182年の人生

山碕田鶴

文字の大きさ
上 下
60 / 200
1913ー1940 小林建夫

27-(4/5)

しおりを挟む
 私は動けなかった。
 死神が嬉しそうに笑う。それだけで、身体の内の魂を鷲掴みにされる感覚に陥っていた。

「……人殺しを許すのか? 死神がそのためにわざわざ人間としてこの世に生まれて来たのか? なぜそんな……」
「手間がかかっているだろう?」

 死神の手が伸びて、私の頬を包むように触れた。親指で唇をなぞる。生温かい人間の感触と、目の前の赤い唇からわずかに覗く深紅の舌に背筋がぞくりとした。
 私の怯えを死神は楽しんでいる。

「なぜだかわかるか? こんなに手間をかけたのは、こうしてお前に触れるためだ。お前は他人の肉体に寄生し、生きた人間として今もここにいる。俺がそのまま現れても、お前とは接触できないのだ。俺はこの世の外の存在だ。いくら呼ぼうとも死んだ人間にしか俺の声は届かない。だから、この世に実体として来てやったのだ」

 死神は今度は抱きつくように身体を密着させてきた。
 心臓の鼓動が聞こえる。私と変わらぬ体温と熱い吐息が、生きた人間を実感させる。
 背に回された死神の腕に身体を圧迫された瞬間、吉澤識の最期がよみがえった。

 加藤……。

「お前は他人の熱が怖いか?」

 身体が勝手に震える。死神にも伝わっているだろう。背から首筋へと移動する死神の手は、指の動きひとつ違わず私の記憶をなぞるようにしながら恐怖を呼び覚ましていく。
 溢れる吐息に熱が混じる。魂が小林の肉体に違和を感じ始めている。
 現実から引き剥がされる痛みと恍惚は過去の肉体の記憶ではなかったのか?
 死神の指と加藤の指が同時に私を這う。吉澤識に刻みつけられた暗い劣情が鮮明に上書きされていく。

「どうだ?  俺は人間だろう? お前に会うためだけに長い時間を費やした。お前がその辺をふらふら徘徊するただの幽霊ならば、すぐに見つけてあの世へ送れたはずだった。お前は例外だ。想定外だ。二度とごめんだ。そう、面倒なんだよ」

 私の肩を掴んだまま静かに身体を離した死神がわずかに笑った気がした。

「だから、さっさと終わりにさせてくれないか。言っておくが、良心もまたこの世の概念だ」
「なっ⁉︎」

 音もなく、私は地面に引き倒された。
 死神は私を仰向けにして馬乗りになると、隠し持っていた包丁を胸元に当ててきた。片手は私の首を押さえ込んでいる。
 息が……できない。
しおりを挟む
ツギクルバナー
感想 0

あなたにおすすめの小説

視える棺―この世とあの世の狭間で起こる12の奇譚

中岡 始
ホラー
この短編集に登場するのは、「気づいてしまった者たち」 である。 誰もいないはずの部屋に届く手紙。 鏡の中で先に笑う「もうひとりの自分」。 数え間違えたはずの足音。 夜のバスで揺れる「灰色の手」。 撮ったはずのない「3枚目の写真」。 どの話にも共通するのは、「この世に残るべきでない存在」 の気配。 それは時に、死者の残した痕跡であり、時に、境界を越えてしまった者の行き場のない魂でもある。 だが、"それ"に気づいた者は、もう後戻りができない。 見てはいけないものを見た者は、見られる側に回るのだから。 そして、最終話「最期のページ」。 読み進めることで、読者は気づくことになる。 なぜ、この短編集のタイトルが『視える棺』なのか。 なぜ、彼らは"見えてしまった"のか。 そして、最後のページに書かれていたのは—— 「そして、彼が振り返った瞬間——」 その瞬間、あなたは気づくだろう。 この物語の本当の意味に。

