【R-18有】皇太子の執着と義兄の献身

絵夢子

文字の大きさ
上 下
37 / 76
第三章 夜会にて

12.義兄の抱擁

しおりを挟む
 リオネルがクリスタを放した。

 クリスタはリオネルの言葉を反芻していた。婚儀までの期間は受諾した皇太子妃としての役割、妻としての義務から逃れられる猶予だ。
 婚儀を早められれば、逃げていたものが目前に迫る。
「いつ」と尋ね、具体的にしてしまうのには堪えられそうもない。今までも、そうだった。ぼんやりと、次の社交のシーズンだろうかと深く考えず、明確な時期を確認せずにいた。

 背中のすぐ近くにリオネルの息づかいを感じながら、クリスタはその顔が見られず、何かを言われるのが怖かった。
「わたくしはこれで、失礼いたします。」
 振り返りざまに礼をし、リオネルの顔を見ないまま、早足で宮殿へ去った。

 リオネルはクリスタの髪に飾られたイリアの青い国花が足元に落ちているのをしゃがんで手に取った。
 自分の婚約者として役目を果たすために、クリスタが飾った花。ふたりでの最初の公務は華々しく成功した。

 しかし、クリスタの心は遠いままだ。
 潔癖な穢れなき淑女故にひかれたが、貞淑を捧げる自分にさえ触れることを許さないクリスタにもどかしい思いをするとは。

 リオネルは青い花を胸に挿し、クリスタの後を追った。

 クリスタは宮殿内を急いだ。
 妃教育に出入りしている令嬢が通るたび、使用人や官僚達が立ち止まって頭を下げ、咎める者はいないが、いつも微笑みを湛え、ゆっくり歩くクリスタが、ドレスの裾をあげて走るのを見て一様に驚いていた。

 父、外務大臣の執務室に飛び込む。
「兄さま!」
「お嬢!どうされました?」
 クリスタはビルヘルムにしがみついた。
「良かった、いらして」
「わたしにご用でしたか?義父上は内務大臣と会談中で…」

 クリスタがビルヘルムの身体に回した腕に力をこめ、ビルヘルムの胸に自分の頬をぎゅっと押し付けた。
「お嬢、今日はあんなにご立派でしたのに。」
 ビルヘルムは指先でクリスタの乱れた髪を鋤いた。
 クリスタはその優しい指先の感覚に、甘えた。

 ビルヘルムは、クリスタの尋常ではない様子に、義兄妹でダンスをしてはしゃいでいたのを見咎めた皇太子を思い出していた。
「お嬢、殿下と何かありましたか?」

 クリスタは首を振った。
「いいえ!皇太子殿下とは何もないわ!」
 誰よりもビルヘルムに会いたかった。皇太子から逃げ、一目瞭然にビルヘルムを探していた。
 父がいれば、こんな風に兄の胸に飛び込むことができなかった。父の留守は幸いであった。

 しかし、ビルヘルムに、皇太子に抱き締められたこと、皇太子の唇が額に触れ、首筋を這ったことを知られたくなかった。

「兄さまも、ぎゅっとして?」
 皇太子の腕の感触をビルヘルムに消して欲しかった。
 ビルヘルムは片手をクリスタの背にまわし、片手で頭を撫でた。

「お嬢、大丈夫です。私はいつも、お嬢のためにいますから。」

 兄は自分に何も求めない。自分から何も奪わない。ただずっと、クリスタが求めるまま側にいる。

 ビルヘルムが、クリスタの頭に頬擦りし、額に口づけた。家庭教師に厳しくされ落ち込んだとき、長兄ギルバートが領地へ帰り、離れ離れになった夜。クリスタがビルヘルムにねだるキスだ。

ー兄さまのキスは私に安心をくれるのに…

「兄さま、まだ戻って来れない?」
「今日の夜会で一段落で、明日はアラン皇太子ご夫妻は離宮で休養されますから、義父上、義兄上と書類を片付けて今日は戻ります。」
「よかった!」
「遅くなりますから、義母上と帰って、早く休んでください。おつかれでしょう?私たちは遅くなりますから。明日はそろって食事できますね。」
「嫌よ!起きて待ってるわ。ジェンと一緒に。」

 ビルヘルムを見上げるクリスタの表情は明るくなり、家族に見せるいつもの顔に戻っていた。ビルヘルムは安堵した。
「やれやれ、これは早く帰らないと、付き合わされるジェンに恨まれそうです。」
「早く帰る」という兄の言葉にクリスタは満足した。

「義母上はどちらです?義母上のところにお送りしましょう。」
しおりを挟む
感想 4

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

王子を身籠りました

青の雀
恋愛
婚約者である王太子から、毒を盛って殺そうとした冤罪をかけられ収監されるが、その時すでに王太子の子供を身籠っていたセレンティー。 王太子に黙って、出産するも子供の容姿が王家特有の金髪金眼だった。 再び、王太子が毒を盛られ、死にかけた時、我が子と対面するが…というお話。

イケメン社長と私が結婚!?初めての『気持ちイイ』を体に教え込まれる!?

すずなり。
恋愛
ある日、彼氏が自分の住んでるアパートを引き払い、勝手に『同棲』を求めてきた。 「お前が働いてるんだから俺は家にいる。」 家事をするわけでもなく、食費をくれるわけでもなく・・・デートもしない。 「私は母親じゃない・・・!」 そう言って家を飛び出した。 夜遅く、何も持たず、靴も履かず・・・一人で泣きながら歩いてるとこを保護してくれた一人の人。 「何があった?送ってく。」 それはいつも仕事場のカフェに来てくれる常連さんだった。 「俺と・・・結婚してほしい。」 「!?」 突然の結婚の申し込み。彼のことは何も知らなかったけど・・・惹かれるのに時間はかからない。 かっこよくて・・優しくて・・・紳士な彼は私を心から愛してくれる。 そんな彼に、私は想いを返したい。 「俺に・・・全てを見せて。」 苦手意識の強かった『営み』。 彼の手によって私の感じ方が変わっていく・・・。 「いあぁぁぁっ・・!!」 「感じやすいんだな・・・。」 ※お話は全て想像の世界のものです。現実世界とはなんら関係ありません。 ※お話の中に出てくる病気、治療法などは想像のものとしてご覧ください。 ※誤字脱字、表現不足は重々承知しております。日々精進してまいりますので温かく見ていただけると嬉しいです。 ※コメントや感想は受け付けることができません。メンタルが薄氷なもので・・すみません。 それではお楽しみください。すずなり。

今更気付いてももう遅い。

ユウキ
恋愛
ある晴れた日、卒業の季節に集まる面々は、一様に暗く。 今更真相に気付いても、後悔してももう遅い。何もかも、取り戻せないのです。

愛する殿下の為に身を引いたのに…なぜかヤンデレ化した殿下に囚われてしまいました

Karamimi
恋愛
公爵令嬢のレティシアは、愛する婚約者で王太子のリアムとの結婚を約1年後に控え、毎日幸せな生活を送っていた。 そんな幸せ絶頂の中、両親が馬車の事故で命を落としてしまう。大好きな両親を失い、悲しみに暮れるレティシアを心配したリアムによって、王宮で生活する事になる。 相変わらず自分を大切にしてくれるリアムによって、少しずつ元気を取り戻していくレティシア。そんな中、たまたま王宮で貴族たちが話をしているのを聞いてしまう。その内容と言うのが、そもそもリアムはレティシアの父からの結婚の申し出を断る事が出来ず、仕方なくレティシアと婚約したという事。 トンプソン公爵がいなくなった今、本来婚約する予定だったガルシア侯爵家の、ミランダとの婚約を考えていると言う事。でも心優しいリアムは、その事をレティシアに言い出せずに悩んでいると言う、レティシアにとって衝撃的な内容だった。 あまりのショックに、フラフラと歩くレティシアの目に飛び込んできたのは、楽しそうにお茶をする、リアムとミランダの姿だった。ミランダの髪を優しく撫でるリアムを見た瞬間、先ほど貴族が話していた事が本当だったと理解する。 ずっと自分を支えてくれたリアム。大好きなリアムの為、身を引く事を決意。それと同時に、国を出る準備を始めるレティシア。 そして1ヶ月後、大好きなリアムの為、自ら王宮を後にしたレティシアだったが… 追記:ヒーローが物凄く気持ち悪いです。 今更ですが、閲覧の際はご注意ください。

義兄の執愛

真木
恋愛
陽花は姉の結婚と引き換えに、義兄に囲われることになる。 教え込むように執拗に抱き、甘く愛をささやく義兄に、陽花の心は砕けていき……。 悪の華のような義兄×中性的な義妹の歪んだ愛。

【完結】もう無理して私に笑いかけなくてもいいですよ?

冬馬亮
恋愛
公爵令嬢のエリーゼは、遅れて出席した夜会で、婚約者のオズワルドがエリーゼへの不満を口にするのを偶然耳にする。 オズワルドを愛していたエリーゼはひどくショックを受けるが、悩んだ末に婚約解消を決意する。 だが、喜んで受け入れると思っていたオズワルドが、なぜか婚約解消を拒否。関係の再構築を提案する。 その後、プレゼント攻撃や突撃訪問の日々が始まるが、オズワルドは別の令嬢をそばに置くようになり・・・ 「彼女は友人の妹で、なんとも思ってない。オレが好きなのはエリーゼだ」 「私みたいな女に無理して笑いかけるのも限界だって夜会で愚痴をこぼしてたじゃないですか。よかったですね、これでもう、無理して私に笑いかけなくてよくなりましたよ」

【完結】仰る通り、貴方の子ではありません

ユユ
恋愛
辛い悪阻と難産を経て産まれたのは 私に似た待望の男児だった。 なのに認められず、 不貞の濡れ衣を着せられ、 追い出されてしまった。 実家からも勘当され 息子と2人で生きていくことにした。 * 作り話です * 暇つぶしにどうぞ * 4万文字未満 * 完結保証付き * 少し大人表現あり

処理中です...