【R-18有】皇太子の執着と義兄の献身

絵夢子

文字の大きさ
上 下
9 / 82
第一章 令嬢は皇太子に絡めとられる

9.皇帝一家と侯爵一家

しおりを挟む
 皇太子は次の曲は誰とも踊らず、出席者たちの視線を引き連れ皇族席へ戻っていった。

 クリスタはそちらにいる皇帝や皇后の顔を見る勇気がなかった。
 背を向けて歩き出すとそこに両親の侯爵夫妻とビルヘルム、実兄のギルバートを見つけた。クリスタの複雑な気持ちをおもんばかっていたわるような笑顔の家族たちと合流し、クリスタは安堵とともに押し寄せる様々な感情で涙がこみ上げるのを抑えた。

「お父様、ご存じだったのでしょう?」
「すまない、皇帝陛下から内々に話はいただいていたんだ。ただ、無理強いはしないとのお話で、皇太子殿下がご自身でお前にお話しされたいということだったから、黙っていた。皇后陛下がいろいろお前のデビューに手を貸してくださるから、候補のひとりにはなっているだろうと思っていたしね。」
「びっくりして…わたし…」
「お返事はしたの?」
 母の問いにクリスタは皇太子との会話を思い返し、首を振った。
「私には務まらないと申し上げたけど…」
 両親は顔を見合わせた。

「おまえ、断るつもり?」
 次期侯爵の兄は少し驚いたように聞いた。
「…断れない、わよね。」
 クリスタは無意識にエメラルドのネックレスに触れた。

 求婚されたことに喜んではいない娘の姿に侯爵夫妻は複雑な顔を見せた。皇太子からの求婚に小躍りして喜べる単純な娘であったら本人も幸せだっただろうに、思慮深い娘故に、悩みを抱えてしまった。
 皇太子と揃いの装いのクリスタとその一家はちらちらと視線を送られて居心地が悪かった。クリスタにダンスを申し込める令息も現れないだろう。

「今日は、帰ろうか。」
 侯爵の提案にクリスタはほっとしてうなずいた。
「皇帝陛下にご挨拶しなければいけないね。」

 挨拶の続く玉座の前が開くのを待ち、両親と兄の後ろにビルヘルムとクリスタが付き頭を下げて挨拶した。
「ああ、ウィストリア侯爵。今年はクリスタ嬢がデビュタントだったね。おめでとう。」
 皇帝が親しげに声をかけた。
「はい、皇后さまにもお心遣いいただき、ありがとうございます。」

「本当に美しいわ。贈ったアクセサリーに合わせてドレスをあつらえてくれたのね」
 皇后がニコニコとクリスタを見る。クリスタは黙って頭を下げ続けるしかできなった。
 皇后が、皇太子と揃いのエメラルドを贈ったと貴族の面々の前で言えば、クリスタは皇帝夫妻も公認の皇太子の相手であると宣言されたようなものである。

 皇帝夫妻の応対はにこやかだが、その親しみさえも、クリスタを囲う檻のように感じられた。
 皇太子はどんな顔で自分を見ているのだろう。クリスタは頭を下げ続けた。

 揃いの衣装で皇太子とクリスタが躍るのを愕然として見ていたビルヘルムはただ、放心していた。侯爵から事前に事情を知らされていなかった。クリスタに一番近い家族なだけに、伝えるのがはばかられたのである。

 この間まで、家庭教師の訪問はあるものの、侯爵邸でのんびり過ごしていたクリスタであったが、今年は公爵夫人が頻繁に出入りし、ドレスメーカーやダンスの教師などの来訪の頻度も増えた。
 デビュタントの後にはクリスタもあちこちに呼ばれて出かけていくことになるのだろうとビルヘルムも思っていた。侯爵邸で家族や使用人と多くの時間を過ごし、家の者たちで独占していたクリスタが社会に出ていく。どこか寂しく感じていたが、それでも寄り添っていられるものと思っていた。
 結婚、しかも皇太子と!やはり侯爵家令嬢という自分には手の届かない高貴な姫、手の届かない存在、だからこそ尊く…。
 ビルヘルムは皇太子妃という未来を示されて困惑しているクリスタの気持ちを思いやり、クリスタとの近い別離を意識して寂しさに胸が痛んだ。

 挨拶が終わり、一家は低くしていた姿勢を戻した。クリスタは顔をあげられずにいた。
 横にいる兄、ビルヘルムの腕にすがるように手を置き、両親とギルバートの後ろについて出口に向かった。
 ただただ早く会場から逃げたかった。

 リオネルは次のあいさつを受けながらも、クリスタとビルヘルムの後ろ姿から目を離せず、追ってふたりを引きはがしたい気持ちを必死で抑えていた。
しおりを挟む
感想 4

あなたにおすすめの小説

【完結】もう無理して私に笑いかけなくてもいいですよ?

冬馬亮
恋愛
公爵令嬢のエリーゼは、遅れて出席した夜会で、婚約者のオズワルドがエリーゼへの不満を口にするのを偶然耳にする。 オズワルドを愛していたエリーゼはひどくショックを受けるが、悩んだ末に婚約解消を決意する。 だが、喜んで受け入れると思っていたオズワルドが、なぜか婚約解消を拒否。関係の再構築を提案する。 その後、プレゼント攻撃や突撃訪問の日々が始まるが、オズワルドは別の令嬢をそばに置くようになり・・・ 「彼女は友人の妹で、なんとも思ってない。オレが好きなのはエリーゼだ」 「私みたいな女に無理して笑いかけるのも限界だって夜会で愚痴をこぼしてたじゃないですか。よかったですね、これでもう、無理して私に笑いかけなくてよくなりましたよ」

王子を身籠りました

青の雀
恋愛
婚約者である王太子から、毒を盛って殺そうとした冤罪をかけられ収監されるが、その時すでに王太子の子供を身籠っていたセレンティー。 王太子に黙って、出産するも子供の容姿が王家特有の金髪金眼だった。 再び、王太子が毒を盛られ、死にかけた時、我が子と対面するが…というお話。

妻を蔑ろにしていた結果。

下菊みこと
恋愛
愚かな夫が自業自得で後悔するだけ。妻は結果に満足しています。 主人公は愛人を囲っていた。愛人曰く妻は彼女に嫌がらせをしているらしい。そんな性悪な妻が、屋敷の最上階から身投げしようとしていると報告されて急いで妻のもとへ行く。 小説家になろう様でも投稿しています。

勘違い令嬢の心の声

にのまえ
恋愛
僕の婚約者 シンシアの心の声が聞こえた。 シア、それは君の勘違いだ。

愛された側妃と、愛されなかった正妃

編端みどり
恋愛
隣国から嫁いだ正妃は、夫に全く相手にされない。 夫が愛しているのは、美人で妖艶な側妃だけ。 連れて来た使用人はいつの間にか入れ替えられ、味方がいなくなり、全てを諦めていた正妃は、ある日側妃に子が産まれたと知った。自分の子として育てろと無茶振りをした国王と違い、産まれたばかりの赤ん坊は可愛らしかった。 正妃は、子育てを通じて強く逞しくなり、夫を切り捨てると決めた。 ※カクヨムさんにも掲載中 ※ 『※』があるところは、血の流れるシーンがあります ※センシティブな表現があります。血縁を重視している世界観のためです。このような考え方を肯定するものではありません。不快な表現があればご指摘下さい。

今更気付いてももう遅い。

ユウキ
恋愛
ある晴れた日、卒業の季節に集まる面々は、一様に暗く。 今更真相に気付いても、後悔してももう遅い。何もかも、取り戻せないのです。

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

【完結】皇太子の愛人が懐妊した事を、お妃様は結婚式の一週間後に知りました。皇太子様はお妃様を愛するつもりは無いようです。

五月ふう
恋愛
 リックストン国皇太子ポール・リックストンの部屋。 「マティア。僕は一生、君を愛するつもりはない。」  今日は結婚式前夜。婚約者のポールの声が部屋に響き渡る。 「そう……。」  マティアは小さく笑みを浮かべ、ゆっくりとソファーに身を預けた。    明日、ポールの花嫁になるはずの彼女の名前はマティア・ドントール。ドントール国第一王女。21歳。  リッカルド国とドントール国の和平のために、マティアはこの国に嫁いできた。ポールとの結婚は政略的なもの。彼らの意志は一切介入していない。 「どんなことがあっても、僕は君を王妃とは認めない。」  ポールはマティアを憎しみを込めた目でマティアを見つめる。美しい黒髪に青い瞳。ドントール国の宝石と評されるマティア。 「私が……ずっと貴方を好きだったと知っても、妻として認めてくれないの……?」 「ちっ……」  ポールは顔をしかめて舌打ちをした。   「……だからどうした。幼いころのくだらない感情に……今更意味はない。」  ポールは険しい顔でマティアを睨みつける。銀色の髪に赤い瞳のポール。マティアにとってポールは大切な初恋の相手。 だが、ポールにはマティアを愛することはできない理由があった。 二人の結婚式が行われた一週間後、マティアは衝撃の事実を知ることになる。 「サラが懐妊したですって‥‥‥!?」

処理中です...