤンデレ化した殿下に囚われてしまいました
Karamimi
恋愛
公爵令嬢のレティシアは、愛する婚約者で王太子のリアムとの結婚を約1年後に控え、毎日幸せな生活を送っていた。
そんな幸せ絶頂の中、両親が馬車の事故で命を落としてしまう。大好きな両親を失い、悲しみに暮れるレティシアを心配したリアムによって、王宮で生活する事になる。
相変わらず自分を大切にしてくれるリアムによって、少しずつ元気を取り戻していくレティシア。そんな中、たまたま王宮で貴族たちが話をしているのを聞いてしまう。その内容と言うのが、そもそもリアムはレティシアの父からの結婚の申し出を断る事が出来ず、仕方なくレティシアと婚約したという事。
トンプソン公爵がいなくなった今、本来婚約する予定だったガルシア侯爵家の、ミランダとの婚約を考えていると言う事。でも心優しいリアムは、その事をレティシアに言い出せずに悩んでいると言う、レティシアにとって衝撃的な内容だった。
あまりのショックに、フラフラと歩くレティシアの目に飛び込んできたのは、楽しそうにお茶をする、リアムとミランダの姿だった。ミランダの髪を優しく撫でるリアムを見た瞬間、先ほど貴族が話していた事が本当だったと理解する。
ずっと自分を支えてくれたリアム。大好きなリアムの為、身を引く事を決意。それと同時に、国を出る準備を始めるレティシア。
そして1ヶ月後、大好きなリアムの為、自ら王宮を後にしたレティシアだったが…
追記:ヒーローが物凄く気持ち悪いです。
今更ですが、閲覧の際はご注意ください。



今夜は帰さない~憧れの騎士団長と濃厚な一夜を
澤谷弥(さわたに わたる)
恋愛
ラウニは騎士団で働く事務官である。
そんな彼女が仕事で第五騎士団団長であるオリベルの執務室を訪ねると、彼の姿はなかった。
だが隣の部屋からは、彼が苦しそうに呻いている声が聞こえてきた。
そんな彼を助けようと隣室へと続く扉を開けたラウニが目にしたのは――。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる