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第四章 別離の足音~義兄の献身
9.義兄の縁談
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ビルヘルムは縁談を求める手紙から、ある商家の娘とのものを選び、義母の侯爵夫人へその父親との面会を取り成すよう頼んだ。
それは義母が、ビルヘルムに薦めず、当初手元に残した手紙のうちの1通だった。
「どうして?ビルヘルム?皇都からも、侯爵領からも遠い田舎の、小さな商家よ?」
その家は、侯爵領の特産の織物に使用する染料の仕入先を探していた際に商談したうちのひとつであった。調達できる数が少ない上に運搬にも距離の分時間がかかって条件に合わず、取引には至らなかった。
「あの時、茶を淹れてくれたお嬢さんが、気になっていたのです。」
訪れたビルヘルムに茶を出す際にお会いして以来、娘がビルヘルムに恋い焦がれている。そう手紙に書いてあった。ビルヘルムはその商談の際に傍らにいたという娘がどんな顔であったか、どんなあいさつをしたか、まるで覚えていない。
「あなた、今までそんな話、していなかったじゃないの…」
急に結婚話に興味を持ったと思ったら、今度は縁談話の中に想い人がいたと言う。侯爵夫人はビルヘルムの気持ちがまるで理解できず、困惑した。
「皇太子妃の義兄が、地方の商家の婿で差し障りがあるのでしたら、離縁してモリー男爵家へ戻して頂いて構いません。」
侯爵夫人は何が起こっているのかと唖然とした。
「取り敢えず、侯爵に相談するわ」
夫人から、ビルヘルムが選んだ縁談の話を聞かされた侯爵も、その娘に特別思い入れがあったという話は信じられなかった。
「ビルヘルムにも、何か思うところがあるのだろう」
できるだけ、本人の意思を尊重してやりたかった。
夫人から、ビルヘルムが選んだ縁談について、手紙を受け取ったギルバートも言葉を失った。
なぜこんな利の無い結婚を選ぶ?
貴族でさえあれば、社交の場でクリスタにも会う機会もある。官僚となり、宮廷に出入りすることもできる。
皇都にいれば、侯爵家の家族と頻繁に会うことも、侯爵家を介してクリスタに会うこともできる。
これでは宮廷に繋がれるクリスタに永遠に会えなくなってしまう…
単に噂が真実でないと示すだけなら、ビルヘルムが婚約さえすればよい。
わざわざ皇都から遠く離れる必要はない。しかもさほど裕福でもない商家である。
手紙を開いた執務室から、庭で甥、姪とともに駆け回っているクリスタの姿が見える。
皇太子の婚約者として緊張して公務を務めた時とは異なる、本来の無邪気な18歳の妹。
一番そばにいた義兄が、ビルヘルムが、自分を皇太子の元に置いて、遠く離れようとしていることを知ったら、妹のあの無邪気な笑顔は二度と見れまい。
ギルバートはできるだけ長く、クリスタにこの義兄の結婚話を話すまいと決めた。
ビルヘルムは、縁談相手とその家族に会うため、一人馬に乗った。
馬車よりは早く到着できるし、大層な荷物も不要だ。
この旅にも、先に待つ相手にも何ら感慨はない。
ただ、淡々と、皇太子が満足する状況を作るだけだ。
皇太子がクリスタを手放さない以上、クリスタは皇太子と結婚するほかない。拒めば侯爵家ごとクリスタは破滅する。だったらせめて、皇太子のクリスタに向けた思いをできるだけ健全なものにしなければならない。
悋気や疑念のない、愛情をクリスタに向けさせることだけが、クリスタに幸せをもたらすはずだ。
皇太子がクリスタの側に、自分を望まないのであれば、自分は遠く離れるしかない。
距離も、身分も、何もかも。
めったに皇都に出ない遠い場所。
貴族でいる限り、宮廷で皇太子妃に会う機会がある。だから平民の娘との縁談を選んだ。
この縁談をまとめて、自分が地方で皇太子にもクリスタにも合わずにいれば
皇太子は自分のことなど忘れ、クリスタへの甘い気持ちで彼女を幸せにしてくれるだろう。
