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第一章 令嬢は皇太子に絡めとられる

6.エメラルド

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 デビュタントの日、クリスタの部屋ではいつもより多い人数が出入りし、クリスタの身支度をしていた。
 入浴の後、全身を香油で整え、髪を巻き、結いあげ、化粧し、コルセットを締め、新調したドレスをまとう。

 最後に皇后からこの日のために贈られた緑のエメラルドをダイヤモンドで囲んだモチーフが並ぶネックレスと、揃えのイヤリングを付ける。
 白いドレスにはエメラルドに合わせた淡いグリーンのシルクのリボンが腰の後ろで結ばれ、トレーンに長く伸びていた。

 侍女や母親、付添人の公爵夫人、みなその姿に満足した。
 ビルヘルムもその美しさに息を飲んだ。
―やっぱりお嬢は侯爵家の大事な姫様だ。

 父の侯爵とこの日に合わせて領地から到着していた兄夫婦にもその姿で挨拶し、祝福を受け、デビューの儀式のあるクリスタは家族より先に宮廷に向かった。

 クリスタたちデビューを迎えた貴族の令嬢はそれぞれの付き添い人と皇后の謁見の間に入り、一人ずつ皇后の前に出て挨拶した。二人の公爵家令嬢の後に挨拶に出たクリスタ美しさに皇后は満足げだった。
 成人した令息たちは同時刻に別の間で皇帝と皇太子に謁見している。その後、そのまま宮廷の大広間で合流し、デビューした子息、令嬢の家族を中心とした招待客を加えた舞踏会が開かれる。

 成人のあいさつを済ませた令息たちと、デビュタントの令嬢たちが入場し、王座に向かって並ぶと、皇帝夫妻と皇太子が入場した。一同が頭を下げて一家を迎える。足音が玉座へ移動し、皇帝が頭を上げるように声をかける。

 クリスタは顔を上げ、はっとした。
 皇太子が玉座からクリスタを見下ろして微笑んでいた。刺繍された礼服姿の皇太子の襟元にグリーンのエメラルドをダイヤモンドが囲むブローチがつけられていた。

 クリスタは戸惑って目を伏せた。デビュー後は求婚者が列をなすといったジェンの言葉が浮かんだ。
 いよいよ結婚相手が決められていくという実感、その相手は皇太子!単に皇太子だけの思惑ではないことは明らかだ。皇后が贈り物という形で手を貸してほかの令息たちが手を出す前に、クリスタは皇室の嫁だと牽制しているのだ。

 もう、ほかにもこの揃いのエメラルドに気づいている人はいるだろうか、この後、多くの人が気づいて噂し始めるだろう。社交界デビュー早々に注目されることにクリスタは緊張した。これは皇太子自身の意思?皇后だけの考え?侯爵家にも話が来ていたのだろうか。送り出すとき、家族はこのことを知っていたの?

 皇帝のあいさつの口上は耳に入ってこなかった。
 ああ!だって、皇太子殿下の瞳はこのエメラルドのような澄んだ緑じゃない!
 このエメラルドを皇后に贈られた意味になぜ気づかなかったのか!

 舞踏会は今年デビューの子女たちのダンスから始まった。クリスタは慣例に従い隣に並んでいた公爵家の嫡男と踊った。
「ウィストリア侯爵令嬢、ファーストダンスを踊れる名誉をいただけて光栄です。」
「勿体ないお言葉ですわ。こちらこそ、光栄です。」

 デビューしたばかりの二人のダンスはぎこちない。自分のデビューを熱心に待っていたわけでないクリスタはあまりダンスの練習をしてこなかった。
 その上、クリスタはずっと向けられている皇太子の視線が気になり、二人の装いの共通点に気づいて噂するものがいないかと、ダンスに上の空であった。
 相手の公爵令息は美しいクリスタがダンスのパートナーである自分にはあまり関心がなさそうなことに失望し、1曲目を終わると次なる令嬢のもとへ去った。

 クリスタは目立たぬところへ行こうと会場内を見渡した。その時、後ろから
「クリスタ嬢」
 と、いつの間にか玉座から皆の視線を引き連れて降りてきた皇太子に声を掛けられた。
「殿下!」
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