境界のクオリア

山碕田鶴

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55.合縁 六

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「俺たちはササイさんとその知人さんたちと楽しくお茶を飲んでさ、ステージの方は何となく幕引きになってさ。めでたしめでたし、のはずだったんだけれど……」
「なーんか大学生が逆恨みしてて。明美さんの学生証はチラ見せだったから本名とかはバレなかったらしいけど、その後で『アキはケンリツの女子学生だ』って言って回ってさ。あ、アキは当時の明美さんのリングネーム」
「ステージネームよ!」
「あの……ケンリツ……ですか」
「うん。明美さん、俺たちの二こ上だったの」

 ケンリツは男子校で、同名の市立高校と区別するためにそう呼ばれている、高校受験の頂点だ。

「明美さん、小中は私立でそのまんま大学までエスカレーターだったのに。かなりのぼんぼん……お嬢様らしくてさ、空手とか習っていたり、なんかすごいんだよ」
「それで戦っちゃダメだよなあ。うひゃひゃひゃ」

 憲次郎は嬉しそうだ。

「で、ライブハウスで他のバンドと組みにくくなって。俺たちはド素人だし、噂は校内にも広がるし」
「ササイさんも気にしてくれたんだけど……。実力で黙らせろ、みたいな超精神論者だったのよ。で、明美さんはもう根っからの武闘派だからさー」
「高校の文化祭で歌うって言い出してさ。俺たちまだ本当に初心者で、人前でやれるレベルじゃないのに、とにかく音出せって」
「俺は、明美さんがどの姿で出るのかが一番心配だったんすけどね。男子校でスカート姿じゃ、ネタかガチかってなるじゃないすか。身バレしたらライブハウスの方でも噂になるだろうし。でも明美さん覚悟決めてて……っつうか、歌で黙らせてやるって殺気立ってたね」
「ササイさん、ソロで復活したばかりで暇だったのかなあ。バンドを解散した後に東京からこっちへ引っ越して来ててさ。俺たち、ササイさんとか知り合いのプロとかに直接教えてもらっちゃったの。もう、受験勉強より頑張ったよ。文化祭当日も準備とか全部やってくれて。明美さんのメイクまで人連れて来てさあ。元々美少女だったけど、やっぱプロがやるともう芸能人でさー」

 はあ、と三人から溜息が漏れた。

「いい一日だったね」
「ホント。あんな面白かったことないから」
「ササイさんと明美さんと、俺たちと。接点ゼロだったはずが、いきなり集まってて。不思議だよなあ。それで今、お客君がいて」
「僕、ですか?」
「そう。君は、この話を聞く運命だった。ねえ?」
「ホントそう。だって、ササイさんがたまたまライブハウスに連れて来てケンたちと会ったのでしょう?  明美さんのことも全部知っていて仲良しだし」
「さすがに中学生の頃の君と会っても、友達にはなっていないだろうしね。でも、どこかですれ違っていたかもね」
「……『運命前夜』。ササイさんの曲にあったわね」
「あった!  スゲー泣けるやつ。あの人、あれでロマンチックなんだよー。ああ、作品の話ね。口に出せないくらい恥ずかしいことがたまにさらっと歌に入っていたりする。あくまで作品の話。小難しい表現で隠しているけれど、この人はどれだけ情が深いのって思う。作品に限った話」
「そうそう。しかも、『出会うまでの時間こそが運命』とか『明日に生まれる君を祝う』とか、普通にアリかなっていう歌詞も、曲つきでこの人が歌うと特別に泣けるの。まさにササイマジック」
「ササイマジック?」
「曲を聴いたらわかるよ。言葉で伝わりきらない心がバンバン届くの。まあ、それが音楽なんだろうけれど。テレパシーみたいな感じ?  ササイさんの心とか波長に侵食される。たぶん伝わる感性の人がファンやっているから、コアファンしかいない。だから、そこまで有名でもないんだよね」
「憲次郎さんたちは、運命って信じているんですか?」

 晴久は訊いた。会話の中に度々出てくる運命という言葉が気になった。

「俺、別に信じるってほどじゃないんだけど、あるかなとは思う。なにせ、ササイさんたちとそういう出会い方をしたからさ。一番信じているのはササイさんなんじゃないの?」
「石崎さん?」
「そうそう。バンド仲間とは運命の出会いだとか昔インタビューで答えていたよね」
「インタビュー⁉︎」
「ああ、音楽系の雑誌。いろんなアーティストを特集するから、ちょいマイナーでも出たりするんだよ」
「俺、まだ大事にとってあるから、今度ササイさんに内緒で見せてあげるよ」
「俺も見たい!  次は雑誌会だな」

   憲次郎たちは、高校生に戻ったようにはしゃいでいた。
 石崎さんが運命を信じる人?
 僕が話した運命の出会いには夢も希望もないダメ出しを散々したのに?
 晴久は全く腑に落ちなかった。
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