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31.天望 二
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「でも、あの……運命の相手って、会えばすぐにわかるって言いませんか?」
「いなくなったらすぐわかる」
「……」
「心配するな。一方的に運命の出会いだと信じれば、それで理想の運命の相手は出来上がる。簡単なことだ」
「また僕の心の支えを砕くようなことを……」
身もふたもないことを言って石崎は軽く笑った。
晴久は自分が夢を見過ぎているのを承知で、それでも石崎には本当に夢も希望もないと思った。
石崎さんらしいな。
変に緊張してぎこちなくなる前と同じ、穏やかな時間。近くて遠いオトモダチの関係。
きっと、もうすぐ終わる。
晴久はポケットから明美の絵を取り出すと、少しシワになった紙を膝の上でのばした。街灯の薄明かりでなんとなく絵は見える。明美が描いた姫の頭上のアーチにそっと指を当てると、石崎が弾いた時計台の曲が聴こえる気がした。
「それがお前の理想か?」
隣から絵を覗いた石崎が、苦笑しながら言った。
「近い……ような、違うような……」
石崎が見ても、石崎と晴久が手をつないでいるとわかるだろう。本人を前に、これが理想だとはさすがに言いにくかった。
「運命の相手、か」
晴久は、前かがみで絵を眺める石崎の横顔を黙って見ていた。うつむいてわずかに髪が頬にかかっている。闇の中で水底に沈む自分の姿が一瞬頭をよぎり、晴久は慌てて目を逸らした。
「……もし。お前の運命の相手が私だと言ったら」
石崎は、絵を見たまま静かに言った。
「え……?」
「お前はそれを信じるか?」
顔を上げた石崎が晴久を見る。
この人が……僕が出会わなければいけない相手が石崎さんだったら。偶然出会った石崎さんが運命の相手だったら。
「もし……石崎さんがそう言うなら、僕は信じると思います」
晴久は石崎を見て、はっきりと言った。
「私は嘘つきだぞ」
「知っています」
たとえ嘘でも、きっと僕は与えられた言葉を都合良く受け取って信じたふりをする。
「……ばかだな」
石崎は独り言のように言った。
「お前の言う『星の友情』とは何だ? 単なる友情か。私の言うオトモダチか。信頼か。尊敬か。それとも愛情なのか?」
「何って……」
「お前は何を望む?」
ベンチの座面に置いた晴久の手に、ふいに石崎の手が重なった。石崎の指が晴久の指先に触れ、指先だけで手をつなぐ。
晴久の鼓動が速くなる。胸が、苦しい。
石崎とこんなふうに触れるのは初めてだった。
指先から、僕の心が流れていく。
とめどなく溢れるまま、隠すこともできずに全てを知られていく。
手をつないだら伝わるのは体温だけではないことを晴久は初めて知った。石崎はそれを知っていたから、これまで指先には触れないでいてくれたのか。
「僕は……全てを。存在の全てをきっと望むと思います……」
言葉と指先と。僕の全てがあなたを欲しいと伝えている。
否定されることに怯えるいとまもなく、僕の心が溢れ続ける。
怖い。
溢れる自分が怖い。
「……そうか」
石崎はかすかに笑ったようにも見えたが、それ以上何も言わなかった。
「おい、聞こえているか?」
「……はい」
晴久は、ベンチに座ってうつむいたまま頭を石崎の肩にもたれかけていた。初めて会った時と同じような状況だ。
「あの、もう大丈夫ですから……」
頭を離そうとしたのを石崎の手が止めた。
「いい。そのままにしておけ」
「でも……」
「手。自分の手を見てみろ」
言われて膝の上で両手を開いた。
「震えている……?」
手だけではない。体が震えている。頭がフラフラする。
「うそ、なんで……」
蕁麻疹だ。手首から肘にかけて薄っすらと出始めている。
話の途中だった。石崎が「そうか」と言ってつないでいた手を離した途端、晴久は膝から崩れ落ちた。
意識が朦朧とした状態で、石崎に謝り続けたのはなんとなく覚えている。
「すまない。今日は無理をさせたな」
「……僕は楽しかったんです。嬉しかったんです。あんなふうに、僕と普通に話して笑って、初めてで……自然に友達みたいに……。ずっと楽しくて……。でも、僕は無理なんですね。こんなになっちゃって」
「楽しかろうとお前の限界を超えたのだろう。お前が普通に生活しようと守ってきたリズムを私が壊した。そういうことだ」
「……僕が、嬉しくてはしゃぎ過ぎたんです」
僕が普通の人になれなかっただけだ。
「お前は楽しかったんだろう?」
「……はい」
「だったら、倒れるくらいは我慢しろ。いちいち落ち込むな。倒れるのを前提で楽しく遊べば済む話だろう」
「……そう、ですけど」
「お前、私といて倒れたり蕁麻疹が出たりしたことはなかったよな」
「それは……それ以上言わなくていいです」
「だったら、次は限界まで……」
「ホントいいですからっ」
晴久がうつむいたまま耳まで赤くしているのを見て、石崎はククッと小さく笑った。
「……久しぶりだな、こうして話すのは」
「はい」
久しぶり。まるで晴久との時間を意識していたかのような言葉に、晴久の感情が揺さぶられる。石崎が言うことは絶対にないと思っていた。
「そのまま、寄りかかったままでいいから聞け。この先の、現実的な話をしておきたい」
石崎が首をかしげるようにして、もたれかかる晴久の頭にそっと自分の頭をつけた。
緊張と寂しさが晴久の中に広がっていく。
「いなくなったらすぐわかる」
「……」
「心配するな。一方的に運命の出会いだと信じれば、それで理想の運命の相手は出来上がる。簡単なことだ」
「また僕の心の支えを砕くようなことを……」
身もふたもないことを言って石崎は軽く笑った。
晴久は自分が夢を見過ぎているのを承知で、それでも石崎には本当に夢も希望もないと思った。
石崎さんらしいな。
変に緊張してぎこちなくなる前と同じ、穏やかな時間。近くて遠いオトモダチの関係。
きっと、もうすぐ終わる。
晴久はポケットから明美の絵を取り出すと、少しシワになった紙を膝の上でのばした。街灯の薄明かりでなんとなく絵は見える。明美が描いた姫の頭上のアーチにそっと指を当てると、石崎が弾いた時計台の曲が聴こえる気がした。
「それがお前の理想か?」
隣から絵を覗いた石崎が、苦笑しながら言った。
「近い……ような、違うような……」
石崎が見ても、石崎と晴久が手をつないでいるとわかるだろう。本人を前に、これが理想だとはさすがに言いにくかった。
「運命の相手、か」
晴久は、前かがみで絵を眺める石崎の横顔を黙って見ていた。うつむいてわずかに髪が頬にかかっている。闇の中で水底に沈む自分の姿が一瞬頭をよぎり、晴久は慌てて目を逸らした。
「……もし。お前の運命の相手が私だと言ったら」
石崎は、絵を見たまま静かに言った。
「え……?」
「お前はそれを信じるか?」
顔を上げた石崎が晴久を見る。
この人が……僕が出会わなければいけない相手が石崎さんだったら。偶然出会った石崎さんが運命の相手だったら。
「もし……石崎さんがそう言うなら、僕は信じると思います」
晴久は石崎を見て、はっきりと言った。
「私は嘘つきだぞ」
「知っています」
たとえ嘘でも、きっと僕は与えられた言葉を都合良く受け取って信じたふりをする。
「……ばかだな」
石崎は独り言のように言った。
「お前の言う『星の友情』とは何だ? 単なる友情か。私の言うオトモダチか。信頼か。尊敬か。それとも愛情なのか?」
「何って……」
「お前は何を望む?」
ベンチの座面に置いた晴久の手に、ふいに石崎の手が重なった。石崎の指が晴久の指先に触れ、指先だけで手をつなぐ。
晴久の鼓動が速くなる。胸が、苦しい。
石崎とこんなふうに触れるのは初めてだった。
指先から、僕の心が流れていく。
とめどなく溢れるまま、隠すこともできずに全てを知られていく。
手をつないだら伝わるのは体温だけではないことを晴久は初めて知った。石崎はそれを知っていたから、これまで指先には触れないでいてくれたのか。
「僕は……全てを。存在の全てをきっと望むと思います……」
言葉と指先と。僕の全てがあなたを欲しいと伝えている。
否定されることに怯えるいとまもなく、僕の心が溢れ続ける。
怖い。
溢れる自分が怖い。
「……そうか」
石崎はかすかに笑ったようにも見えたが、それ以上何も言わなかった。
「おい、聞こえているか?」
「……はい」
晴久は、ベンチに座ってうつむいたまま頭を石崎の肩にもたれかけていた。初めて会った時と同じような状況だ。
「あの、もう大丈夫ですから……」
頭を離そうとしたのを石崎の手が止めた。
「いい。そのままにしておけ」
「でも……」
「手。自分の手を見てみろ」
言われて膝の上で両手を開いた。
「震えている……?」
手だけではない。体が震えている。頭がフラフラする。
「うそ、なんで……」
蕁麻疹だ。手首から肘にかけて薄っすらと出始めている。
話の途中だった。石崎が「そうか」と言ってつないでいた手を離した途端、晴久は膝から崩れ落ちた。
意識が朦朧とした状態で、石崎に謝り続けたのはなんとなく覚えている。
「すまない。今日は無理をさせたな」
「……僕は楽しかったんです。嬉しかったんです。あんなふうに、僕と普通に話して笑って、初めてで……自然に友達みたいに……。ずっと楽しくて……。でも、僕は無理なんですね。こんなになっちゃって」
「楽しかろうとお前の限界を超えたのだろう。お前が普通に生活しようと守ってきたリズムを私が壊した。そういうことだ」
「……僕が、嬉しくてはしゃぎ過ぎたんです」
僕が普通の人になれなかっただけだ。
「お前は楽しかったんだろう?」
「……はい」
「だったら、倒れるくらいは我慢しろ。いちいち落ち込むな。倒れるのを前提で楽しく遊べば済む話だろう」
「……そう、ですけど」
「お前、私といて倒れたり蕁麻疹が出たりしたことはなかったよな」
「それは……それ以上言わなくていいです」
「だったら、次は限界まで……」
「ホントいいですからっ」
晴久がうつむいたまま耳まで赤くしているのを見て、石崎はククッと小さく笑った。
「……久しぶりだな、こうして話すのは」
「はい」
久しぶり。まるで晴久との時間を意識していたかのような言葉に、晴久の感情が揺さぶられる。石崎が言うことは絶対にないと思っていた。
「そのまま、寄りかかったままでいいから聞け。この先の、現実的な話をしておきたい」
石崎が首をかしげるようにして、もたれかかる晴久の頭にそっと自分の頭をつけた。
緊張と寂しさが晴久の中に広がっていく。
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