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第五章 破綻

2.問い

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 やっと、執事がビルヘルムの到着を告げ、クリスタはすぐに通すように言った。

 ビルヘルムは慌てた様子で部屋に飛び込んできた。
 侯爵家からエリザベスの来訪を伝えられ、ビルヘルムはすぐに男爵家を飛び出し、馬に飛び乗って駆け付けた。
 クリスタのいる侯爵家に、あの下品な女が、自分と肉体関係を持った女がいるなんて、一番恐れていたことの一つだ。

「エリザベス嬢、何をしているのです。連絡もなく。」
「ビルヘルム様!」
 クリスタが久しぶりの義兄に挨拶するまもなく、エリザベスがビルヘルムに抱き着いた。
 妹の前で、婚前の娘が豊満な胸もビルヘルムに押し付けてまとわりつく姿にクリスタは唖然とした。
「婚約者が3週間ぶりに会いに来たんだから、歓迎してくださいな。そろそろ、我慢できないじゃないかと思って…、ねえ?」
 まとわりつくような視線で見上げられ、ビルヘルムはぞっとした。クリスタの前で性的な話をされることも耐えられない。

「皇太子殿下の婚約者の家に…、侯爵家に、連絡もなく上がりこまれては困ります。近くの宿屋に案内します。」
「え?宿屋?泊めてくれないの?」
 ビルヘルムはエリザベスを引っ張るようにして連れていく。
「お嬢、あとで戻りますから。」

 クリスタはビルヘルムへの疑問を早くぶつけたくて仕方なかった。

「お嬢様、あの女が、本当にビルヘルム様の婚約者でしょうか…。ビルヘルム様があんな下品な女を…。」
 ジェンが思わず口にした。
「ジェン、お茶を、淹れなおしてくれる?あなたも一緒に。」

 クリスタはビルヘルムを迎える時に立ち上がっていたが、ぐったりと椅子に座りなおした。
 兄が、わざわざ家族から離れて遠くへ移るのがあの女性のため?兄があの女性と激しい情事を?
 事実だと思いたくなかった。全身がじっとりと汗ばみ、胸が押しつぶされそうだった。

―嫌だ、兄さまがあんな女性と結婚するのも、あの女性と家族となるのも、あの女性のために兄さまが遠くへ行かれてしまうのも、兄さまが私よりもあの女性を選ぶことも…

 クリスタは初めての感情に混乱していた。
 ジェンの淹れたお茶を一緒に飲んでも、会話にならない。


「部屋で、休むわ。兄さまが戻られたら、すぐに呼んで頂戴。」
 クリスタは寝室で横になった。眠れないが、立っていることもままならなかった。

 半時ほどしてジェンが、ビルヘルムが戻ったと伝えに来た。
 クリスタはやっとの思いで身を起こして、先ほどの部屋に戻った。

「兄さま…、あの方は?」
「宿屋に置いて来ました。びっくりさせて申し訳ありません。」
 領地へ戻る際、この侯爵邸で別れて2月が経とうとしていた。久しぶりの兄との再会に、いつもなら甘えて額にキスをねだるが、そんな気持ちにもならず、ただ、衝撃に耐えていた。

「兄さま…、本当にあの女性と結婚されるの?」
「ええ、来月、彼女の家に婿に入り、商売を継ぐのです。」
「本当に…あの女性と…その…閨を…共に…」
 ビルヘルムはこぶしを握った。そのような話をクリスタの耳に入れたエリザベスが憎かった。
 しかし、事実であった。

「…貴族の家ではありません。そういうことも、あるのです。」
「でも!兄さまは貴族で、侯爵家の子息だわ!」
 自分はもう侯爵家から離縁し、クリスタの義兄ではなくなった。
 皇太子妃の家族としてふさわしくない結婚をするから侯爵家を離れたと知ったら、クリスタはビルヘルムに犠牲を強いた自分を責め、侯爵家がビルヘルムにひどい仕打ちをしたと嘆くだろう。
 真実を告げることはできなかった。

「兄さま、本当にあの女性を愛しているの?」
 エリザベスの名を口にすることすらも嫌だった。
 ビルヘルムは、クリスタの目に見据えられ「エリザベスを愛している」という嘘がつけなかった。
「ねえ、あの女性ひとを愛しているの?私のそばを遠く離れてあの女性ひとの側にいたいと思うほど、婚前に…肌を合わせたいと思うほど、あの女性ひとを愛しているの?」
 ビルヘルムは口をつぐんだ。

 クリスタはビルヘルムの両腕をつかんでゆすぶった。
「ビル兄さま!ねえ、本当にあの女性を愛しているの?だから結婚するの?」
「では!」
 ビルヘルムもクリスタの手を取った。
「お嬢は、クリスタ様は、皇太子殿下を愛して、結婚するのですか?」

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