35 / 76
第三章 夜会にて
10.婚約者の涙
しおりを挟む
「クリスタ嬢、少し、散歩をしませんか。夜の庭園をお見せしたい。」
リオネルが手を差し出した。
「そうね、お母上たちは、私とお茶をしてお待ちいただくわ。」
皇后は、息子が婚約者との距離を縮めようと努めるのを後押しした。
少なくとも、息子の方はクリスタに想いがある。少しでもクリスタにその気持ちを返してもらえれば…、ふたりの幸せを母として祈った。
「では、皇帝陛下、皇后陛下、失礼いたします。」
クリスタの美しいお辞儀に、皇帝も皇后もにこやかにうなずいた。
リオネルの腕に手を置き、クリスタは庭園へ出た。
招待客たちも退出を始めたところで、庭園に出ている者はいなかった。
宮廷の大きな窓から漏れる明かりに照らされた庭園を二人で歩く。
結婚前の男女、皇太子と高位貴族令嬢である。婚約者とはいえ、屋内で部屋に二人になることはできない。
護衛がところどころ配された庭園だからこそ、ふたりで歩くというのを皇帝夫妻も快く見送った。
皇太子は護衛がいることを気に留めないが、クリスタは護衛のそばを通るたび、少し頭を下げる。
当初は、クリスタの権力に欲のないところが好ましいと思えた。しかし、なかなか縮まらないクリスタとの距離に思い悩む今、クリスタが未来の皇太子妃の座にいっそ酔いしれて、傲慢になってくれればよいとすら思う。
「クリスタ嬢、先ほどは、すまなかった。」
「え?」
「つい、きつく責めてしまった。あなたは十分、重責に応えていたというのに。」
クリスタが顔を伏せてリオネルと反対側へ向けた。
「クリスタ…?」
自分から背けられたクリスタの顔をリオネルは覗き込み、その瞳に光るものを見つけた。
自分の言葉に、守るべき婚約者が涙していることに愕然とした。しかし、次の瞬間に、自分の言葉に心を揺さぶれらるクリスタの姿に喜びが湧き上がる。
「ああ、クリスタ…私があんな風に責めたのが…つらかったのですか?」
リオネルはクリスタの両手をとって自分の両手で包んだ。
「泣かないでください…」
グローブ越しにその手に口づける。
「申し訳ございません。色々至らないわたくしに、お心遣いをいただきつい…皇太子殿下の御前で涙など…。」
正面に立ったリオネルから、顔を隠そうとうつむく。手を取られて涙をぬぐうこともできない。
「クリスタ、こちらを見て。ああ、泣いてほしくないと思いながら、あなたは涙すら美しい…。」
皇太子に「こちらを見て」と言われ、目線では逃げながら顔を上げて耐えている。
「名前で、呼んでください。あなたの前では皇太子である以前に婚約者です。涙も、笑顔も、何も隠すことはありません。」
「あ…、申し訳ございません。リオネル殿下」
「責めたいのではありませんよ。アラン皇太子がご滞在だからではありません。あなたに名で呼ばれたいのです。先ほどは…ついあのような言い方をしてしまいました。礼儀を重んじるばかりに…幼馴染で婚約者の私によそよそしいあなたの態度に…つい寂しく感じてしまうのです。」
クリスタはリオネルが片思いをしていると言ったエスメル妃の言葉を思い出した。
リオネルが手を差し出した。
「そうね、お母上たちは、私とお茶をしてお待ちいただくわ。」
皇后は、息子が婚約者との距離を縮めようと努めるのを後押しした。
