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第五章 破綻
1.義兄の婚約者の往訪
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父からの手紙でビルヘルムが侯爵家を去ったと知らされたギルバートは、クリスタを皇都に戻した。
ビルヘルムのいない皇都の侯爵邸から皇太子がクリスタを遠ざけたがる理由はない。
クリスタは結婚の決まったビルヘルムは最後に実家の男爵家で家族との時間を過ごしているとだけ聞かされた。
侯爵家から離縁したとはギルバートの口からはとても伝えられなかった。
領地に残るギルバートと家族たちはクリスタとの別れを惜しんだが、次期侯爵の一家である。クリスタが皇太子妃となっても、宮廷を訪ねることは難しくない。一時的な別離である。
クリスタの皇都への帰還の予定は皇室に伝えられ、往路と同様、皇室が派遣した騎士団が護衛し皇都に戻った。
ビルヘルムのいない皇都の侯爵邸でクリスタは侍女のジェンや母親と庭を散策したり、読書や刺繍に退屈しながらも穏やかに過ごした。
ビルヘルムは同じ皇都にいながら多忙だと言って会いに来ないのが不満だった。
クリスタとビルヘルムの間では、数回手紙のやりとりはされ、クリスタは義兄の婚約者がエリザベスという名であること、商談の席で出会ったことを知らされた。
「兄さまに想う方がいらっしゃるなんて、ちっとも気づかなかった!」
クリスタはジェンと、ビルヘルムに恋をしているような素振りがなかったかと探りあって首をかしげた。
ある午後、クリスタはジェンを伴い日課の庭の散歩をしていた。屋敷の門の方が騒がしいの気づき、ジェンがクリスタを屋敷の中へ戻した。危険な人物が訊ねてきたのを警戒したのだ。
門前には皇太子の婚約者となってから皇室から派遣された護衛が立っている。
その護衛が何者かともめているようだ。
屋敷の中に戻り、ジェンがお茶を淹れようとしているところへ、執事がやってきた。
「クリスタ様。ビルヘルム様の婚約者とおっしゃる女性がお越しなのですが、いかがいたしましょう。」
侯爵は宮廷に出勤し、侯爵夫人も茶会に呼ばれ、不在だった。
「兄さまの?…お通ししてちょうだい。それから、モリー男爵家のビルヘルム兄さまのところに遣いをやって。」
案内された客人は、屋敷内をもの珍しそうにキョロキョロ見回しながら、客間へ通された。
クリスタがジェンと共に部屋に入ると、客人は紅茶のカップと茶菓子を手にして座ったまま、
「あなたがクリスタ様?」
と、訪ねた。
クリスタは、相手が立ち上がりもせず、挨拶もしないことに驚いたが、動揺を隠して、丁寧に挨拶した。
「はい。ビルヘルムの妹のクリスタです。お義姉様になられるエリザベス様にお会いできて光栄です。」
クリスタの美しいお辞儀にも、向かい合って、茶器を美しく扱う姿にも、エリザベスはほれぼれした。
「流石、皇太子妃になるお嬢さんは違うのね!」
クリスタは目の前の茶菓子をばくばく口に放り込み、紅茶で流し込むエリザベスに驚いた。
「ジェン、サンドイッチかスコーンを頼んでくれる?」
クリスタはエリザベスが空腹なのだろうと気遣った。
「エリザベス様、兄は今は実家のモリー男爵家で過ごしていて、こちらにはいませんの。今、呼びに行かせていますわ。」
「実家?」
「ええ、兄はこちらには養子に入ったんです。ご存じでは?」
「知らない。なんだ…男爵家なの…まあ、でも、今は侯爵の息子になってるのよね。」
クリスタには、エリザベスの態度が解せない。
「あの、こちらへいらっしゃること、兄には伝えていらっしゃらなかったんですか?」
「だって、結婚する仲だもの。好きな時に会いに来るわ。それに…、急に会いに来た方が、驚きがスパイスになって、ベッドで盛り上がれるってもんでしょ?」
エリザベスは笑ったが、クリスタは表情を失い、言葉を失った。
そのクリスタの反応を見てエリザベスは意地悪く笑った。
「ああ!貴族のご令嬢っていうのは、本当に結婚するまで処女なのね!婚約しても、皇太子さまと、してないんだね。」
クリスタはエリザベスと目を合わせていられず。あちこちに目を泳がせた。
「私たちは…、ねえ。遠いところを家まで来てくれて、そっけなく帰すわけにいかないじゃないの。ビルヘルム様ったら、普段物静かなのに、夜は激しくて…」
クリスタは目の前にいる胸元を大きく開けた女と兄の情事の話から逃れたかった。
男女の秘め事の話を、しかも相手の妹の前でするなんて…。
「あの!皇都は初めてでいらっしゃるの?」
「え?そうよ。乗合馬車で5日もかかったのよ!そうそう出てこれないわね。」
そんな遠い場所に兄は行ってしまうのか。それほどこの女に執心なのか…。
クリスタは、このエリザベスの語る相手が本当にあの兄、ビルヘルムなのかと疑いたくなった。
その後、エリザベスは皇太子や宮廷についてクリスタを質問攻めにしてはしゃいだ。
ジェンが運び込んだ軽食や菓子を次々平らげ、紅茶もジェンが何度も淹れなおした。
クリスタにも、ジェンにも長い時間に思われた。
ビルヘルムのいない皇都の侯爵邸から皇太子がクリスタを遠ざけたがる理由はない。
クリスタは結婚の決まったビルヘルムは最後に実家の男爵家で家族との時間を過ごしているとだけ聞かされた。
侯爵家から離縁したとはギルバートの口からはとても伝えられなかった。
領地に残るギルバートと家族たちはクリスタとの別れを惜しんだが、次期侯爵の一家である。クリスタが皇太子妃となっても、宮廷を訪ねることは難しくない。一時的な別離である。
クリスタの皇都への帰還の予定は皇室に伝えられ、往路と同様、皇室が派遣した騎士団が護衛し皇都に戻った。
ビルヘルムのいない皇都の侯爵邸でクリスタは侍女のジェンや母親と庭を散策したり、読書や刺繍に退屈しながらも穏やかに過ごした。
ビルヘルムは同じ皇都にいながら多忙だと言って会いに来ないのが不満だった。
クリスタとビルヘルムの間では、数回手紙のやりとりはされ、クリスタは義兄の婚約者がエリザベスという名であること、商談の席で出会ったことを知らされた。
「兄さまに想う方がいらっしゃるなんて、ちっとも気づかなかった!」
クリスタはジェンと、ビルヘルムに恋をしているような素振りがなかったかと探りあって首をかしげた。
ある午後、クリスタはジェンを伴い日課の庭の散歩をしていた。屋敷の門の方が騒がしいの気づき、ジェンがクリスタを屋敷の中へ戻した。危険な人物が訊ねてきたのを警戒したのだ。
門前には皇太子の婚約者となってから皇室から派遣された護衛が立っている。
その護衛が何者かともめているようだ。
屋敷の中に戻り、ジェンがお茶を淹れようとしているところへ、執事がやってきた。
「クリスタ様。ビルヘルム様の婚約者とおっしゃる女性がお越しなのですが、いかがいたしましょう。」
侯爵は宮廷に出勤し、侯爵夫人も茶会に呼ばれ、不在だった。
「兄さまの?…お通ししてちょうだい。それから、モリー男爵家のビルヘルム兄さまのところに遣いをやって。」
案内された客人は、屋敷内をもの珍しそうにキョロキョロ見回しながら、客間へ通された。
クリスタがジェンと共に部屋に入ると、客人は紅茶のカップと茶菓子を手にして座ったまま、
「あなたがクリスタ様?」
と、訪ねた。
クリスタは、相手が立ち上がりもせず、挨拶もしないことに驚いたが、動揺を隠して、丁寧に挨拶した。
「はい。ビルヘルムの妹のクリスタです。お義姉様になられるエリザベス様にお会いできて光栄です。」
クリスタの美しいお辞儀にも、向かい合って、茶器を美しく扱う姿にも、エリザベスはほれぼれした。
「流石、皇太子妃になるお嬢さんは違うのね!」
クリスタは目の前の茶菓子をばくばく口に放り込み、紅茶で流し込むエリザベスに驚いた。
「ジェン、サンドイッチかスコーンを頼んでくれる?」
クリスタはエリザベスが空腹なのだろうと気遣った。
「エリザベス様、兄は今は実家のモリー男爵家で過ごしていて、こちらにはいませんの。今、呼びに行かせていますわ。」
「実家?」
「ええ、兄はこちらには養子に入ったんです。ご存じでは?」
「知らない。なんだ…男爵家なの…まあ、でも、今は侯爵の息子になってるのよね。」
クリスタには、エリザベスの態度が解せない。
「あの、こちらへいらっしゃること、兄には伝えていらっしゃらなかったんですか?」
「だって、結婚する仲だもの。好きな時に会いに来るわ。それに…、急に会いに来た方が、驚きがスパイスになって、ベッドで盛り上がれるってもんでしょ?」
エリザベスは笑ったが、クリスタは表情を失い、言葉を失った。
そのクリスタの反応を見てエリザベスは意地悪く笑った。
「ああ!貴族のご令嬢っていうのは、本当に結婚するまで処女なのね!婚約しても、皇太子さまと、してないんだね。」
クリスタはエリザベスと目を合わせていられず。あちこちに目を泳がせた。
「私たちは…、ねえ。遠いところを家まで来てくれて、そっけなく帰すわけにいかないじゃないの。ビルヘルム様ったら、普段物静かなのに、夜は激しくて…」
クリスタは目の前にいる胸元を大きく開けた女と兄の情事の話から逃れたかった。
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「あの!皇都は初めてでいらっしゃるの?」
「え?そうよ。乗合馬車で5日もかかったのよ!そうそう出てこれないわね。」
そんな遠い場所に兄は行ってしまうのか。それほどこの女に執心なのか…。
クリスタは、このエリザベスの語る相手が本当にあの兄、ビルヘルムなのかと疑いたくなった。
その後、エリザベスは皇太子や宮廷についてクリスタを質問攻めにしてはしゃいだ。
ジェンが運び込んだ軽食や菓子を次々平らげ、紅茶もジェンが何度も淹れなおした。
クリスタにも、ジェンにも長い時間に思われた。
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