56 / 76
第五章 破綻
4.謁見
しおりを挟む
リオネルに公式な手続きでクリスタから謁見の申し入れがされた。
皇太子の補佐官は、婚約者としての訪問ではなく、謁見の申し入れであったことに戸惑った。
リオネルは、数カ月ぶりにクリスタに会えることに胸が高鳴るのを感じながら、初めてクリスタから作られた面会の機会が決して二人の仲の改善によるものでも、改善につながるものでもあり得ないことを確信していた。
ビルヘルムが田舎の商家の娘と婚約し、侯爵家との縁組を解除し、モリ―男爵家に戻ったことはウィストリア侯爵から父の皇帝と並んで報告を受けていた。
ギルバートから、クリスタとビルヘルムの関係についての噂のついては何も聞かされていないウィストリア侯爵はビルヘルムが自分で決めた将来を尊重したいとしながらも腑に落ちない様子だった。
父の皇帝も、首をかしげていた。
自分が侯爵家の領地で過ごす間に決まったビルヘルムの不自然な結婚を聞いたクリスタが、何かに気づいたであろうことは容易に推察できる。
それにより、クリスタが、初めて自ら自分に会いに来る。
自分に何を言ってくるのか。何を求めるのか。
侍従がクリスタの到着を告げた。
リオネルは私的な応接室へクリスタを通させた。
リオネルが部屋に入ると、立ったままリオネルを待っていたクリスタが完璧な挨拶をした。
「皇太子殿下には、私の謁見の申し入れを受けていただき、有難く存じます。」
デビューに贈ったエメラルドのネックレスとイヤリングがきらめいた。
「ああ、クリスタ嬢。水臭いですね。婚約者のあなたがわざわざ謁見の申し入れなど。ここは近い将来あなたの家になるのです、前触れさえ不要です。いつでもお越しいただいていいのです。」
「いいえ、謁見の間ではなく、皇太子殿下の私的なお部屋へお通しいただき、畏れ多いばかりです。」
侍従や侍女の前で、婚約者の親しみを一切拒否して見せるクリスタの態度を苦々しく思いながら、まっすぐに自分と対峙してきたことに奥底から湧き上がる喜びが確かにあることを感じていた。
「おかけください。クリスタ嬢。」
ふたりはティテーブルをはさんで向かい合った。
「本日は、皇太子殿下にお尋ねしたいことがございまして参りましたの。」
「ええ、何なりと、将来夫婦となる私たちの間に、お答えできないことなどございません。」
「嘘、偽りもないと?」
「もちろんです。クリスタ嬢。あなたへの誠意と真心に、嘘も偽りも、隠し事もあり得ませんよ。」
クリスタは膝の上で握った手を震わせていた。
「では、兄を遠ざけた経緯をお聞かせくださいませ。」
リオネルはテーブルに置かれた紅茶を口に運んでからゆっくり答えた。
「兄?ギルバート卿が領地にいらっしゃるのは、いつものことでしょう?それに、あなたも一緒に領地で休養されるようお勧めしたのは私ですよ。遠ざけたなどと。」
クリスタも、優雅に紅茶を口にした。完璧で美しい所作。
「次兄のことですわ。次兄のビルヘルムがわざわざ皇都を遠く離れようとしておりますの。」
「愛する方とのご結婚とお聞きしています。おめでたい話です。」
「いいえ、兄が私を離れていくはずなんてなかったんですわ。相手の女性と会ってよくわかりましたわ。」
「あなたのような侯爵家のご令嬢では、田舎の平民の女性など、理解できますまい。」
「…兄とて同じことですわ。男爵家から、侯爵家に移った兄が、あのような女性を愛するなど…」
「皇太子殿下と私の婚儀の後は、皇太子妃として役目を果たしますわ。皇太子殿下の妻として、皇太子殿下に、宮廷に鎖でつながれ、自由を諦めて差し上げますわ。ですから、家族まで、支配しようとなさらないで。」
「鎖…?まさか?クリスタ嬢、私はあなたを愛情で包んで差し上げますよ。もちろん、皇太子妃、皇后となれば、安全のため、多少行動は制限されますし、公務もありますが…」
「愛情?愛ですって?」
皇太子の補佐官は、婚約者としての訪問ではなく、謁見の申し入れであったことに戸惑った。
リオネルは、数カ月ぶりにクリスタに会えることに胸が高鳴るのを感じながら、初めてクリスタから作られた面会の機会が決して二人の仲の改善によるものでも、改善につながるものでもあり得ないことを確信していた。
ビルヘルムが田舎の商家の娘と婚約し、侯爵家との縁組を解除し、モリ―男爵家に戻ったことはウィストリア侯爵から父の皇帝と並んで報告を受けていた。
ギルバートから、クリスタとビルヘルムの関係についての噂のついては何も聞かされていないウィストリア侯爵はビルヘルムが自分で決めた将来を尊重したいとしながらも腑に落ちない様子だった。
父の皇帝も、首をかしげていた。
自分が侯爵家の領地で過ごす間に決まったビルヘルムの不自然な結婚を聞いたクリスタが、何かに気づいたであろうことは容易に推察できる。
それにより、クリスタが、初めて自ら自分に会いに来る。
自分に何を言ってくるのか。何を求めるのか。
侍従がクリスタの到着を告げた。
リオネルは私的な応接室へクリスタを通させた。
リオネルが部屋に入ると、立ったままリオネルを待っていたクリスタが完璧な挨拶をした。
「皇太子殿下には、私の謁見の申し入れを受けていただき、有難く存じます。」
デビューに贈ったエメラルドのネックレスとイヤリングがきらめいた。
「ああ、クリスタ嬢。水臭いですね。婚約者のあなたがわざわざ謁見の申し入れなど。ここは近い将来あなたの家になるのです、前触れさえ不要です。いつでもお越しいただいていいのです。」
「いいえ、謁見の間ではなく、皇太子殿下の私的なお部屋へお通しいただき、畏れ多いばかりです。」
侍従や侍女の前で、婚約者の親しみを一切拒否して見せるクリスタの態度を苦々しく思いながら、まっすぐに自分と対峙してきたことに奥底から湧き上がる喜びが確かにあることを感じていた。
「おかけください。クリスタ嬢。」
ふたりはティテーブルをはさんで向かい合った。
「本日は、皇太子殿下にお尋ねしたいことがございまして参りましたの。」
「ええ、何なりと、将来夫婦となる私たちの間に、お答えできないことなどございません。」
「嘘、偽りもないと?」
「もちろんです。クリスタ嬢。あなたへの誠意と真心に、嘘も偽りも、隠し事もあり得ませんよ。」
クリスタは膝の上で握った手を震わせていた。
「では、兄を遠ざけた経緯をお聞かせくださいませ。」
リオネルはテーブルに置かれた紅茶を口に運んでからゆっくり答えた。
「兄?ギルバート卿が領地にいらっしゃるのは、いつものことでしょう?それに、あなたも一緒に領地で休養されるようお勧めしたのは私ですよ。遠ざけたなどと。」
クリスタも、優雅に紅茶を口にした。完璧で美しい所作。
「次兄のことですわ。次兄のビルヘルムがわざわざ皇都を遠く離れようとしておりますの。」
「愛する方とのご結婚とお聞きしています。おめでたい話です。」
「いいえ、兄が私を離れていくはずなんてなかったんですわ。相手の女性と会ってよくわかりましたわ。」
「あなたのような侯爵家のご令嬢では、田舎の平民の女性など、理解できますまい。」
「…兄とて同じことですわ。男爵家から、侯爵家に移った兄が、あのような女性を愛するなど…」
「皇太子殿下と私の婚儀の後は、皇太子妃として役目を果たしますわ。皇太子殿下の妻として、皇太子殿下に、宮廷に鎖でつながれ、自由を諦めて差し上げますわ。ですから、家族まで、支配しようとなさらないで。」
「鎖…?まさか?クリスタ嬢、私はあなたを愛情で包んで差し上げますよ。もちろん、皇太子妃、皇后となれば、安全のため、多少行動は制限されますし、公務もありますが…」
「愛情?愛ですって?」
23
お気に入りに追加
301
あなたにおすすめの小説
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。

愛された側妃と、愛されなかった正妃
編端みどり
恋愛
隣国から嫁いだ正妃は、夫に全く相手にされない。
夫が愛しているのは、美人で妖艶な側妃だけ。
連れて来た使用人はいつの間にか入れ替えられ、味方がいなくなり、全てを諦めていた正妃は、ある日側妃に子が産まれたと知った。自分の子として育てろと無茶振りをした国王と違い、産まれたばかりの赤ん坊は可愛らしかった。
正妃は、子育てを通じて強く逞しくなり、夫を切り捨てると決めた。
※カクヨムさんにも掲載中
※ 『※』があるところは、血の流れるシーンがあります
※センシティブな表現があります。血縁を重視している世界観のためです。このような考え方を肯定するものではありません。不快な表現があればご指摘下さい。

王子を身籠りました
青の雀
恋愛
婚約者である王太子から、毒を盛って殺そうとした冤罪をかけられ収監されるが、その時すでに王太子の子供を身籠っていたセレンティー。
王太子に黙って、出産するも子供の容姿が王家特有の金髪金眼だった。
再び、王太子が毒を盛られ、死にかけた時、我が子と対面するが…というお話。

愛する殿下の為に身を引いたのに…なぜかヤンデレ化した殿下に囚われてしまいました
Karamimi
恋愛
公爵令嬢のレティシアは、愛する婚約者で王太子のリアムとの結婚を約1年後に控え、毎日幸せな生活を送っていた。
そんな幸せ絶頂の中、両親が馬車の事故で命を落としてしまう。大好きな両親を失い、悲しみに暮れるレティシアを心配したリアムによって、王宮で生活する事になる。
相変わらず自分を大切にしてくれるリアムによって、少しずつ元気を取り戻していくレティシア。そんな中、たまたま王宮で貴族たちが話をしているのを聞いてしまう。その内容と言うのが、そもそもリアムはレティシアの父からの結婚の申し出を断る事が出来ず、仕方なくレティシアと婚約したという事。
トンプソン公爵がいなくなった今、本来婚約する予定だったガルシア侯爵家の、ミランダとの婚約を考えていると言う事。でも心優しいリアムは、その事をレティシアに言い出せずに悩んでいると言う、レティシアにとって衝撃的な内容だった。
あまりのショックに、フラフラと歩くレティシアの目に飛び込んできたのは、楽しそうにお茶をする、リアムとミランダの姿だった。ミランダの髪を優しく撫でるリアムを見た瞬間、先ほど貴族が話していた事が本当だったと理解する。
ずっと自分を支えてくれたリアム。大好きなリアムの為、身を引く事を決意。それと同時に、国を出る準備を始めるレティシア。
そして1ヶ月後、大好きなリアムの為、自ら王宮を後にしたレティシアだったが…
追記:ヒーローが物凄く気持ち悪いです。
今更ですが、閲覧の際はご注意ください。



今夜は帰さない~憧れの騎士団長と濃厚な一夜を
澤谷弥(さわたに わたる)
恋愛
ラウニは騎士団で働く事務官である。
そんな彼女が仕事で第五騎士団団長であるオリベルの執務室を訪ねると、彼の姿はなかった。
だが隣の部屋からは、彼が苦しそうに呻いている声が聞こえてきた。
そんな彼を助けようと隣室へと続く扉を開けたラウニが目にしたのは――。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる