【R-18有】皇太子の執着と義兄の献身

絵夢子

文字の大きさ
上 下
57 / 76
第五章 破綻

5.奪うことは…

しおりを挟む
 クリスタは立ち上がって落ち着きなく部屋を歩き出した。
「私は、『愛』を知っております。父が、母が、ふたりの兄が私に愛を注いでくれましたわ。何も奪わず、ただただ温かく包んで、注いで、与え続けてくれるのです。愛を、愛情を。貴方のように、私から奪おうとするのが愛であるはずはないのですわ!」
「あなたにこの帝国最高の女性としての地位を権力を与え、帝国の軍隊であなたを守り、求めるものを何でも与えられるのが私ですよ。これ以上の愛などないでしょう。」

「そんなもの、私は一度も望んでいませんわ。」
「そのエメラルド、よく似合っています。皇都、いや、世界を探してもこんなに美しいエメラルド、そして細かな細工のものは見つからないでしょう。」
 クリスタはエメラルドのネックスレスを外し、リオネルの前に投げるけるように置いた。そしてイヤリングも。

「皇太子殿下はこのエメラルドで私から選択肢を奪いましたわ。デビューの場で、揃いの装飾品で、私があなたのものだと宣言した。私の意に沿うとおっしゃいながら、逃げ道はありませんでした。その上…家族を…兄を私から奪い、兄から私を、人生をも奪おうと…。」
 クリスタが皇太子をにらむように見た。

「奪うことは愛なんかではありません!両親も、ふたりの兄も私から何か奪おうとしたことはありません。何も!ただ一度も!」
「兄?ビルヘルム卿は実兄ではないでしょう?あのように婚約者の私を差し置きビルヘルム卿をそばに置き、触れさせるなど…。」
 リオネルも立ち上がってクリスタに向き合っていた。

「ビルヘルムは兄です!養子縁組の時には幼かった私には、ビルヘルムが兄でなかった時の記憶すらないのです。常に側にいて愛を与えてくれていたのです。」
「あなたには兄かもしれないが、ビルヘルム卿にとってはどうです?彼にとって、あなたは妹などではないはずだ。」

 ビルヘルムは、実兄のギルバートのように妹を「クリスタ」とは決して呼ばない。
 クリスタが気軽な関係を求めるのに合わせて「お嬢」と呼んでいるが、ふとした時に「クリスタ様」と口にする。
 侯爵家を養子縁組した時、すでに9歳であり、成人までは実家のモリ―男爵家との間を行き来していたビルヘルムにとって、クリスタは本家の姫だった。それでも、クリスタが兄として慕うのを受け止めてくれているのだ。
 それはクリスタも知っている。ビルヘルムは侯爵家の家族の一員としてはふるまっていない。馬車では御者の席に座る。

「ええ、そうかもしれません。兄は私たちウィストリア侯爵家に向けているのは忠義です。父にも、私にも、それはもどかしく、寂しいことでもありますわ。けれど兄は…ビル兄さまは、私にただ、愛情…忠義かもしれませんけれど…ただ与えてくれるだけですわ、何も求めず、奪わず…。なぜ遠ざける必要があるのです?私にとっては大切な家族ですのに!」
「…しかし、もう義兄ぎけいでもないのです。ただの分家の男に、これまでのように私の婚約者がエスコートされたり、甘えたりしては困るのです。」

「義兄ではない…?」
 クリスタは、ビルヘルムが侯爵家から籍を抜いたことを知らされていなかった。
 家族はそのことをビルヘルムを兄として慕って育ってきたクリスタに伝えることができないままだった。このまま結婚してしまえば、ビルヘルムがモリー家へ戻った上で婚姻に至ったことはクリスタに知れられまいと思っていたのだ。
 皇太子妃となる自分のために、ビルヘルムが自分の兄ではなくなっていたと知ることがクリスタにとっては残酷なことだと誰もが思っていたのだ。

「ご存じないのですか?ビルヘルム卿はウィストリア侯爵家から離縁して、モリ―男爵家へ籍を戻しているのですよ。」
「…そんな…どうして…。」
 クリスタははっと息を飲んだ。全て理解した。
 皇太子がクリスタが自分より慕うビルヘルムを遠ざけたがり、ビルヘルムはわざわざ遠方の皇室には上がれない身分になる結婚を選んだ。エリザベスとの結婚の理由まではクリスタはすでに理解していた。
 そして今、皇太子妃の実家である侯爵家の兄として、そのような婚姻を結んでいては、ふさわしくないからと、侯爵家から籍を抜いたのだ。

「兄さま…そこまで・・・。」
 クリスタが兄が自分のためにそこまで自分に犠牲を強いたのかと衝撃を受け、目の前の皇太子のことすら忘れて窓の外を見た。

 長い沈黙の後、クリスタが落ち着いた口調を取り戻した。
「もう、私の家族から、ビルヘルムから、何も奪わないでくださいませ。」
 クリスタは、皇太子の入室を迎えたのと同様に腰を下げて挨拶をした。
「おいとまいたします。」
「婚儀は、1カ月のちだ。侯爵家に後ほど使いを出す。」
 クリスタの背中に向けて、リオネルは投げるようにぞんざいな言葉を投げた。
「…御意ぎょい。」
 クリスタは振り返らずに承諾し、部屋を去り、侍女が追った。

 部屋に皇太子とともに残された侍従は動けずにいた。
 皇太子もしばらく立ち尽くしていたが、突然、テーブルに置かれたエメラルドをつかむと壁に向かって投げつけた。
しおりを挟む
感想 4

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

王子を身籠りました

青の雀
恋愛
婚約者である王太子から、毒を盛って殺そうとした冤罪をかけられ収監されるが、その時すでに王太子の子供を身籠っていたセレンティー。 王太子に黙って、出産するも子供の容姿が王家特有の金髪金眼だった。 再び、王太子が毒を盛られ、死にかけた時、我が子と対面するが…というお話。

イケメン社長と私が結婚!?初めての『気持ちイイ』を体に教え込まれる!?

