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第四章 別離の足音~義兄の献身

8.皇太子の嘘

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 皇太子リオネルはギルバートと共に侯爵家の領地へ移るクリスタを道中護衛した騎士達が戻ったと報告を受けた。
 同行したのは、実兄ギルバートと侍女のみで、ビルヘルムはリオネルの思惑通り皇都に残った。

 わざわざ領地に戻っていたギルバートを呼んだのは、皇都を離れていたギルバートであれば、噂が耳に入っていなくとも不思議ではないと本人が思うであろうということもあるが、あの潔癖なウィストリア侯爵を前に無い噂を在ると語れる気がしなかったのが大きい。

 そしてあの侯爵の事だ。娘と自分が養子縁組したビルヘルムがやましい仲と噂が立ち、皇太子の面目を潰したとなれば、侯爵家の利益を捨て、婚約破棄を申し出るかもしれない。娘を連れて領地へ蟄居し、二度と娘を皇都に出さないかもしれない。その上で、ビルヘルムを男爵家へ戻し、二人を夫婦とするかもしれない。
 ギルバートの方がまだ保身を考えるだろう。侯爵家側から婚約破棄など言い出さず、噂を払拭しようとし、クリスタの皇太子の婚約者という身分を守ろうとするはずだと思った。

 夜会の夜から、クリスタは自分と目を合わせようとも、会話しようともしない。リオネルもその姿を見るたび自身の中に起こるいら立ちと悲しく沈み込む気持ちを避けていたかった。どのみち今、クリスタに会ってもお互いの気持ちが遠のくだけだ。
 婚約者を遠く領地にやってしまうことは何でもない。ただ、クリスタの側にビルヘルムがいないということがリオネルの心を静めてくれる。

 婚儀後、侯爵領には帰る機会がないであろうクリスタが、宮廷の騎士に護衛されて領地に旅立ったことで、かえっていよいよ婚儀が近いのではないかと、皇都の貴族たちは噂した。領地で婚儀前の最後の休暇を過ごしており、近々婚儀の日が公にされるのだろうと。
 誰もが皇太子とクリスタの婚約は何ら問題のないものだと思っている。皇太子に想われ、初めての公務を無事こなしたクリスタを幸せな令嬢と信じて疑わない。

 リオネルは父帝に婚儀を早めたい旨を申し出ていた。アラン皇太子夫妻を迎えた際のクリスタの貢献の記憶の鮮やかなうちに、皇太子妃とすることで、クリスタを皇室に向かえる正当性を示せると。
 しかし、これから大規模な祝宴を準備し、まだ、皇都の社交界に貴族たちの残るうちに開催するのは難しく、来年の春、社交シーズンの始めが順当であろうと両親も催事の担当者たちも口々に言う。
 ならば、祝宴は来年として、神殿での婚儀だけでも行って、早くクリスタを妃に迎えたいと訴えた。

 母の皇后は、クリスタは今年デビューしたばかりで、皇太子の婚約者となったのだから、家族との最後の時間をゆっくり過ごさせてあげなさいと焦るリオネルを見透かしたようになだめた。

―もう、クリスタの心は待たない。クリスタの心をあきらめて、クリスタをビルヘルムから引き離して自分のものにする。

 リオネルは再びクリスタに会う日を、それまでに出るはずのビルヘルムの身の振り方の答えを、見えない未来を待つ。
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