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第五章 破綻
4.謁見
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リオネルに公式な手続きでクリスタから謁見の申し入れがされた。
皇太子の補佐官は、婚約者としての訪問ではなく、謁見の申し入れであったことに戸惑った。
リオネルは、数カ月ぶりにクリスタに会えることに胸が高鳴るのを感じながら、初めてクリスタから作られた面会の機会が決して二人の仲の改善によるものでも、改善につながるものでもあり得ないことを確信していた。
ビルヘルムが田舎の商家の娘と婚約し、侯爵家との縁組を解除し、モリ―男爵家に戻ったことはウィストリア侯爵から父の皇帝と並んで報告を受けていた。
ギルバートから、クリスタとビルヘルムの関係についての噂のついては何も聞かされていないウィストリア侯爵はビルヘルムが自分で決めた将来を尊重したいとしながらも腑に落ちない様子だった。
父の皇帝も、首をかしげていた。
自分が侯爵家の領地で過ごす間に決まったビルヘルムの不自然な結婚を聞いたクリスタが、何かに気づいたであろうことは容易に推察できる。
それにより、クリスタが、初めて自ら自分に会いに来る。
自分に何を言ってくるのか。何を求めるのか。
侍従がクリスタの到着を告げた。
リオネルは私的な応接室へクリスタを通させた。
リオネルが部屋に入ると、立ったままリオネルを待っていたクリスタが完璧な挨拶をした。
「皇太子殿下には、私の謁見の申し入れを受けていただき、有難く存じます。」
デビューに贈ったエメラルドのネックレスとイヤリングがきらめいた。
「ああ、クリスタ嬢。水臭いですね。婚約者のあなたがわざわざ謁見の申し入れなど。ここは近い将来あなたの家になるのです、前触れさえ不要です。いつでもお越しいただいていいのです。」
「いいえ、謁見の間ではなく、皇太子殿下の私的なお部屋へお通しいただき、畏れ多いばかりです。」
侍従や侍女の前で、婚約者の親しみを一切拒否して見せるクリスタの態度を苦々しく思いながら、まっすぐに自分と対峙してきたことに奥底から湧き上がる喜びが確かにあることを感じていた。
「おかけください。クリスタ嬢。」
ふたりはティテーブルをはさんで向かい合った。
「本日は、皇太子殿下にお尋ねしたいことがございまして参りましたの。」
「ええ、何なりと、将来夫婦となる私たちの間に、お答えできないことなどございません。」
「嘘、偽りもないと?」
「もちろんです。クリスタ嬢。あなたへの誠意と真心に、嘘も偽りも、隠し事もあり得ませんよ。」
クリスタは膝の上で握った手を震わせていた。
「では、兄を遠ざけた経緯をお聞かせくださいませ。」
リオネルはテーブルに置かれた紅茶を口に運んでからゆっくり答えた。
「兄?ギルバート卿が領地にいらっしゃるのは、いつものことでしょう?それに、あなたも一緒に領地で休養されるようお勧めしたのは私ですよ。遠ざけたなどと。」
クリスタも、優雅に紅茶を口にした。完璧で美しい所作。
「次兄のことですわ。次兄のビルヘルムがわざわざ皇都を遠く離れようとしておりますの。」
「愛する方とのご結婚とお聞きしています。おめでたい話です。」
「いいえ、兄が私を離れていくはずなんてなかったんですわ。相手の女性と会ってよくわかりましたわ。」
「あなたのような侯爵家のご令嬢では、田舎の平民の女性など、理解できますまい。」
「…兄とて同じことですわ。男爵家から、侯爵家に移った兄が、あのような女性を愛するなど…」
「皇太子殿下と私の婚儀の後は、皇太子妃として役目を果たしますわ。皇太子殿下の妻として、皇太子殿下に、宮廷に鎖でつながれ、自由を諦めて差し上げますわ。ですから、家族まで、支配しようとなさらないで。」
「鎖…?まさか?クリスタ嬢、私はあなたを愛情で包んで差し上げますよ。もちろん、皇太子妃、皇后となれば、安全のため、多少行動は制限されますし、公務もありますが…」
「愛情?愛ですって?」
皇太子の補佐官は、婚約者としての訪問ではなく、謁見の申し入れであったことに戸惑った。
リオネルは、数カ月ぶりにクリスタに会えることに胸が高鳴るのを感じながら、初めてクリスタから作られた面会の機会が決して二人の仲の改善によるものでも、改善につながるものでもあり得ないことを確信していた。
ビルヘルムが田舎の商家の娘と婚約し、侯爵家との縁組を解除し、モリ―男爵家に戻ったことはウィストリア侯爵から父の皇帝と並んで報告を受けていた。
ギルバートから、クリスタとビルヘルムの関係についての噂のついては何も聞かされていないウィストリア侯爵はビルヘルムが自分で決めた将来を尊重したいとしながらも腑に落ちない様子だった。
父の皇帝も、首をかしげていた。
自分が侯爵家の領地で過ごす間に決まったビルヘルムの不自然な結婚を聞いたクリスタが、何かに気づいたであろうことは容易に推察できる。
それにより、クリスタが、初めて自ら自分に会いに来る。
自分に何を言ってくるのか。何を求めるのか。
侍従がクリスタの到着を告げた。
リオネルは私的な応接室へクリスタを通させた。
リオネルが部屋に入ると、立ったままリオネルを待っていたクリスタが完璧な挨拶をした。
「皇太子殿下には、私の謁見の申し入れを受けていただき、有難く存じます。」
デビューに贈ったエメラルドのネックレスとイヤリングがきらめいた。
「ああ、クリスタ嬢。水臭いですね。婚約者のあなたがわざわざ謁見の申し入れなど。ここは近い将来あなたの家になるのです、前触れさえ不要です。いつでもお越しいただいていいのです。」
「いいえ、謁見の間ではなく、皇太子殿下の私的なお部屋へお通しいただき、畏れ多いばかりです。」
侍従や侍女の前で、婚約者の親しみを一切拒否して見せるクリスタの態度を苦々しく思いながら、まっすぐに自分と対峙してきたことに奥底から湧き上がる喜びが確かにあることを感じていた。
「おかけください。クリスタ嬢。」
ふたりはティテーブルをはさんで向かい合った。
「本日は、皇太子殿下にお尋ねしたいことがございまして参りましたの。」
「ええ、何なりと、将来夫婦となる私たちの間に、お答えできないことなどございません。」
「嘘、偽りもないと?」
「もちろんです。クリスタ嬢。あなたへの誠意と真心に、嘘も偽りも、隠し事もあり得ませんよ。」
クリスタは膝の上で握った手を震わせていた。
「では、兄を遠ざけた経緯をお聞かせくださいませ。」
リオネルはテーブルに置かれた紅茶を口に運んでからゆっくり答えた。
「兄?ギルバート卿が領地にいらっしゃるのは、いつものことでしょう?それに、あなたも一緒に領地で休養されるようお勧めしたのは私ですよ。遠ざけたなどと。」
クリスタも、優雅に紅茶を口にした。完璧で美しい所作。
「次兄のことですわ。次兄のビルヘルムがわざわざ皇都を遠く離れようとしておりますの。」
「愛する方とのご結婚とお聞きしています。おめでたい話です。」
「いいえ、兄が私を離れていくはずなんてなかったんですわ。相手の女性と会ってよくわかりましたわ。」
「あなたのような侯爵家のご令嬢では、田舎の平民の女性など、理解できますまい。」
「…兄とて同じことですわ。男爵家から、侯爵家に移った兄が、あのような女性を愛するなど…」
「皇太子殿下と私の婚儀の後は、皇太子妃として役目を果たしますわ。皇太子殿下の妻として、皇太子殿下に、宮廷に鎖でつながれ、自由を諦めて差し上げますわ。ですから、家族まで、支配しようとなさらないで。」
「鎖…?まさか?クリスタ嬢、私はあなたを愛情で包んで差し上げますよ。もちろん、皇太子妃、皇后となれば、安全のため、多少行動は制限されますし、公務もありますが…」
「愛情?愛ですって?」
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