少なくとも、息子の方はクリスタに想いがある。少しでもクリスタにその気持ちを返してもらえれば…、ふたりの幸せを母として祈った。
「では、皇帝陛下、皇后陛下、失礼いたします。」
クリスタの美しいお辞儀に、皇帝も皇后もにこやかにうなずいた。
リオネルの腕に手を置き、クリスタは庭園へ出た。
招待客たちも退出を始めたところで、庭園に出ている者はいなかった。
宮廷の大きな窓から漏れる明かりに照らされた庭園を二人で歩く。
結婚前の男女、皇太子と高位貴族令嬢である。婚約者とはいえ、屋内で部屋に二人になることはできない。
護衛がところどころ配された庭園だからこそ、ふたりで歩くというのを皇帝夫妻も快く見送った。
皇太子は護衛がいることを気に留めないが、クリスタは護衛のそばを通るたび、少し頭を下げる。
当初は、クリスタの権力に欲のないところが好ましいと思えた。しかし、なかなか縮まらないクリスタとの距離に思い悩む今、クリスタが未来の皇太子妃の座にいっそ酔いしれて、傲慢になってくれればよいとすら思う。
「クリスタ嬢、先ほどは、すまなかった。」
「え?」
「つい、きつく責めてしまった。あなたは十分、重責に応えていたというのに。」
クリスタが顔を伏せてリオネルと反対側へ向けた。
「クリスタ…?」
自分から背けられたクリスタの顔をリオネルは覗き込み、その瞳に光るものを見つけた。
自分の言葉に、守るべき婚約者が涙していることに愕然とした。しかし、次の瞬間に、自分の言葉に心を揺さぶれらるクリスタの姿に喜びが湧き上がる。
「ああ、クリスタ…私があんな風に責めたのが…つらかったのですか?」
リオネルはクリスタの両手をとって自分の両手で包んだ。
「泣かないでください…」
グローブ越しにその手に口づける。
「申し訳ございません。色々至らないわたくしに、お心遣いをいただきつい…皇太子殿下の御前で涙など…。」
正面に立ったリオネルから、顔を隠そうとうつむく。手を取られて涙をぬぐうこともできない。
「クリスタ、こちらを見て。ああ、泣いてほしくないと思いながら、あなたは涙すら美しい…。」
皇太子に「こちらを見て」と言われ、目線では逃げながら顔を上げて耐えている。
「名前で、呼んでください。あなたの前では皇太子である以前に婚約者です。涙も、笑顔も、何も隠すことはありません。」
「あ…、申し訳ございません。リオネル殿下」
「責めたいのではありませんよ。アラン皇太子がご滞在だからではありません。あなたに名で呼ばれたいのです。先ほどは…ついあのような言い方をしてしまいました。礼儀を重んじるばかりに…幼馴染で婚約者の私によそよそしいあなたの態度に…つい寂しく感じてしまうのです。」
クリスタはリオネルが片思いをしていると言ったエスメル妃の言葉を思い出した。
22
お気に入りに追加
301
あなたにおすすめの小説
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
王子を身籠りました
青の雀
恋愛
婚約者である王太子から、毒を盛って殺そうとした冤罪をかけられ収監されるが、その時すでに王太子の子供を身籠っていたセレンティー。
王太子に黙って、出産するも子供の容姿が王家特有の金髪金眼だった。
再び、王太子が毒を盛られ、死にかけた時、我が子と対面するが…というお話。
イケメン社長と私が結婚!?初めての『気持ちイイ』を体に教え込まれる!?