だんだんおかしくなった姉の話

暗黒神ゼブラ
ホラー
弟が死んだことでおかしくなった姉の話

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

りんこにあったちょっと怖い話☆

更科りんこ
ホラー
【おいしいスイーツ☆ときどきホラー】 ゆるゆる日常系ホラー小説☆彡 田舎の女子高生りんこと、友だちのれいちゃんが経験する、怖いような怖くないような、ちょっと怖いお話です。 あま~い日常の中に潜むピリリと怖い物語。 おいしいお茶とお菓子をいただきながら、のんびりとお楽しみください。

感染

saijya
ホラー
福岡県北九州市の観光スポットである皿倉山に航空機が墜落した事件から全てが始まった。 生者を狙い動き回る死者、隔離され狭まった脱出ルート、絡みあう人間関係 そして、事件の裏にある悲しき真実とは…… ゾンビものです。

【⁉】意味がわかると怖い話【解説あり】

絢郷水沙
ホラー
普通に読めばそうでもないけど、よく考えてみたらゾクッとする、そんな怖い話です。基本1ページ完結。 下にスクロールするとヒントと解説があります。何が怖いのか、ぜひ推理しながら読み進めてみてください。 ※全話オリジナル作品です。

それなりに怖い話。

只野誠
ホラー
これは創作です。 実際に起きた出来事はございません。創作です。事実ではございません。創作です創作です創作です。 本当に、実際に起きた話ではございません。 なので、安心して読むことができます。 オムニバス形式なので、どの章から読んでも問題ありません。 不定期に章を追加していきます。 2025/3/5:『つくえのしたのて』の章を追加。2025/3/12の朝4時頃より公開開始予定。 2025/3/4:『まよなかのでんわ』の章を追加。2025/3/11の朝4時頃より公開開始予定。 2025/3/3:『りんじん』の章を追加。2025/3/10の朝4時頃より公開開始予定。 2025/3/2:『はながさく』の章を追加。2025/3/9の朝8時頃より公開開始予定。 2025/3/1:『でんしゃにゆられる』の章を追加。2025/3/8の朝8時頃より公開開始予定。 2025/2/28:『かいじゅう』の章を追加。2025/3/7の朝4時頃より公開開始予定。 2025/2/27:『ぬま』の章を追加。2025/3/6の朝4時頃より公開開始予定。

熾ーおこりー

ようさん
ホラー
【第8回ホラー・ミステリー小説大賞参加予定作品(リライト)】  幕末一の剣客集団、新撰組。  疾風怒濤の時代、徳川幕府への忠誠を頑なに貫き時に鉄の掟の下同志の粛清も辞さない戦闘派治安組織として、倒幕派から庶民にまで恐れられた。  組織の転機となった初代局長・芹澤鴨暗殺事件を、原田左之助の視点で描く。  志と名誉のためなら死をも厭わず、やがて新政府軍との絶望的な戦争に飲み込まれていった彼らを蝕む闇とはーー ※史実をヒントにしたフィクション(心理ホラー)です 【登場人物】(ネタバレを含みます) 原田左之助(二三歳) 伊代松山藩出身で槍の名手。新撰組隊士(試衛館派) 芹澤鴨(三七歳) 新撰組筆頭局長。文武両道の北辰一刀流師範。刀を抜くまでもない戦闘の際には鉄製の軍扇を武器とする。水戸派のリーダー。 沖田総司(二一歳) 江戸出身。新撰組隊士の中では最年少だが剣の腕前は五本の指に入る(試衛館派) 山南敬助(二七歳) 仙台藩出身。土方と共に新撰組副長を務める。温厚な調整役(試衛館派) 土方歳三(二八歳)武州出身。新撰組副長。冷静沈着で自分にも他人にも厳しい。試衛館の弟子筆頭で一本気な男だが、策士の一面も(試衛館派) 近藤勇(二九歳) 新撰組局長。土方とは同郷。江戸に上り天然理心流の名門道場・試衛館を継ぐ。 井上源三郎(三四歳) 新撰組では一番年長の隊士。近藤とは先代の兄弟弟子にあたり、唯一の相談役でもある。 新見錦 芹沢の腹心。頭脳派で水戸派のブレインでもある 平山五郎 芹澤の腹心。直情的な男(水戸派) 平間(水戸派) 野口(水戸派) (画像・速水御舟「炎舞」部分)

処理中です...