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第一章 令嬢は皇太子に絡めとられる
3.義兄ビルヘルム
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身支度を終えたクリスタは母の侯爵夫人と一緒に馬車に乗り込んだ。御者の隣に義兄のビルヘルムが座った
ビルヘルムは、ウィストリア侯爵家傍系のモリー男爵家の三男として生まれ、侯爵家と養子縁組みされたクリスタの義兄である。
侯爵家嫡男ギルバート生誕後9年をあけてさずかったのが、クリスタであった。この時、侯爵夫人は難産であり、これ以上の子は諦めることとなった。嫡男ギルバートに万が一があったときのスペアとして、また、帝国の有事の際に嫡男の替わりに従軍する次男が必要であった。
貴族の家門は家族であり、ビジネスでもある。個よりも家門が優先される。侯爵家が特に非情であった訳ではない。男爵家の三男でくすぶっているよりも、一族の本家、侯爵家の次男として縁組みされることは、ビルヘルムにとっても幸運なことであった。
クリスタが4歳の時、9歳であったビルヘルムの養子縁組がなされた。実の親元から取り上げるようなことはされず、モリー男爵家から頻繁に侯爵家へ通っては、四歳上のギルバートと、時にクリスタと共に教育を受けた。
ビルヘルムにしてみれば、義兄妹と言っても本家の次期侯爵とその妹である。年上のギルバートは優しく気遣ってくれたものの、生まれながらの未来の侯爵として、堂々としており、近寄りがたかった。
クリスタも侯爵夫妻や兄の愛情を一心に受け、使用人たちにもかわいがられ、邪心を知らぬ天使のような女の子だった。男3人の育児に追われる下級貴族の口うるさい母の元、男兄弟の中で育ったビルヘルムにとっては本家の眩しい姫君であって、それは今も変わらない。
初めてクリスタに新しい兄として紹介された時、小さなクリスタがスカートをつまんで膝を曲げ
「ビルヘルムお兄様、初めまして、クリスタです。」
と、レディのあいさつをした。そしてすぐにビルヘルムの手を引っ張り、屋敷中を案内し、クリスタの人形たちを紹介した。
クリスタにとって年の離れた兄のギルバートはかわいがってくれる優しく尊敬できる兄であったが、ビルヘルムの方が気軽に遊べる身近な遊び相手であった。4歳であったクリスタは新しい兄の登場に素直に喜び、
「ビルにいさま」
と慕ってビルヘルムをあちこちに引っ張りまわして遊んだ。
ビルヘルムも本家の姫様の無邪気なお願いに嫌とは言えずままごとにも人形遊びにも付き合い、クリスタがなついて兄さまと呼んでくれるのがうれしかった。 しかしとうとう義妹を「クリスタ」とは呼べず、しばらくは「お嬢様」と呼んでおり、打ち解けてからは「お嬢」という呼び方で定着し、どこかいびつな義兄妹の仲睦まじい姿は侯爵家での日常の光景としてなじんだ。
いまでは嫡男ギルバートには男の子が生まれ、帝国に平和な世が続き、ビルヘルムの侯爵家次男としての役割もあまり期待されない。しかし恩ある侯爵家に貢献しようと成人後は侯爵家に住んで、侯爵夫妻やギルバートの補佐をしながら、剣術の腕を磨き、これまでクリスタの護衛のように近くで付き従ってきた。
本家の次男としてふるまうのはどうしても遠慮してしまうビルヘルムは侯爵夫妻やギルバートと馬車で移動する際には馬で従うか御者席に座った。一番近しいクリスタがほかの家族を伴わないときだけは、兄さまと一緒がいいと譲らないクリスタに押し切られ、侍女とともに車内に座った。
クリスタが社交界にデビューした暁には、あちこちに呼ばれて出かけるだろうクリスタに付き従い、時に兄としてエスコートすることもあるだろうと、ビルヘルムは楽しみに思うと同時に護衛として気を引き締めてもいた。
宮廷の皇后の私的な応接室に近い車止めに馬車が止まった。ビルヘルムは御者席から飛び降りて侯爵夫人とクリスタが馬車から降りるのに手を貸した。
「ありがとう、ビル兄様。やっぱり一緒に中には乗ってくださらないのね」
「外が気持ち良いのですよ、お嬢。」
息子として扱っていても、こうして本家に気を使っているビルヘルムに侯爵一家は少し寂しく感じている。
クリスタのいつもより念入りに整えられたブルネットの髪やほんのり化粧された横顔がビルの知る姿とは異なり、クリスタを大人っぽく見せ、ビルヘルムは少し寂しさを思えたが、ビルヘルムが肘を出すと、そこに習慣の通りクリスタが手を置いた。
「今日のお嬢は、すっかりレディですね」
「まあ、ビル兄さま、わたくし、とっくにレディですのよ。」
ああ、いつものお嬢だ。ビルヘルムは肘に置かれたクリスタの手の甲をトントンとたたいた。
ビルヘルムは、ウィストリア侯爵家傍系のモリー男爵家の三男として生まれ、侯爵家と養子縁組みされたクリスタの義兄である。
侯爵家嫡男ギルバート生誕後9年をあけてさずかったのが、クリスタであった。この時、侯爵夫人は難産であり、これ以上の子は諦めることとなった。嫡男ギルバートに万が一があったときのスペアとして、また、帝国の有事の際に嫡男の替わりに従軍する次男が必要であった。
貴族の家門は家族であり、ビジネスでもある。個よりも家門が優先される。侯爵家が特に非情であった訳ではない。男爵家の三男でくすぶっているよりも、一族の本家、侯爵家の次男として縁組みされることは、ビルヘルムにとっても幸運なことであった。
クリスタが4歳の時、9歳であったビルヘルムの養子縁組がなされた。実の親元から取り上げるようなことはされず、モリー男爵家から頻繁に侯爵家へ通っては、四歳上のギルバートと、時にクリスタと共に教育を受けた。
ビルヘルムにしてみれば、義兄妹と言っても本家の次期侯爵とその妹である。年上のギルバートは優しく気遣ってくれたものの、生まれながらの未来の侯爵として、堂々としており、近寄りがたかった。
クリスタも侯爵夫妻や兄の愛情を一心に受け、使用人たちにもかわいがられ、邪心を知らぬ天使のような女の子だった。男3人の育児に追われる下級貴族の口うるさい母の元、男兄弟の中で育ったビルヘルムにとっては本家の眩しい姫君であって、それは今も変わらない。
初めてクリスタに新しい兄として紹介された時、小さなクリスタがスカートをつまんで膝を曲げ
「ビルヘルムお兄様、初めまして、クリスタです。」
と、レディのあいさつをした。そしてすぐにビルヘルムの手を引っ張り、屋敷中を案内し、クリスタの人形たちを紹介した。
クリスタにとって年の離れた兄のギルバートはかわいがってくれる優しく尊敬できる兄であったが、ビルヘルムの方が気軽に遊べる身近な遊び相手であった。4歳であったクリスタは新しい兄の登場に素直に喜び、
「ビルにいさま」
と慕ってビルヘルムをあちこちに引っ張りまわして遊んだ。
ビルヘルムも本家の姫様の無邪気なお願いに嫌とは言えずままごとにも人形遊びにも付き合い、クリスタがなついて兄さまと呼んでくれるのがうれしかった。 しかしとうとう義妹を「クリスタ」とは呼べず、しばらくは「お嬢様」と呼んでおり、打ち解けてからは「お嬢」という呼び方で定着し、どこかいびつな義兄妹の仲睦まじい姿は侯爵家での日常の光景としてなじんだ。
いまでは嫡男ギルバートには男の子が生まれ、帝国に平和な世が続き、ビルヘルムの侯爵家次男としての役割もあまり期待されない。しかし恩ある侯爵家に貢献しようと成人後は侯爵家に住んで、侯爵夫妻やギルバートの補佐をしながら、剣術の腕を磨き、これまでクリスタの護衛のように近くで付き従ってきた。
本家の次男としてふるまうのはどうしても遠慮してしまうビルヘルムは侯爵夫妻やギルバートと馬車で移動する際には馬で従うか御者席に座った。一番近しいクリスタがほかの家族を伴わないときだけは、兄さまと一緒がいいと譲らないクリスタに押し切られ、侍女とともに車内に座った。
クリスタが社交界にデビューした暁には、あちこちに呼ばれて出かけるだろうクリスタに付き従い、時に兄としてエスコートすることもあるだろうと、ビルヘルムは楽しみに思うと同時に護衛として気を引き締めてもいた。
宮廷の皇后の私的な応接室に近い車止めに馬車が止まった。ビルヘルムは御者席から飛び降りて侯爵夫人とクリスタが馬車から降りるのに手を貸した。
「ありがとう、ビル兄様。やっぱり一緒に中には乗ってくださらないのね」
「外が気持ち良いのですよ、お嬢。」
息子として扱っていても、こうして本家に気を使っているビルヘルムに侯爵一家は少し寂しく感じている。
クリスタのいつもより念入りに整えられたブルネットの髪やほんのり化粧された横顔がビルの知る姿とは異なり、クリスタを大人っぽく見せ、ビルヘルムは少し寂しさを思えたが、ビルヘルムが肘を出すと、そこに習慣の通りクリスタが手を置いた。
「今日のお嬢は、すっかりレディですね」
「まあ、ビル兄さま、わたくし、とっくにレディですのよ。」
ああ、いつものお嬢だ。ビルヘルムは肘に置かれたクリスタの手の甲をトントンとたたいた。
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