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第二章 皇太子の焦燥と義兄の寂寥
10.令嬢として、妃として
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「…私に与えられた役割をしっかり果たさなきゃ、よね。お父様も、ギルバートお兄様も、ビル兄さまも、皇太子殿下も、みんなちゃんと国のためにお仕事されているのですものね。」
「私は何も…」
「兄さまも、お父様の大臣としてのお務めを補佐していらっしゃるでしょ。」
―国に貢献しているつもりはない。すべてはお嬢のいる侯爵家のためなのだが。
「…ジェンは、すごいわね。」
クリスタがジェンを見つめて言った。
「私、でございますか?」
「だって、私は今はウィストリア侯爵令嬢、結婚したら皇太子妃。お父様の娘から皇太子殿下の妃になるだけ。ジェンは誰の娘じゃなくて、ジェンとしてこうして私の侍女をしているわ。」
「お嬢様は、高貴なお生まれですもの。私など、地方の廃れた貧乏子爵家の5人兄弟の真ん中で、幸運にも侯爵家でお嬢様にお仕えが叶って、日々の糧を得ているのですわ。」
「まあ!ジェンって子爵家のご令嬢なの?全然知らなかった!」
「名乗るのも恥ずかしいような家門ですわ。」
「私にもできるかしら?ジェンみたいに、自分で働いて、誰かの令嬢でも夫人でもなく、そうやって生きること…」
ビルヘルムは目を見開いてクリスタを見た。
―自分が守って来た高貴な侯爵家の姫が、何を言っている?
ビルヘルムは初めて知るクリスタの気持ちに愕然とした。一番そばで守ってきたつもりであったのに。クリスタがそんなことを考えていたとは露程も思っていなかった。
「お嬢様には、無理でございます。そんな細腕ではベッドを整えるのに寝具を運ぶことも、お湯を沸かす薬缶を運ぶこともできません。私がして差し上げているのですもの。」
ジェンが胸を張る。
「…無力ね、私。」
「お嬢様、皇太子妃殿下には私はなれません。むしろそちらの方がすごいのですわ。」
「…殿下のおそばでちゃんと役目を果たせるように努めることが私にできることね。」
クリスタは少し寂しそうに微笑んだ。
侯爵家、その傍系一族により、何からも守られ、穢れから遠ざけられて大切にされてきた令嬢。ビルヘルムが自分自身に優先する存在として尽くしてきたクリスタが侍女の立場に憧れを口にした。これまでもそのような気持ちを抱きながら、ずっとそれを隠して生きていたのだろうか。
「お嬢、このまま…」
―皇太子妃となって本当にいいのですか?
ビルヘルムは言葉を飲み込んだ。
たとえクリスタが嫌だと思っていても、クリスタは言うまい。ただ、必死で押し殺している気持ちを掘り起こして苦しめることになる。
婚約の話を止められると微かな希望を持たせることすら、クリスタには残酷だ。
「いえ、なんでもありません。夜会まで屋敷でもダンスの練習をしましょうか?」
「ビル兄さまが相手じゃ、練習にならないわ。ダンスの腕前は私と似たり寄ったりじゃない。」
クリスタがいつも通りの笑顔を見せた。
ビルヘルムは屋敷でのダンスの練習相手は当然自分だと思っているクリスタの気持ちが嬉しかった。
「私は何も…」
「兄さまも、お父様の大臣としてのお務めを補佐していらっしゃるでしょ。」
―国に貢献しているつもりはない。すべてはお嬢のいる侯爵家のためなのだが。
「…ジェンは、すごいわね。」
クリスタがジェンを見つめて言った。
「私、でございますか?」
「だって、私は今はウィストリア侯爵令嬢、結婚したら皇太子妃。お父様の娘から皇太子殿下の妃になるだけ。ジェンは誰の娘じゃなくて、ジェンとしてこうして私の侍女をしているわ。」
「お嬢様は、高貴なお生まれですもの。私など、地方の廃れた貧乏子爵家の5人兄弟の真ん中で、幸運にも侯爵家でお嬢様にお仕えが叶って、日々の糧を得ているのですわ。」
「まあ!ジェンって子爵家のご令嬢なの?全然知らなかった!」
「名乗るのも恥ずかしいような家門ですわ。」
「私にもできるかしら?ジェンみたいに、自分で働いて、誰かの令嬢でも夫人でもなく、そうやって生きること…」
ビルヘルムは目を見開いてクリスタを見た。
―自分が守って来た高貴な侯爵家の姫が、何を言っている?
ビルヘルムは初めて知るクリスタの気持ちに愕然とした。一番そばで守ってきたつもりであったのに。クリスタがそんなことを考えていたとは露程も思っていなかった。
「お嬢様には、無理でございます。そんな細腕ではベッドを整えるのに寝具を運ぶことも、お湯を沸かす薬缶を運ぶこともできません。私がして差し上げているのですもの。」
ジェンが胸を張る。
「…無力ね、私。」
「お嬢様、皇太子妃殿下には私はなれません。むしろそちらの方がすごいのですわ。」
「…殿下のおそばでちゃんと役目を果たせるように努めることが私にできることね。」
クリスタは少し寂しそうに微笑んだ。
侯爵家、その傍系一族により、何からも守られ、穢れから遠ざけられて大切にされてきた令嬢。ビルヘルムが自分自身に優先する存在として尽くしてきたクリスタが侍女の立場に憧れを口にした。これまでもそのような気持ちを抱きながら、ずっとそれを隠して生きていたのだろうか。
「お嬢、このまま…」
―皇太子妃となって本当にいいのですか?
ビルヘルムは言葉を飲み込んだ。
たとえクリスタが嫌だと思っていても、クリスタは言うまい。ただ、必死で押し殺している気持ちを掘り起こして苦しめることになる。
婚約の話を止められると微かな希望を持たせることすら、クリスタには残酷だ。
「いえ、なんでもありません。夜会まで屋敷でもダンスの練習をしましょうか?」
「ビル兄さまが相手じゃ、練習にならないわ。ダンスの腕前は私と似たり寄ったりじゃない。」
クリスタがいつも通りの笑顔を見せた。
ビルヘルムは屋敷でのダンスの練習相手は当然自分だと思っているクリスタの気持ちが嬉しかった。
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