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第四章 別離の足音~義兄の献身
6.別れの夜
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クリスタとギルバートが領地に帰る日を翌日に控え、ビルヘルムはいつもと変わらぬ一日を過ごした。
家族で朝食を摂り、侯爵とともに宮廷の外務大臣の執務室へ出向いた。
ギルバートとクリスタは、皇都の中心で、ギルバートの妻や、子どもたち、ウィリアムとアンへの土産を買いこんだ。
「お兄様とお買い物なんて、本当に久しぶりね!」
「いつもお前と一緒にいられるビルヘルムがうらやましいな。」
「明日からはギルバートお兄様から離れないわ。」
無邪気に兄たちに懐くクリスタをビルヘルムから引きはがすことにギルバートは胸が痛んだ。
「お義姉様にはストールなんてどう?お兄様からは新しいネックレスをお贈りしたら?ウィリアム達にはチョコレートと…アンにはお人形もね!」
皇太子との婚儀を前に、このように幼い部分が残るのは、歳の離れた妹を子ども扱いした自分や、自分自身よりも万事クリスタを優先して従うビルヘルムのせいかもしれない。
教養や思慮深さ、品位や礼儀作法、美しい立ち振る舞いといった点では皇太子妃として何らかけるところはないだろう。しかし、政略や妬みや忖度にあふれた宮廷で、この素直で人を疑うことを知らない幼い妹は傷けられないだろうか。
皇太子が守ってくれると信じていたが、今回の皇太子との謁見で、皇太子の知らなかった一面を見たギルバートは妹の将来を思いやった。
侯爵家一同は、夕刻皆帰宅して、そろって晩餐の卓を囲んだ。
翌日、クリスタも伴ってギルバートが皇都を離れることもあり、家族はどこか特別な想いを抱いてこの夜を過ごした。
しかし、侯爵夫妻もクリスタも、またこうして5人で食卓を囲む時が来ると疑ってはいなかった。
ビルヘルムとギルバートだけは、このような機会がこの先、訪れないかもしれないという思いを抱きながら、隠して明るく振舞った。
ギルバートはいつも通り、就寝時間前にクリスタの部屋まで伴した。
「お嬢、明日から、しばらく、お別れですね。」
「兄さまが付いて来てくださらないなんて…、でも、すぐに戻ります。お義姉様とウィリアム、アンと会えるのは嬉しいけど、兄さまがいないのは、寂しいわ。」
こんなにも、自分をそばに置きたがるクリスタの気持ちがビルヘルムにはありがたく、クリスタを守るためとはいえ、クリスタを欺きそばを去ろうとしている罪悪感に胸が痛んだ。
「ゆっくりしていらしてください。義兄上も一緒なのですから。義父上のお仕事が落ち着きましたら、私も向かうことにいたしましょう。」
クリスタに、嘘つくことに、ビルヘルムは慣れていない。
「ほんとね!待ってるわ!」
クリスタはビルヘルムの腕に自分の腕を組んだ。
「お嬢。お元気で。」
ビルヘルムはクリスタの額に口づけた。
「今夜は、早くお休みください。」
「おやすみなさい、兄さま。」
クリスタを寝室まで送る、毎日の習慣もこれが最後になるかもしれない。
ビルヘルムは、眠れぬ夜を過ごしてクリスタとの別れの朝を迎えた。
翌朝、そろっての朝食の後、ギルバートとクリスタと侍女のジェンが旅支度を整え、使用人たちが積み込んだクリスタの荷物とともに馬車に乗った。
皇太子の婚約者の旅中の安全のために、皇室から護衛騎士10名の騎馬隊が派遣され同行した。
侯爵領の領主館までは4日ほどの旅程である。
乗車の前に、家族は抱擁し合って旅の安全を祈った。
ビルヘルムとギルバートはこうして家族のそろう機会が最後かもしれないという異なる感慨を抱きながら、お互いの目を合わせた。
ギルバートは、ビルヘルムに、自身の結婚を選び、クリスタとの関係についての噂を払拭し、家族が別れなければならない選択をしてくれるなと願い、義弟の手を握った。
家族で朝食を摂り、侯爵とともに宮廷の外務大臣の執務室へ出向いた。
ギルバートとクリスタは、皇都の中心で、ギルバートの妻や、子どもたち、ウィリアムとアンへの土産を買いこんだ。
「お兄様とお買い物なんて、本当に久しぶりね!」
「いつもお前と一緒にいられるビルヘルムがうらやましいな。」
「明日からはギルバートお兄様から離れないわ。」
無邪気に兄たちに懐くクリスタをビルヘルムから引きはがすことにギルバートは胸が痛んだ。
「お義姉様にはストールなんてどう?お兄様からは新しいネックレスをお贈りしたら?ウィリアム達にはチョコレートと…アンにはお人形もね!」
皇太子との婚儀を前に、このように幼い部分が残るのは、歳の離れた妹を子ども扱いした自分や、自分自身よりも万事クリスタを優先して従うビルヘルムのせいかもしれない。
教養や思慮深さ、品位や礼儀作法、美しい立ち振る舞いといった点では皇太子妃として何らかけるところはないだろう。しかし、政略や妬みや忖度にあふれた宮廷で、この素直で人を疑うことを知らない幼い妹は傷けられないだろうか。
皇太子が守ってくれると信じていたが、今回の皇太子との謁見で、皇太子の知らなかった一面を見たギルバートは妹の将来を思いやった。
侯爵家一同は、夕刻皆帰宅して、そろって晩餐の卓を囲んだ。
翌日、クリスタも伴ってギルバートが皇都を離れることもあり、家族はどこか特別な想いを抱いてこの夜を過ごした。
しかし、侯爵夫妻もクリスタも、またこうして5人で食卓を囲む時が来ると疑ってはいなかった。
ビルヘルムとギルバートだけは、このような機会がこの先、訪れないかもしれないという思いを抱きながら、隠して明るく振舞った。
ギルバートはいつも通り、就寝時間前にクリスタの部屋まで伴した。
「お嬢、明日から、しばらく、お別れですね。」
「兄さまが付いて来てくださらないなんて…、でも、すぐに戻ります。お義姉様とウィリアム、アンと会えるのは嬉しいけど、兄さまがいないのは、寂しいわ。」
こんなにも、自分をそばに置きたがるクリスタの気持ちがビルヘルムにはありがたく、クリスタを守るためとはいえ、クリスタを欺きそばを去ろうとしている罪悪感に胸が痛んだ。
「ゆっくりしていらしてください。義兄上も一緒なのですから。義父上のお仕事が落ち着きましたら、私も向かうことにいたしましょう。」
クリスタに、嘘つくことに、ビルヘルムは慣れていない。
「ほんとね!待ってるわ!」
クリスタはビルヘルムの腕に自分の腕を組んだ。
「お嬢。お元気で。」
ビルヘルムはクリスタの額に口づけた。
「今夜は、早くお休みください。」
「おやすみなさい、兄さま。」
クリスタを寝室まで送る、毎日の習慣もこれが最後になるかもしれない。
ビルヘルムは、眠れぬ夜を過ごしてクリスタとの別れの朝を迎えた。
翌朝、そろっての朝食の後、ギルバートとクリスタと侍女のジェンが旅支度を整え、使用人たちが積み込んだクリスタの荷物とともに馬車に乗った。
皇太子の婚約者の旅中の安全のために、皇室から護衛騎士10名の騎馬隊が派遣され同行した。
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乗車の前に、家族は抱擁し合って旅の安全を祈った。
ビルヘルムとギルバートはこうして家族のそろう機会が最後かもしれないという異なる感慨を抱きながら、お互いの目を合わせた。
ギルバートは、ビルヘルムに、自身の結婚を選び、クリスタとの関係についての噂を払拭し、家族が別れなければならない選択をしてくれるなと願い、義弟の手を握った。
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