55 / 65
55.合縁 六
しおりを挟む
「俺たちはササイさんとその知人さんたちと楽しくお茶を飲んでさ、ステージの方は何となく幕引きになってさ。めでたしめでたし、のはずだったんだけれど……」
「なーんか大学生が逆恨みしてて。明美さんの学生証はチラ見せだったから本名とかはバレなかったらしいけど、その後で『アキはケンリツの女子学生だ』って言って回ってさ。あ、アキは当時の明美さんのリングネーム」
「ステージネームよ!」
「あの……ケンリツ……ですか」
「うん。明美さん、俺たちの二こ上だったの」
ケンリツは男子校で、同名の市立高校と区別するためにそう呼ばれている、高校受験の頂点だ。
「明美さん、小中は私立でそのまんま大学までエスカレーターだったのに。かなりのぼんぼん……お嬢様らしくてさ、空手とか習っていたり、なんかすごいんだよ」
「それで戦っちゃダメだよなあ。うひゃひゃひゃ」
憲次郎は嬉しそうだ。
「で、ライブハウスで他のバンドと組みにくくなって。俺たちはド素人だし、噂は校内にも広がるし」
「ササイさんも気にしてくれたんだけど……。実力で黙らせろ、みたいな超精神論者だったのよ。で、明美さんはもう根っからの武闘派だからさー」
「高校の文化祭で歌うって言い出してさ。俺たちまだ本当に初心者で、人前でやれるレベルじゃないのに、とにかく音出せって」
「俺は、明美さんがどの姿で出るのかが一番心配だったんすけどね。男子校でスカート姿じゃ、ネタかガチかってなるじゃないすか。身バレしたらライブハウスの方でも噂になるだろうし。でも明美さん覚悟決めてて……っつうか、歌で黙らせてやるって殺気立ってたね」
「ササイさん、ソロで復活したばかりで暇だったのかなあ。バンドを解散した後に東京からこっちへ引っ越して来ててさ。俺たち、ササイさんとか知り合いのプロとかに直接教えてもらっちゃったの。もう、受験勉強より頑張ったよ。文化祭当日も準備とか全部やってくれて。明美さんのメイクまで人連れて来てさあ。元々美少女だったけど、やっぱプロがやるともう芸能人でさー」
はあ、と三人から溜息が漏れた。
「いい一日だったね」
「ホント。あんな面白かったことないから」
「ササイさんと明美さんと、俺たちと。接点ゼロだったはずが、いきなり集まってて。不思議だよなあ。それで今、お客君がいて」
「僕、ですか?」
「そう。君は、この話を聞く運命だった。ねえ?」
「ホントそう。だって、ササイさんがたまたまライブハウスに連れて来てケンたちと会ったのでしょう? 明美さんのことも全部知っていて仲良しだし」
「さすがに中学生の頃の君と会っても、友達にはなっていないだろうしね。でも、どこかですれ違っていたかもね」
「……『運命前夜』。ササイさんの曲にあったわね」
「あった! スゲー泣けるやつ。あの人、あれでロマンチックなんだよー。ああ、作品の話ね。口に出せないくらい恥ずかしいことがたまにさらっと歌に入っていたりする。あくまで作品の話。小難しい表現で隠しているけれど、この人はどれだけ情が深いのって思う。作品に限った話」
「そうそう。しかも、『出会うまでの時間こそが運命』とか『明日に生まれる君を祝う』とか、普通にアリかなっていう歌詞も、曲つきでこの人が歌うと特別に泣けるの。まさにササイマジック」
「ササイマジック?」
「曲を聴いたらわかるよ。言葉で伝わりきらない心がバンバン届くの。まあ、それが音楽なんだろうけれど。テレパシーみたいな感じ? ササイさんの心とか波長に侵食される。たぶん伝わる感性の人がファンやっているから、コアファンしかいない。だから、そこまで有名でもないんだよね」
「憲次郎さんたちは、運命って信じているんですか?」
晴久は訊いた。会話の中に度々出てくる運命という言葉が気になった。
「俺、別に信じるってほどじゃないんだけど、あるかなとは思う。なにせ、ササイさんたちとそういう出会い方をしたからさ。一番信じているのはササイさんなんじゃないの?」
「石崎さん?」
「そうそう。バンド仲間とは運命の出会いだとか昔インタビューで答えていたよね」
「インタビュー⁉︎」
「ああ、音楽系の雑誌。いろんなアーティストを特集するから、ちょいマイナーでも出たりするんだよ」
「俺、まだ大事にとってあるから、今度ササイさんに内緒で見せてあげるよ」
「俺も見たい! 次は雑誌会だな」
憲次郎たちは、高校生に戻ったようにはしゃいでいた。
石崎さんが運命を信じる人?
