182年の人生

山碕田鶴

文字の大きさ
上 下
192 / 197
2057-2060 シキ

91-(2)

しおりを挟む
 高瀬から抜け出ることのできた私は、その後、死神の影に怯え、同時に死神の訪れを望みながら転々と肉体を乗っ取り移り替えていた。
 長らく高瀬に寄生して生きることを経験した私は、強引に肉体を奪うことはしなかった。自らあの世へ向かおうとする弱った人間を見つけては声をかけて、居候のつもりで入り込んだ。
 元の魂に抵抗はない。私に気づくと、それこそ席を譲るようにして自らあの世を切望し、軽く押し出すだけであっさりと肉体から離れていった。
 私の力が強くなったのではない。彼らが既に肉体から剥がれかけていたのだ。
 彼らは皆若く、精神を病み、そして生前長い期間肉体を放棄していた。
 共通するのは、虚構の感覚に依存していたことだ。体感を伴うメタバース内のアバターや、現実と夢との垣根が消えたリアルアバターを使い続けるうちに、どれが元の自分なのか定かでなくなっていた。
   好みの条件を全て設定した完全なアバターこそが実体だと信じ、本来の肉体を放棄する。
 私がわざわざ探さなくても次の肉体をすぐに得られるのは、この世を去ろうとする人間が大量発生しているからだ。
 そして、これほど短期間に別人になり続けているのは、手に入れた肉体がどれもあまりにも酷い状態で生き続けることが難しかったからだ。
 新しい肉体に移るたび、私は疲弊していった。
   精神は肉体の支配を受ける。肉体の記憶が、精神をむしばむ。
 死神のエネルギーに触れ続けた後に体感した虚脱や焦燥や眩暈に似た症状が、昼夜の別なくまとわりつく。

   つかんでも、つかんでも、砂のようにこぼれ落ちていく次の人生を私はこの先いつまで求め続けるのか。

   つかむこの手さえも、砂のように崩れていく。先へ進めない焦りが、さらに思考を鈍くする。
 いつからか私は、狂気の淵を彷徨っていた。

 終焉。

 行き着く先の未来を見届けたような毎日。徐々に自分の輪郭がぼやけていく。
 肉体は私の魂を守ってはくれない。

 今の私は誰なのか。
   いつから私なのか。
   いつまで私なのか……。

 かつて死神は言っていた。
 死霊となって肉体を持たず百年も彷徨えば、自らを保てず消えてなくなると。
 肉体があっても同じではないか。
 エントロピーの増大なら、消えるというわけではないだろう。自分という情報が際限なく薄く広がり、ちりぢりになり、世界を構成する一部となって霧散する。全てと一体となり、意識もなくただそこに在り続ける。
 何も考えず何も感じずただ在ることへの抵抗が薄れていく。
 私は、ただ在るものになりつつあるのか。死神は魂を保持するために私を連れ帰ろうとしていたのか。

 なぜ?

 この世に溶けて消えるのと、あの世で一つに戻るのと。その違いが私にはわからない。
 お前は、私をあの世へ連れ帰ることにこだわっていたな……。

 ……お前?

 お前とは、誰だ。

 あの世?

 ここは、なんだ。

「カイ……お前のことさえ、もはや忘れてしまいそうだな……。カイ、か……」

   カイとは……誰だ?
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

401号室

ツヨシ
ホラー
その部屋は人が死ぬ

見えない戦争

山碕田鶴
SF
長引く戦争と隣国からの亡命希望者のニュースに日々うんざりする公務員のAとB。 仕事の合間にぼやく一コマです。 ブラックジョーク系。

木の下闇(全9話・20,000字)

源公子
ホラー
神代から続く、ケヤキを御神木と仰ぐ大槻家の長男冬樹が死んだ。「樹の影に喰われた」と珠子の祖母で当主の栄は言う。影が人を喰うとは何なのか。取り残された妹の珠子は戸惑い恐れた……。

【怖い話】さしかけ怪談

色白ゆうじろう
ホラー
短い怪談です。 「すぐそばにある怪異」をお楽しみください。 私が見聞きした怪談や、創作怪談をご紹介します。

無名の電話

愛原有子
ホラー
このお話は意味がわかると怖い話です。

生きている壺

川喜多アンヌ
ホラー
買い取り専門店に勤める大輔に、ある老婦人が壺を置いて行った。どう見てもただの壺。誰も欲しがらない。どうせ売れないからと倉庫に追いやられていたその壺。台風の日、その倉庫で店長が死んだ……。倉庫で大輔が見たものは。

殉哀

にゅるにゅる
ホラー
間違いではないが正しくもない恋愛のしかた。

女子切腹同好会

しんいち
ホラー
どこにでもいるような平凡な女の子である新瀬有香は、学校説明会で出会った超絶美人生徒会長に憧れて私立の女子高に入学した。そこで彼女を待っていたのは、オゾマシイ運命。彼女も決して正常とは言えない思考に染まってゆき、流されていってしまう…。 はたして、彼女の行き着く先は・・・。 この話は、切腹場面等、流血を含む残酷シーンがあります。御注意ください。 また・・・。登場人物は、だれもかれも皆、イカレテいます。イカレタ者どものイカレタ話です。決して、マネしてはいけません。 マネしてはいけないのですが……。案外、あなたの近くにも、似たような話があるのかも。 世の中には、知らなくて良いコト…知ってはいけないコト…が、存在するのですよ。

処理中です...