すずなり。
恋愛
ある日、彼氏が自分の住んでるアパートを引き払い、勝手に『同棲』を求めてきた。
「お前が働いてるんだから俺は家にいる。」
家事をするわけでもなく、食費をくれるわけでもなく・・・デートもしない。
「私は母親じゃない・・・!」
そう言って家を飛び出した。
夜遅く、何も持たず、靴も履かず・・・一人で泣きながら歩いてるとこを保護してくれた一人の人。
「何があった?送ってく。」
それはいつも仕事場のカフェに来てくれる常連さんだった。
「俺と・・・結婚してほしい。」
「!?」
突然の結婚の申し込み。彼のことは何も知らなかったけど・・・惹かれるのに時間はかからない。
かっこよくて・・優しくて・・・紳士な彼は私を心から愛してくれる。
そんな彼に、私は想いを返したい。
「俺に・・・全てを見せて。」
苦手意識の強かった『営み』。
彼の手によって私の感じ方が変わっていく・・・。
「いあぁぁぁっ・・!!」
「感じやすいんだな・・・。」
※お話は全て想像の世界のものです。現実世界とはなんら関係ありません。
※お話の中に出てくる病気、治療法などは想像のものとしてご覧ください。
※誤字脱字、表現不足は重々承知しております。日々精進してまいりますので温かく見ていただけると嬉しいです。
※コメントや感想は受け付けることができません。メンタルが薄氷なもので・・すみません。
それではお楽しみください。すずなり。


愛する殿下の為に身を引いたのに…なぜかヤンデレ化した殿下に囚われてしまいました
Karamimi
恋愛
公爵令嬢のレティシアは、愛する婚約者で王太子のリアムとの結婚を約1年後に控え、毎日幸せな生活を送っていた。
そんな幸せ絶頂の中、両親が馬車の事故で命を落としてしまう。大好きな両親を失い、悲しみに暮れるレティシアを心配したリアムによって、王宮で生活する事になる。
相変わらず自分を大切にしてくれるリアムによって、少しずつ元気を取り戻していくレティシア。そんな中、たまたま王宮で貴族たちが話をしているのを聞いてしまう。その内容と言うのが、そもそもリアムはレティシアの父からの結婚の申し出を断る事が出来ず、仕方なくレティシアと婚約したという事。
トンプソン公爵がいなくなった今、本来婚約する予定だったガルシア侯爵家の、ミランダとの婚約を考えていると言う事。でも心優しいリアムは、その事をレティシアに言い出せずに悩んでいると言う、レティシアにとって衝撃的な内容だった。
あまりのショックに、フラフラと歩くレティシアの目に飛び込んできたのは、楽しそうにお茶をする、リアムとミランダの姿だった。ミランダの髪を優しく撫でるリアムを見た瞬間、先ほど貴族が話していた事が本当だったと理解する。
ずっと自分を支えてくれたリアム。大好きなリアムの為、身を引く事を決意。それと同時に、国を出る準備を始めるレティシア。
そして1ヶ月後、大好きなリアムの為、自ら王宮を後にしたレティシアだったが…
追記:ヒーローが物凄く気持ち悪いです。
今更ですが、閲覧の際はご注意ください。
義兄の執愛
真木
恋愛
陽花は姉の結婚と引き換えに、義兄に囲われることになる。
教え込むように執拗に抱き、甘く愛をささやく義兄に、陽花の心は砕けていき……。
悪の華のような義兄×中性的な義妹の歪んだ愛。

【完結】もう無理して私に笑いかけなくてもいいですよ?
冬馬亮
恋愛
公爵令嬢のエリーゼは、遅れて出席した夜会で、婚約者のオズワルドがエリーゼへの不満を口にするのを偶然耳にする。
オズワルドを愛していたエリーゼはひどくショックを受けるが、悩んだ末に婚約解消を決意する。
だが、喜んで受け入れると思っていたオズワルドが、なぜか婚約解消を拒否。関係の再構築を提案する。
その後、プレゼント攻撃や突撃訪問の日々が始まるが、オズワルドは別の令嬢をそばに置くようになり・・・
「彼女は友人の妹で、なんとも思ってない。オレが好きなのはエリーゼだ」
「私みたいな女に無理して笑いかけるのも限界だって夜会で愚痴をこぼしてたじゃないですか。よかったですね、これでもう、無理して私に笑いかけなくてよくなりましたよ」

愛された側妃と、愛されなかった正妃
編端みどり
恋愛
隣国から嫁いだ正妃は、夫に全く相手にされない。
夫が愛しているのは、美人で妖艶な側妃だけ。
連れて来た使用人はいつの間にか入れ替えられ、味方がいなくなり、全てを諦めていた正妃は、ある日側妃に子が産まれたと知った。自分の子として育てろと無茶振りをした国王と違い、産まれたばかりの赤ん坊は可愛らしかった。
正妃は、子育てを通じて強く逞しくなり、夫を切り捨てると決めた。
※カクヨムさんにも掲載中
※ 『※』があるところは、血の流れるシーンがあります
※センシティブな表現があります。血縁を重視している世界観のためです。このような考え方を肯定するものではありません。不快な表現があればご指摘下さい。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる