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第三章 夜会にて
10.婚約者の涙
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「クリスタ嬢、少し、散歩をしませんか。夜の庭園をお見せしたい。」
リオネルが手を差し出した。
「そうね、お母上たちは、私とお茶をしてお待ちいただくわ。」
皇后は、息子が婚約者との距離を縮めようと努めるのを後押しした。
少なくとも、息子の方はクリスタに想いがある。少しでもクリスタにその気持ちを返してもらえれば…、ふたりの幸せを母として祈った。
「では、皇帝陛下、皇后陛下、失礼いたします。」
クリスタの美しいお辞儀に、皇帝も皇后もにこやかにうなずいた。
リオネルの腕に手を置き、クリスタは庭園へ出た。
招待客たちも退出を始めたところで、庭園に出ている者はいなかった。
宮廷の大きな窓から漏れる明かりに照らされた庭園を二人で歩く。
結婚前の男女、皇太子と高位貴族令嬢である。婚約者とはいえ、屋内で部屋に二人になることはできない。
護衛がところどころ配された庭園だからこそ、ふたりで歩くというのを皇帝夫妻も快く見送った。
皇太子は護衛がいることを気に留めないが、クリスタは護衛のそばを通るたび、少し頭を下げる。
当初は、クリスタの権力に欲のないところが好ましいと思えた。しかし、なかなか縮まらないクリスタとの距離に思い悩む今、クリスタが未来の皇太子妃の座にいっそ酔いしれて、傲慢になってくれればよいとすら思う。
「クリスタ嬢、先ほどは、すまなかった。」
「え?」
「つい、きつく責めてしまった。あなたは十分、重責に応えていたというのに。」
クリスタが顔を伏せてリオネルと反対側へ向けた。
「クリスタ…?」
自分から背けられたクリスタの顔をリオネルは覗き込み、その瞳に光るものを見つけた。
自分の言葉に、守るべき婚約者が涙していることに愕然とした。しかし、次の瞬間に、自分の言葉に心を揺さぶれらるクリスタの姿に喜びが湧き上がる。
「ああ、クリスタ…私があんな風に責めたのが…つらかったのですか?」
リオネルはクリスタの両手をとって自分の両手で包んだ。
「泣かないでください…」
グローブ越しにその手に口づける。
「申し訳ございません。色々至らないわたくしに、お心遣いをいただきつい…皇太子殿下の御前で涙など…。」
正面に立ったリオネルから、顔を隠そうとうつむく。手を取られて涙をぬぐうこともできない。
「クリスタ、こちらを見て。ああ、泣いてほしくないと思いながら、あなたは涙すら美しい…。」
皇太子に「こちらを見て」と言われ、目線では逃げながら顔を上げて耐えている。
「名前で、呼んでください。あなたの前では皇太子である以前に婚約者です。涙も、笑顔も、何も隠すことはありません。」
「あ…、申し訳ございません。リオネル殿下」
「責めたいのではありませんよ。アラン皇太子がご滞在だからではありません。あなたに名で呼ばれたいのです。先ほどは…ついあのような言い方をしてしまいました。礼儀を重んじるばかりに…幼馴染で婚約者の私によそよそしいあなたの態度に…つい寂しく感じてしまうのです。」
クリスタはリオネルが片思いをしていると言ったエスメル妃の言葉を思い出した。
リオネルが手を差し出した。
「そうね、お母上たちは、私とお茶をしてお待ちいただくわ。」
皇后は、息子が婚約者との距離を縮めようと努めるのを後押しした。
少なくとも、息子の方はクリスタに想いがある。少しでもクリスタにその気持ちを返してもらえれば…、ふたりの幸せを母として祈った。
「では、皇帝陛下、皇后陛下、失礼いたします。」
クリスタの美しいお辞儀に、皇帝も皇后もにこやかにうなずいた。
リオネルの腕に手を置き、クリスタは庭園へ出た。
招待客たちも退出を始めたところで、庭園に出ている者はいなかった。
宮廷の大きな窓から漏れる明かりに照らされた庭園を二人で歩く。
結婚前の男女、皇太子と高位貴族令嬢である。婚約者とはいえ、屋内で部屋に二人になることはできない。
護衛がところどころ配された庭園だからこそ、ふたりで歩くというのを皇帝夫妻も快く見送った。
皇太子は護衛がいることを気に留めないが、クリスタは護衛のそばを通るたび、少し頭を下げる。
当初は、クリスタの権力に欲のないところが好ましいと思えた。しかし、なかなか縮まらないクリスタとの距離に思い悩む今、クリスタが未来の皇太子妃の座にいっそ酔いしれて、傲慢になってくれればよいとすら思う。
「クリスタ嬢、先ほどは、すまなかった。」
「え?」
「つい、きつく責めてしまった。あなたは十分、重責に応えていたというのに。」
クリスタが顔を伏せてリオネルと反対側へ向けた。
「クリスタ…?」
自分から背けられたクリスタの顔をリオネルは覗き込み、その瞳に光るものを見つけた。
自分の言葉に、守るべき婚約者が涙していることに愕然とした。しかし、次の瞬間に、自分の言葉に心を揺さぶれらるクリスタの姿に喜びが湧き上がる。
「ああ、クリスタ…私があんな風に責めたのが…つらかったのですか?」
リオネルはクリスタの両手をとって自分の両手で包んだ。
「泣かないでください…」
グローブ越しにその手に口づける。
「申し訳ございません。色々至らないわたくしに、お心遣いをいただきつい…皇太子殿下の御前で涙など…。」
正面に立ったリオネルから、顔を隠そうとうつむく。手を取られて涙をぬぐうこともできない。
「クリスタ、こちらを見て。ああ、泣いてほしくないと思いながら、あなたは涙すら美しい…。」
皇太子に「こちらを見て」と言われ、目線では逃げながら顔を上げて耐えている。
「名前で、呼んでください。あなたの前では皇太子である以前に婚約者です。涙も、笑顔も、何も隠すことはありません。」
「あ…、申し訳ございません。リオネル殿下」
「責めたいのではありませんよ。アラン皇太子がご滞在だからではありません。あなたに名で呼ばれたいのです。先ほどは…ついあのような言い方をしてしまいました。礼儀を重んじるばかりに…幼馴染で婚約者の私によそよそしいあなたの態度に…つい寂しく感じてしまうのです。」
クリスタはリオネルが片思いをしていると言ったエスメル妃の言葉を思い出した。
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