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1913ー1940 小林建夫
27-(4/5)
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私は動けなかった。
死神が嬉しそうに笑う。それだけで、身体の内の魂を鷲掴みにされる感覚に陥っていた。
「……人殺しを許すのか? 死神がそのためにわざわざ人間としてこの世に生まれて来たのか? なぜそんな……」
「手間がかかっているだろう?」
死神の手が伸びて、私の頬を包むように触れた。親指で唇をなぞる。生温かい人間の感触と、目の前の赤い唇からわずかに覗く深紅の舌に背筋がぞくりとした。
私の怯えを死神は楽しんでいる。
「なぜだかわかるか? こんなに手間をかけたのは、こうしてお前に触れるためだ。お前は他人の肉体に寄生し、生きた人間として今もここにいる。俺がそのまま現れても、お前とは接触できないのだ。俺はこの世の外の存在だ。いくら呼ぼうとも死んだ人間にしか俺の声は届かない。だから、この世に実体として来てやったのだ」
死神は今度は抱きつくように身体を密着させてきた。
心臓の鼓動が聞こえる。私と変わらぬ体温と熱い吐息が、生きた人間を実感させる。
背に回された死神の腕に身体を圧迫された瞬間、吉澤識の最期がよみがえった。
加藤……。
「お前は他人の熱が怖いか?」
身体が勝手に震える。死神にも伝わっているだろう。背から首筋へと移動する死神の手は、指の動きひとつ違わず私の記憶をなぞるようにしながら恐怖を呼び覚ましていく。
溢れる吐息に熱が混じる。魂が小林の肉体に違和を感じ始めている。
現実から引き剥がされる痛みと恍惚は過去の肉体の記憶ではなかったのか?
死神の指と加藤の指が同時に私を這う。吉澤識に刻みつけられた暗い劣情が鮮明に上書きされていく。
「どうだ? 俺は人間だろう? お前に会うためだけに長い時間を費やした。お前がその辺をふらふら徘徊するただの幽霊ならば、すぐに見つけてあの世へ送れたはずだった。お前は例外だ。想定外だ。二度とごめんだ。そう、面倒なんだよ」
私の肩を掴んだまま静かに身体を離した死神がわずかに笑った気がした。
「だから、さっさと終わりにさせてくれないか。言っておくが、良心もまたこの世の概念だ」
「なっ⁉︎」
音もなく、私は地面に引き倒された。
死神は私を仰向けにして馬乗りになると、隠し持っていた包丁を胸元に当ててきた。片手は私の首を押さえ込んでいる。
息が……できない。
死神が嬉しそうに笑う。それだけで、身体の内の魂を鷲掴みにされる感覚に陥っていた。
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「手間がかかっているだろう?」
死神の手が伸びて、私の頬を包むように触れた。親指で唇をなぞる。生温かい人間の感触と、目の前の赤い唇からわずかに覗く深紅の舌に背筋がぞくりとした。
私の怯えを死神は楽しんでいる。
「なぜだかわかるか? こんなに手間をかけたのは、こうしてお前に触れるためだ。お前は他人の肉体に寄生し、生きた人間として今もここにいる。俺がそのまま現れても、お前とは接触できないのだ。俺はこの世の外の存在だ。いくら呼ぼうとも死んだ人間にしか俺の声は届かない。だから、この世に実体として来てやったのだ」
死神は今度は抱きつくように身体を密着させてきた。
心臓の鼓動が聞こえる。私と変わらぬ体温と熱い吐息が、生きた人間を実感させる。
背に回された死神の腕に身体を圧迫された瞬間、吉澤識の最期がよみがえった。
加藤……。
「お前は他人の熱が怖いか?」
身体が勝手に震える。死神にも伝わっているだろう。背から首筋へと移動する死神の手は、指の動きひとつ違わず私の記憶をなぞるようにしながら恐怖を呼び覚ましていく。
溢れる吐息に熱が混じる。魂が小林の肉体に違和を感じ始めている。
現実から引き剥がされる痛みと恍惚は過去の肉体の記憶ではなかったのか?
死神の指と加藤の指が同時に私を這う。吉澤識に刻みつけられた暗い劣情が鮮明に上書きされていく。
「どうだ? 俺は人間だろう? お前に会うためだけに長い時間を費やした。お前がその辺をふらふら徘徊するただの幽霊ならば、すぐに見つけてあの世へ送れたはずだった。お前は例外だ。想定外だ。二度とごめんだ。そう、面倒なんだよ」
私の肩を掴んだまま静かに身体を離した死神がわずかに笑った気がした。
「だから、さっさと終わりにさせてくれないか。言っておくが、良心もまたこの世の概念だ」
「なっ⁉︎」
音もなく、私は地面に引き倒された。
死神は私を仰向けにして馬乗りになると、隠し持っていた包丁を胸元に当ててきた。片手は私の首を押さえ込んでいる。
息が……できない。
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