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22.馬の名前

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 門のそばにはカーライルを乗せてきた、彼の愛馬がいた。
「またすぐ戻られますの?」
「これを走らせればすぐ追い付く。隊は荷馬車も連れているから、今夜の夜営もそう遠くない。」
 カーライルはローズを解放してカーライルは庭木にくくっていた手綱を解いて馬の首を撫でた。

「たくさん走らせて、ごめんね。」
 ローズも鼻先をなでてやる。

「この子、名前は?」
 カーライルがにやりと笑った。
「アルフォンス」
「まあ!」
 それは恐れ多くもカーライルの兄、皇帝陛下の尊名であった。皇帝の名を馬に付けて乗るなどという不敬は、弟の大公以外にはまず許されまい。
 兄が憎ければ、命を預ける馬にその名はつけないだろう。からかうように、わざわざその名をつけたのだ。

 ―この人は、自分の中の愛情をなんて不器用に扱う人なんだろう
 目の前のいたずらに心踊らせる少年のような笑顔の年上の大公閣下をみてローズは思った。

 どこまで許してもらえるか確認しているのか、そうやって気を引きたいのか…
 政敵に向けられる悪意を暴くのに長け、護衛騎士の隠された恋に気づけても、自分の心をもて余し、自分への愛情には疎いのだ。

「乗ってみるか」
「よいのですか?」
 ローズの顔が華やぐのがカーライルには月明かりでも眩しかった。

 馬に飛び乗ると、ローズを引っ張り上げて自分の前に横向きに座らせた。
「安定しないから、私に体を預けなさい」
 手綱を持つ腕の中にローズを収め、ゆっくり馬を歩かせた。

「こんなに大きな馬に乗るのは初めてです。」
 高い馬の背から見る月明かりの庭の景色は幻想的だった。
「月が、きれい…」
「月が明るいお陰で、早く戻って来れたな」
「この世にふたりきり、取り残されたみたいに感じます。」
「うん…」
「あ、あとアルフォンスも一緒」
 ふたりは笑った。

「カーライル様がご不在の間、昨夜のことよりこの月を思い出しますわ。」
「うん?」
「肌を重ねたことを思い出すとカーライル様のぬくもりのないことに寂しくなりますが、
 今夜一緒に見た月を見上げれば、カーライル様も見ている月だと思うことができますわ。」
「そうか…では私もそなたを思って月を見上げよう。」

 門と屋敷の間をぐるりと一周して、再びアルフォンスをつないでいたところまで戻った。
 一周と決めたわけではなかったが、このままずっと馬上から月を眺めているわけにはいかなった。
 ふたりとも、ここまで、と思っていた。

 カーライルが先に降り、ローズを抱いて馬から下ろした。
 カーライルはローズを抱き上げたまま、ローズの首元に顔を埋めた。
「カーライル様?」
「ローズの香りを覚えていたい…。少しアルフォンスのにおいが混ざるな」
 二人は額をつけて笑った
 昨日大公邸に戻るまで、このように打ち解けて笑い合えるとは思ってもみなかった。

「口づけを交わしてしまったらこのまま出ていけなくなりそうだ。」
 ローズはカーライルの頬に触れた。
「では、これだけお許しください。」
 カーライルの額に口づける。
「だからそなたには敵わないというのだ。」
 カーライルは笑いながら泣いていた。

 カーライルはそのままローズを屋敷の扉の前に運んだ。
「では、行ってくる。」
「はい。行っていらっしゃい。」

 カーライルはアルフォンスに飛び乗って片手をあげて挨拶し、振り返らずに去った。

                                了
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