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第四章 別離の足音~義兄の献身
4.長兄ギルバートの苦悩
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皇太子の執務室から解放されたギルバートは深いため息をついた。宮廷で働きながら、このような緊張は味わったことがなかった。
皇帝ではなく、幼い頃から知っている20歳の皇太子、妹の婚約者にこんな思いで相対するとは。
ギルバートは皇都のウィストリア侯爵邸へ向かった。
屋敷に着くと、領地から急に出てきたギルバートに執事はじめ使用人一同、そして侯爵夫人もクリスタも驚き、そして歓迎した。
「お兄様!どうされたの!びっくりしたわ!」
一番はしゃいでいるのはクリスタだった。
妹の問題で皇太子の前で肝を冷やしたが、こうして自分との再会に無邪気に喜ぶ妹が愛らしい。
自分に息子と娘もおり、それはそれで愛くるしいのだが、長く成長を見てきた妹への愛情もまた格別のものがあった。嫡男として、領地と皇都を行き来する身であって、9歳年下のクリスタがいつも一緒にいる5歳上の義兄ビルヘルムの方により懐いていることに若干悔しさもあるがビルヘルムがクリスタの側にいてくれることで安心できてもいる。
ギルバートは妹の頭を撫でた。
「クリスタ、侍女たちに言っておくから、領地へ行く準備をしなさい。」
「え?領地へ?お兄様と一緒に帰れるの?」
「うん。それで迎えに来たのだよ。明後日には、行けるかい?」
「私は、特に用事もないですもの。アラン皇太子ご夫妻がいらっしゃってから、お妃教育も中断しているし。今すぐだって大丈夫です。」
クリスタが領地へ帰ったのは昨年の夏以来だ。ギルバートの子供たちと湖畔のピクニックや乗馬でのんびり休暇を過ごし、領地のあちこちに顔を出して、領民たちにも喜ばれた。ギルバートの子供たちはクリスタのによく懐き、クリスタもかわいがっている。子供に長旅は負担になるため、子どもたちは領地でのびのび過ごさせている。
甥、姪に会えるのが、クリスタには楽しみだ。
「でも、準備があるものね。それにビル兄さまも…。」
「今回、ビルヘルムは行かない。」
「え?どうして?」
自分が領地に帰るなら、当然ビルヘルムも一緒だと、疑いなく思っている妹に、ビルヘルムとは一緒にいさせられないと告げることがギルバートにはつらかった。
妹を抱き寄せた。
「父上がお忙しいからね。私もビルヘルムも一緒に領地に帰ったら、お困りになるだろう。」
「ビル兄さまはご一緒できないの…?」
クリスタが寂しそうに元気をなくして兄の体に手をまわして甘えた。
「だったら行かない」と言い出すのではないかとギルバートは警戒した。
「私では、不足かい?ジェンも一緒に付いて来てもらうといい。」
皇太子がクリスタを領地へ連れていけと言ったのは、とりあえず、クリスタとビルヘルムを引きはがし、「クリスタが領地に帰っても、ビルヘルムは皇都に残った」という事実を作るためだ。その意をくまなくてはいけない。
そして、クリスタを皇都に戻す前に、噂のものとを断てと。
仲の良い義弟と妹を引き離す自身の役回りを、ギルバートはつらく思った。
自分は領地と行き来していて、そんな噂は耳にしなったが、父の耳に入っていなければよいが。
皇太子が侯爵にこの話をせず、自分にしてくれたのは助かった。自分よりもずっと生真面目な父のことだ、あんな話をされれば、不敬を犯して侯爵家から婚約破棄を申し出るか、ビルヘルムを男爵家へ返し、ビルヘルムを養子に取った自身を責めて気に病み、すぐに大臣を辞して引退とも言いかねない。
妹の頭に頬ずりし、撫でる。自身と同じ髪の色。
