境界のクオリア

山碕田鶴

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37.真意 四

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 晴久は、少し迷いながらもひとつ訊いてみた。

「あの……明美さんはいつから女の子なんですか?」
「お、直球。でもまあそこだよね。うーん……正直オレもよくわからないんだけれどね。小学生の頃合唱団に入っててさ、指導の女の先生が大好きですっごい憧れていたの。厳しいけれどなんでも褒めてくれる人で、『アキヨシ君の声は人を感動させるステキな声ね』って言ってくれて。だから嬉しくて歌を頑張ったわけ。ストレートの黒髪でちょっと清楚なブラウスとスカート姿でさ、憧れて憧れて、でも気づいたら自分がそうなってた。先生は、自分がなりたい姿という意味での憧れだったっていうオチ。女の子になりたいって思っていたわけじゃないんだ。ただ違和感、みたいな?  女の子になったことがないから、そっちだって言い切れないし。日常全てをアケミでいるのは面倒なことが多すぎて諦めたのか、アケミじゃないと生きられないってまでじゃなかったのか。オレ、中途半端でさ。アケミとして歌っている時が一番自然で楽しかったんだけど、シンデレラはタイムリミットだしね」
「タイムリミット?」
「そりゃそうだよ。キレイな子は相応の努力をしているけど、オレ、まんま男だもの。どれだけ外見取り繕っても、オレの場合はこの先コメディー路線へまっしぐら。あーやだやだ」

 明美はまた寂しそうに笑う。

「高校の頃なんかは、歌以前にもう美少女っていうだけで人が集まってさ。あー、でもササイさんには初見でバレバレだったんだよな。いきなり、髪はどうなっているとか服や靴のサイズはあるのかとかどうやって買うんだとか……アケミ本人はどうでも良くて、珍しい物を見つけて喜んでいるみたいな。ササイさん含めてオレの周りはフツーに見てくれたから油断しちゃってさ、バイトとか家探すとかで現実を知ったというか、やっぱそこはきつかったな」
「憲次郎さんは……」

 明美の表情が曇った。晴久を見ていた目から一瞬感情が消えたが、わずかに視線を逸らした明美はまた屈託のない笑顔を見せた。

「もちろん知っている。でもケンは……高校生で初めて会った時、アケミが可愛過ぎてまともに見れなくてさ、ずーっと気づかなかった。あんなデカイ強面が純情って笑えるだろ?  最初からアイドルとして会っていればどこかで割り切れたかも知れないけど、好きな女の子が男でしたって……。別に女装とか女になるのを拒否られたんじゃないんだ。今でも一緒につるんでるし。でも、好きな子がいきなり消えたショックはデカかった。オレを責めたことはないんだ。すげーかわいそうなことしたけど、どうしていいかわかんない。あいつが好きなのはアケミで、オレじゃないし。わかる?  複雑なんだよ。難しいんだよ。面倒臭いだろ?」

   晴久は、ふと施設の入居者を思った。
   晴久たち職員は入居者の来歴を知っている。入所に至るまでの生育歴、職歴、病歴だけでなく、家族構成や時には家族関係もカルテに記載のある限り全て把握している。
   複雑な事情の家庭は多い。職員間で興味本位の話題にすることは決してないが、病状の悪化で家族の関係が崩れて行く過程を間接的に見届けることになる場合もある。
   いつも思う。どれだけ事情を知っていても、それでも当事者たちの本当の気持ちはわからない。一方的な思い込みが、更に気持ちを見えなくしてしまうこともある。
   他人の抱える思いは、結局他人には見えない。
   どれだけ話をしても、言葉にできない思いをきっとたくさん抱えている。

「さてと。それじゃあオレ行くから。ご縁があったらまた会えるでしょ。っていうか、また来るね。あ、今日会ったこと憲次郎には言うなよ。オレもササイさんには内緒にしておくから」

   明美は軽く片手を挙げると雑踏の中に消えていった。
 ひょっとするとこれまで駅前で何度も明美とすれ違っていたのかもしれないと晴久は思った。けれども知り合う機会はなかった。
   石崎と偶然出会ったことで初めてつながった縁。石崎が作った奇跡だ。
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