境界のクオリア

山碕田鶴

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33.天望 四

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「あの……僕が姿を消して二度と会わないっていう可能性は、考えたりしないんですか?」
「最悪に後ろ向きだな。私はずるいからな。保険はかけてある。さっきお前の手をつかんだろう?  お前は消えない」

 晴久ははっとして指先を見た。心が流れて伝わって……。晴久はそのまま顔を上げられなくなった。全部伝わっている。

「望むなら、お前に全てをやる。ただし、お前が手を伸ばすなら、だ。できるか?  今のお前に難しいのはわかっている。だが、それはお前自身の問題だ。私にはどうすることもできない。近づいてやっぱり逃げる、近づいてボロボロになる。なんだって構わないが、お前はまず最初の一歩を絶対に踏み出せない。それができたら友人だろうが恋人だろうが親子だろうが好きにしろ。お前次第だ」
「親子?」
「ま、そういうのも、な」
「はあ。あの、なんで石崎さんは……」

 そこまで僕と一緒にいてくれると言うのか。

「しつこいのか、か?  お前のストーカーよりはマシだろう」
「そんなこと言っていませんし、ストーカーなんて……あっ」

   落合……。わざわざ駅前にまで見張りに来る行動力を晴久は思い出した。

「今日はいない。あれに私はずいぶんと敵対心を持たれているな」
「……きっと僕が借金取りだと言ったから、悪い人だと思われているんです。駅前で誰と会っているのかってしつこく訊くから、借金取りだって言いました」
「……そうか。賢明だな。それならそのままにしておけ」

 石崎は憮然として言った。すみませんと晴久が謝るのを呆れたように笑った。

「どのみち私は、これから当分ここには来られない。仕事でしばらく出張だ。その間よくよく考えろ。私がお前にしつこいのは個人的な事情だ。今は気にするな」

 気になる。けれども訊いてはいけないのだろう。その先に立ち入ってはいけない……。

「また何を考えた?」

 石崎が顔を覗き込むようにして晴久を見つめた。晴久は緊張してその瞳から逃げられない。
   これだってもう十分に無理やり近づいている。何がお前次第だと晴久は思った。ただ、この緊張が怖さだけではないことを晴久はわかっている。

「気になったら、訊いてもいいんだぞ?  答えるかどうかはまた別だが、訊くのはお前の意思だろう?  私はそんなにお前を支配していたか?  刷り込み、洗脳、教導、馴致、拘束、躾、緊縛、調教……それとも、そういうのがいいのか?」
「ホントやめて下さい」

 ククッと石崎が笑った。

「次に会ったら、お前とはどんな話をするのだろうな……」

 晴久の心にふっと湧く寂しさは、別れる前の一時的なものだ。
 置いていかれる。
 また会えるはずなのにそう思う。その瞬間、ずっとひとりでいた時よりもひとりを感じるのはなぜだろう。これもいつか慣れるのだろうか。

「お前はややこしいな。自分から去る時は平気な顔でさっさと消えるのに、私が去る時は捨てられたような顔をする」
「そんなつもりは……え、と、僕から去るって……て!?」
「いつも私が眠っていて気づかないと思っていたのか?  まあ、そっちの話は今はいい。手を出せ」
「はい」

 石崎は上着のポケットから魚の鱗を大きくしたような板を取り出すと、晴久の手のひらに乗せた。

「お前に預ける。私には必要な物だ」
「特別なもの?」
「いや、消耗品の類だな。だが使いやすい」
「使っている物をくれるんですか?」
「やらない。預けるからそのうち返せ。それでお前にまた会う理由ができる。お前の一歩を待っていたら、会える保証はないからな。会わなければいけない理由があれば、必ず会える」
「会わなければいけない……」
「大事なんだよ。いや、ソレ自体がではないが、私が生きるために必要な物だ」

 確か、ギターを弾いていた時に持っていた……。
 石崎は開いたままの晴久の手を握って閉じさせると、晴久の耳元でささやいた。

「望むなら、手を伸ばせ。私はお前に全てをやる。ただし、お前にそれができるなら、な」

 ティアドロップ型のギターピックは、石崎の心の波のしずくのようだと晴久は思った。
 複縦の先の転調。
 駅の改札方面に向かった石崎の後ろ姿を晴久はぼんやりと見送った。

「……あれ?」

 晴久は石崎が去ったベンチを見た。爪ほどの大きさの四角いシートが街灯に照らされて銀色に光っていた。石崎がポケットからピックを取り出した時に落としたのか。
 そっとつまんで手に乗せた。アルミのシートには識別コードとカタカナ。数字。
 裏を返して見える中身は、白い錠剤だ。
 これ……。
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