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第三章 夜会にて

11.皇太子の欲するもの

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 リオネルが自分と親しくなりたいと思っているのは確かなようだが、幼いころと違い、皇太子として尊敬を集めるリオネルに対し、自分が気安く接することには抵抗があった。そしてリオネルが自分に向けるものが自分を女性として求める恋情であるならば、それにこたえる気持ちが自分の中に起こりうるのか、クリスタにはわからなかった。
 リオネルとの距離が近づいてしまったら、恋情を向けているリオネルが自分に何を求めるのかが怖かった。遠い距離を保ちたかった。

「クリスタ…」
 誰にも聞かれない会話の中で、リオネルはクリスタを名前だけで呼んだ。
 リオネルは自身の指をクリスタの目の下にそっとあてクリスタの涙をグローブに吸い込ませた。

 近い距離で皇太子に顔を見られ、グローブ越しとはいえ顔に触れられ、クリスタは極度に緊張していた。

「今日のあなたは素晴らしかった。私の婚約者として期待以上の役目を果たしてくれた。ありがとう。」
「いえ…まだまだ至りませんわ。」
「もう、いつ妃として宮廷に入っても問題ないでしょう。あなたが私の妃となる日が待てません…」

 リオネルが、クリスタの額に口づけた。
 クリスタの体がびくっとすくんだ。
「殿下…!」
 クリスタがたしなめるような目をして、リオネルの手を振り切って逃れた。

「クリスタ…婚約者なのですよ。額への口づけすら許していただけないのですか。」
「困ります…私は…」
「誰もが私の心を欲しがるのに、婚約者のあなたが、私が唯一心を欲する、あなたが、私を欲しがらない。」
 クリスタは後ずさり、護衛がいないか見回したが、庭園の刈り込まれた木立の回廊の間になっており、護衛の視界に入ってない。
 声が聞こえたところで、皇太子と婚約者の会話に、割って入る護衛もいない。

 ―受け入れなければいけないのだろうか?でも…

 ビルヘルムに甘えてキスをねだることがあった。そんなときはビルヘルムはそっと額に口づけてくれる。
 長兄ギルバートも、領地から帝都の屋敷に戻る時、久しぶりに再会した妹や母の額に口づける。厳格な父も、時に額に口づけてくれる。

 家族からの口づけはクリスタに幸せをくれる。けれど今、リオネルからの口づけはどうしても受け入れられなかった。何かを奪い取られるように感じた。

 リオネルは怯えて後退りするクリスタを見てため息をついた。
「クリスタ、私たちの婚約が解消されることはない。あなたが私の気持ちを受け入れるしかない。」

 クリスタは、どんな表情を作れば良いのかわからず、リオネルの視線を恐れ、体を横に向けた。

「父が侯爵として、大臣としてお仕えするのと同様、皇太子妃として、帝国と皇室にお仕えいたしますわ。」
「クリスタ、私がほっするのはそんな事ではない。あなたは私の妻となるのだ!」

 リオネルが、自身がクリスタに向けるのと同じ気持ちを、切実にクリスタにも求めているのがクリスタにもわかる。
 このように感情を露にする人間をこれまでクリスタは見たことがなかった。それが自分に向けられた感情であることが恐ろしかった。

 リオネルが足音がツカツカと近づいた。クリスタはとっさに体をリオネルの反対側に向けた。
 リオネルが肩をつかんでクリスタを捕まえ、後ろからその体を抱いた。

 クリスタは、声もでなかった。
「クリスタ、私はあなたの全てが欲しい。妃としての人生も、心も体も、何もかも。」
 リオネルはクリスタの首もとに唇で触れた。
「殿下、いけません。」
 クリスタは声を潜めた。このような皇太子の姿を、自分の姿を、すぐ近くにいる護衛に見られるわけにはいかなかった。

「このまま宮廷に置いて、そなたの兄たちに会わせずにいられたら、どんなに良いだろう…」
「兄…ですって?」

 クリスタが、常に皇太子の自分に向ける頑なな淑女の仮面を着けた令嬢であれば、自分はこんなにも、心を乱されたりしなかった。無邪気で愛らしい少女のような彼女が、義兄に甘える姿を知ってしまったから、自分にも仮面を脱いだ彼女の顔を向けて欲しかった。
 それが叶わぬのなら、義兄には手に入らない、誰も知らないクリスタが欲しい。

 リオネルは、クリスタの首筋を唇で下からなぞり、耳元で囁いた。
「婚儀はできるだけ早く行う」
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