クリスタの幸せのためならば、自分は彼女に会えなくともよい。
遠くで尊敬を集める幸せな夫妻の名声を聞くことに喜びを見出せる。
ビルヘルムは馬を走らせ続けた。
それは義母が、ビルヘルムに薦めず、当初手元に残した手紙のうちの1通だった。
「どうして?ビルヘルム?皇都からも、侯爵領からも遠い田舎の、小さな商家よ?」
その家は、侯爵領の特産の織物に使用する染料の仕入先を探していた際に商談したうちのひとつであった。調達できる数が少ない上に運搬にも距離の分時間がかかって条件に合わず、取引には至らなかった。
「あの時、茶を淹れてくれたお嬢さんが、気になっていたのです。」
訪れたビルヘルムに茶を出す際にお会いして以来、娘がビルヘルムに恋い焦がれている。そう手紙に書いてあった。ビルヘルムはその商談の際に傍らにいたという娘がどんな顔であったか、どんなあいさつをしたか、まるで覚えていない。
「あなた、今までそんな話、していなかったじゃないの…」
急に結婚話に興味を持ったと思ったら、今度は縁談話の中に想い人がいたと言う。侯爵夫人はビルヘルムの気持ちがまるで理解できず、困惑した。
「皇太子妃の義兄が、地方の商家の婿で差し障りがあるのでしたら、離縁してモリー男爵家へ戻して頂いて構いません。」
侯爵夫人は何が起こっているのかと唖然とした。
「取り敢えず、侯爵に相談するわ」
夫人から、ビルヘルムが選んだ縁談の話を聞かされた侯爵も、その娘に特別思い入れがあったという話は信じられなかった。
「ビルヘルムにも、何か思うところがあるのだろう」
できるだけ、本人の意思を尊重してやりたかった。
夫人から、ビルヘルムが選んだ縁談について、手紙を受け取ったギルバートも言葉を失った。
なぜこんな利の無い結婚を選ぶ?
貴族でさえあれば、社交の場でクリスタにも会う機会もある。官僚となり、宮廷に出入りすることもできる。
皇都にいれば、侯爵家の家族と頻繁に会うことも、侯爵家を介してクリスタに会うこともできる。
これでは宮廷に繋がれるクリスタに永遠に会えなくなってしまう…
単に噂が真実でないと示すだけなら、ビルヘルムが婚約さえすればよい。
わざわざ皇都から遠く離れる必要はない。しかもさほど裕福でもない商家である。
手紙を開いた執務室から、庭で甥、姪とともに駆け回っているクリスタの姿が見える。
皇太子の婚約者として緊張して公務を務めた時とは異なる、本来の無邪気な18歳の妹。
一番そばにいた義兄が、ビルヘルムが、自分を皇太子の元に置いて、遠く離れようとしていることを知ったら、妹のあの無邪気な笑顔は二度と見れまい。
ギルバートはできるだけ長く、クリスタにこの義兄の結婚話を話すまいと決めた。
ビルヘルムは、縁談相手とその家族に会うため、一人馬に乗った。
馬車よりは早く到着できるし、大層な荷物も不要だ。
この旅にも、先に待つ相手にも何ら感慨はない。
ただ、淡々と、皇太子が満足する状況を作るだけだ。
皇太子がクリスタを手放さない以上、クリスタは皇太子と結婚するほかない。拒めば侯爵家ごとクリスタは破滅する。だったらせめて、皇太子のクリスタに向けた思いをできるだけ健全なものにしなければならない。
悋気や疑念のない、愛情をクリスタに向けさせることだけが、クリスタに幸せをもたらすはずだ。
皇太子がクリスタの側に、自分を望まないのであれば、自分は遠く離れるしかない。
距離も、身分も、何もかも。
めったに皇都に出ない遠い場所。
貴族でいる限り、宮廷で皇太子妃に会う機会がある。だから平民の娘との縁談を選んだ。
この縁談をまとめて、自分が地方で皇太子にもクリスタにも合わずにいれば
皇太子は自分のことなど忘れ、クリスタへの甘い気持ちで彼女を幸せにしてくれるだろう。
クリスタの幸せのためならば、自分は彼女に会えなくともよい。
遠くで尊敬を集める幸せな夫妻の名声を聞くことに喜びを見出せる。
ビルヘルムは馬を走らせ続けた。
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