声が聞こえる

富山晴京

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二章

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 宿題が終わって時計を見ると、八時四十五分ぐらいだった。することが何もなく退屈だった。とりあえずゲームでもしようかと思った。しかしどうにもする気が起こらない。
 最近、体も心もだるく感じられた。理由にはうすうす気づいていた。小夜が自殺を実行に移したからだ。あのことが俺の心にのしかかる重りのようなものになっているのだ。

 小夜が自殺する前日のことだったろうか。俺がゲームをしていると、小夜が部屋に入ってきた。
「勝也」
「んー?」
「あのさ、相談があって」
「んー」
 俺はゲームをいったん止めた。
「で、どうしたの?」
「ストーカーに困ってるの」
「だれが」
「私が」
「お前が?」
「私が」
「まじかよ」
「まじだよ」
「で、俺にどうしろと?」
「だから、そのどうしたらいいかを考えてほしいの」
「付きまとうのをやめてくれって言ったらいいじゃないか」
「言ったの。でも駄目だったの。もう付きまとわないでくださいって言ったら、俺は付きまとってなんかいないって言われちゃって。あっちの言い分としてはただ親しくしようとしてついて周っているだけだって。でもそれが私はとても嫌なの。用もないのに付きまとわれるのも邪魔だし、何されるのかわからないしで落ち着かないから」
「だれだよ、そんな馬鹿なことをやっているやつ」
「二年の坂上っていう人」
「あいつか」
 坂上という男は俺の同級生だった。その中でも素行が悪く暴力的なことで有名だった。もし俺などが何か言おうものなら、返り討ちに遭うに違いなかった。
「あれをどうにかするなんて、俺には無理だ」
「そんな」
「ひとつ例外があるとすりゃ、坂上が死ぬか、お前が死ぬかのどっちかだろ。そのぐらいのことがなきゃ、それこそあいつが離れさせたりするのなんて、無理だ」

 この時の一言だ。この時の一言が今に至るも、俺の胸に深い傷となって残っているのである。
 俺はこの時、ほんのたとえとして言ったつもりだった。解決しようのない問題を突きつけられて、半ば投げやりになっていたというのもあって、乱暴なたとえになってしまってもいた。
 しかしその言葉は小夜にとって、絶望的な最終勧告であるとともに、唯一の道であるように思えたのかもしれない。小夜にとって、誰も助けてくれるものはなく、もはや自殺よりほかに道はないと考えたのかもしれない。
 親には相談できなかったのだろう。俺たちの親は、俺たちが面倒ごとをもってやってくると必ず怒った。俺たちがいじめられても、俺たちに原因があるのだから俺たちのほうで何とかするべき、の一点張りが常だった。
 ともかくも、俺がようやく過ちに気が付いたのは小夜が自殺してからだったから何もかも意味はなかった。
 俺は小夜を自殺に導いたのが自分の一言であると信じて疑わない。それだからこそ、小夜がこうして今も眠り続けていることが重荷になってしょうがなかった。そしてそんなことを思う日々が続いて、いつしか心と体がだるくなっていった。
また、このまま小夜が死んだらという恐ろしい想像が頭の中について離れなくなった。小夜が死んだらという恐怖が、俺の心を削り取るようにむしばんでいった。
 ゲームすらやる気が起きない。もう寝よう。そう思って椅子から離れ、ベッドに寝ころんだ。
 明かりを消す。俺は枕に頭を載せた。
「妹さんは助かりませんよ」
 誰かの声がした。俺は驚いて、身を固くした。空耳とは思えない。空耳にしては、やけにはっきりと聞こえた。
「そう警戒なさらなくてもよろしい。私はあなたに呼ばれたからやってきたのですよ」
 俺に誰かを呼んだ覚えなどなかった。俺は声に応えるべきではないと考え、口をつぐんだ。
「私は神です。あなたが今日お参りした神社の神ですよ。私はあなたの願いをかなえに来たのです」
 俺は部屋の明かりをつけた。しかし部屋の中には誰もいない。
「私の姿を探しているのですか。どうせ見えないのですからよした方がいいでしょう。ところであなたの願いは素晴らしい」
 俺は声の聞こえる方向を頼りに音源を探し出そうとした。ところがそれができない。まるで全方向から声が響いてくるようで、方向など探り出せたものではなかったのだ。
「あなたの自殺を促すような一言で妹さんが自殺してしまった。そう思ったあなたはそれを心から悔い改め、また愛する妹が再び起きあがることを祈るために私のもとへ来たのでしょう」
 これは何なのだろうか。幻聴なのだろうか。
「あなたという人は悔い改めることができるから素晴らしい。愛することができるから素晴らしい。ぜひ私にあなたを救わせてください。残念ながらあなたの妹は助かりません。しかしながら私がその運命をあなたとあなたの妹さんのために捻じ曲げて差し上げます。まあ、いきなりこんな話をされても戸惑うばかりでしょうから、いったん話を終わらせて帰ります。それでは失礼します」
 その時、人形が落ちた。ドアの入り口近くにある、端っこの方においてある人形だ。
「そこに、いるのか?」
 俺は誰に言うともなく言った。
 俺はベッドから立ち上がった。そっと人形の置いてあった方へ歩み寄る。手を伸ばした。まだ何も触れない。
 俺は考え直して、人形の上の方へ伸ばしていた手をドアの方へ動かした。手がひどく冷たいものに触れた。
 俺は手を引っ込めた。そしてもう一度、さっきのところに手を伸ばした。しかし今度は冷たくなかった。声も、もう聞こえなくなっていた。
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