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第三章 夜会にて
5.エスメル皇太子妃との語らい
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2曲を踊り終わると、アラン皇太子の申し出により、エスメル妃を別室で休息させることになった。
クリスタも侍女を伴い、一緒に控室へ下がり、茶を用意させた。
ふたりの休む間に、皇太子ふたりが場に残って貴族たちと社交した。
エスメル皇太子妃は付き添うクリスタの耳元で
「赤ちゃんがいるのよ」
とささやいた。
妊婦の妃をいたわってアラン皇太子は妃を別室で休息させたのだ。
「まあ!おめでとうございます。では、こちらへのご移動は大変でしたね。」
エスメル皇太子のドレスは、体全体をゆったり覆うものになっている。
イリア王国で流行のデザインなのだと思っていたが、おなかを隠すためだったらしい。
「結婚して12年になりますの、もうだめかと思っていたので、嬉しいわ。」
人目のない部屋で、エスメルは少し居住まいを崩し、愛おしそうに自身の腹部を見下ろして撫でている。
「世継ぎをと、長く責められて、まあ、この子が王女であれば、その責めはまだ続くけれど、私はこの子が元気ならもういいわ。アラン皇太子には弟君もいらっしゃるし、そちらに男の子がいるの。血統が途絶えることはないわ。」
世継ぎの王子を産めば、エステルの立場は強くなるが、それより、子が授かったことが嬉しいようだ。
「クリスタさんは、どう?お子さんは楽しみ?」
楽しみかといわれるとどうだろうか?デビューして、嫁げば当然に家門の跡継ぎを産むことを求められる。夫人の義務として。
皇太子妃となればなおさら。
リオネルには男の兄弟はいない。自分が生まなければ、今は公爵となっている現在の皇帝陛下の弟君の子孫に王位継承権を持たせることになるだろうか。いずれにしても大事になるのは間違いない。
リオネルとの子供、近い将来に自分がリオネルと子を成すことが想像できなかった。
「務めは果たさなければと思っております。」
エスメル妃は寂し気にクリスタをみた。
「努め?まあ…」
皇太子の婚約者として、立派に国賓をもてなしながら、どこか不安そうなクリスタを少し理解できる気がした。
「ダンスでは、リオネル皇太子殿下と良いパートナーでしたけど…そうなのね」
エスメル妃は手に持ったカップに目を落とした。
「クリスタさん、他に、想っていらっしゃる方がいて?」
クリスタは思ってもいなかった問いに驚いた。
「いえ!まさか!」
「まさかということはないでしょう?恋をされたことはない?」
「デビュタントを今年迎えて、デビューの場以来、今回が初めての社交の場ですの。父や兄たちしか、側にいなかったですし…恋など、私には、不要でしたもの。」
クリスタは目線を落とした。
「あんまり大事に守られているのも、考えものね」
エスメル妃は愛娘を見守るウィストリア侯爵の顔を思い出した。
「リオネル皇太子殿下は、クリスタさんを随分想っていらっしゃるようだけど、可哀想に、片想いでいらっしゃる」
「可哀想だなんて!」
クリスタは、リオネルを子供のように語るエスメル妃に驚いた。
エスメル妃は笑った。
「リオネル殿下がクリスタさんを思っているのは、お分かりでしょう?」
リオネルが自分を囲い込み、他の子息から離そうとしているのは、デビュタントの時から感じていた。
それは、皇太子として、自身の妃を確保するための行動ではなかったのか。
男性にそのような対象として見られ、色恋沙汰に巻き込まれるのはどこか恐ろしかった。
「エスメル妃殿下、あの…、妃殿下は、アラン皇太子殿下をお慕いして、妃になられたのですか?」
エスメルであれば、このような質問も受け入れてくれるように思えた。
「アラン殿下が私を好いて、大切にしてくださるから、私もだんだん…」
クリスタはエスメルの幸せそうな笑顔に見とれた。
「別に憧れていた方がいたの」
エスメルが人差し指を口の前に立てた。
「その方は、私にちっとも興味がなくて、ダンスにお誘いくださることもなくて、遠くから見ていただけだったわ。毎日悔しくて、情けなくて、そんな時にアラン殿下に想いを寄せられて、なんだか救われて。」
クリスタには、そんなエスメルの恋物語を理解する事が困難だった。
自分もそのように、リオネルを思うことがあるだろうか。
クリスタも侍女を伴い、一緒に控室へ下がり、茶を用意させた。
ふたりの休む間に、皇太子ふたりが場に残って貴族たちと社交した。
エスメル皇太子妃は付き添うクリスタの耳元で
「赤ちゃんがいるのよ」
とささやいた。
妊婦の妃をいたわってアラン皇太子は妃を別室で休息させたのだ。
「まあ!おめでとうございます。では、こちらへのご移動は大変でしたね。」
エスメル皇太子のドレスは、体全体をゆったり覆うものになっている。
イリア王国で流行のデザインなのだと思っていたが、おなかを隠すためだったらしい。
「結婚して12年になりますの、もうだめかと思っていたので、嬉しいわ。」
人目のない部屋で、エスメルは少し居住まいを崩し、愛おしそうに自身の腹部を見下ろして撫でている。
「世継ぎをと、長く責められて、まあ、この子が王女であれば、その責めはまだ続くけれど、私はこの子が元気ならもういいわ。アラン皇太子には弟君もいらっしゃるし、そちらに男の子がいるの。血統が途絶えることはないわ。」
世継ぎの王子を産めば、エステルの立場は強くなるが、それより、子が授かったことが嬉しいようだ。
「クリスタさんは、どう?お子さんは楽しみ?」
楽しみかといわれるとどうだろうか?デビューして、嫁げば当然に家門の跡継ぎを産むことを求められる。夫人の義務として。
皇太子妃となればなおさら。
リオネルには男の兄弟はいない。自分が生まなければ、今は公爵となっている現在の皇帝陛下の弟君の子孫に王位継承権を持たせることになるだろうか。いずれにしても大事になるのは間違いない。
リオネルとの子供、近い将来に自分がリオネルと子を成すことが想像できなかった。
「務めは果たさなければと思っております。」
エスメル妃は寂し気にクリスタをみた。
「努め?まあ…」
皇太子の婚約者として、立派に国賓をもてなしながら、どこか不安そうなクリスタを少し理解できる気がした。
「ダンスでは、リオネル皇太子殿下と良いパートナーでしたけど…そうなのね」
エスメル妃は手に持ったカップに目を落とした。
「クリスタさん、他に、想っていらっしゃる方がいて?」
クリスタは思ってもいなかった問いに驚いた。
「いえ!まさか!」
「まさかということはないでしょう?恋をされたことはない?」
「デビュタントを今年迎えて、デビューの場以来、今回が初めての社交の場ですの。父や兄たちしか、側にいなかったですし…恋など、私には、不要でしたもの。」
クリスタは目線を落とした。
「あんまり大事に守られているのも、考えものね」
エスメル妃は愛娘を見守るウィストリア侯爵の顔を思い出した。
「リオネル皇太子殿下は、クリスタさんを随分想っていらっしゃるようだけど、可哀想に、片想いでいらっしゃる」
「可哀想だなんて!」
クリスタは、リオネルを子供のように語るエスメル妃に驚いた。
エスメル妃は笑った。
「リオネル殿下がクリスタさんを思っているのは、お分かりでしょう?」
リオネルが自分を囲い込み、他の子息から離そうとしているのは、デビュタントの時から感じていた。
それは、皇太子として、自身の妃を確保するための行動ではなかったのか。
男性にそのような対象として見られ、色恋沙汰に巻き込まれるのはどこか恐ろしかった。
「エスメル妃殿下、あの…、妃殿下は、アラン皇太子殿下をお慕いして、妃になられたのですか?」
エスメルであれば、このような質問も受け入れてくれるように思えた。
「アラン殿下が私を好いて、大切にしてくださるから、私もだんだん…」
クリスタはエスメルの幸せそうな笑顔に見とれた。
「別に憧れていた方がいたの」
エスメルが人差し指を口の前に立てた。
「その方は、私にちっとも興味がなくて、ダンスにお誘いくださることもなくて、遠くから見ていただけだったわ。毎日悔しくて、情けなくて、そんな時にアラン殿下に想いを寄せられて、なんだか救われて。」
クリスタには、そんなエスメルの恋物語を理解する事が困難だった。
自分もそのように、リオネルを思うことがあるだろうか。
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