境界のクオリア

山碕田鶴

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65.エピローグ

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 私が中学生の頃、楽器をやっている奴は無条件に格好良く見えた。当人たちはことさら格好良く見せた。
 特にあきらは、ピアノを習っていてシンセサイザーやギターもできるという万能ぶりだった。体格が良くてどこか威圧的な雰囲気を持つせいか、強さに憧れがちな年頃の誰もが晃に魅了された。
 私といえば、彼とは対照的に小柄でおとなしく存在感が薄かった。家にあったギターをずいぶん幼い頃から弾いていたが、お世辞にも格好良くなれないことはわかっていたので絶対に他人に知られまいと決意していた。
 しかし、家でこっそりやっていても、狭いマンションなので近所の同級生に容易に気づかれる。
 ある日、誰かが晃に言った。
「あのチビシン、ギターやっているんだぜ」
 へぇ、と晃は私をにらんだ。あくまでもポーズだ。絶対的王者の余裕か、影の薄いただの同級生に一切の感情は与えなかった。
 だが、周りでは驚きの声が上がり、私は皆からやってみろと囃し立てられた。
 放課後の公園に呼び出され、野次馬まで来てぐるりと取り囲まれた孤立無援の状態で、私はギターを弾かされた。
 もちろん、私が臆することはなかった。
   感情過多な私は、持て余す情動をこれまで全て音にして発散してきた。この屈辱的状況に対する怒りも、ギターにぶつけるだけだった。
 弾き終わった時の、私をからかっていた野次馬どもや晃の顔は忘れられない。
 その日を境に、私は晃の相棒に納まった。晃の激しく荒々しい性格と私の地味な姿はそれこそ光と影であり、切り離せないものになっていった。
 別々の高校へ行ってもその後も、極々自然に一緒に活動した。それが当たり前過ぎて、私は二人の関係を過信していた。
 音楽性の違い。
 その一言で片づけるのは簡単だ。
 私たちはどこかの地点から、別の道を進み始めていた。お互いの距離は徐々に広がり、気づけば共にいることが困難になっていた。
 だが、良く考えてみればわかる。違いは初めからだ。お互いまっすぐ進み続けてきたのだ。途中で道を変えたつもりはない。
 結局、二人が行く先は別々のものだった。出会いは交差でしかなかった。
 人生の終わりに長い航路を振り返れば、ひととき並走していただけだと気づくのだろう。
 近づくべくして近づき、離れるべくして離れて行く。
 出会う前からの宿命。
 だからこそ出会えた運命。
 互いを尊敬するからこそ、他に選択肢はなかったのだ。
 ただひとつの誤算。それは、私の心が晃に近づき過ぎたことだ。
 戻ることのない関係に、離れゆく背を見て初めて気づく愚かしさ。
 晃は私の心を引きずったまま私から遠ざかる。離れるほどに私自身は引き裂かれ、私を構成する物質は千々と散った。
 天の星ほど離れても、なおも存在を感じ続ける苦しみから逃れることは叶わなかった。
 渇愛を宿すこの身を呪い続けた。
 なぜ私は、ここに在り続けるのか。その答えはどこにもなかった。
 それでも、どれだけ傷つこうとも、私は私の思慕の念を笑うことはしたくない。
 だからせめて星の友情を。
 友情という淡い夢に恋情を溶かし、離れゆく運命を静かに受け入れたい。
 この心の痛みを天に捧ぐ。だからどうか、私に星の友情を信じさせて欲しい。
 天上の星々のように、互いに離れゆく運命を受け入れながらもなお、等価に引き合う永遠の友情を。



 私は長期の活動休止中に、ある時計台の時報曲制作依頼を受けた。
 作曲のみで歌詞は必要としなかったが、記念のプレートには私の名に代わり曲名と詞が残された。

   「星の友情」
          別離の宿命   粛々と
          なおも等価に引き合う星々
          祈れ   永遠とわの友情あらんと

 私はそうしてようやく、また自分の道を歩き始めた。



 これは私の昔話だ。
 お前の解釈は間違っている。
 だが、お前のその美しい夢物語を私も信じてみたいと思う。


 <完>
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みんなの感想(1件)

むめ
2024.01.24 むめ

登場人物の個性と性格がひとり残らず丁寧に描かれ、その人々の心の動きも繊細に描かれていて、素晴らしい長編だと思いました。

山碕田鶴
2024.01.24 山碕田鶴

むめ様、最後までお読みいただきありがとうございました。初の長編作品に触れていただき温かい感想までお寄せ下さり、とても幸せです。
ご感想を心の支えにさせていただきます。

解除

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