「クリスタ、私は、お前の幸せを祈っているよ。」
「お兄様?わかっているわ。私も、家族みんな幸せになってほしいわ。」
見上げるクリスタの額にギルバートはキスした。
皇帝ではなく、幼い頃から知っている20歳の皇太子、妹の婚約者にこんな思いで相対するとは。
ギルバートは皇都のウィストリア侯爵邸へ向かった。
屋敷に着くと、領地から急に出てきたギルバートに執事はじめ使用人一同、そして侯爵夫人もクリスタも驚き、そして歓迎した。
「お兄様!どうされたの!びっくりしたわ!」
一番はしゃいでいるのはクリスタだった。
妹の問題で皇太子の前で肝を冷やしたが、こうして自分との再会に無邪気に喜ぶ妹が愛らしい。
自分に息子と娘もおり、それはそれで愛くるしいのだが、長く成長を見てきた妹への愛情もまた格別のものがあった。嫡男として、領地と皇都を行き来する身であって、9歳年下のクリスタがいつも一緒にいる5歳上の義兄ビルヘルムの方により懐いていることに若干悔しさもあるがビルヘルムがクリスタの側にいてくれることで安心できてもいる。
ギルバートは妹の頭を撫でた。
「クリスタ、侍女たちに言っておくから、領地へ行く準備をしなさい。」
「え?領地へ?お兄様と一緒に帰れるの?」
「うん。それで迎えに来たのだよ。明後日には、行けるかい?」
「私は、特に用事もないですもの。アラン皇太子ご夫妻がいらっしゃってから、お妃教育も中断しているし。今すぐだって大丈夫です。」
クリスタが領地へ帰ったのは昨年の夏以来だ。ギルバートの子供たちと湖畔のピクニックや乗馬でのんびり休暇を過ごし、領地のあちこちに顔を出して、領民たちにも喜ばれた。ギルバートの子供たちはクリスタのによく懐き、クリスタもかわいがっている。子供に長旅は負担になるため、子どもたちは領地でのびのび過ごさせている。
甥、姪に会えるのが、クリスタには楽しみだ。
「でも、準備があるものね。それにビル兄さまも…。」
「今回、ビルヘルムは行かない。」
「え?どうして?」
自分が領地に帰るなら、当然ビルヘルムも一緒だと、疑いなく思っている妹に、ビルヘルムとは一緒にいさせられないと告げることがギルバートにはつらかった。
妹を抱き寄せた。
「父上がお忙しいからね。私もビルヘルムも一緒に領地に帰ったら、お困りになるだろう。」
「ビル兄さまはご一緒できないの…?」
クリスタが寂しそうに元気をなくして兄の体に手をまわして甘えた。
「だったら行かない」と言い出すのではないかとギルバートは警戒した。
「私では、不足かい?ジェンも一緒に付いて来てもらうといい。」
皇太子がクリスタを領地へ連れていけと言ったのは、とりあえず、クリスタとビルヘルムを引きはがし、「クリスタが領地に帰っても、ビルヘルムは皇都に残った」という事実を作るためだ。その意をくまなくてはいけない。
そして、クリスタを皇都に戻す前に、噂のものとを断てと。
仲の良い義弟と妹を引き離す自身の役回りを、ギルバートはつらく思った。
自分は領地と行き来していて、そんな噂は耳にしなったが、父の耳に入っていなければよいが。
皇太子が侯爵にこの話をせず、自分にしてくれたのは助かった。自分よりもずっと生真面目な父のことだ、あんな話をされれば、不敬を犯して侯爵家から婚約破棄を申し出るか、ビルヘルムを男爵家へ返し、ビルヘルムを養子に取った自身を責めて気に病み、すぐに大臣を辞して引退とも言いかねない。
妹の頭に頬ずりし、撫でる。自身と同じ髪の色。
「クリスタ、私は、お前の幸せを祈っているよ。」
「お兄様?わかっているわ。私も、家族みんな幸せになってほしいわ。」
見上げるクリスタの額にギルバートはキスした。
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