僕が話した運命の出会いには夢も希望もないダメ出しを散々したのに?
晴久は全く腑に落ちなかった。
「なーんか大学生が逆恨みしてて。明美さんの学生証はチラ見せだったから本名とかはバレなかったらしいけど、その後で『アキはケンリツの女子学生だ』って言って回ってさ。あ、アキは当時の明美さんのリングネーム」
「ステージネームよ!」
「あの……ケンリツ……ですか」
「うん。明美さん、俺たちの二こ上だったの」
ケンリツは男子校で、同名の市立高校と区別するためにそう呼ばれている、高校受験の頂点だ。
「明美さん、小中は私立でそのまんま大学までエスカレーターだったのに。かなりのぼんぼん……お嬢様らしくてさ、空手とか習っていたり、なんかすごいんだよ」
「それで戦っちゃダメだよなあ。うひゃひゃひゃ」
憲次郎は嬉しそうだ。
「で、ライブハウスで他のバンドと組みにくくなって。俺たちはド素人だし、噂は校内にも広がるし」
「ササイさんも気にしてくれたんだけど……。実力で黙らせろ、みたいな超精神論者だったのよ。で、明美さんはもう根っからの武闘派だからさー」
「高校の文化祭で歌うって言い出してさ。俺たちまだ本当に初心者で、人前でやれるレベルじゃないのに、とにかく音出せって」
「俺は、明美さんがどの姿で出るのかが一番心配だったんすけどね。男子校でスカート姿じゃ、ネタかガチかってなるじゃないすか。身バレしたらライブハウスの方でも噂になるだろうし。でも明美さん覚悟決めてて……っつうか、歌で黙らせてやるって殺気立ってたね」
「ササイさん、ソロで復活したばかりで暇だったのかなあ。バンドを解散した後に東京からこっちへ引っ越して来ててさ。俺たち、ササイさんとか知り合いのプロとかに直接教えてもらっちゃったの。もう、受験勉強より頑張ったよ。文化祭当日も準備とか全部やってくれて。明美さんのメイクまで人連れて来てさあ。元々美少女だったけど、やっぱプロがやるともう芸能人でさー」
はあ、と三人から溜息が漏れた。
「いい一日だったね」
「ホント。あんな面白かったことないから」
「ササイさんと明美さんと、俺たちと。接点ゼロだったはずが、いきなり集まってて。不思議だよなあ。それで今、お客君がいて」
「僕、ですか?」
「そう。君は、この話を聞く運命だった。ねえ?」
「ホントそう。だって、ササイさんがたまたまライブハウスに連れて来てケンたちと会ったのでしょう? 明美さんのことも全部知っていて仲良しだし」
「さすがに中学生の頃の君と会っても、友達にはなっていないだろうしね。でも、どこかですれ違っていたかもね」
「……『運命前夜』。ササイさんの曲にあったわね」
「あった! スゲー泣けるやつ。あの人、あれでロマンチックなんだよー。ああ、作品の話ね。口に出せないくらい恥ずかしいことがたまにさらっと歌に入っていたりする。あくまで作品の話。小難しい表現で隠しているけれど、この人はどれだけ情が深いのって思う。作品に限った話」
「そうそう。しかも、『出会うまでの時間こそが運命』とか『明日に生まれる君を祝う』とか、普通にアリかなっていう歌詞も、曲つきでこの人が歌うと特別に泣けるの。まさにササイマジック」
「ササイマジック?」
「曲を聴いたらわかるよ。言葉で伝わりきらない心がバンバン届くの。まあ、それが音楽なんだろうけれど。テレパシーみたいな感じ? ササイさんの心とか波長に侵食される。たぶん伝わる感性の人がファンやっているから、コアファンしかいない。だから、そこまで有名でもないんだよね」
「憲次郎さんたちは、運命って信じているんですか?」
晴久は訊いた。会話の中に度々出てくる運命という言葉が気になった。
「俺、別に信じるってほどじゃないんだけど、あるかなとは思う。なにせ、ササイさんたちとそういう出会い方をしたからさ。一番信じているのはササイさんなんじゃないの?」
「石崎さん?」
「そうそう。バンド仲間とは運命の出会いだとか昔インタビューで答えていたよね」
「インタビュー⁉︎」
「ああ、音楽系の雑誌。いろんなアーティストを特集するから、ちょいマイナーでも出たりするんだよ」
「俺、まだ大事にとってあるから、今度ササイさんに内緒で見せてあげるよ」
「俺も見たい! 次は雑誌会だな」
憲次郎たちは、高校生に戻ったようにはしゃいでいた。
石崎さんが運命を信じる人?
僕が話した運命の出会いには夢も希望もないダメ出しを散々したのに?
晴久は全く腑に落ちなかった。
1
お気に入りに追加
15
あなたにおすすめの小説

ママと中学生の僕
キムラエス
大衆娯楽
「ママと僕」は、中学生編、高校生編、大学生編の3部作で、本編は中学生編になります。ママは子供の時に両親を事故で亡くしており、結婚後に夫を病気で失い、身内として残された僕に精神的に依存をするようになる。幼少期の「僕」はそのママの依存が嬉しく、素敵なママに甘える閉鎖的な生活を当たり前のことと考える。成長し、性に目覚め始めた中学生の「僕」は自分の性もママとの日常の中で処理すべきものと疑わず、ママも戸惑いながらもママに甘える「僕」に満足する。ママも僕もそうした行為が少なからず社会規範に反していることは理解しているが、ママとの甘美な繋がりは解消できずに戸惑いながらも続く「ママと中学生の僕」の営みを描いてみました。
サンタクロースが寝ている間にやってくる、本当の理由
フルーツパフェ
大衆娯楽
クリスマスイブの聖夜、子供達が寝静まった頃。
トナカイに牽かせたそりと共に、サンタクロースは町中の子供達の家を訪れる。
いかなる家庭の子供も平等に、そしてプレゼントを無償で渡すこの老人はしかしなぜ、子供達が寝静まった頃に現れるのだろうか。
考えてみれば、サンタクロースが何者かを説明できる大人はどれだけいるだろう。
赤い服に白髭、トナカイのそり――知っていることと言えば、せいぜいその程度の外見的特徴だろう。
言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。
たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。

【完結・BL】胃袋と掴まれただけでなく、心も身体も掴まれそうなんだが!?【弁当屋×サラリーマン】
彩華
BL
俺の名前は水野圭。年は25。
自慢じゃないが、年齢=彼女いない歴。まだ魔法使いになるまでには、余裕がある年。人並の人生を歩んでいるが、これといった楽しみが無い。ただ食べることは好きなので、せめて夕食くらいは……と美味しい弁当を買ったりしているつもりだが!(結局弁当なのかというのは、お愛嬌ということで)
だがそんなある日。いつものスーパーで弁当を買えなかった俺はワンチャンいつもと違う店に寄ってみたが……────。
凄い! 美味そうな弁当が並んでいる!
凄い! 店員もイケメン!
と、実は穴場? な店を見つけたわけで。
(今度からこの店で弁当を買おう)
浮かれていた俺は、夕飯は美味い弁当を食べれてハッピ~! な日々。店員さんにも顔を覚えられ、名前を聞かれ……?
「胃袋掴みたいなぁ」
その一言が、どんな意味があったなんて、俺は知る由もなかった。
******
そんな感じの健全なBLを緩く、短く出来ればいいなと思っています
お気軽にコメント頂けると嬉しいです
■表紙お借りしました
古屋さんバイト辞めるって
四宮 あか
ライト文芸
ライト文芸大賞で奨励賞いただきました~。
読んでくださりありがとうございました。
「古屋さんバイト辞めるって」
おしゃれで、明るくて、話しも面白くて、仕事もすぐに覚えた。これからバイトの中心人物にだんだんなっていくのかな? と思った古屋さんはバイトをやめるらしい。
学部は違うけれど同じ大学に通っているからって理由で、石井ミクは古屋さんにバイトを辞めないように説得してと店長に頼まれてしまった。
バイト先でちょろっとしか話したことがないのに、辞めないように説得を頼まれたことで困ってしまった私は……
こういう嫌なタイプが貴方の職場にもいることがあるのではないでしょうか?
表紙の画像はフリー素材サイトの
https://activephotostyle.biz/さまからお借りしました。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる