54 / 66
第五章 破綻
2.問い
しおりを挟む
やっと、執事がビルヘルムの到着を告げ、クリスタはすぐに通すように言った。
ビルヘルムは慌てた様子で部屋に飛び込んできた。
侯爵家からエリザベスの来訪を伝えられ、ビルヘルムはすぐに男爵家を飛び出し、馬に飛び乗って駆け付けた。
クリスタのいる侯爵家に、あの下品な女が、自分と肉体関係を持った女がいるなんて、一番恐れていたことの一つだ。
「エリザベス嬢、何をしているのです。連絡もなく。」
「ビルヘルム様!」
クリスタが久しぶりの義兄に挨拶するまもなく、エリザベスがビルヘルムに抱き着いた。
妹の前で、婚前の娘が豊満な胸もビルヘルムに押し付けてまとわりつく姿にクリスタは唖然とした。
「婚約者が3週間ぶりに会いに来たんだから、歓迎してくださいな。そろそろ、我慢できないじゃないかと思って…、ねえ?」
まとわりつくような視線で見上げられ、ビルヘルムはぞっとした。クリスタの前で性的な話をされることも耐えられない。
「皇太子殿下の婚約者の家に…、侯爵家に、連絡もなく上がりこまれては困ります。近くの宿屋に案内します。」
「え?宿屋?泊めてくれないの?」
ビルヘルムはエリザベスを引っ張るようにして連れていく。
「お嬢、あとで戻りますから。」
クリスタはビルヘルムへの疑問を早くぶつけたくて仕方なかった。
「お嬢様、あの女が、本当にビルヘルム様の婚約者でしょうか…。ビルヘルム様があんな下品な女を…。」
ジェンが思わず口にした。
「ジェン、お茶を、淹れなおしてくれる?あなたも一緒に。」
クリスタはビルヘルムを迎える時に立ち上がっていたが、ぐったりと椅子に座りなおした。
兄が、わざわざ家族から離れて遠くへ移るのがあの女性のため?兄があの女性と激しい情事を?
事実だと思いたくなかった。全身がじっとりと汗ばみ、胸が押しつぶされそうだった。
―嫌だ、兄さまがあんな女性と結婚するのも、あの女性と家族となるのも、あの女性のために兄さまが遠くへ行かれてしまうのも、兄さまが私よりもあの女性を選ぶことも…
クリスタは初めての感情に混乱していた。
ジェンの淹れたお茶を一緒に飲んでも、会話にならない。
「部屋で、休むわ。兄さまが戻られたら、すぐに呼んで頂戴。」
クリスタは寝室で横になった。眠れないが、立っていることもままならなかった。
半時ほどしてジェンが、ビルヘルムが戻ったと伝えに来た。
クリスタはやっとの思いで身を起こして、先ほどの部屋に戻った。
「兄さま…、あの方は?」
「宿屋に置いて来ました。びっくりさせて申し訳ありません。」
領地へ戻る際、この侯爵邸で別れて2月が経とうとしていた。久しぶりの兄との再会に、いつもなら甘えて額にキスをねだるが、そんな気持ちにもならず、ただ、衝撃に耐えていた。
「兄さま…、本当にあの女性と結婚されるの?」
「ええ、来月、彼女の家に婿に入り、商売を継ぐのです。」
「本当に…あの女性と…その…閨を…共に…」
ビルヘルムはこぶしを握った。そのような話をクリスタの耳に入れたエリザベスが憎かった。
しかし、事実であった。
「…貴族の家ではありません。そういうことも、あるのです。」
「でも!兄さまは貴族で、侯爵家の子息だわ!」
自分はもう侯爵家から離縁し、クリスタの義兄ではなくなった。
皇太子妃の家族としてふさわしくない結婚をするから侯爵家を離れたと知ったら、クリスタはビルヘルムに犠牲を強いた自分を責め、侯爵家がビルヘルムにひどい仕打ちをしたと嘆くだろう。
真実を告げることはできなかった。
「兄さま、本当にあの女性を愛しているの?」
エリザベスの名を口にすることすらも嫌だった。
ビルヘルムは、クリスタの目に見据えられ「エリザベスを愛している」という嘘がつけなかった。
「ねえ、あの女性を愛しているの?私のそばを遠く離れてあの女性の側にいたいと思うほど、婚前に…肌を合わせたいと思うほど、あの女性を愛しているの?」
ビルヘルムは口をつぐんだ。
クリスタはビルヘルムの両腕をつかんでゆすぶった。
「ビル兄さま!ねえ、本当にあの女性を愛しているの?だから結婚するの?」
「では!」
ビルヘルムもクリスタの手を取った。
「お嬢は、クリスタ様は、皇太子殿下を愛して、結婚するのですか?」
ビルヘルムは慌てた様子で部屋に飛び込んできた。
侯爵家からエリザベスの来訪を伝えられ、ビルヘルムはすぐに男爵家を飛び出し、馬に飛び乗って駆け付けた。
クリスタのいる侯爵家に、あの下品な女が、自分と肉体関係を持った女がいるなんて、一番恐れていたことの一つだ。
「エリザベス嬢、何をしているのです。連絡もなく。」
「ビルヘルム様!」
クリスタが久しぶりの義兄に挨拶するまもなく、エリザベスがビルヘルムに抱き着いた。
妹の前で、婚前の娘が豊満な胸もビルヘルムに押し付けてまとわりつく姿にクリスタは唖然とした。
「婚約者が3週間ぶりに会いに来たんだから、歓迎してくださいな。そろそろ、我慢できないじゃないかと思って…、ねえ?」
まとわりつくような視線で見上げられ、ビルヘルムはぞっとした。クリスタの前で性的な話をされることも耐えられない。
「皇太子殿下の婚約者の家に…、侯爵家に、連絡もなく上がりこまれては困ります。近くの宿屋に案内します。」
「え?宿屋?泊めてくれないの?」
ビルヘルムはエリザベスを引っ張るようにして連れていく。
「お嬢、あとで戻りますから。」
クリスタはビルヘルムへの疑問を早くぶつけたくて仕方なかった。
「お嬢様、あの女が、本当にビルヘルム様の婚約者でしょうか…。ビルヘルム様があんな下品な女を…。」
ジェンが思わず口にした。
「ジェン、お茶を、淹れなおしてくれる?あなたも一緒に。」
クリスタはビルヘルムを迎える時に立ち上がっていたが、ぐったりと椅子に座りなおした。
兄が、わざわざ家族から離れて遠くへ移るのがあの女性のため?兄があの女性と激しい情事を?
事実だと思いたくなかった。全身がじっとりと汗ばみ、胸が押しつぶされそうだった。
―嫌だ、兄さまがあんな女性と結婚するのも、あの女性と家族となるのも、あの女性のために兄さまが遠くへ行かれてしまうのも、兄さまが私よりもあの女性を選ぶことも…
クリスタは初めての感情に混乱していた。
ジェンの淹れたお茶を一緒に飲んでも、会話にならない。
「部屋で、休むわ。兄さまが戻られたら、すぐに呼んで頂戴。」
クリスタは寝室で横になった。眠れないが、立っていることもままならなかった。
半時ほどしてジェンが、ビルヘルムが戻ったと伝えに来た。
クリスタはやっとの思いで身を起こして、先ほどの部屋に戻った。
「兄さま…、あの方は?」
「宿屋に置いて来ました。びっくりさせて申し訳ありません。」
領地へ戻る際、この侯爵邸で別れて2月が経とうとしていた。久しぶりの兄との再会に、いつもなら甘えて額にキスをねだるが、そんな気持ちにもならず、ただ、衝撃に耐えていた。
「兄さま…、本当にあの女性と結婚されるの?」
「ええ、来月、彼女の家に婿に入り、商売を継ぐのです。」
「本当に…あの女性と…その…閨を…共に…」
ビルヘルムはこぶしを握った。そのような話をクリスタの耳に入れたエリザベスが憎かった。
しかし、事実であった。
「…貴族の家ではありません。そういうことも、あるのです。」
「でも!兄さまは貴族で、侯爵家の子息だわ!」
自分はもう侯爵家から離縁し、クリスタの義兄ではなくなった。
皇太子妃の家族としてふさわしくない結婚をするから侯爵家を離れたと知ったら、クリスタはビルヘルムに犠牲を強いた自分を責め、侯爵家がビルヘルムにひどい仕打ちをしたと嘆くだろう。
真実を告げることはできなかった。
「兄さま、本当にあの女性を愛しているの?」
エリザベスの名を口にすることすらも嫌だった。
ビルヘルムは、クリスタの目に見据えられ「エリザベスを愛している」という嘘がつけなかった。
「ねえ、あの女性を愛しているの?私のそばを遠く離れてあの女性の側にいたいと思うほど、婚前に…肌を合わせたいと思うほど、あの女性を愛しているの?」
ビルヘルムは口をつぐんだ。
クリスタはビルヘルムの両腕をつかんでゆすぶった。
「ビル兄さま!ねえ、本当にあの女性を愛しているの?だから結婚するの?」
「では!」
ビルヘルムもクリスタの手を取った。
「お嬢は、クリスタ様は、皇太子殿下を愛して、結婚するのですか?」
23
お気に入りに追加
296
あなたにおすすめの小説
極悪家庭教師の溺愛レッスン~悪魔な彼はお隣さん~
恵喜 どうこ
恋愛
「高校合格のお礼をくれない?」
そう言っておねだりしてきたのはお隣の家庭教師のお兄ちゃん。
私よりも10歳上のお兄ちゃんはずっと憧れの人だったんだけど、好きだという告白もないままに男女の関係に発展してしまった私は苦しくて、どうしようもなくて、彼の一挙手一投足にただ振り回されてしまっていた。
葵は私のことを本当はどう思ってるの?
私は葵のことをどう思ってるの?
意地悪なカテキョに翻弄されっぱなし。
こうなったら確かめなくちゃ!
葵の気持ちも、自分の気持ちも!
だけど甘い誘惑が多すぎて――
ちょっぴりスパイスをきかせた大人の男と女子高生のラブストーリーです。
アルバートの屈辱
プラネットプラント
恋愛
妻の姉に恋をして妻を蔑ろにするアルバートとそんな夫を愛するのを諦めてしまった妻の話。
『詰んでる不憫系悪役令嬢はチャラ男騎士として生活しています』の10年ほど前の話ですが、ほぼ無関係なので単体で読めます。
【完結】愛されないと知った時、私は
yanako
恋愛
私は聞いてしまった。
彼の本心を。
私は小さな、けれど豊かな領地を持つ、男爵家の娘。
父が私の結婚相手を見つけてきた。
隣の領地の次男の彼。
幼馴染というほど親しくは無いけれど、素敵な人だと思っていた。
そう、思っていたのだ。
愛する殿下の為に身を引いたのに…なぜかヤンデレ化した殿下に囚われてしまいました
Karamimi
恋愛
公爵令嬢のレティシアは、愛する婚約者で王太子のリアムとの結婚を約1年後に控え、毎日幸せな生活を送っていた。
そんな幸せ絶頂の中、両親が馬車の事故で命を落としてしまう。大好きな両親を失い、悲しみに暮れるレティシアを心配したリアムによって、王宮で生活する事になる。
相変わらず自分を大切にしてくれるリアムによって、少しずつ元気を取り戻していくレティシア。そんな中、たまたま王宮で貴族たちが話をしているのを聞いてしまう。その内容と言うのが、そもそもリアムはレティシアの父からの結婚の申し出を断る事が出来ず、仕方なくレティシアと婚約したという事。
トンプソン公爵がいなくなった今、本来婚約する予定だったガルシア侯爵家の、ミランダとの婚約を考えていると言う事。でも心優しいリアムは、その事をレティシアに言い出せずに悩んでいると言う、レティシアにとって衝撃的な内容だった。
あまりのショックに、フラフラと歩くレティシアの目に飛び込んできたのは、楽しそうにお茶をする、リアムとミランダの姿だった。ミランダの髪を優しく撫でるリアムを見た瞬間、先ほど貴族が話していた事が本当だったと理解する。
ずっと自分を支えてくれたリアム。大好きなリアムの為、身を引く事を決意。それと同時に、国を出る準備を始めるレティシア。
そして1ヶ月後、大好きなリアムの為、自ら王宮を後にしたレティシアだったが…
追記:ヒーローが物凄く気持ち悪いです。
今更ですが、閲覧の際はご注意ください。
淡泊早漏王子と嫁き遅れ姫
梅乃なごみ
恋愛
小国の姫・リリィは婚約者の王子が超淡泊で早漏であることに悩んでいた。
それは好きでもない自分を義務感から抱いているからだと気付いたリリィは『超強力な精力剤』を王子に飲ませることに。
飲ませることには成功したものの、思っていたより効果がでてしまって……!?
※この作品は『すなもり共通プロット企画』参加作品であり、提供されたプロットで創作した作品です。
★他サイトからの転載てす★
【完結】彼の瞳に映るのは
たろ
恋愛
今夜も彼はわたしをエスコートして夜会へと参加する。
優しく見つめる彼の瞳にはわたしが映っているのに、何故かわたしの心は何も感じない。
そしてファーストダンスを踊ると彼はそっとわたしのそばからいなくなる。
わたしはまた一人で佇む。彼は守るべき存在の元へと行ってしまう。
★ 短編から長編へ変更しました。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる