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第五章 破綻
5.奪うことは…
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クリスタは立ち上がって落ち着きなく部屋を歩き出した。
「私は、『愛』を知っております。父が、母が、ふたりの兄が私に愛を注いでくれましたわ。何も奪わず、ただただ温かく包んで、注いで、与え続けてくれるのです。愛を、愛情を。貴方のように、私から奪おうとするのが愛であるはずはないのですわ!」
「あなたにこの帝国最高の女性としての地位を権力を与え、帝国の軍隊であなたを守り、求めるものを何でも与えられるのが私ですよ。これ以上の愛などないでしょう。」
「そんなもの、私は一度も望んでいませんわ。」
「そのエメラルド、よく似合っています。皇都、いや、世界を探してもこんなに美しいエメラルド、そして細かな細工のものは見つからないでしょう。」
クリスタはエメラルドのネックスレスを外し、リオネルの前に投げるけるように置いた。そしてイヤリングも。
「皇太子殿下はこのエメラルドで私から選択肢を奪いましたわ。デビューの場で、揃いの装飾品で、私があなたのものだと宣言した。私の意に沿うとおっしゃいながら、逃げ道はありませんでした。その上…家族を…兄を私から奪い、兄から私を、人生をも奪おうと…。」
クリスタが皇太子をにらむように見た。
「奪うことは愛なんかではありません!両親も、ふたりの兄も私から何か奪おうとしたことはありません。何も!ただ一度も!」
「兄?ビルヘルム卿は実兄ではないでしょう?あのように婚約者の私を差し置きビルヘルム卿をそばに置き、触れさせるなど…。」
リオネルも立ち上がってクリスタに向き合っていた。
「ビルヘルムは兄です!養子縁組の時には幼かった私には、ビルヘルムが兄でなかった時の記憶すらないのです。常に側にいて愛を与えてくれていたのです。」
「あなたには兄かもしれないが、ビルヘルム卿にとってはどうです?彼にとって、あなたは妹などではないはずだ。」
ビルヘルムは、実兄のギルバートのように妹を「クリスタ」とは決して呼ばない。
クリスタが気軽な関係を求めるのに合わせて「お嬢」と呼んでいるが、ふとした時に「クリスタ様」と口にする。
侯爵家を養子縁組した時、すでに9歳であり、成人までは実家のモリ―男爵家との間を行き来していたビルヘルムにとって、クリスタは本家の姫だった。それでも、クリスタが兄として慕うのを受け止めてくれているのだ。
それはクリスタも知っている。ビルヘルムは侯爵家の家族の一員としてはふるまっていない。馬車では御者の席に座る。
「ええ、そうかもしれません。兄は私たちウィストリア侯爵家に向けているのは忠義です。父にも、私にも、それはもどかしく、寂しいことでもありますわ。けれど兄は…ビル兄さまは、私にただ、愛情…忠義かもしれませんけれど…ただ与えてくれるだけですわ、何も求めず、奪わず…。なぜ遠ざける必要があるのです?私にとっては大切な家族ですのに!」
「…しかし、もう義兄でもないのです。ただの分家の男に、これまでのように私の婚約者がエスコートされたり、甘えたりしては困るのです。」
「義兄ではない…?」
クリスタは、ビルヘルムが侯爵家から籍を抜いたことを知らされていなかった。
家族はそのことをビルヘルムを兄として慕って育ってきたクリスタに伝えることができないままだった。このまま結婚してしまえば、ビルヘルムがモリー家へ戻った上で婚姻に至ったことはクリスタに知れられまいと思っていたのだ。
皇太子妃となる自分のために、ビルヘルムが自分の兄ではなくなっていたと知ることがクリスタにとっては残酷なことだと誰もが思っていたのだ。
「ご存じないのですか?ビルヘルム卿はウィストリア侯爵家から離縁して、モリ―男爵家へ籍を戻しているのですよ。」
「…そんな…どうして…。」
クリスタははっと息を飲んだ。全て理解した。
皇太子がクリスタが自分より慕うビルヘルムを遠ざけたがり、ビルヘルムはわざわざ遠方の皇室には上がれない身分になる結婚を選んだ。エリザベスとの結婚の理由まではクリスタはすでに理解していた。
そして今、皇太子妃の実家である侯爵家の兄として、そのような婚姻を結んでいては、ふさわしくないからと、侯爵家から籍を抜いたのだ。
「兄さま…そこまで・・・。」
クリスタが兄が自分のためにそこまで自分に犠牲を強いたのかと衝撃を受け、目の前の皇太子のことすら忘れて窓の外を見た。
長い沈黙の後、クリスタが落ち着いた口調を取り戻した。
「もう、私の家族から、ビルヘルムから、何も奪わないでくださいませ。」
クリスタは、皇太子の入室を迎えたのと同様に腰を下げて挨拶をした。
「お暇いたします。」
「婚儀は、1カ月後だ。侯爵家に後ほど使いを出す。」
クリスタの背中に向けて、リオネルは投げるようにぞんざいな言葉を投げた。
「…御意。」
クリスタは振り返らずに承諾し、部屋を去り、侍女が追った。
部屋に皇太子とともに残された侍従は動けずにいた。
皇太子もしばらく立ち尽くしていたが、突然、テーブルに置かれたエメラルドをつかむと壁に向かって投げつけた。
「私は、『愛』を知っております。父が、母が、ふたりの兄が私に愛を注いでくれましたわ。何も奪わず、ただただ温かく包んで、注いで、与え続けてくれるのです。愛を、愛情を。貴方のように、私から奪おうとするのが愛であるはずはないのですわ!」
「あなたにこの帝国最高の女性としての地位を権力を与え、帝国の軍隊であなたを守り、求めるものを何でも与えられるのが私ですよ。これ以上の愛などないでしょう。」
「そんなもの、私は一度も望んでいませんわ。」
「そのエメラルド、よく似合っています。皇都、いや、世界を探してもこんなに美しいエメラルド、そして細かな細工のものは見つからないでしょう。」
クリスタはエメラルドのネックスレスを外し、リオネルの前に投げるけるように置いた。そしてイヤリングも。
「皇太子殿下はこのエメラルドで私から選択肢を奪いましたわ。デビューの場で、揃いの装飾品で、私があなたのものだと宣言した。私の意に沿うとおっしゃいながら、逃げ道はありませんでした。その上…家族を…兄を私から奪い、兄から私を、人生をも奪おうと…。」
クリスタが皇太子をにらむように見た。
「奪うことは愛なんかではありません!両親も、ふたりの兄も私から何か奪おうとしたことはありません。何も!ただ一度も!」
「兄?ビルヘルム卿は実兄ではないでしょう?あのように婚約者の私を差し置きビルヘルム卿をそばに置き、触れさせるなど…。」
リオネルも立ち上がってクリスタに向き合っていた。
「ビルヘルムは兄です!養子縁組の時には幼かった私には、ビルヘルムが兄でなかった時の記憶すらないのです。常に側にいて愛を与えてくれていたのです。」
「あなたには兄かもしれないが、ビルヘルム卿にとってはどうです?彼にとって、あなたは妹などではないはずだ。」
ビルヘルムは、実兄のギルバートのように妹を「クリスタ」とは決して呼ばない。
クリスタが気軽な関係を求めるのに合わせて「お嬢」と呼んでいるが、ふとした時に「クリスタ様」と口にする。
侯爵家を養子縁組した時、すでに9歳であり、成人までは実家のモリ―男爵家との間を行き来していたビルヘルムにとって、クリスタは本家の姫だった。それでも、クリスタが兄として慕うのを受け止めてくれているのだ。
それはクリスタも知っている。ビルヘルムは侯爵家の家族の一員としてはふるまっていない。馬車では御者の席に座る。
「ええ、そうかもしれません。兄は私たちウィストリア侯爵家に向けているのは忠義です。父にも、私にも、それはもどかしく、寂しいことでもありますわ。けれど兄は…ビル兄さまは、私にただ、愛情…忠義かもしれませんけれど…ただ与えてくれるだけですわ、何も求めず、奪わず…。なぜ遠ざける必要があるのです?私にとっては大切な家族ですのに!」
「…しかし、もう義兄でもないのです。ただの分家の男に、これまでのように私の婚約者がエスコートされたり、甘えたりしては困るのです。」
「義兄ではない…?」
クリスタは、ビルヘルムが侯爵家から籍を抜いたことを知らされていなかった。
家族はそのことをビルヘルムを兄として慕って育ってきたクリスタに伝えることができないままだった。このまま結婚してしまえば、ビルヘルムがモリー家へ戻った上で婚姻に至ったことはクリスタに知れられまいと思っていたのだ。
皇太子妃となる自分のために、ビルヘルムが自分の兄ではなくなっていたと知ることがクリスタにとっては残酷なことだと誰もが思っていたのだ。
「ご存じないのですか?ビルヘルム卿はウィストリア侯爵家から離縁して、モリ―男爵家へ籍を戻しているのですよ。」
「…そんな…どうして…。」
クリスタははっと息を飲んだ。全て理解した。
皇太子がクリスタが自分より慕うビルヘルムを遠ざけたがり、ビルヘルムはわざわざ遠方の皇室には上がれない身分になる結婚を選んだ。エリザベスとの結婚の理由まではクリスタはすでに理解していた。
そして今、皇太子妃の実家である侯爵家の兄として、そのような婚姻を結んでいては、ふさわしくないからと、侯爵家から籍を抜いたのだ。
「兄さま…そこまで・・・。」
クリスタが兄が自分のためにそこまで自分に犠牲を強いたのかと衝撃を受け、目の前の皇太子のことすら忘れて窓の外を見た。
長い沈黙の後、クリスタが落ち着いた口調を取り戻した。
「もう、私の家族から、ビルヘルムから、何も奪わないでくださいませ。」
クリスタは、皇太子の入室を迎えたのと同様に腰を下げて挨拶をした。
「お暇いたします。」
「婚儀は、1カ月後だ。侯爵家に後ほど使いを出す。」
クリスタの背中に向けて、リオネルは投げるようにぞんざいな言葉を投げた。
「…御意。」
クリスタは振り返らずに承諾し、部屋を去り、侍女が追った。
部屋に皇太子とともに残された侍従は動けずにいた。
皇太子もしばらく立ち尽くしていたが、突然、テーブルに置かれたエメラルドをつかむと壁に向かって投げつけた。
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