12 / 82
第一章 令嬢は皇太子に絡めとられる
12.指先
しおりを挟む
「クリスタ嬢。待って、髪を直そう。」
ほんの少し、耳の周りのおくれ毛がクリスタの動きで乱れただけだった。しかしリオネルにはそれをクリスタに近づく言い訳にしたかった。リオネルは右手のグローブを外しながら近づいた。
「え?」
クリスタは伸びてくるリオネルの手に戸惑った。リオネルが耳の後ろの髪に触れ、そこを覗き込むように顔を近付けた。
クリスタはどうしたらいいのか分からず、ただ、じっとしていた。
ー皇太子殿下に髪を直していただいてしまってよいのかしら?こんなにお顔が近い…
髪の流れに沿ってそっと動いていたリオネルの指先が、ふと首筋に触れた。思わぬところに直接触れた感覚にクリスタが思わず身をすくめた。
「あっ」
吐息のような声がクリスタの唇が零れ落ちた。
「失敬」
リオネルは手を引いた。
「いえ、びっくりしてしまって。」
クリスタがうつむいた。
たまたま手が当たっただけなのに、触ったことを責めたと思われていないかしら。クリスタは緊張して両手を胸の前で握ってうつむいた。どうしてあんな声が出たのかしら。殿下の指がちょっと触れただけなのにぞわぞわして…。
「本当に潔癖な方ですね。あなたを妃に望んだのは正しかったようです。」
リオネルは笑った。
リオネルはこのまま薔薇のアーチにクリスタと閉じこもっていたかったが、護衛や侍従達から死角となる場所にいつまでも立ち止まっていることはできなかった。
腕に置かれたレースのグローブに包まれたクリスタの手の感触に意識を向けながら、再びゆっくりと庭をエスコートして歩いた。
「自分が贈ったものを、身に着けてもらえるのは、存外にうれしいものですね。あのネックスレスは普段使うのには大げさなようだ。普段身に着けていただけるものをお贈りしましょう。」
「いえ!十分ですわ!」
「あなたには、パールや、透明なダイヤモンドなんかが似合いそうですね。」
「殿下、勿体ないですわ」
クリスタの遠慮深さを好ましく思いながら、彼女を自分の贈ったもので囲みたいと願っていた。
彼女の首に、耳に、嫌全身に今は触れられない自分の代わりに、自分の送ったものを身に付けさせたいと思った。リオネルは初めての思いに戸惑っていた。
指先がほんの少し触れた彼女の髪、首筋。今はこんな接触すら事故でなければ望めない。自分の腕に乗る手の重さ。レースのグローブと自分の袖越しに伝わる体温だけが、今許される接触。
婚儀まで強いられる我慢にリオネルはいらだった。
ほんの少し、耳の周りのおくれ毛がクリスタの動きで乱れただけだった。しかしリオネルにはそれをクリスタに近づく言い訳にしたかった。リオネルは右手のグローブを外しながら近づいた。
「え?」
クリスタは伸びてくるリオネルの手に戸惑った。リオネルが耳の後ろの髪に触れ、そこを覗き込むように顔を近付けた。
クリスタはどうしたらいいのか分からず、ただ、じっとしていた。
ー皇太子殿下に髪を直していただいてしまってよいのかしら?こんなにお顔が近い…
髪の流れに沿ってそっと動いていたリオネルの指先が、ふと首筋に触れた。思わぬところに直接触れた感覚にクリスタが思わず身をすくめた。
「あっ」
吐息のような声がクリスタの唇が零れ落ちた。
「失敬」
リオネルは手を引いた。
「いえ、びっくりしてしまって。」
クリスタがうつむいた。
たまたま手が当たっただけなのに、触ったことを責めたと思われていないかしら。クリスタは緊張して両手を胸の前で握ってうつむいた。どうしてあんな声が出たのかしら。殿下の指がちょっと触れただけなのにぞわぞわして…。
「本当に潔癖な方ですね。あなたを妃に望んだのは正しかったようです。」
リオネルは笑った。
リオネルはこのまま薔薇のアーチにクリスタと閉じこもっていたかったが、護衛や侍従達から死角となる場所にいつまでも立ち止まっていることはできなかった。
腕に置かれたレースのグローブに包まれたクリスタの手の感触に意識を向けながら、再びゆっくりと庭をエスコートして歩いた。
「自分が贈ったものを、身に着けてもらえるのは、存外にうれしいものですね。あのネックスレスは普段使うのには大げさなようだ。普段身に着けていただけるものをお贈りしましょう。」
「いえ!十分ですわ!」
「あなたには、パールや、透明なダイヤモンドなんかが似合いそうですね。」
「殿下、勿体ないですわ」
クリスタの遠慮深さを好ましく思いながら、彼女を自分の贈ったもので囲みたいと願っていた。
彼女の首に、耳に、嫌全身に今は触れられない自分の代わりに、自分の送ったものを身に付けさせたいと思った。リオネルは初めての思いに戸惑っていた。
指先がほんの少し触れた彼女の髪、首筋。今はこんな接触すら事故でなければ望めない。自分の腕に乗る手の重さ。レースのグローブと自分の袖越しに伝わる体温だけが、今許される接触。
婚儀まで強いられる我慢にリオネルはいらだった。
21
お気に入りに追加
301
あなたにおすすめの小説

【完結】もう無理して私に笑いかけなくてもいいですよ?
冬馬亮
恋愛
公爵令嬢のエリーゼは、遅れて出席した夜会で、婚約者のオズワルドがエリーゼへの不満を口にするのを偶然耳にする。
オズワルドを愛していたエリーゼはひどくショックを受けるが、悩んだ末に婚約解消を決意する。
だが、喜んで受け入れると思っていたオズワルドが、なぜか婚約解消を拒否。関係の再構築を提案する。
その後、プレゼント攻撃や突撃訪問の日々が始まるが、オズワルドは別の令嬢をそばに置くようになり・・・
「彼女は友人の妹で、なんとも思ってない。オレが好きなのはエリーゼだ」
「私みたいな女に無理して笑いかけるのも限界だって夜会で愚痴をこぼしてたじゃないですか。よかったですね、これでもう、無理して私に笑いかけなくてよくなりましたよ」
王子を身籠りました
青の雀
恋愛
婚約者である王太子から、毒を盛って殺そうとした冤罪をかけられ収監されるが、その時すでに王太子の子供を身籠っていたセレンティー。
王太子に黙って、出産するも子供の容姿が王家特有の金髪金眼だった。
再び、王太子が毒を盛られ、死にかけた時、我が子と対面するが…というお話。

妻を蔑ろにしていた結果。
下菊みこと
恋愛
愚かな夫が自業自得で後悔するだけ。妻は結果に満足しています。
主人公は愛人を囲っていた。愛人曰く妻は彼女に嫌がらせをしているらしい。そんな性悪な妻が、屋敷の最上階から身投げしようとしていると報告されて急いで妻のもとへ行く。
小説家になろう様でも投稿しています。




王が気づいたのはあれから十年後
基本二度寝
恋愛
王太子は妃の肩を抱き、反対の手には息子の手を握る。
妃はまだ小さい娘を抱えて、夫に寄り添っていた。
仲睦まじいその王族家族の姿は、国民にも評判がよかった。
側室を取ることもなく、子に恵まれた王家。
王太子は妃を優しく見つめ、妃も王太子を愛しく見つめ返す。
王太子は今日、父から王の座を譲り受けた。
新たな国王の誕生だった。

愛された側妃と、愛されなかった正妃
編端みどり
恋愛
隣国から嫁いだ正妃は、夫に全く相手にされない。
夫が愛しているのは、美人で妖艶な側妃だけ。
連れて来た使用人はいつの間にか入れ替えられ、味方がいなくなり、全てを諦めていた正妃は、ある日側妃に子が産まれたと知った。自分の子として育てろと無茶振りをした国王と違い、産まれたばかりの赤ん坊は可愛らしかった。
正妃は、子育てを通じて強く逞しくなり、夫を切り捨てると決めた。
※カクヨムさんにも掲載中
※ 『※』があるところは、血の流れるシーンがあります
※センシティブな表現があります。血縁を重視している世界観のためです。このような考え方を肯定するものではありません。不快な表現があればご指摘下さい。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる