182年の人生

山碕田鶴

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2043ー2057 高瀬邦彦

89-(5)

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「ああ、あれか。イオンに邦彦様と呼ばれて、イオンの下僕になろうと決めたのか。メカニックならばイオンに奉仕できるものな。お前がハニトラにやられるとは思わなかったな」

 高瀬は軽蔑を通り越して私の言葉を完全無視した。

「私が執行役員にいては、社長もやりにくいのさ。本来ならばもっと早く平社員に戻りたかったがな」
「お前が画策すれば社長までものぼりつめられたのではないか?  人望がなさ過ぎるわけではなかろう?」
「NH社も、その親会社のマツカワ電機も親族経営だ」
「だから、お前も……親族だろう?」
「なんだ、知っていたのか?  だが、私は傍系だから関係ない」
「松川社長には息子が二人いたろう?  二代目以降は次男の子孫が代々社長か」
「今は五代目で、私などほぼ他人だ。ウチは長男の家系だが、後継者になれなかった恨みつらみが酷くてな。次男系に負けてはならないと、それは厳しい家だった」

 この隙のなさも、かつての神童ぶりも挫折感の深さも卑屈な性格も、全ては松川社長が元凶か。
 社長はあれほどの人格者であったというのに、何の因果か。

「あなたが私の高祖父を直接知っているとは、何とも不思議だな」

 ジー……ジジ……

 相変わらずの機械音が耳障りだ。
 松川の親族であるお前がわざわざこんなチップを埋め込んだのか。常に監視されることを了承しなければ、親族に信用されなかったというのか?

「どうした?」

 高瀬は私を静かに引き寄せた。

「何でもない。……お前はこんなに優しくなかった」
「私は昔から紳士だ」

 お前はこんな風に笑わなかった。

「今のお前には私が頼りない子供に見えるのか?  これではまるで年長者に気遣われているみたいではないか」
「……確かに、私は年を取ったな」

 お前よりも私の方がはるかに長い時間を生きてきた。
 お前と知り合い、共に同じだけの時間を過ごしてきた。
 それなのに、お前だけが年を取るというのか?  これが、肉体に縛られるお前と寄る辺なき悪霊となった私との差か。
   肉体は魂に付随する砂時計だ。肉体の成長と老化によって、自己の不可逆かつ有限の時間を思い知らされてしまう。
   意識の中の姿は本来どうとでも変えられるはずだ。私は他人の肉体を乗っ取るたび、意識の中でもその肉体の姿で死神と対面していた。
   だが、やはり肉体に引きずられて何度も年を取ったのは確かだ。
   肉体を持たずとも「魂の器」があればこの世に存在し続けることは可能だ。だが、外観年齢の変わらないアンドロイドの中にいると、今度は自身も時間が止まったように変化がなくなるのではないか。
   この世にいながら、この世の時間の流れから置き去りにされる恐怖をまた味わうのか……。

「どうした?  何が寂しい?  あなたは寂しがりだな」

 死神は「魂の器」が規則違反ではないと言っていた。違反ではないが、結局この世のシステムから外れた存在ではないか。
   どのみち私は不法滞在者だ。寂しさも、取り残されることも、文句を言える立場ではない。

「高瀬、お前は自分のために生きたか?」
「なんだ、急に?」
「お前の望みが……叶うといいな」

 死神が慰謝料とやらを早く払ってやらないと、この男の人生が終わってしまいそうだ。
 奇跡の時間は、あまりにも短い。
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