65 / 65
65.エピローグ
しおりを挟む
私が中学生の頃、楽器をやっている奴は無条件に格好良く見えた。当人たちはことさら格好良く見せた。
特に晃は、ピアノを習っていてシンセサイザーやギターもできるという万能ぶりだった。体格が良くてどこか威圧的な雰囲気を持つせいか、強さに憧れがちな年頃の誰もが晃に魅了された。
私といえば、彼とは対照的に小柄でおとなしく存在感が薄かった。家にあったギターをずいぶん幼い頃から弾いていたが、お世辞にも格好良くなれないことはわかっていたので絶対に他人に知られまいと決意していた。
しかし、家でこっそりやっていても、狭いマンションなので近所の同級生に容易に気づかれる。
ある日、誰かが晃に言った。
「あのチビシン、ギターやっているんだぜ」
へぇ、と晃は私を睨んだ。あくまでもポーズだ。絶対的王者の余裕か、影の薄いただの同級生に一切の感情は与えなかった。
だが、周りでは驚きの声が上がり、私は皆からやってみろと囃し立てられた。
放課後の公園に呼び出され、野次馬まで来てぐるりと取り囲まれた孤立無援の状態で、私はギターを弾かされた。
もちろん、私が臆することはなかった。
感情過多な私は、持て余す情動をこれまで全て音にして発散してきた。この屈辱的状況に対する怒りも、ギターにぶつけるだけだった。
弾き終わった時の、私をからかっていた野次馬どもや晃の顔は忘れられない。
その日を境に、私は晃の相棒に納まった。晃の激しく荒々しい性格と私の地味な姿はそれこそ光と影であり、切り離せないものになっていった。
別々の高校へ行ってもその後も、極々自然に一緒に活動した。それが当たり前過ぎて、私は二人の関係を過信していた。
音楽性の違い。
その一言で片づけるのは簡単だ。
私たちはどこかの地点から、別の道を進み始めていた。お互いの距離は徐々に広がり、気づけば共にいることが困難になっていた。
だが、良く考えてみればわかる。違いは初めからだ。お互いまっすぐ進み続けてきたのだ。途中で道を変えたつもりはない。
結局、二人が行く先は別々のものだった。出会いは交差でしかなかった。
人生の終わりに長い航路を振り返れば、ひととき並走していただけだと気づくのだろう。
近づくべくして近づき、離れるべくして離れて行く。
出会う前からの宿命。
だからこそ出会えた運命。
互いを尊敬するからこそ、他に選択肢はなかったのだ。
ただひとつの誤算。それは、私の心が晃に近づき過ぎたことだ。
戻ることのない関係に、離れゆく背を見て初めて気づく愚かしさ。
晃は私の心を引きずったまま私から遠ざかる。離れるほどに私自身は引き裂かれ、私を構成する物質は千々と散った。
天の星ほど離れても、なおも存在を感じ続ける苦しみから逃れることは叶わなかった。
渇愛を宿すこの身を呪い続けた。
なぜ私は、ここに在り続けるのか。その答えはどこにもなかった。
それでも、どれだけ傷つこうとも、私は私の思慕の念を笑うことはしたくない。
だからせめて星の友情を。
友情という淡い夢に恋情を溶かし、離れゆく運命を静かに受け入れたい。
この心の痛みを天に捧ぐ。だからどうか、私に星の友情を信じさせて欲しい。
天上の星々のように、互いに離れゆく運命を受け入れながらもなお、等価に引き合う永遠の友情を。
私は長期の活動休止中に、ある時計台の時報曲制作依頼を受けた。
作曲のみで歌詞は必要としなかったが、記念のプレートには私の名に代わり曲名と詞が残された。
「星の友情」
別離の宿命 粛々と
なおも等価に引き合う星々
祈れ 永遠の友情あらんと
私はそうしてようやく、また自分の道を歩き始めた。
これは私の昔話だ。
お前の解釈は間違っている。
だが、お前のその美しい夢物語を私も信じてみたいと思う。
<完>
特に晃は、ピアノを習っていてシンセサイザーやギターもできるという万能ぶりだった。体格が良くてどこか威圧的な雰囲気を持つせいか、強さに憧れがちな年頃の誰もが晃に魅了された。
私といえば、彼とは対照的に小柄でおとなしく存在感が薄かった。家にあったギターをずいぶん幼い頃から弾いていたが、お世辞にも格好良くなれないことはわかっていたので絶対に他人に知られまいと決意していた。
しかし、家でこっそりやっていても、狭いマンションなので近所の同級生に容易に気づかれる。
ある日、誰かが晃に言った。
「あのチビシン、ギターやっているんだぜ」
へぇ、と晃は私を睨んだ。あくまでもポーズだ。絶対的王者の余裕か、影の薄いただの同級生に一切の感情は与えなかった。
だが、周りでは驚きの声が上がり、私は皆からやってみろと囃し立てられた。
放課後の公園に呼び出され、野次馬まで来てぐるりと取り囲まれた孤立無援の状態で、私はギターを弾かされた。
もちろん、私が臆することはなかった。
感情過多な私は、持て余す情動をこれまで全て音にして発散してきた。この屈辱的状況に対する怒りも、ギターにぶつけるだけだった。
弾き終わった時の、私をからかっていた野次馬どもや晃の顔は忘れられない。
その日を境に、私は晃の相棒に納まった。晃の激しく荒々しい性格と私の地味な姿はそれこそ光と影であり、切り離せないものになっていった。
別々の高校へ行ってもその後も、極々自然に一緒に活動した。それが当たり前過ぎて、私は二人の関係を過信していた。
音楽性の違い。
その一言で片づけるのは簡単だ。
私たちはどこかの地点から、別の道を進み始めていた。お互いの距離は徐々に広がり、気づけば共にいることが困難になっていた。
だが、良く考えてみればわかる。違いは初めからだ。お互いまっすぐ進み続けてきたのだ。途中で道を変えたつもりはない。
結局、二人が行く先は別々のものだった。出会いは交差でしかなかった。
人生の終わりに長い航路を振り返れば、ひととき並走していただけだと気づくのだろう。
近づくべくして近づき、離れるべくして離れて行く。
出会う前からの宿命。
だからこそ出会えた運命。
互いを尊敬するからこそ、他に選択肢はなかったのだ。
ただひとつの誤算。それは、私の心が晃に近づき過ぎたことだ。
戻ることのない関係に、離れゆく背を見て初めて気づく愚かしさ。
晃は私の心を引きずったまま私から遠ざかる。離れるほどに私自身は引き裂かれ、私を構成する物質は千々と散った。
天の星ほど離れても、なおも存在を感じ続ける苦しみから逃れることは叶わなかった。
渇愛を宿すこの身を呪い続けた。
なぜ私は、ここに在り続けるのか。その答えはどこにもなかった。
それでも、どれだけ傷つこうとも、私は私の思慕の念を笑うことはしたくない。
だからせめて星の友情を。
友情という淡い夢に恋情を溶かし、離れゆく運命を静かに受け入れたい。
この心の痛みを天に捧ぐ。だからどうか、私に星の友情を信じさせて欲しい。
天上の星々のように、互いに離れゆく運命を受け入れながらもなお、等価に引き合う永遠の友情を。
私は長期の活動休止中に、ある時計台の時報曲制作依頼を受けた。
作曲のみで歌詞は必要としなかったが、記念のプレートには私の名に代わり曲名と詞が残された。
「星の友情」
別離の宿命 粛々と
なおも等価に引き合う星々
祈れ 永遠の友情あらんと
私はそうしてようやく、また自分の道を歩き始めた。
これは私の昔話だ。
お前の解釈は間違っている。
だが、お前のその美しい夢物語を私も信じてみたいと思う。
<完>
1
お気に入りに追加
15
この作品の感想を投稿する
みんなの感想(1件)
あなたにおすすめの小説
すべてはあなたを守るため
高菜あやめ
BL
【天然超絶美形な王太子×妾のフリした護衛】 Y国の次期国王セレスタン王太子殿下の妾になるため、はるばるX国からやってきたロキ。だが妾とは表向きの姿で、その正体はY国政府の依頼で派遣された『雇われ』護衛だ。戴冠式を一か月後に控え、殿下をあらゆる刺客から守りぬかなくてはならない。しかしこの任務、殿下に素性を知られないことが条件で、そのため武器も取り上げられ、丸腰で護衛をするとか無茶な注文をされる。ロキははたして殿下を守りぬけるのか……愛情深い王太子殿下とポンコツ護衛のほのぼの切ないラブコメディです
平凡なSubの俺はスパダリDomに愛されて幸せです
おもち
BL
スパダリDom(いつもの)× 平凡Sub(いつもの)
BDSM要素はほぼ無し。
甘やかすのが好きなDomが好きなので、安定にイチャイチャ溺愛しています。
順次スケベパートも追加していきます
いっぱい命じて〜無自覚SubはヤンキーDomに甘えたい〜
きよひ
BL
無愛想な高一Domヤンキー×Subの自覚がない高三サッカー部員
Normalの諏訪大輝は近頃、謎の体調不良に悩まされていた。
そんな折に出会った金髪の一年生、甘井呂翔。
初めて会った瞬間から甘井呂に惹かれるものがあった諏訪は、Domである彼がPlayする様子を覗き見てしまう。
甘井呂に優しく支配されるSubに自分を重ねて胸を熱くしたことに戸惑う諏訪だが……。
第二性に振り回されながらも、互いだけを求め合うようになる青春の物語。
※現代ベースのDom/Subユニバースの世界観(独自解釈・オリジナル要素あり)
※不良の喧嘩描写、イジメ描写有り
初日は5話更新、翌日からは2話ずつ更新の予定です。
学院のモブ役だったはずの青年溺愛物語
紅林
BL
『桜田門学院高等学校』
日本中の超金持ちの子息子女が通うこの学校は東京都内に位置する野球ドーム五個分の土地が学院としてなる巨大学園だ
しかし生徒数は300人程の少人数の学院だ
そんな学院でモブとして役割を果たすはずだった青年の物語である
病気になって芸能界から消えたアイドル。退院し、復学先の高校には昔の仕事仲間が居たけれど、彼女は俺だと気付かない
月島日向
ライト文芸
俺、日生遼、本名、竹中祐は2年前に病に倒れた。
人気絶頂だった『Cherry’s』のリーダーをやめた。
2年間の闘病生活に一区切りし、久しぶりに高校に通うことになった。けど、誰も俺の事を元アイドルだとは思わない。薬で細くなった手足。そんな細身の体にアンバランスなムーンフェイス(薬の副作用で顔だけが大きくなる事)
。
誰も俺に気付いてはくれない。そう。
2年間、連絡をくれ続け、俺が無視してきた彼女さえも。
もう、全部どうでもよく感じた。
家事代行サービスにdomの溺愛は必要ありません!
灯璃
BL
家事代行サービスで働く鏑木(かぶらぎ) 慧(けい)はある日、高級マンションの一室に仕事に向かった。だが、住人の男性は入る事すら拒否し、何故かなかなか中に入れてくれない。
何度かの押し問答の後、なんとか慧は中に入れてもらえる事になった。だが、男性からは冷たくオレの部屋には入るなと言われてしまう。
仕方ないと気にせず仕事をし、気が重いまま次の日も訪れると、昨日とは打って変わって男性、秋水(しゅうすい) 龍士郎(りゅうしろう)は慧の料理を褒めた。
思ったより悪い人ではないのかもと慧が思った時、彼がdom、支配する側の人間だという事に気づいてしまう。subである慧は彼と一定の距離を置こうとするがーー。
みたいな、ゆるいdom/subユニバース。ふんわり過ぎてdom/subユニバースにする必要あったのかとか疑問に思ってはいけない。
※完結しました!ありがとうございました!
フローブルー
とぎクロム
BL
——好きだなんて、一生、言えないままだと思ってたから…。
高二の夏。ある出来事をきっかけに、フェロモン発達障害と診断された雨笠 紺(あまがさ こん)は、自分には一生、パートナーも、子供も望めないのだと絶望するも、その後も前向きであろうと、日々を重ね、無事大学を出て、就職を果たす。ところが、そんな新社会人になった紺の前に、高校の同級生、日浦 竜慈(ひうら りゅうじ)が現れ、紺に自分の息子、青磁(せいじ)を預け(押し付け)ていく。——これは、始まり。ひとりと、ひとりの人間が、ゆっくりと、激しく、家族になっていくための…。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる
本作については削除予定があるため、新規のレンタルはできません。
このユーザをミュートしますか?
※ミュートすると該当ユーザの「小説・投稿漫画・感想・コメント」が非表示になります。ミュートしたことは相手にはわかりません。またいつでもミュート解除できます。
※一部ミュート対象外の箇所がございます。ミュートの対象範囲についての詳細はヘルプにてご確認ください。
※ミュートしてもお気に入りやしおりは解除されません。既にお気に入りやしおりを使用している場合はすべて解除してからミュートを行うようにしてください。
登場人物の個性と性格がひとり残らず丁寧に描かれ、その人々の心の動きも繊細に描かれていて、素晴らしい長編だと思いました。
むめ様、最後までお読みいただきありがとうございました。初の長編作品に触れていただき温かい感想までお寄せ下さり、とても幸せです。
ご感想を心の支えにさせていただきます。