すずなり。
恋愛
ある日、彼氏が自分の住んでるアパートを引き払い、勝手に『同棲』を求めてきた。 「お前が働いてるんだから俺は家にいる。」 家事をするわけでもなく、食費をくれるわけでもなく・・・デートもしない。 「私は母親じゃない・・・!」 そう言って家を飛び出した。 夜遅く、何も持たず、靴も履かず・・・一人で泣きながら歩いてるとこを保護してくれた一人の人。 「何があった?送ってく。」 それはいつも仕事場のカフェに来てくれる常連さんだった。 「俺と・・・結婚してほしい。」 「!?」 突然の結婚の申し込み。彼のことは何も知らなかったけど・・・惹かれるのに時間はかからない。 かっこよくて・・優しくて・・・紳士な彼は私を心から愛してくれる。 そんな彼に、私は想いを返したい。 「俺に・・・全てを見せて。」 苦手意識の強かった『営み』。 彼の手によって私の感じ方が変わっていく・・・。 「いあぁぁぁっ・・!!」 「感じやすいんだな・・・。」 ※お話は全て想像の世界のものです。現実世界とはなんら関係ありません。 ※お話の中に出てくる病気、治療法などは想像のものとしてご覧ください。 ※誤字脱字、表現不足は重々承知しております。日々精進してまいりますので温かく見ていただけると嬉しいです。 ※コメントや感想は受け付けることができません。メンタルが薄氷なもので・・すみません。 それではお楽しみください。すずなり。

今更気付いてももう遅い。

ユウキ
恋愛
ある晴れた日、卒業の季節に集まる面々は、一様に暗く。 今更真相に気付いても、後悔してももう遅い。何もかも、取り戻せないのです。

愛する殿下の為に身を引いたのに…なぜかヤンデレ化した殿下に囚われてしまいました

Karamimi
恋愛
公爵令嬢のレティシアは、愛する婚約者で王太子のリアムとの結婚を約1年後に控え、毎日幸せな生活を送っていた。 そんな幸せ絶頂の中、両親が馬車の事故で命を落としてしまう。大好きな両親を失い、悲しみに暮れるレティシアを心配したリアムによって、王宮で生活する事になる。 相変わらず自分を大切にしてくれるリアムによって、少しずつ元気を取り戻していくレティシア。そんな中、たまたま王宮で貴族たちが話をしているのを聞いてしまう。その内容と言うのが、そもそもリアムはレティシアの父からの結婚の申し出を断る事が出来ず、仕方なくレティシアと婚約したという事。 トンプソン公爵がいなくなった今、本来婚約する予定だったガルシア侯爵家の、ミランダとの婚約を考えていると言う事。でも心優しいリアムは、その事をレティシアに言い出せずに悩んでいると言う、レティシアにとって衝撃的な内容だった。 あまりのショックに、フラフラと歩くレティシアの目に飛び込んできたのは、楽しそうにお茶をする、リアムとミランダの姿だった。ミランダの髪を優しく撫でるリアムを見た瞬間、先ほど貴族が話していた事が本当だったと理解する。 ずっと自分を支えてくれたリアム。大好きなリアムの為、身を引く事を決意。それと同時に、国を出る準備を始めるレティシア。 そして1ヶ月後、大好きなリアムの為、自ら王宮を後にしたレティシアだったが… 追記:ヒーローが物凄く気持ち悪いです。 今更ですが、閲覧の際はご注意ください。

【完結】もう無理して私に笑いかけなくてもいいですよ?

冬馬亮
恋愛
公爵令嬢のエリーゼは、遅れて出席した夜会で、婚約者のオズワルドがエリーゼへの不満を口にするのを偶然耳にする。 オズワルドを愛していたエリーゼはひどくショックを受けるが、悩んだ末に婚約解消を決意する。 だが、喜んで受け入れると思っていたオズワルドが、なぜか婚約解消を拒否。関係の再構築を提案する。 その後、プレゼント攻撃や突撃訪問の日々が始まるが、オズワルドは別の令嬢をそばに置くようになり・・・ 「彼女は友人の妹で、なんとも思ってない。オレが好きなのはエリーゼだ」 「私みたいな女に無理して笑いかけるのも限界だって夜会で愚痴をこぼしてたじゃないですか。よかったですね、これでもう、無理して私に笑いかけなくてよくなりましたよ」

義兄の執愛

真木
恋愛
陽花は姉の結婚と引き換えに、義兄に囲われることになる。 教え込むように執拗に抱き、甘く愛をささやく義兄に、陽花の心は砕けていき……。 悪の華のような義兄×中性的な義妹の歪んだ愛。

【完結】仰る通り、貴方の子ではありません

ユユ
恋愛
辛い悪阻と難産を経て産まれたのは 私に似た待望の男児だった。 なのに認められず、 不貞の濡れ衣を着せられ、 追い出されてしまった。 実家からも勘当され 息子と2人で生きていくことにした。 * 作り話です * 暇つぶしにどうぞ * 4万文字未満 * 完結保証付き * 少し大人表現あり

処理中です...