56 / 65
56.合縁 七
しおりを挟む
「とにかく、文化祭の日が俺たちのデビューだったわけ。曲は全部、ササイさんが昔やっていたバンドから選んでさ」
「明美さんは、曲も全然知らなかったんですよね?」
「一回聴けば歌えるって、前に言ったでしょ。三曲なんて楽勝よ」
「そう、明美さんスゲーの。本当に一回で覚えて、でもその後の練習量がハンパなくて。練習中に俺たちの音がずれると、歌いながら違うって叫ぶし。作曲者本人が明美さんにキー合わせてアレンジして、直接教えてくれて、もう今考えたらあそこで俺たち一生分の幸運を使い果たしたね」
「明美さんはしょっちゅうライブで歌っていたし身バレもないから平然としていたけれど、俺たちは一年生だし、舞台の上なんて慣れていないし人前で演奏なんて初めてだし……もうガッチガチなの。まあ、舞台袖で控えていたササイさんも明美さんも想定していたらしくて、弾けなくなったらリズムだけ合わせてなんか音出しとけって」
「ホント音出すので精一杯だったね。ドラムのワタルがきっちりリズムキープしたお陰で総崩れはしなかったし、明美さんの歌の迫力で観られるステージではあったんだけど。アンバランスなせいでさ、やっぱ客が段々と、なぜ女装? 誰? とか考え始めちゃって、集中してもらえなくなってきて……」
「ラスト曲入る前に、ササイさんが袖からバツ印出して、演奏はやめておけって」
「俺たち明美さんに申し訳なくてさ。でも、明美さん笑ってるの。俺たちに手をヒラヒラさせて出ていけって。最後、アカペラで歌う気でさ」
「あれは、あんたたちが限界だったからよ。ド素人がよくニ曲も演奏しきったわよね。受験エリートの集中力恐るべしだわ」
明美は楽しそうに笑った。
「だけど、明美さんが次でラストですって言って、俺たちが袖に引っ込もうとしたらさ。……ササイさんがギター持っていたの」
「俺たちは急いで明美さんに合図して、ラストの曲は舞台袖のササイさんのギターで始まったんだ」
「当然なんだけどさ、ササイさんが弾き始めたら、体育館の空気が変わるわけよ。あれ、わざとイントロ長めに入れて露払いしていたよな。雑音が消えて、後は明美さんの歌だけになっていた。俺たちも生演奏なんて初めてで、しかも目の前でさあ。ただただ圧倒されて」
「明美さんは勝ったんだ。……なんかわかんないけどそう思った」
晴久は明美を見ながら、晴久に膝枕をして歌詞のない曲を歌う明美を思い出していた。
「歌が終わったら、音が消えたんだよ。体育館の音がないの。ホントにシーンってやつ」
「明美さんも終わったらすぐ袖に消えてさ。控えの奥でササイさんに抱きついて泣いていた。映画のワンシーンかってくらい絵になっててかっこよくてさあ、もうトラウマレベル」
「トラウマって何よ。失礼ね」
「だって、当時高校一年生の多感な少年ですよ? 二こ上ってもう大人にしか見えない頃でしょ? それで美男美女のあんなシーン見たら、もうドラマも映画も何観ても全然面白くないの。女優もアイドルもかわいくなくて、俺どうしようって本気で悩んだんですよ?」
「うひょひょひょ。もっと早く言ってよー。ワタル君、散々俺を笑い者にしてきたくせにー」
憲次郎がテーブルの下でワタルの足を蹴っているらしい。ガタガタ音がする。
ワタルはすかさず反撃する。
「お客君知ってる? ケンさあ、アキさんにベタ惚れでさ。大学の学園祭のステージで自分の高校の先輩だと知った衝撃をずーっと引きずっていたわけよ。もう、かわいそうなくらい笑えるの。ギャハハハ」
憲次郎には、こうして隣で笑ってくれる人がいる。晴久は、それがとても嬉しかった。
晴久自身、石崎の正体を知ってショックだった時に明美に笑われて、何か救われた気がした。そういう経験をして、そういう気持ちを知って、こうして今、何となく共感している。
全て、石崎との出会いで知った感情だ。
「明美さんは、曲も全然知らなかったんですよね?」
「一回聴けば歌えるって、前に言ったでしょ。三曲なんて楽勝よ」
「そう、明美さんスゲーの。本当に一回で覚えて、でもその後の練習量がハンパなくて。練習中に俺たちの音がずれると、歌いながら違うって叫ぶし。作曲者本人が明美さんにキー合わせてアレンジして、直接教えてくれて、もう今考えたらあそこで俺たち一生分の幸運を使い果たしたね」
「明美さんはしょっちゅうライブで歌っていたし身バレもないから平然としていたけれど、俺たちは一年生だし、舞台の上なんて慣れていないし人前で演奏なんて初めてだし……もうガッチガチなの。まあ、舞台袖で控えていたササイさんも明美さんも想定していたらしくて、弾けなくなったらリズムだけ合わせてなんか音出しとけって」
「ホント音出すので精一杯だったね。ドラムのワタルがきっちりリズムキープしたお陰で総崩れはしなかったし、明美さんの歌の迫力で観られるステージではあったんだけど。アンバランスなせいでさ、やっぱ客が段々と、なぜ女装? 誰? とか考え始めちゃって、集中してもらえなくなってきて……」
「ラスト曲入る前に、ササイさんが袖からバツ印出して、演奏はやめておけって」
「俺たち明美さんに申し訳なくてさ。でも、明美さん笑ってるの。俺たちに手をヒラヒラさせて出ていけって。最後、アカペラで歌う気でさ」
「あれは、あんたたちが限界だったからよ。ド素人がよくニ曲も演奏しきったわよね。受験エリートの集中力恐るべしだわ」
明美は楽しそうに笑った。
「だけど、明美さんが次でラストですって言って、俺たちが袖に引っ込もうとしたらさ。……ササイさんがギター持っていたの」
「俺たちは急いで明美さんに合図して、ラストの曲は舞台袖のササイさんのギターで始まったんだ」
「当然なんだけどさ、ササイさんが弾き始めたら、体育館の空気が変わるわけよ。あれ、わざとイントロ長めに入れて露払いしていたよな。雑音が消えて、後は明美さんの歌だけになっていた。俺たちも生演奏なんて初めてで、しかも目の前でさあ。ただただ圧倒されて」
「明美さんは勝ったんだ。……なんかわかんないけどそう思った」
晴久は明美を見ながら、晴久に膝枕をして歌詞のない曲を歌う明美を思い出していた。
「歌が終わったら、音が消えたんだよ。体育館の音がないの。ホントにシーンってやつ」
「明美さんも終わったらすぐ袖に消えてさ。控えの奥でササイさんに抱きついて泣いていた。映画のワンシーンかってくらい絵になっててかっこよくてさあ、もうトラウマレベル」
「トラウマって何よ。失礼ね」
「だって、当時高校一年生の多感な少年ですよ? 二こ上ってもう大人にしか見えない頃でしょ? それで美男美女のあんなシーン見たら、もうドラマも映画も何観ても全然面白くないの。女優もアイドルもかわいくなくて、俺どうしようって本気で悩んだんですよ?」
「うひょひょひょ。もっと早く言ってよー。ワタル君、散々俺を笑い者にしてきたくせにー」
憲次郎がテーブルの下でワタルの足を蹴っているらしい。ガタガタ音がする。
ワタルはすかさず反撃する。
「お客君知ってる? ケンさあ、アキさんにベタ惚れでさ。大学の学園祭のステージで自分の高校の先輩だと知った衝撃をずーっと引きずっていたわけよ。もう、かわいそうなくらい笑えるの。ギャハハハ」
憲次郎には、こうして隣で笑ってくれる人がいる。晴久は、それがとても嬉しかった。
晴久自身、石崎の正体を知ってショックだった時に明美に笑われて、何か救われた気がした。そういう経験をして、そういう気持ちを知って、こうして今、何となく共感している。
全て、石崎との出会いで知った感情だ。
1
お気に入りに追加
15
あなたにおすすめの小説
馬鹿な先輩と後輩くん
ぽぽ
BL
美形新人×平凡上司
新人の教育係を任された主人公。しかし彼は自分が教える事も必要が無いほど完璧だった。だけど愛想は悪い。一方、主人公は愛想は良いがミスばかりをする。そんな凸凹な二人の話。
━━━━━━━━━━━━━━━
作者は飲み会を経験した事ないので誤った物を書いているかもしれませんがご了承ください。
本来は二次創作にて登場させたモブでしたが余りにもタイプだったのでモブルートを書いた所ただの創作BLになってました。
キミの次に愛してる
Motoki
BL
社会人×高校生。
たった1人の家族である姉の由美を亡くした浩次は、姉の結婚相手、裕文と同居を続けている。
裕文の世話になり続ける事に遠慮する浩次は、大学受験を諦めて就職しようとするが……。
姉への愛と義兄への想いに悩む、ちょっぴり切ないほのぼのBL。
僕を拾ってくれたのはイケメン社長さんでした
なの
BL
社長になって1年、父の葬儀でその少年に出会った。
「あんたのせいよ。あんたさえいなかったら、あの人は死なずに済んだのに…」
高校にも通わせてもらえず、実母の恋人にいいように身体を弄ばれていたことを知った。
そんな理不尽なことがあっていいのか、人は誰でも幸せになる権利があるのに…
その少年は昔、誰よりも可愛がってた犬に似ていた。
ついその犬を思い出してしまい、その少年を幸せにしたいと思うようになった。
かわいそうな人生を送ってきた少年とイケメン社長が出会い、恋に落ちるまで…
ハッピーエンドです。
R18の場面には※をつけます。
桜吹雪と泡沫の君
叶けい
BL
4月から新社会人として働き始めた名木透人は、高校時代から付き合っている年上の高校教師、宮城慶一と同棲して5年目。すっかりお互いが空気の様な存在で、恋人同士としてのときめきはなくなっていた。
慣れない会社勤めでてんてこ舞いになっている透人に、会社の先輩・渡辺裕斗が合コン参加を持ちかける。断り切れず合コンに出席した透人。そこで知り合った、桜色の髪の青年・桃瀬朔也と運命的な恋に落ちる。
だが朔也は、心臓に重い病気を抱えていた。
塾の先生を舐めてはいけません(性的な意味で)
ベータヴィレッジ 現実沈殿村落
BL
個別指導塾で講師のアルバイトを始めたが、妙にスキンシップ多めで懐いてくる生徒がいた。
そしてやがてその生徒の行為はエスカレートし、ついに一線を超えてくる――。
目覚ましに先輩の声を使ってたらバレた話
ベータヴィレッジ 現実沈殿村落
BL
サッカー部の先輩・ハヤトの声が密かに大好きなミノル。
彼を誘い家に泊まってもらった翌朝、目覚ましが鳴った。
……あ。
音声アラームを先輩の声にしているのがバレた。
しかもボイスレコーダーでこっそり録音していたことも白状することに。
やばい、どうしよう。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる