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第二章 皇太子の焦燥と義兄の寂寥

5.ダンスレッスン

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 リオネルはその日もクリスタが妃教育に来ていると聞き、部屋を訪ねた。
 ピアノなどを演奏できる小さなホールにいるという。

 ホールに近づくとピアノの演奏と、手拍子が聞こえる。
 部屋ではリオネルもダンスを習った伯爵夫人が手をたたいて「1,2,3」とカウントしている。

 クリスタが伯爵夫人の子息を相手にダンスの練習をしていた。
 ダンスが苦手なクリスタに伯爵夫人も相手役の子息も苦戦しているのが見て取れた。
 なによりいつも淑女の微笑みを作っているクリスタ自身が眉間にしわを寄せて、リズムをとれず、よたよたとパートナーにひっぱられていた。

 部屋を覗き込んでいるリオネルとクリスタの目が合った。

「皇太子殿下!」
 クリスタが足を止め、伯爵夫人の拍手もピアノの伴奏も止んだ。

「まあ!リオネル殿下。お久しぶりです。」
 伯爵夫人が身をかがめて挨拶した。あわててクリスタも続く。

「いえ、どうぞ続けてください。邪魔してしまったようです。」
「あら、そうですわ殿下、せっかくですからクリスタ嬢のパートナーを替わってくださいませ。」
 クリスタがあわてて伯爵夫人の顔を見る。
「いえ、まだとてもお相手は務まりません・・・」
 ダンスに苦手意識のあるクリスタは拒む。

「あら、でもデビュタントの舞踏会でのおふたりは素敵でしたわ!愚息では務まりませんでしたが殿下のリードでしたらきっと!」
 皇太子のダンスの教師であった伯爵夫人はそのリードの上手さを知っている。

「そうですね。これからは私と踊る機会が増えるでしょうから、私と練習しましょう。」
「え、でも皇太子殿下、お忙しいのに…」
「いえ、あなたのパートナーは私であるべきですから。」
 皇太子の婚約者のダンスパートナーに自分の子息を当てた伯爵夫人への抗議の気持ちを込めて言った。
「エドワード卿、私の婚約者が苦労をかけた。あとは引き受けよう。」
 伯爵夫人の子息は追い払われてしまった。

「これからはクリスタ嬢のダンスのレッスンの時間には、私が必ず参ります。伯爵夫人、あとで補佐官とスケジュールを合わせてください。」

 リオネルはクリスタの手と腰を支えポジションを取った。
 それは美しい姿勢ではたで見ていた伯爵夫人はほれぼれした。

「では、始めましょう」
 奏者がピアノを奏で、伯爵夫人が手拍子を再開した。
 リオネルのリードにたどたどしくクリスタがついていく。
「クリスタ嬢、大丈夫、顔を下げないで。」
「はい。皇太子殿下。」

 目の前で一生懸命に練習を続けるクリスタをリオネルは純粋に愛らしいと思った。
 自分に心を開かず、義兄とともに自分に背を向けて去っていく婚約者へのいら立ちは鎮まった。
「あっ!殿下、申し訳ありません!」
 クリスタがリオネルの足をつま先で踏んだ。
「いいんですよ。練習なのだから、気にしないで。」

 足が絡んで転びそうになるクリスタをリオネルが引き戻す。
 体を支えるときに感じるクリスタの体温、重さ、すべてがリオネルの心を踊らせた。

 何度かダンスのレッスンを重ねるうちに、クリスタの苦手なところが把握できたリオネルは絶妙なタイミングでフォローできるようになり、クリスタの上達と合わせ、それなりにみられるようなダンスになっていた。
 ダンスの音楽に合わせて舞うことがクリスタにも少し楽しく感じられるようになった。

「皇太子殿下とでしたら、何とか踊れるようになりましたが、殿下でなければフォローしていただけませんわね。」
 練習の合間に汗を拭きながらクリスタが笑った。
「ええ、私とでしたら。」
 リオネルは縮まったクリスタとの距離をその笑顔に感じていた。

 クリスタのしっとり汗ばんだ肌に、自分の肌を合わせたら、吸い付くようにぴったり合わさるだろうと見つめた。
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