境界のクオリア

山碕田鶴

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64.融解

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 ハルヒサ……

 引いては寄せる波が静かに誘う。

 ハル、ヒサ……

「……は……い……」

 ハル……

「は、い……」

 呼ばれる。
 僕の名を呼ぶ声が、波とともに押し寄せて、僕は波に呑まれていく。
 静かに満ちる夜には、僕の名が繰り返し、繰り返し、波音とともにこだまする。
 返事をする息が、続かない。
 息ができないほどに溺れていく。水底に沈みかける僕をつかむ手が、熱い。
 引き上げられても、引き上げられても、瞳を覗かれた瞬間に僕の意識は深い水底に落ちていく。
 どこまでも沈む心地良さが、全てを解放する。
 寄せ返す波で濡れた黒髪に手を伸ばす。つかみ損ねた指が頬を伝いかすかに唇に触れた瞬間、僕の境界が曖昧に溶ける。

 ハルヒサ……

 その声はどこから聞こえるのか。
 あなたが僕の中に広がって、僕は満ちる。

 ハルヒサ……

 僕はあなたになる。

 ハルヒサ……

 僕の中の声が広がる。
   安寧の時が満ちて、今日の僕は明日へとつながる。

 この熱が冷めて、二つの鼓動に戻るまで、僕たちは静寂の水底でおぼろに届く月明に身を任せる。境界のない魂として、ただ夜の音を聴く。
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