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第三章 夜会にて

6.義兄とのダンス

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 エスメル皇太子妃とクリスタは休憩した別室を出て、夜会の会場に向かおうとした。
 部屋を出てすぐ、最初の柱の前にビルヘルムが待っていた。

「まあ!ビル兄さま!」
 国賓を向かい入れるために半月ほど前から家を離れて宮廷内で侯爵の補佐をしていたビルヘルムとの思わぬ場所での再会である。
「エスメル皇太子妃、兄のビルヘルムです。」
「エスメル皇太子妃、お目にかかれて光栄でございます。」
 ビルが手を胸にあてて挨拶した。
「まあ、クリスタさんのお兄様!お会いできてうれしいわ。かわいらしい妹さんと、すっかり仲良くなりましたの。」

 クリスタはビルヘルムのすぐ横に立ち、兄の腕に自分の手を添えた。
「兄さまとこんなに離れることはないから、お会いできてうれしいわ。」
 ずっと緊張していたクリスタが、さっそく兄に甘えた。
 エスメル妃は、これまで皇太子の婚約者として気を張っていたクリスタが兄に甘えるのを見て、微笑んだ。

「クリスタさんはお兄さん子なのね。私は先に夜会に戻りますから、お兄様とゆっくりいらして。」
 国賓の自分がいつまでも夜会を外しているわけにはいかないが、夜会に戻ればクリスタは皇太子の婚約者としての役割に戻らなければいけない。その前に、兄に甘えさせてあげたいというエスメル妃の心遣いであった。

 夜会会場からは華やか音楽と人々の笑い声が漏れてくる。

「お嬢、今日は堂々として、立派でした。ドレスがお似合いですね。」
「疲れたわ。兄さま。それにダンスは大失敗よ。」
「リオネル皇太子殿下とのダンスは本当にお上手でしたよ。」
「殿下とは何回も練習したもの、今日の主役のアラン皇太子とのダンス、本当に申し訳ないことをしたわ。」
 クリスタはため息をついた。

 クリスタはいたずらな笑顔を兄に向けた。
「ねえ、兄さま、踊りましょうよ。」
「私もダンスは苦手ですよ。ほとんど舞踏会になんて出ませんから。」
「いいじゃない。ここなら、誰にも見られないわ。」
 クリスタは兄の手を無理やり取った。
「こっちの手は腰を支えて?」

 ふたりで慣れないダンスの構えをした。
 最初のステップを踏み出そうとして、さっそくクリスタがビルヘルムの足を踏んだ。
「きゃあ!」「おっと!」
 ビルヘルムがとっさにクリスタの体を抱き寄せて支えた。
「危なかった!気を付けてください!」
「早速失敗したわ!もう1度。」
 クリスタは笑顔でビルヘルムの手を取る。

 ふたりともつたないステップを踏む。転びかけたり、相手の足を踏んだりさんざんで、ただじゃれ合っているようにしか見えないダンスだが、誰も見ていないところなのだから気にすることもない。ただおかしくて、ふたりとも声を上げて笑っていた。

「兄さまったら下手ねえ!」
「お嬢もまた私の足を踏みましたよ!」
 下町で追いかけっこをする幼い兄妹のように、無邪気だった。
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