【R-18有】皇太子の執着と義兄の献身

絵夢子

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第三章 夜会にて

8.高座のクリスタ

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 会場にリオネルと一緒にクリスタが戻るのを見たエスメル皇太子妃は、クリスタが思いつめた暗い表情をしているのを見て不思議に思った。
 リオネルは笑みを浮かべているものの、先ほどまでのおおらかな笑みではなく、無理に作った表情に見えた。

 夫のアラン皇太子も、機嫌の良く無い時に公務で社交の場へ出なければならい時、嫌な相手といる時によくあんな顔をしているからわかる。
―何かあったのかしら?

 一方でクリスタが、義務として皇太子妃となろうとしており、リオネルへの甘い気持ちのないことを知った今、エスメル皇太子妃は納得もしていた。二人の関係は、本来こうなのだと。

 若い皇太子と妃が支え合えなければ、その結婚生活は義務だけに支えられたつらいものとなり、気持ちのすれ違いがますます大きなものになるだろう。
 皇太子とその妃の責はあまりに重い。
 アラン皇太子と自分はつらさを分かち合えて来た。だからこそ、子の無いまま、ここまで進んで来られた。

 エスメル妃は静かに二人の行く末を異国から見守ることしかできないことを寂しく思った。


 ふたりに遅れ、ビルヘルムも一人静かに会場に戻った。貴族たちの礼を受けながら、会場内をゆっくり歩いていく皇太子とクリスタの後ろ姿から目が離せない。

 リオネル皇太子と伴われたクリスタはそのまま高座の皇帝と並んだ席に着き、会場を見下ろした。
 ふたりの間に会話はなく、クリスタは妃教育で鏡の前で練習させられた通り口角を必死に上げて微笑みを作っている。
 侯爵邸でも、ジェンとビルヘルムの前で練習して見せて、ジェンに「お嬢様らしくない」と言われていた微笑み。あの時は結局楽し気な笑いに変わったが。

 夜会の初めにはクリスタの居場所として、あの高座がふさわしいものだとビルヘルムは思っていた。
 しかし今は疑わしく思っている。しかし、もう、この道しかないのだ。自分にはクリスタの憂いを取り除けるよう助力するのみだった。

 クリスタが皇室に入っても、外務大臣の侯爵の補佐を続けていれば、度々会うことが叶うはずだ。自分が欲を出さず、時に相まみえることで満足すれば、これからもお支えできる。
 ビルヘルムは会場の端から遠くにクリスタを見守った。


 リオネルは会場を廻り、自分たちの歩く道を開け、お辞儀をする貴族たちの間をクリスタに歩かせることで、自分の妃となり、手に入れる権力と栄光を教えようとした。しかしクリスタは申し訳なさそうに挨拶を返し、へりくだる。
 皇族と国賓のみが席を設ける高座でも、目を落として自身の膝を眺めている。堂々と会場を見下ろすことをしない。

 クリスタの行動を責めはしたが、決して婚約を取り消すつもりはない。この場にふさわしいのはクリスタだとこの席に座らせることで伝えようとしたが、クリスタは意気消沈してしまった。
 ビルヘルムとの楽しげな姿に思わず厳しい態度をとってしまった。
 優しく、頼りになる婚約者として受け入れられるようふるまいたいと思いながら、皇太子妃の座に嬉しそうな顔をせず、自分ではなくビルヘルムにばかり心を許すクリスタを前に、自制が効かなくなる。

「クリスタ嬢、申し訳ない。あなたを思えばこそ、厳しいこともいうのです。私はあなたが皇太子にふさわしいことを知っています。しかし、ほかの貴族たち、嫌、全世界にそれを認めてもらわねばなりません。」
 リオネルの言葉にクリスタがハッと顔を上げる。
「はい、承知しております。ご期待にたがわぬよう努めます。」
 リオネルは苦笑して見せるしかなかった。


 皇后は、ふたりの会話を聞き、二人の仲が婚約者として好ましい状態でないことを感じた。
―「厳しいこと?」リオネルがクリスタ嬢を叱ったのかしら?

 皇后はリオネルが誰かを叱るような場面を見たことがない。
 皇太子の自分が直接叱ることで相手にどれだけの傷を与えるかを理解してふるまっていた。使用人や補佐官には、「次はこうして欲しい」と伝えるのみだ。
 クリスタのこととなるとリオネルは母の自分が知らなかった姿を見せる。デビュタントにクリスタ本人の知らないうちに揃えの装いをさせたこともそうであった。皇后の名でエメラルドを贈ると言って譲らなかった。

「クリスタさん、そんなに気負わないで頂戴。」
 皇后から声をかけると、クリスタは泣き出しそうに一瞬顔をゆがめ、また微笑みを作った。
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