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58.合縁 九
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「お客君、今日はありがとう。俺たち高校の頃からササイ話ばっかりだなー」
「いやいや、テンション上がるよねー」
酒も入っていないのに、皆陽気だった。晴久は、こうして自分が一緒にいられることが嬉しかった。
「あの、今日は本当にありがとうございました。トオルさん、ワタルさん」
並んで目の前に立つツインズに、晴久は一人ずつお辞儀をした。
「ひゃっ」
変な声で驚いたのは憲次郎だった。見ればツインズも戸惑った様子で晴久を見ている。
「お客君、なんでどうやって二人を見分けたの? 今日は難しいよ?」
「今日は?」
「ははは。ごめんね。二人一緒が俺らのウリだから見た目はいつも同じなんだけれど、今日はお客君と初対面だから、動きもシンクロ率上げてみたんだよ。ビックリしないかなー、なんて」
「ツインズ、修行が足りないわよ!」
「ええーっ? 明美さんは見分けるのも面倒で、いっつもまとめてツインズじゃないですかっ」
「それで用が足りるからよ!」
晴久は特に意識したわけではない。本当に何となく、細かな差異を集めて見分けていただけだ。
わずかな表情の変化を見逃さない。一瞬の感情の変化を感じ取る。子どもの頃からの癖であり習慣だ。
「お客君、それはもう特技だね。人の顔色をうかがうって言うと言い方が悪くなるけれど、よくよく人を観察しているんだね。まあ性分で無意識なのかもしれないけれど、でも疲れるっしょ? 俺らには気を使わなくていいんだからね。いや、使っちゃダメだよ?」
憲次郎は人懐こい笑顔で晴久の肩をポンポン叩いた。やはり、触れる前に一呼吸ある。
何も言わないが、憲次郎は晴久の緊張に気づいているのだろう。
「特技……」
「それよ! お客君の宴会芸!」
「なんすか、それ」
「お客君、特別な技が欲しいって言っていたから。ほら、アタシは一回聴いた曲を歌えるし、ケンちゃんは人の顔をすぐ覚えるし、ツインズは分身できるし」
「元々二人ですって!」
みんなでくだらないことを言い合って笑う。気をつかうことなく、他愛もない会話が続いていく。一緒にいるのが当たり前で、自分がいる理由を考えなくていい。
明美たちの関係は、晴久にとって全てが初めてて全てが眩しい。
晴久は、柔らかい陽射しの中でふわふわと漂っているようだった。
「君も今日から『ササイ連合』だね」
ワタルが晴久に笑いかけた。
「僕も? でも僕、音楽は全然……」
「ササイつながりだからいいんだよ」
トオルと憲次郎はうなずいた。明美は肩をすくめて目だけ笑っていた。
明美たちは晴久をお客君と呼ぶ。普通に友達のように接してくれるが、晴久の名前も素性も訊かない。
晴久が近づける距離感で、自然に受け入れてくれている。
僕はこの人たちと一緒にいると楽しい。構えることなく話ができる気がする。
ササイつながり。不思議な縁だとつくづく思った。
人通りの少なくなったアーケード街に出て五人で駅方面に歩いていると、賑やかな男女のグループとすれ違った。何人かが振り返る。
「あれ? 広瀬さん? うっそー」
「ほんと、広瀬君だ」
突然名前を呼ばれ、知った顔を見て晴久は驚いた。
足を止めなければよかった。
川島たちだ。落合もいる。退勤後によく社交辞令で晴久に声をかけてくれる職員たちが、一同に晴久を見ていた。
職場以外で会うことなど晴久は想像もしなかった。向こうも驚いている。
こんな時はどうすればいいのだろう。緊張して鼓動が速まる。
すっと横から手が伸びて、晴久は自然に明美に抱き寄せられた。
「なあに? 知り合い?」
明美が晴久の耳元で訊いてくる。はたから見れば戯れにしか見えないだろう。
「え……と、職場の人たちです」
「ふうん」
明美は川島たちに挑発的な視線を送りながら、晴久の髪に指を絡ませた。
「いやいや、テンション上がるよねー」
酒も入っていないのに、皆陽気だった。晴久は、こうして自分が一緒にいられることが嬉しかった。
「あの、今日は本当にありがとうございました。トオルさん、ワタルさん」
並んで目の前に立つツインズに、晴久は一人ずつお辞儀をした。
「ひゃっ」
変な声で驚いたのは憲次郎だった。見ればツインズも戸惑った様子で晴久を見ている。
「お客君、なんでどうやって二人を見分けたの? 今日は難しいよ?」
「今日は?」
「ははは。ごめんね。二人一緒が俺らのウリだから見た目はいつも同じなんだけれど、今日はお客君と初対面だから、動きもシンクロ率上げてみたんだよ。ビックリしないかなー、なんて」
「ツインズ、修行が足りないわよ!」
「ええーっ? 明美さんは見分けるのも面倒で、いっつもまとめてツインズじゃないですかっ」
「それで用が足りるからよ!」
晴久は特に意識したわけではない。本当に何となく、細かな差異を集めて見分けていただけだ。
わずかな表情の変化を見逃さない。一瞬の感情の変化を感じ取る。子どもの頃からの癖であり習慣だ。
「お客君、それはもう特技だね。人の顔色をうかがうって言うと言い方が悪くなるけれど、よくよく人を観察しているんだね。まあ性分で無意識なのかもしれないけれど、でも疲れるっしょ? 俺らには気を使わなくていいんだからね。いや、使っちゃダメだよ?」
憲次郎は人懐こい笑顔で晴久の肩をポンポン叩いた。やはり、触れる前に一呼吸ある。
何も言わないが、憲次郎は晴久の緊張に気づいているのだろう。
「特技……」
「それよ! お客君の宴会芸!」
「なんすか、それ」
「お客君、特別な技が欲しいって言っていたから。ほら、アタシは一回聴いた曲を歌えるし、ケンちゃんは人の顔をすぐ覚えるし、ツインズは分身できるし」
「元々二人ですって!」
みんなでくだらないことを言い合って笑う。気をつかうことなく、他愛もない会話が続いていく。一緒にいるのが当たり前で、自分がいる理由を考えなくていい。
明美たちの関係は、晴久にとって全てが初めてて全てが眩しい。
晴久は、柔らかい陽射しの中でふわふわと漂っているようだった。
「君も今日から『ササイ連合』だね」
ワタルが晴久に笑いかけた。
「僕も? でも僕、音楽は全然……」
「ササイつながりだからいいんだよ」
トオルと憲次郎はうなずいた。明美は肩をすくめて目だけ笑っていた。
明美たちは晴久をお客君と呼ぶ。普通に友達のように接してくれるが、晴久の名前も素性も訊かない。
晴久が近づける距離感で、自然に受け入れてくれている。
僕はこの人たちと一緒にいると楽しい。構えることなく話ができる気がする。
ササイつながり。不思議な縁だとつくづく思った。
人通りの少なくなったアーケード街に出て五人で駅方面に歩いていると、賑やかな男女のグループとすれ違った。何人かが振り返る。
「あれ? 広瀬さん? うっそー」
「ほんと、広瀬君だ」
突然名前を呼ばれ、知った顔を見て晴久は驚いた。
足を止めなければよかった。
川島たちだ。落合もいる。退勤後によく社交辞令で晴久に声をかけてくれる職員たちが、一同に晴久を見ていた。
職場以外で会うことなど晴久は想像もしなかった。向こうも驚いている。
こんな時はどうすればいいのだろう。緊張して鼓動が速まる。
すっと横から手が伸びて、晴久は自然に明美に抱き寄せられた。
「なあに? 知り合い?」
明美が晴久の耳元で訊いてくる。はたから見れば戯れにしか見えないだろう。
「え……と、職場の人たちです」
「ふうん」
明美は川島たちに挑発的な視線を送りながら、晴久の髪に指を絡ませた。
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