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第一章 令嬢は皇太子に絡めとられる
9.皇帝一家と侯爵一家
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皇太子は次の曲は誰とも踊らず、出席者たちの視線を引き連れ皇族席へ戻っていった。
クリスタはそちらにいる皇帝や皇后の顔を見る勇気がなかった。
背を向けて歩き出すとそこに両親の侯爵夫妻とビルヘルム、実兄のギルバートを見つけた。クリスタの複雑な気持ちをおもんばかっていたわるような笑顔の家族たちと合流し、クリスタは安堵とともに押し寄せる様々な感情で涙がこみ上げるのを抑えた。
「お父様、ご存じだったのでしょう?」
「すまない、皇帝陛下から内々に話はいただいていたんだ。ただ、無理強いはしないとのお話で、皇太子殿下がご自身でお前にお話しされたいということだったから、黙っていた。皇后陛下がいろいろお前のデビューに手を貸してくださるから、候補のひとりにはなっているだろうと思っていたしね。」
「びっくりして…わたし…」
「お返事はしたの?」
母の問いにクリスタは皇太子との会話を思い返し、首を振った。
「私には務まらないと申し上げたけど…」
両親は顔を見合わせた。
「おまえ、断るつもり?」
次期侯爵の兄は少し驚いたように聞いた。
「…断れない、わよね。」
クリスタは無意識にエメラルドのネックレスに触れた。
求婚されたことに喜んではいない娘の姿に侯爵夫妻は複雑な顔を見せた。皇太子からの求婚に小躍りして喜べる単純な娘であったら本人も幸せだっただろうに、思慮深い娘故に、悩みを抱えてしまった。
皇太子と揃いの装いのクリスタとその一家はちらちらと視線を送られて居心地が悪かった。クリスタにダンスを申し込める令息も現れないだろう。
「今日は、帰ろうか。」
侯爵の提案にクリスタはほっとしてうなずいた。
「皇帝陛下にご挨拶しなければいけないね。」
挨拶の続く玉座の前が開くのを待ち、両親と兄の後ろにビルヘルムとクリスタが付き頭を下げて挨拶した。
「ああ、ウィストリア侯爵。今年はクリスタ嬢がデビュタントだったね。おめでとう。」
皇帝が親しげに声をかけた。
「はい、皇后さまにもお心遣いいただき、ありがとうございます。」
「本当に美しいわ。贈ったアクセサリーに合わせてドレスをあつらえてくれたのね」
皇后がニコニコとクリスタを見る。クリスタは黙って頭を下げ続けるしかできなった。
皇后が、皇太子と揃いのエメラルドを贈ったと貴族の面々の前で言えば、クリスタは皇帝夫妻も公認の皇太子の相手であると宣言されたようなものである。
皇帝夫妻の応対はにこやかだが、その親しみさえも、クリスタを囲う檻のように感じられた。
皇太子はどんな顔で自分を見ているのだろう。クリスタは頭を下げ続けた。
揃いの衣装で皇太子とクリスタが躍るのを愕然として見ていたビルヘルムはただ、放心していた。侯爵から事前に事情を知らされていなかった。クリスタに一番近い家族なだけに、伝えるのがはばかられたのである。
この間まで、家庭教師の訪問はあるものの、侯爵邸でのんびり過ごしていたクリスタであったが、今年は公爵夫人が頻繁に出入りし、ドレスメーカーやダンスの教師などの来訪の頻度も増えた。
デビュタントの後にはクリスタもあちこちに呼ばれて出かけていくことになるのだろうとビルヘルムも思っていた。侯爵邸で家族や使用人と多くの時間を過ごし、家の者たちで独占していたクリスタが社会に出ていく。どこか寂しく感じていたが、それでも寄り添っていられるものと思っていた。
結婚、しかも皇太子と!やはり侯爵家令嬢という自分には手の届かない高貴な姫、手の届かない存在、だからこそ尊く…。
ビルヘルムは皇太子妃という未来を示されて困惑しているクリスタの気持ちを思いやり、クリスタとの近い別離を意識して寂しさに胸が痛んだ。
挨拶が終わり、一家は低くしていた姿勢を戻した。クリスタは顔をあげられずにいた。
横にいる兄、ビルヘルムの腕にすがるように手を置き、両親とギルバートの後ろについて出口に向かった。
ただただ早く会場から逃げたかった。
リオネルは次のあいさつを受けながらも、クリスタとビルヘルムの後ろ姿から目を離せず、追ってふたりを引きはがしたい気持ちを必死で抑えていた。
クリスタはそちらにいる皇帝や皇后の顔を見る勇気がなかった。
背を向けて歩き出すとそこに両親の侯爵夫妻とビルヘルム、実兄のギルバートを見つけた。クリスタの複雑な気持ちをおもんばかっていたわるような笑顔の家族たちと合流し、クリスタは安堵とともに押し寄せる様々な感情で涙がこみ上げるのを抑えた。
「お父様、ご存じだったのでしょう?」
「すまない、皇帝陛下から内々に話はいただいていたんだ。ただ、無理強いはしないとのお話で、皇太子殿下がご自身でお前にお話しされたいということだったから、黙っていた。皇后陛下がいろいろお前のデビューに手を貸してくださるから、候補のひとりにはなっているだろうと思っていたしね。」
「びっくりして…わたし…」
「お返事はしたの?」
母の問いにクリスタは皇太子との会話を思い返し、首を振った。
「私には務まらないと申し上げたけど…」
両親は顔を見合わせた。
「おまえ、断るつもり?」
次期侯爵の兄は少し驚いたように聞いた。
「…断れない、わよね。」
クリスタは無意識にエメラルドのネックレスに触れた。
求婚されたことに喜んではいない娘の姿に侯爵夫妻は複雑な顔を見せた。皇太子からの求婚に小躍りして喜べる単純な娘であったら本人も幸せだっただろうに、思慮深い娘故に、悩みを抱えてしまった。
皇太子と揃いの装いのクリスタとその一家はちらちらと視線を送られて居心地が悪かった。クリスタにダンスを申し込める令息も現れないだろう。
「今日は、帰ろうか。」
侯爵の提案にクリスタはほっとしてうなずいた。
「皇帝陛下にご挨拶しなければいけないね。」
挨拶の続く玉座の前が開くのを待ち、両親と兄の後ろにビルヘルムとクリスタが付き頭を下げて挨拶した。
「ああ、ウィストリア侯爵。今年はクリスタ嬢がデビュタントだったね。おめでとう。」
皇帝が親しげに声をかけた。
「はい、皇后さまにもお心遣いいただき、ありがとうございます。」
「本当に美しいわ。贈ったアクセサリーに合わせてドレスをあつらえてくれたのね」
皇后がニコニコとクリスタを見る。クリスタは黙って頭を下げ続けるしかできなった。
皇后が、皇太子と揃いのエメラルドを贈ったと貴族の面々の前で言えば、クリスタは皇帝夫妻も公認の皇太子の相手であると宣言されたようなものである。
皇帝夫妻の応対はにこやかだが、その親しみさえも、クリスタを囲う檻のように感じられた。
皇太子はどんな顔で自分を見ているのだろう。クリスタは頭を下げ続けた。
揃いの衣装で皇太子とクリスタが躍るのを愕然として見ていたビルヘルムはただ、放心していた。侯爵から事前に事情を知らされていなかった。クリスタに一番近い家族なだけに、伝えるのがはばかられたのである。
この間まで、家庭教師の訪問はあるものの、侯爵邸でのんびり過ごしていたクリスタであったが、今年は公爵夫人が頻繁に出入りし、ドレスメーカーやダンスの教師などの来訪の頻度も増えた。
デビュタントの後にはクリスタもあちこちに呼ばれて出かけていくことになるのだろうとビルヘルムも思っていた。侯爵邸で家族や使用人と多くの時間を過ごし、家の者たちで独占していたクリスタが社会に出ていく。どこか寂しく感じていたが、それでも寄り添っていられるものと思っていた。
結婚、しかも皇太子と!やはり侯爵家令嬢という自分には手の届かない高貴な姫、手の届かない存在、だからこそ尊く…。
ビルヘルムは皇太子妃という未来を示されて困惑しているクリスタの気持ちを思いやり、クリスタとの近い別離を意識して寂しさに胸が痛んだ。
挨拶が終わり、一家は低くしていた姿勢を戻した。クリスタは顔をあげられずにいた。
横にいる兄、ビルヘルムの腕にすがるように手を置き、両親とギルバートの後ろについて出口に向かった。
ただただ早く会場から逃げたかった。
リオネルは次のあいさつを受けながらも、クリスタとビルヘルムの後ろ姿から目を離せず、追ってふたりを引きはがしたい気持ちを必死で抑えていた。
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