44 / 65
44.適所 二
しおりを挟む
明美は涙目になりながら、晴久の肩を優しく叩いた。
「わかるよ。すごーくわかる。昔バンドやってた頃もササイさんは地味担当だったからね。でも、ササイさんがいないと締まらないんだよ。別にアイドルじゃないし、普段は家で曲とか作ってる在宅勤務の引きこもりだし。フツーに働くオジサンなんだってば。でもね。ステージに立つと、違うの。仕事してる時って、みんなカッコよく見えるじゃん。ササイさん、もうスッゲーかっこいいんだよ。石崎とササイは同じだとか言っておいて悪いけど、ホント別人。毎日見いてるオレだって、別世界の人だなーって思う」
明美はうっとりとした表情でササイを思い出していた。
晴久は明美の指摘どおり想像の限界を超えていて、話についていけない。ただ、明美の気持ちはわかる気がした。
駅前に石崎が現れた時の、闇をまとったような近寄りがたい雰囲気。気難しそうな顔と目を合わせた瞬間の、身がすくむ感覚と捕らわれる錯覚。
優しく穏やかな声で話す時とは違う一瞬の幻影に晴久は惹かれていた。
「なんかさ、オレ、すごい憧れの人と一緒に生活したらダメだったのかなってちょっと思っているの。こっちは勝手に妄想込みのイメージ作っちゃってたからさ、もちろん全然幻滅なんかしないしむしろ益々すごい人だなって思ったんだけど、なんか違うんだよね。自分の思うササイさんじゃないの。酷い話だよね。ササイさんにしてみれば、いい迷惑。君みたいに先入観なく出会ってたらきっと違った。でもたぶん、そうしたら好きになっていない。サイアク」
あはは。明美は照れたように笑った。
「……それでも、全部欲しかったんだよね。全部自分にしたかった。魂を、食べたい。本能なの。やだなあ、未練タラタラ。オレ、決めたんだよ。自分はササイさんになれないから、せめてササイさんが食べたモノをオレも食べて間接的にササイさんと一緒になろうって」
「は?」
明美は晴久の腕を取ると、そっと唇を這わせながら何度も甘噛みした。
晴久の緊張は腕の強張りから伝わっているはずだが、明美が気にする様子はない。
「イタタッ。ちょっとやめて下さいっ。腕ダメだって! 見えちゃいますって」
「あ、ごめーん。制服は半袖? じじばばには、犬に噛まれたって言っといてよ。あと、ササイさんなら大丈夫。まだ帰って来ないよ?」
「何言ってるんですかっ」
「だってー、お客君すぐ赤くなってかわいいんだもの。あーあ、複雑。オレは歌姫だけでいいやって、いつになったら割り切れるかなあ」
「歌姫だけ?」
「ササイさんにとってのポジションだよ。親友とか恋人とか色々あるでしょ? んー、ちょっとコレだと話しにくいなあ」
明美は座ったままで晴久に抱きつくと、また片手で目隠しをした。明美の唇が晴久の耳をくすぐる。
「悪いけどすっぴんはムリだから我慢してて」
明美は真面目に言った。明美の中のグラデーションが一気にアケミに傾いた。
「あのね、アタシはササイさんのただ一人の歌姫なの。ササイさんと一緒にステージに立てる唯一の歌姫なの」
そうささやく明美の声は自信に満ちていた。
「プロにはなれていないけれど、アタシはササイさんのステージで歌わせてもらえる。バックコーラスってわかる? 子供の頃から合唱団で歌ってたからね。今だってそう。今回のツアー、アタシは行ってないけど、音撮って声だけはちゃんと参加している。ササイさんが用意した歌姫という椅子は一つ。他の誰にも渡さない。お客君が今座らされている椅子が、たぶんアタシの欲しかったもう一つの椅子だと思うのだけれど、ササイさんにとってはそれもたった一つ。君も特別なのよ」
「座ら……されている?」
「そうでしょう? お客君はササイさんにたぶらかされて洗脳されて調教されていいようにもてあそばれて、無理やり座らされているじゃない。ああ、椅子じゃなくてペット用のケージに押し込まれているのか。ササイさん、未だに懐いてもらえなくていい気味。もっと苦しめっての」
「酷い言われようですけど……」
「ただのひがみだから気にしないの!」
目隠しをされて明美の表情が見えなくてよかったと晴久は思った。
「あ、ヤバっ。結構長く話してた。オレ帰るから」
明美はスマホを見ながら慌てていた。
「あ、すみません。忙しいのに呼び止めてしまったみたいで……」
「あー、違う違う。ケンが来るから」
「はい? 憲次郎さん?」
明美はアキヨシの顔で笑いながら自分のスマホを指差した。
「君がオレを襲いに来たから、ケンにヘルプした。『駅東ベンチでお客君発見。すぐ来い。』って。いや、君もっと落ち込むとかショックでヘロヘロになってるのかなーって思っちゃて。オレは加害者だからフォローできないっしょ? でも、こんなにタフで、しかもササイ演歌説持って来るとは思わなかった……ぶははっ。ツボーっ!」
明美は思い出したのか、また笑い転げた。
いつのまに連絡したのか。晴久を助けてやれというヘルプ。明美が自身を責めていたかと思うと、晴久は胸が痛んだ。
「わかるよ。すごーくわかる。昔バンドやってた頃もササイさんは地味担当だったからね。でも、ササイさんがいないと締まらないんだよ。別にアイドルじゃないし、普段は家で曲とか作ってる在宅勤務の引きこもりだし。フツーに働くオジサンなんだってば。でもね。ステージに立つと、違うの。仕事してる時って、みんなカッコよく見えるじゃん。ササイさん、もうスッゲーかっこいいんだよ。石崎とササイは同じだとか言っておいて悪いけど、ホント別人。毎日見いてるオレだって、別世界の人だなーって思う」
明美はうっとりとした表情でササイを思い出していた。
晴久は明美の指摘どおり想像の限界を超えていて、話についていけない。ただ、明美の気持ちはわかる気がした。
駅前に石崎が現れた時の、闇をまとったような近寄りがたい雰囲気。気難しそうな顔と目を合わせた瞬間の、身がすくむ感覚と捕らわれる錯覚。
優しく穏やかな声で話す時とは違う一瞬の幻影に晴久は惹かれていた。
「なんかさ、オレ、すごい憧れの人と一緒に生活したらダメだったのかなってちょっと思っているの。こっちは勝手に妄想込みのイメージ作っちゃってたからさ、もちろん全然幻滅なんかしないしむしろ益々すごい人だなって思ったんだけど、なんか違うんだよね。自分の思うササイさんじゃないの。酷い話だよね。ササイさんにしてみれば、いい迷惑。君みたいに先入観なく出会ってたらきっと違った。でもたぶん、そうしたら好きになっていない。サイアク」
あはは。明美は照れたように笑った。
「……それでも、全部欲しかったんだよね。全部自分にしたかった。魂を、食べたい。本能なの。やだなあ、未練タラタラ。オレ、決めたんだよ。自分はササイさんになれないから、せめてササイさんが食べたモノをオレも食べて間接的にササイさんと一緒になろうって」
「は?」
明美は晴久の腕を取ると、そっと唇を這わせながら何度も甘噛みした。
晴久の緊張は腕の強張りから伝わっているはずだが、明美が気にする様子はない。
「イタタッ。ちょっとやめて下さいっ。腕ダメだって! 見えちゃいますって」
「あ、ごめーん。制服は半袖? じじばばには、犬に噛まれたって言っといてよ。あと、ササイさんなら大丈夫。まだ帰って来ないよ?」
「何言ってるんですかっ」
「だってー、お客君すぐ赤くなってかわいいんだもの。あーあ、複雑。オレは歌姫だけでいいやって、いつになったら割り切れるかなあ」
「歌姫だけ?」
「ササイさんにとってのポジションだよ。親友とか恋人とか色々あるでしょ? んー、ちょっとコレだと話しにくいなあ」
明美は座ったままで晴久に抱きつくと、また片手で目隠しをした。明美の唇が晴久の耳をくすぐる。
「悪いけどすっぴんはムリだから我慢してて」
明美は真面目に言った。明美の中のグラデーションが一気にアケミに傾いた。
「あのね、アタシはササイさんのただ一人の歌姫なの。ササイさんと一緒にステージに立てる唯一の歌姫なの」
そうささやく明美の声は自信に満ちていた。
「プロにはなれていないけれど、アタシはササイさんのステージで歌わせてもらえる。バックコーラスってわかる? 子供の頃から合唱団で歌ってたからね。今だってそう。今回のツアー、アタシは行ってないけど、音撮って声だけはちゃんと参加している。ササイさんが用意した歌姫という椅子は一つ。他の誰にも渡さない。お客君が今座らされている椅子が、たぶんアタシの欲しかったもう一つの椅子だと思うのだけれど、ササイさんにとってはそれもたった一つ。君も特別なのよ」
「座ら……されている?」
「そうでしょう? お客君はササイさんにたぶらかされて洗脳されて調教されていいようにもてあそばれて、無理やり座らされているじゃない。ああ、椅子じゃなくてペット用のケージに押し込まれているのか。ササイさん、未だに懐いてもらえなくていい気味。もっと苦しめっての」
「酷い言われようですけど……」
「ただのひがみだから気にしないの!」
目隠しをされて明美の表情が見えなくてよかったと晴久は思った。
「あ、ヤバっ。結構長く話してた。オレ帰るから」
明美はスマホを見ながら慌てていた。
「あ、すみません。忙しいのに呼び止めてしまったみたいで……」
「あー、違う違う。ケンが来るから」
「はい? 憲次郎さん?」
明美はアキヨシの顔で笑いながら自分のスマホを指差した。
「君がオレを襲いに来たから、ケンにヘルプした。『駅東ベンチでお客君発見。すぐ来い。』って。いや、君もっと落ち込むとかショックでヘロヘロになってるのかなーって思っちゃて。オレは加害者だからフォローできないっしょ? でも、こんなにタフで、しかもササイ演歌説持って来るとは思わなかった……ぶははっ。ツボーっ!」
明美は思い出したのか、また笑い転げた。
いつのまに連絡したのか。晴久を助けてやれというヘルプ。明美が自身を責めていたかと思うと、晴久は胸が痛んだ。
1
お気に入りに追加
15
あなたにおすすめの小説
【完結・BL】胃袋と掴まれただけでなく、心も身体も掴まれそうなんだが!?【弁当屋×サラリーマン】
彩華
BL
俺の名前は水野圭。年は25。
自慢じゃないが、年齢=彼女いない歴。まだ魔法使いになるまでには、余裕がある年。人並の人生を歩んでいるが、これといった楽しみが無い。ただ食べることは好きなので、せめて夕食くらいは……と美味しい弁当を買ったりしているつもりだが!(結局弁当なのかというのは、お愛嬌ということで)
だがそんなある日。いつものスーパーで弁当を買えなかった俺はワンチャンいつもと違う店に寄ってみたが……────。
凄い! 美味そうな弁当が並んでいる!
凄い! 店員もイケメン!
と、実は穴場? な店を見つけたわけで。
(今度からこの店で弁当を買おう)
浮かれていた俺は、夕飯は美味い弁当を食べれてハッピ~! な日々。店員さんにも顔を覚えられ、名前を聞かれ……?
「胃袋掴みたいなぁ」
その一言が、どんな意味があったなんて、俺は知る由もなかった。
******
そんな感じの健全なBLを緩く、短く出来ればいいなと思っています
お気軽にコメント頂けると嬉しいです
■表紙お借りしました


ママと中学生の僕
キムラエス
大衆娯楽
「ママと僕」は、中学生編、高校生編、大学生編の3部作で、本編は中学生編になります。ママは子供の時に両親を事故で亡くしており、結婚後に夫を病気で失い、身内として残された僕に精神的に依存をするようになる。幼少期の「僕」はそのママの依存が嬉しく、素敵なママに甘える閉鎖的な生活を当たり前のことと考える。成長し、性に目覚め始めた中学生の「僕」は自分の性もママとの日常の中で処理すべきものと疑わず、ママも戸惑いながらもママに甘える「僕」に満足する。ママも僕もそうした行為が少なからず社会規範に反していることは理解しているが、ママとの甘美な繋がりは解消できずに戸惑いながらも続く「ママと中学生の僕」の営みを描いてみました。

婚約破棄?一体何のお話ですか?
リヴァルナ
ファンタジー
なんだかざまぁ(?)系が書きたかったので書いてみました。
エルバルド学園卒業記念パーティー。
それも終わりに近付いた頃、ある事件が起こる…
※エブリスタさんでも投稿しています
サンタクロースが寝ている間にやってくる、本当の理由
フルーツパフェ
大衆娯楽
クリスマスイブの聖夜、子供達が寝静まった頃。
トナカイに牽かせたそりと共に、サンタクロースは町中の子供達の家を訪れる。
いかなる家庭の子供も平等に、そしてプレゼントを無償で渡すこの老人はしかしなぜ、子供達が寝静まった頃に現れるのだろうか。
考えてみれば、サンタクロースが何者かを説明できる大人はどれだけいるだろう。
赤い服に白髭、トナカイのそり――知っていることと言えば、せいぜいその程度の外見的特徴だろう。
言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。
たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる